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隣のギャルが俺の黒歴史ラノベ(純愛)のセリフを耳元で甘くささやいてくる  作者: 斎藤ゆうすけ


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6/7

第6話 ギャルが俺の黒歴史ラノベを語りだした

 例にもよって昼休み。


 教室の中心では、リリカたちのグループがいつものように盛り上がっていた。


「今度の日曜さー、駅前の新しいパンケーキ屋行かない?」


「行く行く! あそこマジで映えるやつっしょ?」


「そのあとプリ撮ろ! 新しい機種入ってたし!」


「カラオケも行きたい!」


 リリカ、姫乃、心春、未羽。


 四人とも教室の中心にいるタイプだ。

 

 リリカの周りには昼休みになると自然と人が集まり、笑い声が絶えない。


 俺とは縁のない世界の住人たち。


 姫乃を中心に、明るい声がぽんぽん飛ぶ。


 リリカもその輪の中にいた。ベージュのカーディガン。ラベンダーグレージュの髪。楽しそうに笑う横顔。


 自然に会話の中心にいて、誰かの冗談に笑って、次の話題を投げて、教室の空気を明るくしている。


 やっぱり、住む世界が違う。


 俺は弁当を半分ほど食べたところで、箸を置いた。


 あの輪の明るさを見ていると、自分が余計に教室の端っこにいる人間だと思い知らされる。


 俺は弁当箱を片付け、席を立った。行き先は図書室。最近、完全に避難場所みたいになっている。


「依澄くん」


 教室を出ようとしたところで、リリカの声がした。


 振り返ると、さっきまで輪の中にいたリリカが、当然みたいにこちらを見ている。


 彼女が動けば、甘い匂いが風になって俺の鼻先をかすめた。


「図書室行く?」


「……なんでわかる」


「依澄くんのお気に入りの場所だからね」


 リリカは笑って、姫乃たちの方へ振り返った。


「ごめん、あたしもちょっと図書室行ってくる」


「は?」


 姫乃が露骨に目を細める。


「また?」


「またってなに」


「いやいや、絶対なんかあるじゃん」


 姫乃が俺とリリカを交互に見る。


「リリカが昼休みに図書室って、もうイベントじゃん」


「それなー」


 隣で笑ったのは心春だった。ふわふわに巻いたハニーベージュのミディアムヘアに、制服の着崩しも上手いおしゃれ系ギャルだ。


「しかも依澄くん絡みのイベントじゃん?」


「最近の昼休み、そればっかじゃない?」


 未羽まで冷やかし気味に頷く。肩までのダークブラウンのボブが揺れる。見た目は大人しそうなのに、こういう時だけ容赦がない。


「違う」


俺は反射的に否定した。


「依澄くん、否定早っ」


 姫乃が吹き出す。


「めっちゃ怪しい」


「いや普通に怪しいって」


 心春と未羽も姫乃に続く。


「だから、違うって……ね? 依澄くん」


「あ、ああ……」


 リリカは俺の同意を強引に引き出すと、迷いなく俺の腕を掴んだ。


 さっきまで教室の中心にいた彼女が、何のためらいもなく俺との距離を詰めてくる。


 リリカが俺の右腕に自分の腕を絡め、体重をかけてきた。


 ぐい、と引かれる力に身体が自然と彼女の方へ傾く。


 身長差のせいだ。


 彼女が俺の腕を抱え込んだことで、リリカの柔らかい胸元が、俺の二の腕に直接押し当てられた。


 制服のブラウス越しでもわかる、確かな膨らみと弾力。

 

 俺の二の腕が、彼女の柔らかな感触にすっぽりと埋もれる。


 歩くたびに、彼女の胸の柔らかさが腕を圧迫し、そのたびに心臓が激しく波打った。


 彼女の体温が腕を伝って全身に広がり、さっきまでの冷や汗が、一気に熱い火照りに変わっていく。


 彼女が少し見上げてくる。


「行こ、依澄くん!」


 上目遣いで、とびきりの笑顔を向けられる。

 

 距離が近すぎて、彼女のラベンダーの香りが鼻腔を支配した。

 

 教室の喧騒が遠のく中、俺はただ、彼女の腕に捕らえられたまま、心拍数を暴走させることしかできなかった。


* * *


 図書室は、今日も静かだった。


 俺が椅子に座ると、リリカは当然のように隣に座った。

 

