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隣のギャルが俺の黒歴史ラノベ(純愛)のセリフを耳元で甘くささやいてくる  作者: 斎藤ゆうすけ


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8/10

第8話 学年一のギャルが俺との写真を撮りたがる

 その日の昼休み、教室に入ってきたリリカを見て、姫乃が真っ先に声を上げた。


「え、それ新しいやつじゃん!」


 弁当箱を開こうとしていた手を止め、姫乃がリリカの胸元を指さす。


 リリカはベージュのカーディガンの上から、小さなカメラを首に下げていた。丸みのある淡い色の本体に、少し太めのストラップ。アクセサリーみたいにも見えるが、ちゃんとレンズがついている。


 正式名称は知らない。ただ、撮った写真がその場で出てくるタイプのインスタントカメラだということくらいは、俺にもわかった。女子高生の間で人気の有名な機種らしい。たぶん、そういうやつだ。


「かわいー! リリカ、それ買えたんだ!」


 心春も身を乗り出す。ハニーベージュの髪がふわっと揺れ、彼女の弁当箱の横に置いてあった小さなミラーまでかすかに揺れた。


「人気すぎて売り切れてたやつ?」


 未羽はパンの袋を開けながら、いつもの落ち着いた調子で聞く。こういう流行にも詳しいあたり、さすがというべきか、ギャルグループの情報網というべきか。


「そうそう。駅前のお店に再入荷してて、昨日たまたま買えたんだ」


 リリカは嬉しそうに笑って、胸元のカメラを両手で持ち上げた。淡いピンクのネイルが本体に添えられると、カメラまでリリカの持ち物らしく見えるから不思議だ。


「いいじゃんいいじゃん! 撮ろ撮ろ!」


 姫乃がすぐに立ち上がる。


 リリカも当然のように頷いた。


「撮ると思って持ってきたし」


 そう言って、リリカはカメラを構えた。


 姫乃はすぐにポーズを作る。片手でピース。もう片方の手でツインテールの片側を軽くつまむ。心春はその横で頬に手を添えて、いかにも写真慣れした笑顔を作った。未羽は少し面倒くさそうな顔をしながらも、最終的には小さくピースをする。


