電気女7
「ほら。起きなさいよ。いつまで寝てんの」
失神している壮太を起こす。起きてもらわねば聖子が壮太とすみれの2人を担がねばならなかった。
すみれにもしっかりと気絶してもらっている。人を操るダイナの発動条件も曖昧なため、起きていれば何をされるか分かったものじゃない。実際壮太はすみれと接触していないのに操られている。
「うーん」
まぬけな声をあげながら壮太が目を覚ます。キョロキョロとあたりを見回した後、全てが片付いている現状を見て肩を落とした。
「起きたわね。あなた今回は大ポカよ。と言いたいところだけど敵のダイナの全貌が分からないから説教はお預けね」
「あのお……、俺結構迷惑かけちゃいました?大学生に追いかけられたところまでは覚えているんですけど……」
「そこまで記憶があるなら上出来よ。これも経験ね。しっかり糧にしなさい」
普段からは考えられない聖子の優しい言葉に壮太は戸惑いを隠せなかった。
「自己嫌悪に陥ってる暇があるならさっさと千田すみれを運んでくれないかしら。公安に持って帰るから」
「了解です」
壮太は手際よく気絶したすみれを肩に担いだ。
「芝崎さん。あれも持って帰りますよね?」
「あれ?」
壮太が指をさした先にはすみれのパソコンが落ちてあった。破損はしていないようである。中にエスパードラッグのデータが残っているかもしれない。
「先に行っといてちょうだい。あれは私が回収するわ」
「分かりました」
壮太は今度こそすみれを担いで車の方に向かっていった。
聖子は自分のこめかみに手を当て何かを引っ張り出すような仕草をした。
聖子の頭から半透明なケーブルが出てきた。聖子が生み出したアポロである。聖子はこのケーブルを電子媒体に差し込むことでハッキングやクラッキングを行うことができる。
他人の頭に差し込むことで全てではないが他人の思考を読み取ることも可能だった。
すみれの監視カメラをハッキングしたのもこのアポロを使っていた。
すみれのパソコンに接続する。聖子の意識は電子空間にダイブした。体が浮遊感に包まれる。どっちが上か下かも分からない。
バスティーユでネットに接続した時よりも多くの情報がファイリングされてご丁寧にロックがかけられ転がっていた。ダイナの実験データ、オリジナルのエスパードラッグの映像、さらには顧客リストまであった。聖子は手際よくファイルをハッキングしてデータを公安に送信していく。
そこまで多くは売ってなかったらしい。顧客リストには30人ほどの個人名や組織名がずらりと並んでいた。大方全て偽名だろうが。聖子はその中に気になる名前を見つけた。
(なんでこいつが?どういうこと?時系列が合わない)
斎藤の話や六本木のテロと照合する。話が嚙み合わない。
(直接千田すみれに聞けばいいか)
すみれの脳内から出ようとした時、もう1つファイルを見つけた。他のファイルと違いロックはかけられておらず、無造作にデスクトップに貼られていた。あまりの無警戒さに危うく見逃しかけるところだった。
一応見てみる。それはすみれの日記だった。
ざっと目を通す。一通り読み終えると聖子は電子世界から離脱し、意識を現実に戻した。
聖子は壮太を探す。壮太はまだ聖子の声が届く範囲にいた。
「壮太!壮太!」
壮太が何事かと振り返る。足は少しこちらに戻ろうとしていた。
「やっぱ千田すみれは置いていって!」
壮太に聞こえるよう怒るとき以外は出すことのない声を張り上げた。
「どうしてですか?」
「いいからさっさとしなさい!私が運ぶから!壮太は先に車に戻っておいて!」
「いやだから」
壮太がしゃべりきる前に聖子は壮太の目の前に瞬時に移動した。戦闘中でしか使わない速度を発揮され聖子のイライラを壮太は肌で感じた。
「お願い」
ヤンキーがメンチを切る距離である。
恐怖から壮太も引かざるを得なかった。こうなった聖子にこれ以上絡んでもろくなことがないのは壮太が重々承知していた。
「わかりました」
壮太は恐る恐る離脱する。
静かな大学構内で崩れたホールを背に聖子はすみれの脳にケーブルを差した。
「ここはどこなの?」
初めて目にする空間に対してすみれは聖子に問いかけた。
