電気女8
練馬の真ん中に突如として現れた緑の巨人、山がそのまま人型になったような異形の姿に東京都は大混乱となった。
全身のあらゆるところから生えている木々が体毛かと勘違いするほどの大きさ、人型を保っているが顔には目や口といったパーツはなく木が生えているだけの能面になっている。手足も異様に長く拳を振り回せば町1つ消し去ることなど容易なことは明らかであった。
人々は逃げまどいパニック状態である。
巨人はゆっくりと大きな歩幅で1歩ずつ1歩ずつ大地を踏みしめる。ただ歩いているだけなのに下の町が次々と破壊されていった。
聖子は巨人に近づいた。今はギガントを使い巨人の肩の位置にいる。ここまで来るのも一苦労だった。それほどの大きさである。
そのまま一気に顔まで近づいたが聖子を意識する様子はない。目も鼻も耳も口もないのだから当然と言えば当然のことだった。
バチバチバチビリビリビリ
聖子の周りが激しく帯電する。右手に電力を集中させた。体感だが10億ボルトはあった。照準を合わせ電撃を放つ。
巨人目掛けて10億ボルトの電撃が走る。自然発生する雷のように一瞬光って終わりではない。
聖子の雷は光り続けた。10億ボルトが数秒もの間、衰えることなく威力を保ち続けた。最高火力の雷を数秒もくらって無事な人間など存在しない。
相手が人間であれば。
100メートルの大きさの巨人には無傷だった。そもそもの質量に絶対的な差があった。
アリがいくら攻撃しても像に傷などつけることができないように、人間においては超人的な聖子であっても緑の巨人にダメージを与えることはできなかった。
巨人は何事もなかったかのように前進を続ける。歩みを止めない。
巨人に対して獲物を狙う鷲のような眼光を向ける聖子。観察を続ける聖子の瞳に巨人の体表から燃え盛る火炎がわずかに映った。聖子は指を鳴らす。
聖子の狙いは別にあった。アリの顎では像に傷など与えられないが毒となれば話は別だ。
体の小さい者が大きい者に立ち向かう有効な手段の1つである。
電撃により木に着火した炎が広がっていく。
山火事のように巨人の体全体に炎が広がれば活動停止に追い込むことができるかもしれない。
そう考えたがこの作戦は失敗に終わりそうだった。
理由は2つ。
1つは火の広がりに対して巨人の進行スピードがあまりにも速すぎることだった。火が燃え広がる頃には東京都はまっさらな荒野となっているだろう。
2つ目は巨人に知性の存在が感じられたことだった。なんと巨人は燃えている木を自らの手で草むしりのように引きちぎり、下の民家に放り投げたのだ。
民家が倒壊する。さらには炎によって火事になってしまった。これでは逆効果である。被害がより拡大してしまうだろう。
巨人を止めるより恵美子を探す方が早いか。どこかで確実に見てはいるだろう。操っていなければあんな芸当はできはしない。
しかし巨人の進撃を食い止めながら恵美子も探すのは不可能に近い。かといって聖子単体の電撃では傷1つつけるのがやっとである。
単体では不可能だろう。
聖子のダイナが一気に解き放たれる。聖子自身からほとばしっていた電流は聖子を包み込みさらには練馬区全体に広がっていく。まるで聖子の体が練馬区と合体したかのようだった。
それでもまだ足りない。町1つでは緑の巨人を倒すには全く足りないと思っていた。
「まだまだあああああ!!!!!」
普段の凛とした話し方からはかけ離れた野獣のような咆哮。こちらの方が聖子本来の姿といっていいかもしれない。
プラズマの波は練馬を超えて東京都全域へ拡大していく。人々の混乱が加速する中、東京都の全ての電力を聖子は支配できる状態となった。
集まった電力はすぐにどこかへ散らばろうとする。聖子はそれを抑えるために集めた電気でなにか形作ろうとした。
なるべくわかりやすいのがいい。聖子のイメージしたものは昔実家で飼ってた猫だった。近づいて来るくせに聖子など存在していないかのようにふるまう。味方なのか敵なのか分からないそんな姿をイメージした。
東京都の電力、およそ3000億キロワットが聖子によって緑の巨人を倒すためにコントロールされた。
集められた電力を見て聖子はつぶやいた。
「不細工もいいとこね。これじゃあ猫というよりワニ猫だわ」
完成した猫はイメージしたものとは似ても似つかぬものとなってしまった。不規則に生える牙、タプタプに膨らんだ大きな腹、ちょこまかとしか動けない短い手足、極めつけは耳まで避けたワニのように大きい不気味な口に視点の合っていないぎょろりとした目玉、気色の悪いモンスターの誕生である。
大きさは緑の巨人に及ばないが四足歩行の状態で巨人の腰らへんはあった。立ち上がれば同じぐらいの大きさであろう。
ワニ猫を捕捉した巨人は動きを止めた。
(ぶちかます!)
