表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣のギャルが俺の黒歴史ラノベ(純愛)のセリフを耳元で甘くささやいてくる  作者: 斎藤ゆうすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

第10話 隣のギャルが、俺の隣を指定席にしてくる

 昼休みの教室は、今日もリリカを中心に回っていた。


「リリカー、昨日の写真見せて!」


「いいよー。ちょっと待ってね」


「あ、彩藤さん! この前教えてもらった髪の巻き方、やってみたんですけど!」


「え、めっちゃいいじゃん。毛先だけもう少し外に流すともっと可愛いかも」


「彩藤、放課後ちょっとだけ時間ある? バスケ部で紅白戦やるんだけど部員がひとり休んでて……」


「んー、放課後はちょっと微妙かも。明日でも大丈夫?」


 リリカは、相変わらず人気者だった。


 姫乃、心春、未羽と笑いながら弁当を食べていたかと思えば、別クラスの女子に声をかけられる。後輩に髪型の相談をされる。男子に頼まれごとをされる。先生からも、何かと声をかけられる。


 それを嫌な顔ひとつせず、軽いノリで受け止める。


 誰かに頼られることが、リリカにとっては日常なのだろう。笑って、返して、場の空気を明るくして、気づけばまた会話の中心に戻っている。


 俺は弁当の白米を箸で崩しながら、その様子を見ていた。


 やっぱり、住む世界が違う。


 昨日までなら、たぶんそこで終わっていた。


 学年一のギャル。


 教室の中心。


 俺とは別の世界にいる人間。


 そう思って、いつものように少し距離を置いて眺めていたはずだ。


 でも、今日は違った。


 リリカが笑うたびに、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。


 後輩に「可愛い」と言って笑う横顔。心春に写真を見せている指先。未羽の何気ないツッコミに吹き出す声。姫乃に肩を揺さぶられて困ったように笑う顔。


 その全部が、妙に目に入る。


 昨日、図書室でリリカが俺の作品を語っていた顔を思い出す。


 好きなものを、本当に好きだと言う顔。


 それを見て、俺はまずいと思った。


 俺はたぶん、少しずつリリカに惹かれ始めている。


 認めたくはない。


 認めたくはないが、認めないと説明がつかない。


 耳元で囁かれて動揺するのは、距離が近いからだと思っていた。食べかけのアイスを食べさせられて意識したのは、状況が特殊すぎたからだと思っていた。写真を渡されて落ち着かなくなったのは、黒歴史ラノベの台詞を絡められたせいだと思っていた。


