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隣のギャルが俺の黒歴史ラノベ(純愛)のセリフを耳元で甘くささやいてくる  作者: 斎藤ゆうすけ


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9/10

第9話 隣のギャルが、俺の写真を見ながら甘く囁いてくる

翌日の昼休み。


 教室の中心では、昨日リリカが撮った写真の話でまだ少し盛り上がっていた。


「見て見て、これ姫乃の顔めっちゃキマってない?」


「いや、あたしはいつでもキマってるし?」


「その自信、どこから来るの」


「ギャル魂?」


「雑だなぁ」


 心春が笑い、未羽が小さくツッコむ。姫乃はそれでも得意げに胸を張っていた。


 リリカは机の上に昨日の写真を何枚か並べている。小さな白い縁の写真。教室の光の中で見ると、昨日より少しだけ色が濃くなっている気がした。


 俺は自分の弁当を食べながら、できるだけそちらを見ないようにしていた。


 理由は簡単だ。


 写真の中に、俺がいるからだ。


 しかも、リリカと並んでいる。硬直した俺と、楽しそうに笑うリリカ。昨日見たときもひどい顔だと思ったが、一晩経ってもやっぱりひどい。俺の表情だけ、クラス写真の撮影日に欠席して合成で足された人間みたいになっている。


「依澄くん」


 嫌な予感と一緒に、リリカの声がした。


 顔を上げると、彼女は昨日の写真を一枚、指先でつまんでいた。もちろん、俺とリリカのツーショットだ。


「これ、あげよっか?」


「いらない」


 即答した。


「なんで?」


「自分の固まった顔を持ち歩く趣味はない」


「でも記念だよ?」


「何の記念だ」


「初ツーショット?」


「言い方をやめろ」


 リリカはくすっと笑った。淡いピンクのネイルが、写真の白い縁をそっと撫でる。


 その仕草が妙に丁寧で、俺は反応に困った。黒歴史ラノベのサイン本を大事そうに扱っていたときと、少し似ていたからだ。


「リリカ、依澄くんの写真だけ扱い違わない?」


 未羽が静かに言った。


 やめろ。


 そういうところを見逃さないの、本当にやめてほしい。


「違わないよ」


 リリカはすぐに否定した。


「これは依澄くんの顔が面白いから、ちょっと見てただけ」


「面白い顔」


 姫乃が写真を覗き込み、吹き出した。


「ほんとだ。依澄くん、めっちゃ緊張してる」


「緊張してない」


「いやしてるっしょ。肩ガッチガチじゃん」


 心春まで乗ってくる。


「リリカとの距離、近かったもんねぇ。これは緊張するよねぇ」


「してない」


「否定早いって」


 昨日からこの流れが多すぎる。


 俺は小さく息を吐いた。リリカは楽しそうに笑っている。からかわれているのは俺なのに、なぜか彼女まで少し照れているように見えるのが、余計にたちが悪い。


「依澄くん、あとで図書室行こ」


 リリカが写真を手帳に挟みながら、何気ない顔で言った。


「またか」


「まただよ」


「今日は何の話をする気だ」


「昨日の続き」


「写真の話なら、もう十分だろ」


「んー、写真の話でもあるけど」


 リリカはそこで言葉を切った。


 そして、姫乃たちに聞こえないように、ほんの少しだけ俺へ顔を寄せる。


「……二人だけで話したいやつ」


 声が小さい。


 それだけで、耳の奥が妙に熱くなる。


「そういう言い方をするな」


「じゃあ、依澄くんだけに聞こえる言い方にした」


「余計悪い」


 リリカは楽しそうに笑う。


 その横で、姫乃がじとっとした目を向けてきた。


「なになに? また二人だけの話?」


「写真の話だよ」


 リリカはさらっと答える。


「ほんとに?」


「ほんとほんと」


「怪しいなぁ」


 姫乃は疑っている顔だったが、それ以上は追及しなかった。心春は「また図書室イベントだ」と笑い、未羽は写真の束とリリカの横顔を交互に見ていた。


 未羽の視線は、少し苦手だ。


