電気女5
「出せええええええ!!!ここから出せええええええ!」
「ちょっと栗山さん!助けてください!全然コントロールできてないじゃないですか!!」
「あれえ?おかしいなあ。八木君はすごくおとなしかったのに。芝崎さん見て反応しちゃったのかな?」
「こら壮太!しっかり抑えてなさい。暴れるって言っても部屋を出ようとしないあたり栗山のダイナは効いてるみたいよ」
「なら良いんですけどそろそろ狭山君がやられちゃうんじゃあ」
聖子はめんどくさそうに頭をかく。
斎藤将太の取り調べが終わり、一同は1号棟に滞在する八木公平の取り調べに来たのだ。
栗山曰く「八木公平は大変おとなしい。精神状態も非常に安定しています」と聞いていたのに部家に入って聖子の顔を見た途端、このありさまだ。
壮太に取り押さえてもらっているがどうにも収まりそうにない。
「話にならんな」
聖子は我を忘れて暴れる八木のこめかみに電光石火の左フックを叩き込んだ。
殴られたことに体が気づいていないのだろうか?八木の体は2、3度拳を繰り出した後、支える糸が切れたかのように前に倒れた。
「運べ。目え覚ましたならあんたが相手しなさい」
「俺がやるんですか?」
「ガス抜きしてあげなさいって言ってんの。多少は落ち着くはずよ。それに壮太も実戦経験積まないとね。私の親心だと思いなさい。それとも何?壮太君はいまだに聖子ママのお手伝いがいるんでちゅか?」
「はぁ?」
聖子の挑発に壮太もスイッチが入ったようだ。壮太が公安に入って1か月、そろそろ見習い扱いを脱却させねばと思っていた所である。
「分かりました。俺がやりますよ。芝崎さんは茶でもしばいてもらって結構です」
聖子はほくそ笑んでしまった。扱いやすい男は嫌いじゃない。
「あら、楽しみね。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
壮太は肩を怒らせながら気絶した大男を外に運び出した。
八木公平は目を覚ました。広い野原だ。奥に小さく建物が見える。周りを見ると高い壁に覆われていることに今更ながら気づいた。起き上がろうとするが頭がひどく痛む。なんとか体を起こすが頭に鉄が埋め込まれているのかと感じるほど体が重かった。
目の前には若い男がいた。見覚えがある。誰だったか?回らない頭を動かした。そうだ。あの女の部下だ。人の話を聞こうともしない独善的な女だ。弱者の気持ちを分かろうとしない、ただ強者の理屈を並べ立て、それが真理であるかのように話す女。
八木が目を覚ましたことに壮太は気づいた。壮太に気づくと恐ろしい眼光を飛ばしてくる。壮太はなるべく優しい言葉で話しかけた。
「やっと起きたか。待ちくたびれたぞ。立てるか?」
「今から何をするんだ?あの女はどこだ?バラバラに引き裂いてやる」
会話はできるらしい。問答無用で暴れる様子はなさそうだ。少しは話になりそうだと壮太は思った。
「大したことじゃない。ただあんたと俺で戦うだけだ。ここ広いでしょ?周りに人もいない。誰にも迷惑をかけずに戦うことができる」
八木はまだ話を呑み込めていないようだった。
「なぜこんな無意味なことをする。お前らは、いやあの女は何がしたいんだ?」
「芝崎さんの考えてることなんて俺にもよくわからんよ。八木さんだってあの人にあんまりいい印象持ってないでしょ?みんなそうだよ。仕事ができてやりたいように生きていて何よりとてつもなく強い。弱い人間のことなんて全然わかろうとしないんだ。警察官なのに正義感も持ち合わせてないしね」
「確かに強いな。俺も斎藤も勝てる気がしなかったよ」
「だからさあそんなこと考えてもしょうがないんだよ。八木さんテロリストだろ。伝えたいことがあるなら俺が全部受け止める。芝崎さんは無理でも俺にだったら勝てるかもしれないよ。もし俺に勝てたらここから出ていきなよ。芝崎さんも栗山さんも今いないから」
八木は自分の手に視線を下した後、壮太の目を見据えた。
「分かった。目的は分らんがお前を殺していくのも悪くない。後悔するなよ」
身震いするほどの殺気を壮太は正面から受け止めた。逃げる気は最初からない。ねじ伏せて勝つだけだ。
「ああ。かかってこいよ」
壮太の合図を聞き八木のダイナが発動した。
太陽が隠れた。雲に覆われたわけではない。八木の大きすぎる右手に隠されたのだ。