 でも、違う。


 たぶん、もうそれだけではない。


 俺がリリカを見る目が、少し変わっている。


 それが怖かった。


 リリカは俺の作品が好きなのだ。


 天玻璃奏月の書いた、あの黒歴史ラノベが好きなのだ。俺にセリフを囁くのだって、作者本人の反応が面白いからに決まっている。


 なのに、俺が勝手に勘違いして、勝手に近づいて、勝手に傷つくのは違う。


 住む世界が違う。


 そう思っていた方が、たぶん安全だった。


「依澄くん」


 そんなことを考えていると、リリカが俺の机の横に立っていた。


 いつの間に来た。


 いや、最近こればかりだ。俺が考え込んでいると、リリカは当然のように距離を詰めてくる。


 ベージュのカーディガンの袖が机の端に触れる。ふわっと甘い匂いがして、反射的に息を浅くしてしまう。


「今日も図書室行こ」


「……またか」


「まただよ」


「最近、毎日じゃないか」


「うん」


「否定しろ」


「事実だし」


 リリカは楽しそうに笑った。


 その笑顔を見て、胸が少しだけ跳ねる。


 まずい。


 そう思った瞬間だった。


「彩藤さん、今いい?」


 教室の入り口から、別クラスの女子が声をかけてきた。


 見覚えはある。名前までは知らない。たしか隣のクラスの女子で、新聞部の子だ。


「今度の学校新聞のデザイン、ちょっと相談したくて。昼休みしか時間なくてさ」


「あ、うん」


 リリカは一瞬だけその子を見て、それから俺を見る。


「ごめん。今日は予定があって」


「予定?」


 その女子が首を傾げる。


 リリカは、ほんの少しだけ言葉に詰まった。


 予定。


 たぶん、俺と図書室に行くことをそう言おうとしたのだろう。


 その瞬間、俺は妙にいたたまれなくなった。


 リリカは人気者だ。


 いろんな人から頼られている。


 俺と図書室で黒歴史ラノベの話をするより、そちらの方がずっと自然だ。そちらの方が、リリカらしい。


 俺なんかのために断る必要はない。


「予定なんてないだろ」


 気づけば、そう言っていた。


 リリカが目を丸くする。


「依澄くん?」


「行ってこいよ。頼まれてるんだろ」


「でも」


「俺は一人で行くから」


 そう言って、俺は弁当箱を片付けた。


 リリカの表情が、少しだけ固まった気がした。


 笑顔が消えたわけではない。けれど、さっきまで俺に向いていた明るさが、ふっと弱くなったように見えた。


「……そっか」


 リリカは小さく言った。


「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるね」


「ああ」


 俺はリリカの顔を見なかった。


 見ると、余計なことを言いそうだったからだ。


 リリカは新聞部の女子に呼ばれて、教室の入り口の方へ向かう。すぐに周囲の空気に溶け込んでいく。笑顔で話を聞いて、相手の持ってきたプリントを覗き込み、何かアドバイスをしている。


 やっぱり、あっちの方が自然だ。


 俺はそう自分に言い聞かせて、ひとりで教室を出た。


 図書室には行かなかった。


  * * *


 午後の授業は、妙に長かった。


 リリカは隣の席にいる。


 それなのに、いつもより遠く感じた。


 教科書を開く音。シャーペンがノートを走る音。先生の声。窓の外を通る風の気配。いつもなら気にならないものが、いちいち耳に残る。


 リリカは何度かこちらを見た。


 気配でわかった。


 でも、俺は気づかないふりをした。黒板を見て、ノートを取って、必要以上に真面目な顔をした。


 隣にいるのに、会話がない。


 たったそれだけで、こんなに気まずいものなのかと思った。


 放課後のホームルームが終わると、教室の中が一気にざわついた。部活へ向かう生徒、帰り支度をする生徒、友達同士で予定を確認する生徒。いつもの放課後の騒がしさだ。


「依澄くん」


 リリカの声がした。


 俺は鞄を肩にかける。


「悪い。今日は帰る」


 リリカが何か言いかける前に、俺は席を立った。


 無視した。


 ほとんど、そう言っていい。


 背中にリリカの視線を感じる。呼び止められるかと思ったが、声は続かなかった。


 胸の奥が少し痛む。


 自分で距離を取っているくせに、なぜ痛むのか。


 面倒くさい。


 自分のことなのに、面倒くさい。


 俺はそのまま教室を出た。


  * * *


 気晴らしのつもりで、駅前のカフェに入った。


 チェーン店の、そこそこ賑やかな店だ。木目調のテーブルと、ガラス越しに見える駅前の通り。放課後の時間帯だからか、制服姿の高校生や大学生らしき客も多い。


 俺はカウンターでモカフラペチーノを注文し、窓際の席に座った。


 甘くて冷たい。


 上に乗ったクリームをストローで混ぜながら、一口飲む。


 昔から、これが好きだった。


 中学の頃、俺はたまにこの店に来て、小説を書いていた。ノートパソコンを開いて、イヤホンをつけて、いかにも作業している人間みたいな顔をして、ひたすら文章を打っていた。