 慣れている。


 ものすごく慣れている。


 カメラを向けられてから、笑顔を作るまでが早い。角度も、表情も、手の位置も、ほとんど迷いがない。おそらく普段から写真を撮られ慣れているのだろう。


 俺は弁当を食べながら、その様子を遠い世界のものとして眺めていた。


 あー、やっぱりギャルなんだな。


 そんな当たり前の感想が頭に浮かぶ。


 写真を撮ること。撮られること。可愛く写ること。写りを確認して盛り上がること。それが彼女たちにとっては日常の一部なのだろう。


 リリカがシャッターを押すと、カメラの下から白い写真がゆっくり出てきた。


「出た出た!」


「まだ触っちゃだめだよね?」


「そう。ちょっと待ってから」


 姫乃たちが写真を覗き込み、白い紙の中に少しずつ像が浮かび上がるのを待つ。やがて色が出てくると、三人は一気に騒ぎ出した。


「わ、いいじゃん!」


「姫乃、顔キマりすぎ」


「心春も盛れてる」


「未羽、ちょっと真顔すぎない?」


「これが通常」


 四人が写真を囲んで笑う。


 昼休みの教室の中、そこだけ少し明るい。机の上には弁当箱や飲み物が並び、その隙間で小さな写真が一枚、宝物みたいに扱われている。


 俺には縁のない文化だ。


 そう思っていた。


 リリカがこちらを向くまでは。


「依澄くんも撮ろ」


 カメラを持ったまま、リリカが当然のように言った。


「撮らない」


 俺は即答した。


「なんで?」


「なんででも」


「記念に」


「何の記念だ」


「思い出?」


「疑問形で言うな」


 リリカは楽しそうに笑う。俺が断るのを最初から織り込み済みみたいな顔だった。


 嫌な予感がする。


 こういうときのリリカは、だいたい引かない。


「依澄くん、写真嫌い?」


「好き嫌い以前に、撮られ慣れてない」


「じゃあ慣れよ」


「慣れなくていい」


「一枚だけ」


「断る」


「じゃあ二枚?」


「増やすな」


 言い返したところで、リリカは俺の机の横まで来ていた。


 近い。


 彼女が立つだけで、ふわっと甘い香りがした。カーディガンの袖が俺の机に触れ、淡いピンクのネイルがカメラのボタンに添えられている。


「ほら、立って」


「なんで俺は立つ流れになってる」


「座ったままだと撮りにくいから」


「撮らないと言ってる」


「はいはい」


 聞いていない。


 完全に聞いていない。


 俺は周囲の視線を感じながら、仕方なく席を立った。ここで粘れば粘るほど目立つ。すでに姫乃たちはにやにやしているし、近くの男子もちらちらこちらを見ている。これ以上抵抗しても、状況が悪化するだけだ。


 リリカは満足そうに笑った。


「じゃ、こっち来て」


「一人で撮ればいいだろ」


「ツーショットがいいの」


「……なんで」


「思い出だから」


 今度は疑問形ではなかった。


 さらっと言ったのに、その言葉だけ妙に耳に残った。


 思い出。


 リリカが俺との写真を、そう呼んだ。


 それだけで少し反応に困る。俺たちは、まだそんなふうに呼べるほどの関係ではないはずだ。ただ隣の席になって、俺の黒歴史がバレて、昼休みに図書室で本の話をするようになっただけ。いや、文字にするともう十分おかしいな。


「依澄くん、こっち」


 リリカが隣に並ぶ。


 肩が触れた。


 ほんの軽く、制服の布越しに。それだけなのに、意識してしまう。彼女は何でもない顔で、カメラを自分たちに向けようとしている。けれど、腕の長さが足りないのか、うまく二人が入らないらしい。


「近い」


「入らないもん」


「それはカメラの問題だろ」


「依澄くんが遠いの」


「俺のせいか」


「うん」


 リリカは当然みたいに頷いて、さらに身体を寄せてきた。


 肩だけじゃない。腕が触れる。彼女のカーディガンの柔らかい布地が俺の制服に擦れ、かすかな衣擦れの音が耳に残る。首元からふわりとラベンダーみたいな香りがして、俺は思わず息を浅くした。


「動かないで」


 リリカが小さく囁く。


 耳元ほどではない。けれど、教室のざわめきに紛れないように、リリカの声は俺だけに届く距離まで近づいていた。


「いや、近いんだが」


「動いたらブレるよ」


「ブレていい」


「よくない」


 リリカは少しだけ頬を膨らませる。それから、カメラを持っていないほうの手で、俺の制服の袖をきゅっとつまんだ。


「ちゃんと写って」


 その言い方が、少しだけ真剣だった。


 俺は反射的に口を閉じた。


 リリカはシャッターを押した。小さな機械音がして、カメラの下から白い写真がゆっくり出てくる。


「出た」


「……これで終わりだな」


「まだ確認してないでしょ」


「確認しなくていい」


「よくない」


 リリカは写真を大事そうに持った。


 白い紙の上に、少しずつ色が浮かんでくる。


 そのあいだ、なぜか俺たちは黙っていた。


 騒がしい教室の中なのに、俺とリリカの間だけ妙に静かだった。白い写真にゆっくり像が出てくるまでの数十秒。ただ待っているだけの時間なのに、妙に落ち着かない。


 リリカは写真をじっと見ている。


 俺も、見ないわけにはいかなくて、視線を落とした。


 そのとき、リリカがふっと顔を寄せてきた。


「……写真って、ずるいよね」


 声が近い。


 耳元に触れるほどではない。けれど、教室のざわめきに紛れないように、リリカの声は俺だけに届く距離まで近づいていた。


「……何がだ」


「だって」


 リリカは、写真を見つめたまま、小さく息を吸う。


 リリカは、まるで俺の拒否を最初から聞く気がなかったみたいに、にこっと笑う。


「……ねえ、悠生くん」




「今の君を、未来の私まで連れていってくれるんだよ」


「っ……」


 息が止まった。


 知っている。


 第二巻、夏休みの海辺回。


 夕暮れの砂浜で、千沙登が悠生の写真を撮ったあとに言った台詞だ。たしかそのあと千沙登は、照れ隠しみたいに笑って、写真を胸元に抱きしめる。悠生は意味がわからないふりをするけれど、本当は嬉しくて、波の音より自分の心臓の音のほうがうるさい——そんな、今思い出すだけでも顔を覆いたくなるくらい甘ったるい場面だった。