 姫乃や心春みたいに騒ぐわけではないのに、こっちが隠したいものまで見抜いてきそうな怖さがある。


 俺は弁当を片付けながら、リリカが手帳に挟んだ写真をちらりと見た。


 あの写真が、今日も話題になる。


 それだけで、少し落ち着かなかった。


  * * *


 昼休みの図書室は、今日も静かだった。


 教室の騒がしさから離れると、耳の奥に残っていた姫乃たちの笑い声がすっと薄くなる。窓際のカーテンがわずかに揺れ、古い本の匂いが空気に混じっていた。


 俺がいつもの席に座ると、リリカは当然のように隣へ座った。


「向かいに座れ」


「小声で話すなら隣のほうがいいでしょ?」


「毎回それで押し切るな」


「だって本当だし」


 リリカは笑いながら、椅子を少しだけ俺のほうへ寄せた。


 脚が床を小さく鳴らす。


 肩が触れそうになる。いや、ほとんど触れている。ベージュのカーディガンの袖が俺の制服にかすかに重なり、布越しの体温がじんわり伝わってくる。


 俺は机の上に視線を落とした。


 視線を落とした先に、リリカが一冊の文庫本を置く。


 見覚えがある。


 というか、見覚えしかない。


『君の隣は、世界でいちばん甘い②』


「持ってくるな」


「今日はこれがないと話せないもん」


「話さなくていい」


「話す」


 即答だった。


 リリカは本を開く。ページの端には、薄い水色の付箋が貼られていた。何度も読み返されたのだろう。カバーの角が少し擦れて、紙の端もわずかに丸くなっている。


 その傷み方が、胸に刺さる。


 雑に扱われているのではない。大切にされながら、何度も開かれた跡だった。


「……そんなに貼るな」


「好きなところ多いんだもん」


「作者の前で言うな」


「作者だから聞いてほしいんじゃん」


 当たり前みたいに言われて、言葉に詰まる。


 リリカは悪戯っぽく笑うけれど、ページをめくる指先は丁寧だった。淡いピンクのネイルが紙の端をすくうたび、本当にこの本を傷つけないようにしているのがわかる。


 俺にとっては黒歴史。


 リリカにとっては、何度も読み返した本。


 同じ一冊なのに、意味が全然違う。


「ここ」


 リリカが開いたページを俺のほうへ少し寄せた。


「二巻の夏休み、海辺回。悠生くんと千沙登ちゃんが、みんなから少し離れて夕方の砂浜を歩くところ」


「説明しなくていい」


「する。ここ、めっちゃ好きだから」


「……やめろ」


「やめない」


 リリカの目が少し輝いている。


 教室で姫乃たちと話しているときの、明るくて軽いギャルの顔とは違う。好きなものを前にしたときの、熱のある顔。昨日、写真を大事そうに見ていたときと同じ目だった。


「このときの千沙登ちゃんさ、すごく勇気出してるんだよね」


「……そうだったか」


「そうだよ。だって、それまでずっと悠生くんの隣にいたいのに、恋人じゃないからって一歩引いてたじゃん。でも海辺回で、初めて自分から写真撮りたいって言うの」


 リリカはページに視線を落としながら、声を少しだけ潜めた。


「で、悠生くんが『俺なんか撮ってどうするんだよ』って言うの」


「……言ったな」


「そこで千沙登ちゃんが言うんだよ」


 リリカは本を閉じた。


 え。


 なぜ閉じる。


 嫌な予感がした次の瞬間、リリカは俺のほうへそっと身を寄せてきた。


 肩が触れる。制服の布がかすかに擦れる。彼女の髪が頬に近づいて、ふわりと甘い香りがした。


「……写真って、ずるいよね」


 耳元で、声がほどけた。


 吐息が耳の縁に触れる。くすぐったいのに、逃げられない。図書室だから大きな声も出せない。背中が勝手に強張って、指先に力が入る。


「今の君を、未来の私まで連れていってくれるんだよ」


「っ……」


 息が詰まった。


 知っている。


 俺が書いた台詞だ。


 千沙登が、夕暮れの海辺で悠生に向けて言った台詞。写真を胸元に抱きしめながら、照れ隠しみたいに笑って、それでも目だけはまっすぐで。書いた当時は完璧に甘いと思っていた。今となっては、読んだ瞬間に布団をかぶって叫びたくなるやつだ。