 今思い返すと、かなり背伸びしていたと思う。


 カフェでノートパソコンを広げて小説を書く。


 それだけで、少しだけ大人になった気がしていた。


 飲み物も最初はいろいろ試した。苦いコーヒーを頼んで、全然飲めなかったこともある。名前がかっこいいからという理由で頼んで、甘すぎて後悔したこともある。


 その結果、落ち着いたのがモカフラペチーノだった。


 甘くて、冷たくて、少しだけ苦い。


 当時の俺には、それがちょうどよかった。


 画面の中では、朝凪悠生と小花衣千沙登が、恥ずかしいくらい真っ直ぐに恋をしていた。書いている俺は、まだ誰かと付き合ったこともない中学生だったのに。


 思い出すと、顔が熱くなる。


 でも、あの頃の俺は本気だった。


 本気で、甘い恋を書こうとしていた。


 だからこそ、今はきつい。


「モカフラペチーノ、好きなんだ」


 急に声がして、ストローを噛みそうになった。


 顔を上げると、リリカが立っていた。


 ベージュのカーディガンに、ラベンダーグレージュの髪。学校帰りの制服姿のまま、片手に透明なカップを持っている。中身は黒いアイスコーヒーだった。


「……なんでいる」


「姫乃たちと来たの」


 リリカは少しだけ後ろを見る。


 店の奥の方で、姫乃が手を振っていた。心春も何か言っている。未羽は席を確保して、静かにこちらを見ていた。


 いたのか。


 気づかなかった。


「あたしもモカフラペチーノ好きなんだけどね」


 リリカは自分のカップを軽く持ち上げる。


「今月、お金ないから今日はこれ。いちばん安いやつ」


 アイスのアメリカン。この店でいちばん安いメニュー。


 ミルクもシロップもなし。


「……せめてミルクやシロップでも入れたら?」


「いいの。ブラックで飲むの。……大人っぽいでしょ?」


 リリカは少し笑った。


 いつもの調子に見えた。


 でも、少しだけ違う。


 昼休みのことを引きずっているのが、俺にもわかった。


「依澄くん」


「なんだ」


「お昼、邪魔しちゃってごめんね」


 リリカがそう言った。


 俺は思わず眉を寄せる。


「謝られることなんてない」


「でも、あたしが図書室行こって言ったから、依澄くん困ったんでしょ」


「別に」


「別にって顔じゃない」


「またそれか」


「依澄くん、顔に出るもん」


 リリカは困ったように笑った。


 俺はモカフラペチーノのカップを見下ろす。氷が溶けかけて、カップの外側に水滴がついていた。


「本当に謝ることじゃない。リリカは頼まれてたんだから、そっちに行けばいい」


「……そういう言い方、ちょっと寂しい」


 小さな声だった。


 カフェの中はざわついている。注文を呼ぶ声。カップを置く音。周囲の会話。いろんな音があるはずなのに、その声だけは妙にはっきり聞こえた。


「寂しいって」


「だって、追い払われたみたいだった」


「そんなつもりじゃ」


 ない。


 そう言いかけて、止まる。


 そんなつもりじゃなかった。


 でも、結果的にはそうだった。


 リリカが俺の方を選ぼうとしたから、俺はわざと突き放した。自分が意識し始めたことを誤魔化すために、住む世界が違うのだと確認するために。


 最低だな、と思った。


 けれど、素直に謝る言葉が出てこない。


「……俺といるより、ああいう頼まれごとをしてる方がリリカらしいだろ」


 代わりに出てきたのは、そんな言葉だった。


 リリカは少しだけ目を細める。


「依澄くんが、あたしの“らしい”を決めるの?」


「そういう意味じゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


「……」


 答えられない。


 リリカは少しだけ黙ったあと、ふっと息を吐いた。


 そして、俺の隣に一歩近づく。


 近い。


 カフェのテーブル席の横。人目もある。姫乃たちも奥の席にいる。なのに、リリカはいつものように距離を詰めてくる。


「依澄くん」


「なんだ」


「ちょっとだけ、耳貸して」


「嫌な予感しかしない」


「いいから」


「よくない」


「いいの」


 リリカはそう言って、少しだけ身をかがめた。


 耳元に、彼女の髪が近づく。


 カフェの甘い匂いと、リリカの香りが混ざる。冷たい飲み物を持っていたはずなのに、耳にかかる吐息は温かかった。


「……悠生が嫌って言っても」


 小さな声だった。


「私は、隣にいるよ」


 心臓が止まりそうになった。


「だって、そこが私の指定席だから」


 耳元で囁かれた言葉が、ゆっくり沈んでいく。


 知っている。


 第三巻の文化祭準備回。悠生が自分の失敗を気にして千沙登を遠ざけようとしたとき、千沙登が言った台詞だ。正確には、少し違う。リリカが、今の状況に合わせて少し変えている。


