表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/27

闇男9

 無機質な機械音とともに高速エレベーターのドアが開いた。ドアが開ききってもすぐに足を前に出せなかった。

 月曜日の出勤前を思い出す。長いようであっという間に終わる仕事の時間が千代吉は好きだった。社会不適合者の千代吉でも忙しくしているときは社会の一員として認められている気がした。

 この状況もその時と似ている。なぜだろうか。窮屈な社会の檻を壊し、自由な世界へ飛び出したつもりだったがやっていることは今も昔も変わっていないのではないか。

 そんな幻想にとらわれる。ナイーブになっているのかもしれない。楽しいか楽しくないかで聞かれたら楽しいと答えるだろう。それは間違いない。そう言い聞かせないと過去の被害者と未来の加害者に申し訳が立たないから。

 今はただ心からこの戦いを楽しもう。

 エレベーターの開ボタンを放し、展望フロアに出た。すべての電気が消されている。人の気配は感じられない。真っ暗だが外の明かりで辺りを見渡せないことはなかった。芝崎聖子の姿を探す。

 最強の女。

 人間核兵器。

 彼女は最早人間のカテゴリーに入れていいものではない。ましてや警察のような国家機関に籍を置くなど国民は恐怖でしかないだろうと千代吉は思う。

 指先1つで国家転覆を可能にする。それが芝崎聖子という兵器だ。

 カタッカタッ

 靴の音が聞こえた。不思議なことにどこから聞こえているのか分からなかった。

 暗闇の奥から芝崎聖子が姿を現す。全身をタイトなスーツで身を包み、腰の左右にホルダーを2本ぶら下げていた。ホルダーの中にはこちらを威嚇するように刃渡り40センチほどのマチェットナイフが顔をのぞかせていた。

「私の部下が世話になったわね。生きているといいけど」

 無表情に淡々と話す。暗がりの中、かすかに見える目の色は冷酷さを帯びていた。

「知らね。私あんま生死は気にしないから」

 正直に答える。聖子の表情に変化はなかった。

「そう。それよりあなた体調悪そうだけど大丈夫?前に言ったわよね?あなた殺すって。あの子たちにいい様にやられすぎたんじゃない?」

「芝崎、あんた部下に甘すぎ。それか私のこと舐めすぎだわ。あの程度なら現場に来ない方がいいよ。芝崎も私みたいにソロでやればいいのに」

 学生時代は友達の多かった千代吉が1人で活動し、反対に友達がいなかった聖子は仲間と一緒に戦うことを選んでいる。

「これでも壮太や光夜への扱いはパワハラだって言われているのだけれど。私に甘いなんて言ってくるのあなたくらいだわ」

「そんなこと言ってるから私1人が暴れただけであたふたするんだよ。警察も口だけの半端野郎の集まりだ!いいか!私たちは命の取り合いやってるんだ。生きるために死ぬ寸前まで追い込むなんて当たり前のことなんだよ」

 聖子の強さと正しさに誰もついてこれていない現象が見て取れた。そうでもなければあんなに弱いはずがない。高校の時と同じように警察でも聖子が浮いている姿を想像して千代吉は少し腹が立った。

「そうね。私を慮ってくれるのはありがたいけどあなたは生きるために必死になることね。私何度も言うけどあなたに対して死ぬ寸前までなんて甘いこと言うつもりは全くないから」

 聖子は無表情のまま言いのけた。目の前の女が自分を殺しに来ていることをつい忘れてしまう。

 思いを馳せる時間は終わりだ。ここから先は殺し合い。いや殺し合いにすらならないかもしれない。一方的な虐殺にならないように力を出し切らなければならない。

 千代吉は聖子に気づかれないようにゆっくり唾を飲みこんだ。

 芝崎聖子を倒せば話は終わりだ。後はどうにでもなると千代吉は考える。

 聖子の雷のダイナに合わせたギガントは最速の対応をしなければ追いつけない。まずはこのスピード勝負を制さなければならなかった。

 聖子が両掌を床につける。そこから電流を流した瞬間、暗かったフロア全体が一気に明るくなった。暗順応によるまぶしさで目が半開きになってしまう。目くらましかと思い聖子を見るとその場ですでに立ち上がっていた。

 聖子相手には0,1秒でも目を放せば即座に首と胴が離れる。千代吉は下唇をグッと噛んだ。目を離した自分に喝を入れ、気合を入れなおした。

 フロアは明るくなったが電気がついたわけではなかった。その代わりスカイツリーの展望フロアを覆うように内側からゆらゆらと揺れる光の柱のような物体が何本も現れ、それがライトのように発光しフロア全体を照らしていた。柱は上まで伸びており天井で交差している。