 なのに。


 リリカの声で耳元に落とされると、まったく別のものになる。


「リリカ」


「なに?」


「それを耳元で読むな」


「朗読だから」


「朗読は正面でやれ」


「正面だと、依澄くん逃げるでしょ?」


「耳元でも逃げたい」


「でも逃げてない」


 リリカが小さく笑う。


 近い。


 さっきからずっと近い。


 彼女の肩が俺の腕に触れている。膝も、ほんの少しだけ近い。少し動けば当たる距離。リリカはそれをわかっていて、わざと動かない。


「……そのシーン、そんなに好きなのか」


 俺が観念して聞くと、リリカは「うん」と即答した。


「好き。すごく好き」


「どのへんが」


「千沙登ちゃんが、欲張りになるところ」


「欲張り?」


「うん。隣にいたい。思い出がほしい。今日の悠生くんを、未来の自分まで連れていきたい。そういう気持ちって、わがままに見えるかもしれないけど、すごく可愛いと思う」


 リリカは本の表紙を指先でなぞる。


「それに、悠生くんもさ、最初は『俺なんか撮ってどうするんだよ』って言うけど、本当は嬉しいんだよね。自分なんかって思ってるのに、千沙登ちゃんが残したいって言ってくれたから」


 俺は何も言えなかった。


 その解釈は、たぶん合っている。


 合っているからこそ、きつい。


 中学時代の俺は、そういう気持ちを書きたかったのだと思う。自分なんて大したことないと思っている主人公が、ヒロインに「残したい」と言われる。隣にいる今を、未来まで持っていきたいと言われる。


 そんなふうに誰かに大切にされることを、たぶん書きたかった。


 今の俺が言語化したくないものを、リリカはあっさり見つけてくる。


「……作者より詳しく語るな」


「だって、何回も読んだもん」


「何回も読むな」


「やだ」


「即答するな」


 リリカはくすっと笑った。


 それから、少しだけ声を柔らかくする。


「昨日の写真もね、ちょっとそれに似てるなって思った」


「……どこが」


「依澄くん、写真撮られるの嫌がってたでしょ?」


「嫌がってたな」


「でも、あたしは撮りたかった」


 その言い方が、少しだけ真面目だった。


 俺は横目でリリカを見る。


 リリカは本を見ていた。俺ではなく、本のページを見ている。けれど、その声は明らかに俺へ向いていた。


「昨日の依澄くん、残しておきたかったから」


 心臓が変な音を立てた。


「……なんで」


「秘密」


「またそれか」


「うん。またそれ」


 リリカは笑った。


 けれど、全部は笑っていなかった。


 俺にはそれが少しだけわかるようになってしまった。リリカは明るい。ギャルで、人気者で、誰とでも笑える。でも時々、笑顔の奥に何かをしまい込んでいるような顔をする。


 今もそうだった。


「依澄くんはさ」


「なんだ」


「自分の作品、ほんとに黒歴史だと思ってる?」


「思ってる」


 即答した。


 リリカは少しだけ眉を下げる。


「そっか」


「なんだよ」


「ううん。いつか、違うって思ってくれたらいいなって」


 その声は小さかった。


 図書室の空気に溶けてしまいそうなくらい、静かだった。


 俺は言葉を返せなかった。


 黒歴史だ。


 間違いなく黒歴史だ。


 でも、リリカがその本をこんなふうに語るたびに、その言葉だけで片づけるのが、少しずつ難しくなっている。


 それが困る。


 本当に困る。


「……で」


 俺は話を変えたくて、リリカの手元を指さした。


「その付箋、全部好きなところなのか」


「そうだよ」


「多すぎるだろ」


「二巻は特に多いの」


「水着回があるからか」


「それもある」


「否定しろ」


「でも、千沙登ちゃんの白い水着、可愛いじゃん」


「やめろ」


「依澄くんが書いたんじゃん」


「だからきついんだよ」


 思わず声が少し大きくなって、司書の先生がこちらを見た。


 俺は慌てて口を閉じる。


 リリカは肩を震わせて笑っていた。


「……笑うな」


「ごめん。でも、依澄くんの反応、好き」


「そういうことを言うな」


「なんで?」


「こっちが困る」


「困ってる依澄くんも好きだよ?」


「だから言うなって」


 リリカはまた笑った。


 いつものからかい。


 でも、さっきの「残しておきたかった」という言葉が残っているせいで、ただのからかいに聞こえなかった。


 胸の奥が、ゆっくり熱を持つ。


 まずい。


 これは、まずい。


 今までだって、リリカに近づかれるたびに動揺していた。耳元で囁かれれば固まったし、腕が触れれば心臓が跳ねた。食べかけのアイスを食べさせられたときなんて、一日中まともに考えられなかった。