「そうね。仮想空間、あなたの脳内、脳の意識障害が招いた幻覚、いろいろ言語化させることはできるけどここはあなたがたどり着きたかった地点よ」
「はあっ?ああそういうこと。あたしのパソ調べたんだ。並の腕じゃあ開けないようになってるのになあ。すごいね。芝崎聖子刑事」
「あなたも流石の腕ね。エスパーへの理解、それを落とし込むための脳科学と電子工学の知識、さらには理論を構築する超S級のプログラミング技術、本当に国宝級だと思うわ。そんなあなたに敬意を表したくてね。この空間でもてなそうと思ったのよ」
聖子は賛辞を示したがすみれの警戒心が緩むことはなかった。
「世辞はいいですよ。芝崎刑事には及ばなかった。で、あたしはこの後どうなるの?」
刑務所に入るのはよほど嫌だと見える。
「それよりもこの場所はどう?気に入ってくれた?」
すみれの質問には答えず聖子は尋ねた。
すみれも聖子の雑談に付き合うようだった。ため息をつきながらも敗軍の将は兵を語らない。
「どうでしょうね。あまり気持ちのいい場所ではないです。思ったよりもつまらないと言っていいかもしれない」
「そうね。私もそう思う。こんなところはあなたが今までしてきた対価には絶対に見合っていない」
「それでこれを見せてあたしに何をさせたいの?反省でもさせたいの?」
「反省?まさか!私は次の目的をあなたに与えただけよ。人の頭をのぞきたいというあなたの望みは叶った。次は何をするの?」
「次?」
自分に次があるのかと顔が言っていた。
「分からないならじっくり考えてなさい。人間は思考するだけの時間なら無限に生み出せるのだから」
聖子は1度視線を切った後、再びすみれを見返した。
「1つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「あたしに答えられることなら」
「エスパードラッグの顧客名簿の中に後藤史郎っているんだけど覚えてる?リストだと先月に購入してるんだけど?」
「後藤?ああ、それ偽名ですよ」
「偽名だってどうして分かったの?本名かもしれないじゃない」
「だって一昨日の六本木のテロはサンプル欲しさにあたしもリアルタイムで見てたからね。銀のドラゴンなんてめちゃくちゃだよ。あいつが後藤史郎だもんね」
「それだと買ったのはやっぱり本人じゃないの?テロの1か月前にエスパードラッグを切り札として使うために買った」
実際にはありえないが、後藤史郎が銀龍に変身したのは斎藤のダイナでエスパードラッグを頭に流されたからだというのはすみれには知らない情報である。
本人がエスパードラッグを所有していたわけではない。だが購入者リストだとテロの1か月も前に映像本体を購入している。
何かおかしい。聖子は事件を最初から思い直していた。そもそもの事件のスタートはどこなのか、千田すみれというゴールにはたどり着いたがアイテムを1つ取り損ねたようなそんな気分だった。
「後藤史郎が男だからですよ。あたしの商品を買ったのは女です。だから確実に偽名ですね。奥さんかなんかじゃないですか?」
すみれの言葉で最後のピースがはまった。
「後藤史郎の妻、後藤恵美子。こいつが最後のピースだ」
後藤の家は練馬区にあった。閑静な住宅街とわずかな自然を残す場所に建つ一軒家。少し後方にそこら一帯を守るように小さい山が立っていた。事件からもう2日たっている。後藤恵美子にとっても劇的な2日間だっただろう。
聖子はインターホンを鳴らした。
ピンポーン
しばらくすると「はい」と声がしてドアが開かれた。
幸の薄そうな飾り気のない女が出てきた。化粧っ気のないむくみのある顔立ち、それでいて整ってはいた。今でも性欲を持て余した童貞大学生くらいなら食えそうではある。
「どちらさまでしょうか?警察の方?お話しすることはもうありませんが」
身体中から不幸を全面に押し出してくる。2日前からテロリストの妻になったのだ。全日本人対象不幸ランキングなるものがあれば1000位にはランクインしてくるであろう。
そんな弱弱しい主婦1人相手に聖子は戦闘態勢に入っていた。恵美子を見た瞬間から胸の奥から湧き出る気持ち悪さをぬぐい切れなかった。
「後藤恵美子ね。私は公安の芝崎聖子よ。少し話を聞かせてもらえないかしら」