「なにこれ?」

 考えても分からない千代吉は聖子に聞いた。

「これは檻よ。あなたも私もここから出ることは許されない。どちらかが死ぬまでね。あの光には大体2億ボルトの電圧がかかっている。1発で黒こげね」

 聖子はさらりと言ってのけた。エスパーでない人間がこの柱1本造るのにどれだけの時間がかかるだろうか。それがざっと見る限り50はあるように見えた。

 柱と柱の間から抜けられるかとも考えたが電気を発しながら揺れているのを見ると試す気にはなれなかった。

 上まで覆われていることから前回のように隕石を落とすやり方も防がれてしまうだろう。最も聖子と戦いながら隕石を造ることに意識を向けることなど土台無理な話だが。

「金網デスマッチってところだな。望むところだよ。芝崎が思ったより好戦的で嬉しいわ」

 千代吉はいつものように軽くジャンプしてタイミングをとる。

「戦いになればいいわね」

 無表情のまま聖子は無駄のない動きでマチェットナイフを取り出した。

 やるしかない。先手はすでにとられている。この莫大な電力の牢獄に不覚にもびびった時点でアドバンテージを相手に与えてしまっていた。

 呼吸を整えることに少し意識を集中させた。そのまま聖子の立ち位置に狙いを絞る。ばれてはいけない。攻撃を待つふりをしながら千代吉は聖子の足元半径5メートルほどに重力をかけた。

 しかし重力をかけたと同時に聖子の姿が消えた。反応速度が段違いだ。千代吉のダイナに反応できる人間が日本に何人いるだろうか。何百もの戦闘経験を積まなければこの領域に達することはできない。千代吉は感動すら覚えた。

 ギガントを発動して聖子の後を追う。聖子のギガントはあまりにも速い。

 動きにダイナをナチュラルに合わせ音よりも速く動く。

 まずはこの速さに対応できるエスパーでないと聖子との勝負の土俵にも上がれない。

 千代吉はその速度に追いつくことができるエスパーだった。ギガントで運動能力を向上させながら、筋肉量はそのままに自分の体の重力を羽毛のように軽くし速度を上げる。

 重くすることは簡単だったが軽くするイメージの習得に千代吉は苦労した。命を削って手に入れた技術だった。

 フロアを目いっぱい使って動く聖子の背中をとらえる。驚いた顔をする聖子。

 このまま背中から羽交い絞めにしてやろうかと考えた。

 超高速の世界の中、聖子がこちらの方に左側から体を向けた。そのまま左のマチェットナイフが千代吉の首を落としにかかる。

 聖子の動きは驚くほどクリアに見えていた。2戦した後だが体の軽さに自分でもびっくりする。腰を反り鼻先で刃を躱すと正対した聖子の腹に左足を合わせた。

 お互い小手調べ、聖子も右足で防ぐ。その流れのまますぐさま右のマチェットナイフを逆手に持ち替え千代吉の左足を貫こうとした。

 足だけは奪われてはならない。前蹴りで突き放す。威力はない。軽く距離をとるためのものだった。

 仕切り直しに空いた距離を詰めようとすると聖子はナイフをこちらにこちらに向けた。刃先が光ったかと思うと細い電流が千代吉の眉間に飛んできた。

 何とか躱すが一瞬視線を逸らしてしまった。次に聖子の方を見た時には姿が消えていた。

 すぐさま後ろを振り返る。視界の端にわずかに影が見えた。

 聖子の武器が2本同時に振り下ろされる。

 手首をつかんで何とか防ぐ。

 危なかった。コンマ0,0001秒反応が遅れていれば命はなかった。ピンチは逆にチャンスでもある。

 掴んだ聖子の手首に重さをかけた。表情にほとんど変化のなかった聖子の顔が苦悶の色に変わる。その顔を見て千代吉は少しほっとした。

 マチェットナイフが放される。このまま手首を壊そうとしたがそこを支点に足を首に絡めようとしてきた。

 千代吉は手を放し今度はしっかりと距離をとった。

 さきほどの飛ばす電流を警戒し身構えたが聖子は手首をさすり、その場を動こうとしなかった。

 千代吉はそれを確認し拾い上げたナイフを破壊した。

「女は拳で語ってなんぼでしょ。武器なんて無粋だと思わん?芝崎」

「野蛮ね。嫌いじゃないけど」

 聖子は手首を回すのを止めていた。おそらく特に異常はないだろう。できれば折るところまでいきたかったが仕方ない。

 刃物と素手ではさすがに分が悪い。聖子の攻撃はほぼ全て急所狙い。命どころ手足だって何本切り落とされるか分かったものじゃない。どうにかして武器を取り上げたかった千代吉の目論見は成功する。