聖子はワニ猫を操った。手始めに大きい的にありったけの電撃をかます。ワニ猫は大きい口を開くと口から巨人に対して雷をお見舞いした。
電気が擦れる音が鳴き声にも聞こえる。放たれた電撃は巨人の胸の辺りを打ち抜いた。
ぽっかりと穴が開く。穴から綺麗な夕焼けがくっきり見えた。聖子単体では出せない威力と範囲である。
巨人は腕を振りかぶった。ダメージはないのだろうか?ダメージという考え方が間違っているのだろうか?巨人は胸に開いた穴を気にする素振りすら見せず、ワニ猫へ長い右腕を振り下ろした。
ワニ猫は動けない。そもそも聖子は動きを前提に造っていない。東京中の電力を集めたのも初めてであったし、集めた電力が離散しないように申し訳程度に造っただけのいわば試作品である。
交わす間もなくワニ猫の額に直撃した。当たった箇所から電力が離散する。
防御力という観点から見ても恵美子の巨人と聖子のワニ猫では完成度に天と地ほどの差があった。
聖子のプライドが揺らぐ。ダイナに目覚め琵琶と出合い、桜の代紋を掲げ、公安に配属されてから幾度となくエスパー達と戦ってきた。鍛え上げた肉体、磨き上げた技術、エスパーの知識に不測事態に対応する経験、聖子が積み上げてきたものがただの主婦1人に覆されようとしている。
「聖子。自分のダイナと向き合えよ」
琵琶の言葉が重くのしかかる。まだまだ向き合い切れていなかったと自覚した。
「琵琶師範。あなたの背中は遠いみたいですね」
聖子は自分の肩が軽くなった気がした。なぜかは分からない。いらないものまで背負いすぎていたのかもしれない。
「もう少し自由にやってもいいのかもね」
ダイナの可能性は無限大である。
顔の欠けたワニ猫を見上げる。これを元に戻す電力は残っていない。巨人の方はというといつの間にか胸の穴はふさがっていた。ギリギリの聖子に対して恵美子の方はまだまだ余力があるようだ。
聖子は我慢比べは分が悪いと判断した。正面から叩き潰すつもりでいたが今やその思惑は崩壊している。
なんとか形を保っていたワニ猫を解体し、その代わり直径30センチほどの無数の電気の球体に変質させた。数えきれないほど出現する。億はあるだろう。無理に形を保とうとせずダイナを別の容量に使った。
数億もの電気の球体を巨人の体に満遍なく散りばめた。
聖子を守るものはない。巨人の目と鼻の先に聖子はいる。巨人は聖子を認識していた。巨人の手が聖子に振り下ろされる。
しかし巨人の手が聖子含め町に被害をもたらすことはなかった。動きは遅いながらも止まることなく町を破壊し続けていた巨人の動きがついに止まる。
聖子の思惑通りとなった。巨人は防御をしない。聖子の電撃、ワニ猫の電撃を発動前に止めようとせずただ受けるだけだった。あの異常な回復力があれば聖子の攻撃などとるに足らないことだったのかもしれない。
だから聖子は一点集中をやめた。巨人を破壊しなくてもいい。巨人の体全体に電撃が行き届くように配置し、痺れさせることで動きを止めることに注力した。
結果は御覧の通りである。功を奏したといっていいだろう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
地震かと思った。だが地震ではなく巨人のうめき声だとすぐに気づいた。口を持たない巨人がどこから声を出しているのか聖子は不気味なうなり声を聞きながらそんなことを考えていた。
聖子は巨人の頭上にのった。歩くだけで街を更地に変える巨人でも動かなければ木偶同然である。
「後藤恵美子!もう終わりだ。あなたこの巨人の中にいるんでしょ!探しても見つからないはずだわ。ずっと私の目の前にいたのね」
反応はない。うめき声はまだ続いている。
「いいわ。出てこないなら引きずり出してあげる」