 彼女の膝が俺の膝に、吸い付くように触れる。ほんのわずかな接触なのに、そこだけが火傷したみたいに熱を帯びた。


「向かいでいいだろ」


「小声で話すなら隣の方がよくない?」


「またそれか」


「うん」


 リリカは楽しそうに笑う。


 そして、鞄をごそごそと探り始めた。嫌な予感がする。……というよりも、確信に近い予感だった。


「ねえ」


「なんだ」


「これ」


 リリカが取り出したのは、一冊の文庫本だった。


 見覚えがあるどころではない。俺が書いた、俺の人生最大の黒歴史。


『君の隣は、世界でいちばん甘い②』


「持ち歩くな」


「なんで?」


「なんでじゃない」


「だって、今日話したかったんだもん」


 リリカは大事そうにその本を机の上へ置く。


 カバーの角が少し擦れ、ページの端が丸くなっている。


 それを見た瞬間、胸の奥が変なふうに詰まった。何度も何度も開かれた跡。俺の恥ずかしい物語が、彼女の手の中で生き続けていたという証拠。


「これね、サイン本なんだ」


「……は?」


 リリカは最初の数ページを開いた。タイトルページのそば。


 そこに書かれていた。


 天玻璃奏月。


 俺が書いた字だった。


「……なんで持ってる」


「本屋さんで見つけたの。中学の時」


 リリカはそっとサインの部分を指先でなぞる。


 淡いピンクのネイルが施された指先が、ゆっくりと俺の書いた文字を撫でていく。その仕草があまりにも無防備で、俺は思わず息を呑んだ。


「サイン本って書いてあって、びっくりして買った」


「美術室の授業でさ、依澄くんが右下に名前書いたでしょ」


「やめろ。思い出させるな」


 リリカはサインページを見つめたまま言った。


「でも、字が同じだった。それで、もしかしてって思った」


「……そんなのでわかるのか」


「わかるよ」


「なんで」


「だって――何回も見たし」


 何回も。


 その言葉が、妙に重かった。


 俺にとっては、編集部で何十冊も書かされたサインの一つだ。

 なのに、リリカは何回も見ていた。


 本を開くたびに。彼女の目の中に、俺の黒歴史が映っていたのだ。


「……やめろよ」


「え?」


「そういうの、反応に困る」


「困るんだ」


「困る」


 リリカは、ふふっと笑う。その笑い方は、いつものギャルっぽい軽さを少しだけ残していた。


「じゃあ、もっと困らせよっかな」


 彼女は、俺の開いていた本のページを覗き込むふりをして、さらに密着してきた。


 肩が触れる。腕が触れる。甘い匂いが、さっきより濃くなる。


 リリカが身を乗り出した拍子に、彼女の柔らかな胸元がかすかに俺の腕をかすめ、俺は反射的に身体を強張らせた。


「千沙登ちゃん、二巻でめっちゃ可愛くない?」


「自分のキャラをギャルに語られる作者の気持ちを考えてくれ」


「えー、だって可愛いじゃん。夏休みでさ、ずっと一緒にいるのに、全然付き合わないの。マジでじれったい」


 リリカのテンションが上がっている。図書室だから声は小さい。けれど、目は完全に輝いていた。


 俺を見つめるその瞳の熱さに、胸の奥がざわつく。


「あと、水着回」


「やめろ」


「やめない。千沙登ちゃんの白い水着、あれ可愛すぎ」


「本当にやめろ」


「依澄くん、自分で書いたんじゃん」


「だからきついんだよ」


「ふふっ。耳赤い」


「誰のせいだ」


 リリカは本を抱えるみたいにして笑った。


 彼女の肩が俺の肩にぶつかるたび、衣擦れの微かな音が、静かな図書室に響くような錯覚に陥る。


「……リリカ」


「ん?」


「それ……」


 と、俺は彼女が大事そうに抱えている文庫を指さす。


「本当に、好きだったんだな」


 俺がそう言うと、リリカは一瞬だけ黙った。


 それから、いつもの調子より少しだけ静かに笑う。


「うん。すごく好きだった」


 図書室の静けさの中で、リリカの声だけがやけにはっきり聞こえた。


 俺は何も言えなかった。


 黒歴史だ。間違いなく黒歴史だ。


 けれど、その黒歴史は、誰かの鞄の中でページが丸くなるまで持ち歩かれていた。誰かに何回も開かれ、大事にされていた。


 そう思うと、ほんの少しだけ。


 本当にほんの少しだけ。


 あの頃の自分を、否定しきれなくなった。


 俺の視線の先で、彼女の指先がまた、サインを愛おしそうに撫でた。

 そんなことをされると、心臓が……もう、どうにかなりそうだった。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡


ここまでお読みいただきありがとうございます!


リリカと依澄のやり取りを楽しんでいただけましたら、

ブックマークや評価、いいねで応援していただけると嬉しいです。


皆さまからの応援や感想が、作者の大きな励みになっています。


また次回、二人の放課後にお付き合いください。


♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♡

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