「……リリカ」


「なに?」


「それ、二巻の台詞だろ」


「うん」


「やめろ」


「やだ」


 リリカは即答した。


 それから、写真に視線を落としたまま、少しだけ口元を緩める。


「でもさ、今にぴったりじゃない?」


「ぴったりじゃない」


「ぴったりだよ」


 リリカはそう言って、俺の肩にほんの少しだけ自分の肩を寄せた。


 制服越しに、柔らかな体温が伝わってくる。


「だって、今日の依澄くんを、未来のあたしまで連れていけるんだもん」


 それは引用なのか。


 それとも、リリカ自身の言葉なのか。


 判断する前に、写真の中の俺とリリカが、ゆっくりと輪郭を持ち始めた。


 そこに写っていたのは、明らかに硬直している俺と、すごく楽しそうに笑っているリリカだった。


「……俺、顔ひどいな」


「そんなことないよ」


「いや、完全に不審者だろ」


「緊張してる依澄くんって感じ」


「それは褒めてない」


「褒めてるよ?」


 リリカは写真を見ながら、嬉しそうに笑っていた。


「距離近くない?」


 姫乃が横から覗き込んできた。


「近いよね。てか、カップル写真じゃん」


 心春もすぐに乗る。


「違う」


 俺は即答した。


「依澄くん、否定早っ」


「早いほうがいいだろ」


「いや、早すぎると逆に怪しいって」


「どうしろと」


 姫乃と心春がけらけら笑う。


 未羽は少し遅れて、リリカが机の上に並べた写真の束に視線を落とした。


 姫乃たちの写真。


 廊下で声をかけてきた後輩の写真。


 窓際の風景。


 そして、俺。


 リリカは昼休みの短い時間で、思ったより多く写真を撮っていたらしい。小さな白い縁の写真が、机の上に何枚も並んでいる。


 未羽はその束を見つめてから、静かに言った。


「リリカ、依澄くんの写真だけ多くない?」


 その瞬間、リリカの手が止まった。


 本当に一瞬だった。


 けれど、隣にいた俺にはわかった。


「たまたまだし」


 リリカはすぐに笑った。


「今日は依澄くんが全然撮らせてくれないから、逆に撮りたくなっただけ」


「ふーん」


 未羽はそれ以上追及しなかった。


 でも、その「ふーん」には、絶対に何か含まれていた。


 姫乃は「リリカ、わかりやすっ」と笑い、心春は「依澄くん専用アルバム作れるじゃん」と楽しそうに言う。


「作らないから」


 リリカが即座に否定する。


 その否定が少し早かった。


 俺は写真に写った自分の顔を見ながら、何とも言えない気持ちになった。


 リリカの写真には、俺が多い。


 未羽はそう言った。


 たまたま。


 たぶんそうなのだろう。


 でも、リリカがさっき言った「思い出」という言葉が、まだ頭の中に残っていた。


  * * *


 放課後、俺とリリカは図書室へ本を返しに行った。


 校内はスマホ使用禁止なので、昼間に撮った写真を画面で見返すことはできない。けれど、インスタントカメラの写真なら別だ。リリカは何枚かの写真を手帳に挟んで、鞄に大事そうにしまっていた。


「そんなに気に入ったのか」


「うん。形に残るのっていいじゃん」


「まあ、わからなくはないけど」


「依澄くんは残したいものとかないの?」


 リリカにそう聞かれて、俺は少しだけ考えた。


 残したいもの。


 思い出。


 そういう言葉は、どうにも苦手だった。


 中学の頃に書いた小説は、確かに形として残っている。けれど俺にとっては、できれば見えないところにしまっておきたいものだった。記録というより、証拠。かつて自分が本気で甘い言葉を書いていたという、逃げられない証拠。