 でも、それは距離が近いからだと思っていた。


 学年一のギャルにからかわれて、慣れていないだけ。黒歴史を握られて、反応を楽しみにされているだけ。そういう、特殊な状況に振り回されているだけだと思っていた。


 けれど今、リリカが本を大事そうに撫でる横顔を見て、そう言い切れなくなった。


 可愛い、と思ってしまった。


 からかう顔ではなく、好きなものを好きだと言う顔が。


 俺の黒歴史を宝物みたいに扱う、その横顔が。


 まずい。


 本当にまずい。


 リリカは俺の作品が好きなのだ。天玻璃奏月の書いた、あの甘ったるい純愛ラノベが好きなのだ。俺に台詞を囁くのだって、作者本人の反応が面白いからに決まっている。実際、リリカは俺が悶絶するのを見て楽しそうに笑う。


 だから、これは違う。


 俺が勝手に勘違いしているだけだ。


 学年一の人気者で、誰にでも明るくて、クラスの中心にいるリリカと、教室の端で自分の過去にうずくまっている俺では、最初から住む世界が違う。


 たまたま、俺の黒歴史が彼女の好きな本だった。


 ただ、それだけだ。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、熱くなった顔を隠すように窓の外へ視線を逃がした。


  * * *


 昼休みが終わる少し前、俺たちは図書室を出た。


 廊下は教室へ戻る生徒たちで少し混んでいる。リリカは文庫本を鞄にしまいながら、隣を歩いていた。


「依澄くん」


「なんだ」


「昨日の写真、やっぱり一枚あげる」


「いらないと言っただろ」


「でも、あげる」


「人の話を聞け」


「聞いたうえで、あげる」


 リリカは手帳から一枚の写真を取り出した。


 昨日のツーショット。


 硬直した俺と、楽しそうなリリカ。


 彼女はそれを俺の胸元にそっと押しつけるように渡してきた。


「持ってて」


「……なんで」


「いつか、これ見て笑えるかもしれないから」


 写真を受け取る手が止まる。


 いつか。


 未来。


 リリカはそういう言葉を、昨日から何度も使っている気がした。


「……そんな日が来るか?」


「来るよ」


「根拠は」


「千沙登ちゃんも言ってたし」


「またか」


 リリカは少しだけ背伸びして、俺の耳元に顔を近づける。


 廊下なのに。


 人がいるのに。


 彼女は迷いなく距離を詰めてくる。


「……今日の君が恥ずかしくても」


 小さな声が耳に触れる。


「未来の君は、きっと笑ってくれるよ」


 知らない台詞だった。


 いや、正確には、元の台詞とは違う。


 二巻の海辺回に、少し似た意味の独白はあった気がする。でも今の言葉は、たぶんリリカが混ぜている。


 千沙登の言葉と、リリカ自身の言葉を。


「……今の、改変しただろ」


「バレた?」


「バレる」


「じゃあ、半分はあたしの言葉ってことで」


 リリカはそう言って、悪戯っぽく笑った。


 胸の奥がまた落ち着かなくなる。


 俺は渡された写真を見下ろした。


 たしかに、今は恥ずかしい。


 でも、いつかこれを見て笑える日が来るのだろうか。


 黒歴史だと思っているあの作品みたいに。


 今は直視できないものも、いつか少し違う形で見られるようになるのだろうか。


 考えていると、リリカが先に歩き出した。


「ほら、戻ろ。姫乃たちにまた怪しまれるよ」


「もう手遅れだろ」


「それもそっか」


 リリカは楽しそうに笑った。


 俺は写真を制服のポケットにしまう。


 紙の角が、指先に少しだけ触れた。


 たった一枚の写真なのに、妙に存在感がある。


 今の俺を、未来まで連れていくもの。


 そんな恥ずかしい台詞を、自分が書いたことを思い出して、また少しだけ顔が熱くなった。


 同時に、その写真を捨てられない自分にも気づいてしまった。


 まずい。


 このままじゃ、本当にまずい。


 俺は、たぶん少しずつ。


 彩藤リリカに、惹かれ始めている。

♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡


ここまでお読みいただきありがとうございます!


リリカと依澄のやり取りを楽しんでいただけましたら、

ブックマークや評価、いいねで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの応援や感想が、作者の大きな励みになっています。


また次回、二人の放課後にお付き合いください。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡

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