 これでもまだイーブンではない。1つ1つ確実にアドバンテージをとっていくことしか千代吉に勝ち目はなかった。

 素手の殴り合いなら自信がある。切り札の隕石も雷の牢獄により使えない今、殴り合いを制することが最も勝ち目のある手段だった。

 聖子の隙を伺う。ほれぼれするような立ち姿だった。隙など微塵も感じられない。近づいて来る気配は感じられなかった。

 聖子の両手が帯電する。電気を集める速度が速い。両手を帯電させたまま千代吉に向けた。

 溜めた電気がこちらに飛んできた瞬間、高く飛んだ。受けることなど考えられなかった。千代吉に向かって飛んできた拳大の雷弾は動線にあったものを全て消し炭にして光の柱で飛散した。

 ノールックで上にいる千代吉にもう1発を放った。

 これもすんでのところで避ける。

 どうしても近接戦闘は避けたいらしい。逆に言えば殴り合いは不利と判断しているということだ。細いながらも明確な勝ち筋が千代吉の頭の中に浮き出てくる。

 雷弾も威力は凄まじいが速さに目が慣れてきた今なら脅威度は若干下がる。後は隙を見て直接殴るだけだ。

 希望を見出した千代吉が迫りくる雷弾を躱しながらふとフロア全体を見た時、その違和感に気づいた。雷の牢獄が最初の時より狭くなっているように感じた。

(気のせいかな?)

 思考がそっちにいかない。こうしている間にも雷弾は千代吉を貫こうとしてくる。

 頭の中で赤警報が鳴り響いていた。一刻も速く聖子に近づかなければならないが雷弾がそれを許さない。聖子の電力貯蔵量を考えると弾切れも望み薄だった。

 光の柱が狭まってくる。確実に気のせいなどではなかった。よく見ると千代吉を中心に狭まってきていた。千代吉をとらえる牢獄が完成されようとしている。

 いつの間にか聖子が牢獄の外側にいた。

 千代吉の焦りが心臓の鼓動となって現れる。静かにしろと叫びたくなった。

 光の柱に向かってフルパワーで正拳突きを放った。光夜や壮太を一撃で再起不能にした威力である。

 だが柱はびくともしなかった。というより感触がなかった。考えれば当たり前のことである。ただの電力の塊なのだから。

 拳が触れた瞬間、体に電流が走った。ギャッと小さく声が出た後、意識が飛びそうになるのを下唇を噛んで何とか耐えた。

 全身が痺れている。ギガントを発動せず生身で受けていれば燃えカスになっていたに違いない。かろうじて倒れることだけは我慢できたが片膝を地面につけてしまった。

 フロア全体に広がっていた光の柱は千代吉がもう1歩も歩けないほど狭まっていた。雷の牢獄の完成である。

 聖子が近づいてくる。跪く千代吉を上から見下ろしていた。

「お前殺意高すぎだろ。どんだけ私を殺したいんだよ」

 聖子は3秒ほど間をとってから

「最後に何か言い残すことある?」

 と千代吉の言葉を無視して冷たく言い放った。この時初めて千代吉は聖子に殺意が湧いた。

「じゃあ言い忘れないうちに。日程は決まってないけど3月に掛川小同窓会があるけど来る?」

 思ってもみない問だったのだろう。聖子は目を丸くするとフッと笑みを見せた。聖子の笑顔など学生時代でも数えるほどしか見たことがなかった。

「せっかくだから参加しようかしら。良い土産話もできたことだし」

 聖子が右手を上げるのを合図に雷の牢獄は千代吉を中心に1本の柱になった。その柱の中に業火に焼かれる聖女の姿があった。

 喉の痺れで叫ぶことも呼吸することもできない。それでも全身にまとわりつく熱さだけははっきりと感じることができた。血液が沸騰している。

 激しい光の奥から聖子がこちらをじっと見つめている。

 民衆を導きながらも業火に焼かれた聖なる少女の生まれ変わりは千代吉か聖子のどちらだったのだろうか。

 すべての電力が放出し終わり、焼け焦げた千代吉が倒れる。数億ボルトもの落雷を受けながらかろうじて人の形を保っていた。

 聖子が近づく。「卒業式のあの日、あなたを止めていればよかったのかもね」

 それは初めて見せた儚げな表情だった。聖子は千代吉だったものに背を向ける。

「その顔が見れただけでもテロリストになってよかったよ」

 突然の声に聖子が振り返る。

 千代吉は聖子の左足を掴んで重力をかけた。聖子の体が地面に叩きつけられる。聖子は必死にダイナを発動させて逃れようとしたが千代吉が許すはずもなかった。

 数秒ほどで聖子の意識が停止する。殺したかもしれないことに不思議と抵抗がなかった。あえてとどめを刺すこともしないが。

「生きてたら幹事やれよ、芝崎!」

 千代吉はフロアの窓を突き破りスカイツリーの頂上へ向かって行った。先ほどまでの黒焦げの姿ではなく、わずかにやけどを残しながら。

 外に出た時、冬の寒さを感じるのが久々な気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