「……特にないな」


「そっか」


 リリカはそれだけ言った。


 けれど、その横顔は少しだけ寂しそうに見えた。


 図書室に入ると、カウンターの奥に御影先生がいた。


 御影文香。


 俺たちの担任で、現代文の教師。ついでに図書委員の顧問でもあるらしい。普段は少しぶっきらぼうで、授業中も無駄に生徒へ媚びることはない。けれど、生徒の変化には妙に目ざとい。


 その御影先生が、返却された本を整理しながら、こちらへ視線を向けた。


「結凪。彩藤」


「こんにちは」


 リリカが明るく挨拶する。


 俺も軽く頭を下げた。


「本の返却か」


「はい」


 俺が本をカウンターに置くと、御影先生は手早く返却処理をした。それから、ちらりとリリカの胸元を見る。


「彩藤。そのカメラ、写真を撮るのが好きなのか」


「あ、これですか?」


 リリカは首から下げたカメラに触れる。


「最近ちょっと。友達と撮るの、楽しくて」


「そうか」


 御影先生は短く答えた。


 それから、なぜか俺のほうを見た。


 いや、正確には、俺とリリカを交互に見た。


 その視線が妙に意味深で、少し居心地が悪くなる。


「残しておきたいものがあるのは、いいことだ」


 御影先生は本を棚に戻しながら、ぽつりと言った。


「今は何でも流れていくからな。形にしておくのは、悪くない」


 俺はその言葉の意味を、深く考えなかった。


 写真の話だろう。


 たぶん、それだけだ。


「先生、なんか詩人っぽいですね」


 リリカが冗談めかして言うと、御影先生は少しだけ眉を上げた。


「現代文教師だからな」


「なるほど?」


「納得するところか、それは」


 短いやり取り。


 でも、リリカはそのあと少し黙った。


 カメラに触れたまま、御影先生の言葉を胸の中で転がしているような顔をしていた。


 残しておきたいものがあるのは、いいことだ。


 俺にはただの一般論に聞こえた。


 でも、リリカには何か別の響き方をしたのかもしれない。


「行くぞ」


 俺が声をかけると、リリカははっとしたように顔を上げた。


「うん」


 図書室を出る直前、御影先生がもう一度こちらを見た気がした。


 何かを知っているような。


 何も言わずに見守っているような。


 そんな視線だった。


  * * *


 その日の夜。


 彩藤リリカは、自室の机に昼休みの写真を並べていた。


 姫乃が笑っている写真。


 心春がわざとらしくモデルみたいな顔をしている写真。


 未羽が少しだけ面倒くさそうにピースしている写真。


 教室の窓際。


 廊下。


 そして、依澄。


 硬直している依澄と、楽しそうに笑っている自分。


 リリカはその一枚を、しばらく見つめていた。


「……変な顔」


 小さく笑う。


 けれど、その声はどこか優しかった。


 写真の中の依澄は、明らかに困っている。距離の近さに固まって、どういう顔をすればいいのかわからなくなっている。いつものように冷静なふりをしているのに、耳だけ少し赤く見える。


 それが、なんだか依澄らしくて。


 リリカは指先で、写真の白い縁をそっと撫でた。


 机の引き出しを開ける。


 そこには、古い文庫本が入っていた。


『君の隣は、世界でいちばん甘い』


 何度も読み返して、角が少し丸くなった一冊。


 リリカはその本の上に、依澄との写真を一枚だけ、そっと重ねた。


「……思い出、だもん」


 誰に聞かせるでもなく呟いて、引き出しを閉じる。


 理由はまだ、誰にも言えない。


 依澄にも。


 姫乃たちにも。


 でも、今日の写真は、きっと大切な思い出になる。


 リリカはそう思った。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡


ここまでお読みいただきありがとうございます!


リリカと依澄のやり取りを楽しんでいただけましたら、

ブックマークや評価、いいねで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの応援や感想が、作者の大きな励みになっています。


また次回、二人の放課後にお付き合いください。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡

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