電気女9
ガシャン!
重厚な扉を閉める音が耳に響いた。もう何十回と聞いただろうか。すみれはこの音を聞くたびに自分は犯罪者なんだと見せつけられているような気持ちになった。とてもいい気分とはいえなかった。
六本木のテロに始まり、練馬の巨人出現から10日たった。現在5月18日毎日同じことを聞かれる日々にすみれはうんざりしていた。
もう日常には戻れないことは重々承知していたが、最近ではめんどくささすら感じる。
裁くならさっさと裁いて欲しかった。
(芝崎聖子は何してるのかな?)
ふと自分を捕まえた女刑事のことを頭に浮かべる。練馬の巨人を倒した彼女の姿はダイナの完成形に間違いなく近いだろう。最後に巨人の噴火を止めたあの虹色の光、あれはいったい何だったんだろうか、聖子を研究すればダイナを解き明かせる気がした。
そう思ったが、不意に馬鹿馬鹿しくなる。
くだらない、もう自分がシャバに出ることはないだろう。一生研究対象としてモルモットにされるのがオチだ。
すみれは横になり目を閉じた。少し眠れそうな気がした。
何時間たっただろうか、いやそんなにたっていないかもしれない。
ガシャン!
ウトウトしていると乱雑に扉が開く音がする。寝ぼけた頭で扉の方を向くとそこには芝崎聖子がいた。
相変わらず無表情だ。何を考えているか分かったものじゃない。値踏みするような視線をすみれに向けた。
「こんなところにいて腰とか痛くならないの?私だったら耐えられないわ。不思議なんだけどあなたたちって捕まったら絶対牢屋にぶち込まれるのにどうして犯罪を犯すのかしら?私ならここでの生活を考えただけでやらないけどね」
馴れ馴れしい口調だと思った。何しに来たのか全く分からない。
「それは捕まると思ってないからじゃないかな?芝崎刑事もテロを起こすときは多分捕まることなんて微塵も考えないと思うよ」
芝崎聖子はふんと考えて「それもそうね」と一言呟いた。
「で、何しに来たんですか?今度は芝崎刑事が直々に取り調べをするんですか?」
聖子がすみれのところに来たのは事件以来初めてである。
エスパードラッグのことを根掘り葉掘り聞かれると思っていたが、来たのはABCも言えなさそうな頭の悪い強面の刑事ばかりであほな質問を何度も繰り返すだけだった。
「取り調べ?そんなの必要ないわよ。あなたの頭隅々までのぞいたんだから。千田すみれという人間についてはエスパードラッグからファーストキスのエピソードまでばっちり網羅してるわ」
顔が赤くなるのが自分でも分かった。あの時だ。大学で気絶していた時だ。この女、勝手に人の頭のぞきやがって。ふざけるな!
聖子はそんなすみれを見て声を出して笑っていた。すみれはそんな聖子を見て不覚にもかわいいと思ってしまった自分を殴りたかった。
「嘘よ。そこまでの精度はまだ私のダイナにはないわ。いずれはその域まで達するつもりだけど」
この女ならすぐに到達できるだろう。
「今日はそうね…、率直に言えばスカウトに来たのよ」
そう言うと聖子は両手を広げ、片方ずつに何かをつまんでいるようなジェスチャーをした。
「?」
まず右手を出した。
「すみれ。あなたの目の前には2つの世界があるわ。1つはこのまま流されるままに罪を償う世界。あなたの開発したエスパードラッグ、あれをあなたが軽はずみに裏ルートで流したことによってこの先も罪もない人たちが傷つくことになり流さなくていい血が流れることになる。しかもそれはもう止められない。エスパーはどんどん増えていく。分かる?あなたは裁かれなくてはならない。でも安心して。そんなに悪い生活じゃないわよ。私も知ってる場所でね、月1くらいなら話し相手になってあげるわ。看守長も良い男ではある。実験癖が激しいからそこは気をつけないとね。とにかく3食食べれて寝床があってあなたは一生生活に困ることはない。あそこWi-Fiもあるから動画も見放題よ」
すみれはごくりと唾を飲んだ。
「もう1つは?」
聖子は右手を引くと同時に左手を前に出した。
「こっちの世界は地獄よ。特例が出るの。あなたは公安4課の刑事として私の部下になって働いてもらうわ。休みなし、低賃金の地獄の労働生活、あなたの生活には常に監視が付くわ。毎日エスパーと向き合う日々、私たちと一緒にね。そんな世界。さあどっちにする?」
「2つ目選ぶ奴なんているんですか?誘導尋問もいいとこですよ」
思考がついていかない。まだ二十歳にもなっていないのにこんな選択を強いられるなんて。
前を見ると聖子の手が優しく差し出されていた。
「答えはもう決まってるんでしょ。だってあなた笑ってるんだもの」
そう。こんなものは初めから決まっていた。どうせ地獄に落ちるならより地獄に進んだ方が道が開けている気がした。
すみれは聖子の手を力強く握る。
「千田すみれ。19歳。大学中退。趣味はクラブ通い、好きな食べ物はパラパラの炒飯、嫌いな食べ物はベチャベチャの炒飯です。座右の銘は未来を考えないものに未来はない。よろしくボス」
「誰がボスよ」
すみれはおでこを弾かれた。
こうして公安4課は3人になった。
うだるような暑さの中、聖子たち公安4課は現場に到着した。現場はすでに大混乱である。何でも埼玉県があった地域、今ではドヤ街と呼ばれる地域の独立を訴えるテロが起こったとのことだった。
「状況は?」
聖子は直ちに現場の警察官に確認する。壮太とすみれはその間、現場の情報収集に散った。
「人数は3人と思われます。武器は不明ですがおそらく全員がエスパーと思われます。リーダーと思われる男は馬王と名乗り外務大臣を含む外務省の職員20数名を人質にK国大使館に立てこもっています。その後………」
聖子は大まかな状況を確認した後、壮太とすみれに無線をつなげた。
「壮太、すみれ。私との感は取ったままにしなさい。壮太は裏から私は前から私の電撃を合図に突入する。すみれが大使館のシステムをハッキングしたら突入するわ。3分でできる?」
「大丈夫です」
「了解。壮太、手筈通りに」
「大丈夫です。いつでも行けます」
「了解」
聖子は物陰に身を隠し、すみれのハッキングを待った」
「それにしても若者の成長は早いわね」
聖子は上空の流れる雲を見て、2人の成長を嬉しく思った。