「まだ何かあるんですか?話ならさんざんしたと思いますが。夫の行動に不審なところはなかったし私には何もできませんでした」
ぼそぼそと下を向きながら話す。聖子とは目も合わせない。
端から見れば夫の馬鹿な行動に巻き込まれた健気な妻そのものだろう。
「あんな小物のことを聞くつもりはないわ。私が聞きたいのはあなたのこと」
「小物?夫は確かに悪いことはしましたが原因が全て夫にあるとは思っていません。あの人はただ……真面目だっただけです」
「だから旦那のことはどうでもいいのよ。後藤恵美子!あなたダイナに目覚めているわね?1か月もあればもういっぱしのエスパーでしょ?」
恵美子の眉がわずかに吊り上がる。不幸な妻の仮面がわずかにずれた気がした。
「何の話か分かりません。お引き取りください」
「茶番はもういいわよ。その鼻につくしゃべり方やめなさい。あなたは今人生で1番楽しいんでしょ?満たされてるでしょ?力を手にして暴れる大義名分が欲しくて欲しくてしょうがなかった。私もいろんなエスパー見てきたけどここまで自分に酔える奴は初めてだわ」
聖子は気づかれないようすでにアポロのケーブルを恵美子の脳に指していた。
そこに映ったのはそこしれぬ自意識、圧倒的承認欲求、そしてまっすぐなまでの破壊衝動。正真正銘の化け物である。
恵美子の顔が笑った気がした。
「何が言いたいのかよく分かりません。私に過ぎた力などありませんよ。あるのは正当な、あって当然の権利だけです」
恵美子の足元の地面が動いた。何かが盛り上がって出てくる。ものの3秒で2体の巨人を生み出した。大きさは2メートルほどだろうか、恵美子が隠れて見えなくなった。
ピッ!!
一瞬聖子の手が光った瞬間、2体の巨人は粉々に砕けた。
聖子が電撃を飛ばしたのだ。恵美子の目では絶対に認識できない圧倒的な雷の速さ。
ばらばらと崩れる巨人の隙間から見える恵美子の顔がわずかに微笑んでいた。
「刑事さん強いですね。芝崎さんとおっしゃいましたか?昨日の刑事さんはさっきのでわたわたしてらしたのに」
「あら?後藤史郎の妻がエスパーだって報告は受けていないけど。その刑事はどうしたのかしら?」
「なでたら動かなくなったので土の中に埋まってます。裏の山ですね」
「殺しがついたか。あなたもう人間に戻れないわよ」
「戻る気はありません。夫を返してくれれば」
ごごごごごごごおおおおお!!!
さっきより大きく地面が揺れる。倍の大きさの巨人が10体ほど出てきた。
「木偶を何体出したって私には効かないわよ」
聖子も電撃を飛ばす。威力は上げた。同じように巨人は砕けた。
「もっと大きくしないといけませんね。数もこれでは足りないわ」
恵美子は自分の家に触れた。立派な一軒家が崩れ形を変え巨人に形成されていく。地面から生えてくる巨人も休むことなく出続けていた。
「キリがないわね」
巨人をいくら潰そうと無限に湧き出る。だったら倒すのは巨人を生み出している後藤恵美子だ。
見渡すがいつのまにか恵美子の姿が消えていた。巨人の陰に隠れて見失ってしまったらしい。
聖子はせまり来る巨人を薙ぎ払う。すみれに操られた人間とはわけが違う。疲労度が段違いだった。
聖子はすべて壊すことにした。身体中に集めた雷レベルの電気を地面に一気に放出する。恵美子ごとやるつもりだった。
狙い通り数十体に上った巨人の軍団は壊滅した。だが肝心の恵美子の姿が見当たらない。逃げたのだろうか。
聖子が捜索に意識を移したその時、聖子の体が宙に浮くほど地面が激しく揺れた。なんとかバランスを保つ。激しい揺れはまだ続く。不意に視線を向けた裏山が動いた気がした。まさか、そんなはずはない、50メートルはあったぞ、頭の中で不可能な理由をいくつもあげるも想定した最悪の事態となった。
標高50メートルもある山が周りの土や木々、果ては建物を吸収して形を変形させていく。それは北欧神話のユグドラシルのようだった。
裏山はみるみるうちに姿を変え、100メートルもの巨人となった。
東京をいや日本を消すつもりなのだろうか。
「罪を犯した旦那の帰りをけなげに待つ妻にしてはダイナミック極まりないわね」
ダイナだけに。聖子は1ミリも笑えなかった。