聖子は電流を流した。巨人の体内に散りばめた電球が発光をさらに強めた。1つ1つが感電死するのに容易な威力を有する。巨人にも効果は抜群だった。
電撃の熱によって巨人の体が熱くなる。聖子の足元からも熱が籠りだしてきた。
背筋に寒気を感じる。何か妙だ。本当に自分の攻撃で弱っているのか、何か次の攻撃のための布石めいたものを聖子は感じた。
山を操るダイナ。山が熱を籠って赤くなる時、そんな事象が1つだけ聖子の頭の中で生起された。
「自分ごと噴火する気か!」
それでもいいのだろう。自殺だ。
聖子にできることは何もない。人も街も消し炭になるだろう。
「芝崎さん!」
壮太の声が聞こえた。声のする方へ目を向けると壮太がすみれを抱えて建物の屋上にいた。T工大からダイナでぶっ飛ばしてきたのだろう。
「状況を教えてください!」
「できることはもうないわ!さっさと離脱するわよ………」
どうして私がといった顔をしたすみれの顔を見て聖子の頭にある1つの仮説が浮かんだ。なぜこんな考えに至ったのか自分でも分からない。無理なはずである。自分の考えに不可能な要件がどんどん付随してくる。できるわけないと聞こえてくる。だが最後に聞こえたのは師範である琵琶の言葉だった。
「ダイナの可能性は無限大だ」
聖子は腹を括った。
「千田すみれ」
聖子はすみれの脳に電波を飛ばした。
「なにこれ。気もち悪!声が直接聞こえてくるんだけど」
パニックを起こすすみれの横で壮太がのんきに返す。
「ああ。それ芝崎さんの仕業だよ。頭の中で念じたら会話できるよ」
「すごっ!なんでもできるじゃん。応用効きすぎでしょ」
緊張感のないすみれを再び聖子は呼んだ。
「すみれ。お願いがあるの。今すぐ私の頭にエスパードラッグを流してもらえる?」
すみれはきょとんとしていた。
「聞こえてないはずないんだけど。私にあなたの開発したエスパードラッグを流してほしいって言ってんの。流すって言っても映像を思い浮かべるだけでいいわ。私が勝手にあなたの頭の中を見るから」
ああとようやくすみれは意味を理解したらしい。聖子の言葉に反論した。
「それは全然構わないんですけど意味がないには承知のはずですよね?エスパードラッグはまだダイナに目覚めてない人を目覚めさせるもので、すでに持ちうる人を強くするパワーアップアイテムとかではないですよ?」
「すみれは今まで見てきたエスパーの中で私はどのくらいだと思ってる?」
「えっ。なんですか?いきなり。そんなのぶっちぎりの一番ですよ」
「じゃあやってみる価値はあるんじゃない。今までのエスパーじゃああなたの才能を活かし切れていない」
すみれは言い淀んだ。自然に染まった緑の巨人は真っ赤なマグマを放出しようとしている。時間がないのは誰の目にも明らかだった。
「分かりました。どうなっても知らないですよ」
聖子は何でもできる気がした。どこにでも飛び立っていけるようなそんな幻想に支配されていた。
「大丈夫。少し宇宙を見て来るだけよ」
すみれの脳にアクセスする。エスパードラッグの映像が流れてくる。
広がり続ける宇宙と一体化する自分。体がどこまでも伸びているようでそれを俯瞰で見ている自分もいてあらゆる感覚が不思議と体で理解できていた。
目覚めた聖子は巨人に触れた。触れた箇所から虹のようなまばゆい光を周りに振りまいていく。みるみるうちに巨人は形を崩壊させていった。大地に戻っていく。
1分もたたないうちに巨人は消滅した。消滅した中から後藤恵美子が現れる。呆然と立ち尽くし遊び足りない子供のような瞳で聖子を見つめていた。
聖子は地面にゆっくりと降り立つ。
2人はしばらく見つめ合った後、恵美子は両手を前に突き出した。
「お互い馬鹿で困るわね」
聖子はそう言って恵美子に手錠をかけた。
2034年5月10日、テロから2日後事件は終わりを迎えた。