 引用。


 でも、ただの引用ではないように聞こえた。


 俺はストローを握ったまま固まった。


「……それ」


「うん」


「また改変しただろ」


「した」


「だから、するなって」


「やだ」


 即答だった。


 リリカは俺の耳元から少しだけ離れ、悪戯っぽく笑う。


「今の依澄くんには、こっちの方が効くかなって」


「効かせるな」


「効いた?」


「……効いてない」


「嘘」


「嘘じゃない」


「耳、赤いよ」


「元からだ」


「またそれ?」


 リリカがくすっと笑う。


 その笑顔を見て、胸がまた痛んだ。


 可愛いと思ってしまった。


 まずい。


 やっぱり、まずい。


「リリカー、こっち席取ったよー!」


 店の奥から、姫乃の声が飛んできた。


 リリカは顔を上げる。


「はーい、今行く!」


 そう返事をしてから、なぜか俺の方へ向き直った。


「じゃ、あたし行くね」


「ああ」


「でも、その前に」


「なんだ」


 リリカは俺のモカフラペチーノをちらりと見た。


「ちょっとだけ」


「は?」


 止める間もなかった。


 リリカは俺のカップに顔を近づけ、ストローに唇をつけた。


 そのまま、ほんの少しだけ飲む。


 ストローから唇が離れる瞬間、彼女の口元にクリームの甘さが残ったように見えた。俺は完全に固まる。


 今、何をした。


 いや、見ればわかる。


 俺の飲み物を飲んだ。


 俺がさっきまで使っていたストローで。


「……甘い」


 リリカは満足そうに笑った。


「やっぱ、モカフラペチーノいいなぁ」


「お前」


「なに?」


「それ」


「ん?」


「ストロー」


「あ」


 リリカは今さら気づいたみたいに目を丸くした。


 絶対に嘘だ。


 この顔は、気づいていてやった顔だ。


「ごめん。飲んじゃった」


「軽いな」


「だって、依澄くんのならいいかなって」


「よくない」


「ほんとに?」


「……」


 答えられなかった。


 答えられない自分が、本当にまずい。


 リリカは楽しそうに笑う。それから、少しだけ身を引いた。


「明日のお昼も、図書室でね」


「勝手に決めるな」


「来ないの?」


「……」


 来ない。


 そう言えばいい。


 言えば、少しは距離を取れる。


 けれど、リリカはまっすぐ俺を見ている。からかうようで、でも少しだけ不安そうな目だった。


「……行く」


 結局、そう答えてしまった。


 リリカはぱっと笑った。


「うん」


 その笑顔を見ただけで、昼休みに自分が突き放したことを、少しだけ後悔した。


 リリカは姫乃たちの席へ戻っていく。


 奥の席では姫乃がにやにやしている。心春が両手で口元を押さえて騒ぎ、未羽は俺のモカフラペチーノを見て、何かを察したように目を細めていた。


 俺はカップを見下ろす。


 ストロー。


 さっき、リリカが口をつけたストロー。


 飲めるわけがない。


 そう思った。


 思ったのに、カップを捨てることもできない。


 俺は窓の外へ視線を逃がす。駅前の通りを、制服姿の生徒たちが歩いていく。リリカは奥の席で、姫乃たちに囲まれて笑っている。


 やっぱり、住む世界が違う。


 そう思う。


 でも、耳元に残った声が消えない。


 私は、隣にいるよ。


 そこが私の指定席だから。


 あれは千沙登の台詞だ。


 俺が書いた、恥ずかしいくらい甘い黒歴史ラノベの台詞だ。


 それなのに。


 リリカの声で囁かれると、どうしてこんなに苦しくなるのだろう。


 俺はカップを持ち上げた。


 ストローには、まだリリカの気配が残っている気がした。


 飲むべきではない。


 絶対に飲むべきではない。


 そう思いながら、俺はほんの少しだけ、モカフラペチーノを口にした。


 甘かった。


 さっきよりも、ずっと。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡


ここまでお読みいただきありがとうございます!


リリカと依澄のやり取りを楽しんでいただけましたら、

ブックマークや評価、いいねで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの応援や感想が、作者の大きな励みになっています。


また次回、二人の放課後にお付き合いください。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