右手が巨大化した。壮太を叩き潰すつもりなのだろう。
(自分の体を大きくしたり小さくしたりできるダイナか。厄介だな)
このダイナなら当然ギガントも高い練度を誇るだろう。大きくできてもそれに見合った身体能力がなければ宝の持ち腐れである。
八木の振り上げられた右手は壮太へ目掛けてまっすぐ降りてきた。
潰された。ぺしゃんこである。人間が蚊を叩き潰すように壮太は潰された。八木も手応えを感じている。まだ戦闘態勢は解かない。
八木とてこれで終わるとは思っていなかった。あくまで初手の様子見である。避けるか受けるか敵の戦闘スタイルを見極めようとした。結果は後者だった。
案の定押しつぶしているはずの右手に負荷がかかった。
八木の右手を軽々と持ち上げる壮太。顔色も余裕といった表情である。
それよりも目に入ったのは壮太の全身の光沢である。まばゆいばかりのダイヤモンドをちりばめたようだ。壮太の体は全身をダイヤモンドで硬質化していた。ダイヤの硬度に八木の右手の強度が負けている。
八木の皮膚から血が噴き出た。対して壮太の体には傷一つない。当然だ。世界最硬の物質を体に纏っているのだから。
「今度はこっちから行くぞ」
壮太は持ち上げた右手をつかんで投げ飛ばす。2倍近くある体重の八木が3メートルは吹っ飛んだ。すぐに立ち上がるが壮太がいない。消えたと思ったがすぐに見つかった。目の前だ。
ギガントの技術も一級品である。
八木も反応するが間に合わなかった。腹を貫かんばかりのボディーブローを一瞬で数発もらう。
「げっぼあああばばあああ!!」
声の代わりに胃液を吐く音が叫びとなって出た。頭もくらくらして立つのもやっとだった。
「八木さん。こんなんじゃ消化不良だろ?本気で来いよ。俺相手に様子見してるなんて時間の無駄だぞ」
「そのよう…だな。何が勝てるかもだ。人が悪い。お前もしっかり化け…ものだ」
壮太は自嘲気味に笑った。
「そんなこと微塵も思えないよ。芝崎さんには掠りもしないんだから」
「そうなのか?なら俺たちが勝てるわけがない」
「そうだね。気の毒だと思うよ。自然災害にあったと思って諦めてくれ」
「諦められるかああああ!!!」
八木は巨大化した。全長15メートルはあるだろうか。まるで人間とゴキブリである。八木の全力に壮太は再び真正面からぶつかった。結果は完勝である。八木の意識は断ち切られた。八木の顔は不思議と満足そうに見えた。だがそれは自己満足のものだろうと壮太はすぐにその考えを捨てた。
「決着がついたようですね」
日差しをしのぐパラソルの元、机を広げ椅子を出し優雅にパソコン作業をしながら栗山は尋ねた。聖子と栗山は表参道のおしゃれなカフェテラスのごとくくつろぎながら2人の戦いを見ていた。
「そのようね。私に1発入れた男よ。負けるはずないわ。仮に金属のダイナがなくたってギガントだけでも対処可能よ」
「人体を硬質化するダイナですか。なんとも面白い。ダイヤモンドの硬さを維持しつつ本来の人体のスピード、威力は殺さない。まだまだ仕掛けがありそうですね」
常にエスパーを研究しているだけはある。栗山の着眼は的を得ていた。
壮太が操るのはダイヤモンドだけではない。金、銀、銅、アルミ、鉄、チタンなど様々な金属を生成し合成することができる。さらには固体や液体にして戦い方に合わせた人体を再構築することもできる。
だが生成した金属を体外に放出することはできない。
能力の全容は聖子もまだまだ把握できていない。おそらく本人も分かっていないだろう。
完璧に使いこなせれば聖子の喉元にも届くかもしれない。壮太が所轄にいた頃、初めて手合わせした時に聖子は思った。だから引き抜いたのだ。
「じゃあ一段落したし仕事しますか。ネット借りるわよ」
「どうぞどうぞ好きに使ってください」
エスパードラッグ。今回の事件の最も異質なキーパーソン。斎藤は裏サイトに出回っていると言っていた。誰が作ったのか。聖子は気になってしょうがなかった。
電気信号をネットに接続する。聖子の石工はネットの海へとダイブした。
思ったよりも早く探し物は見つかった。もう一般にも出回り始めているのかもしれない。エスパードラッグに関するデータを片っ端からハッキングして回収する。すぐに敵に感知されるだろうが問題はない。なんなら今からでも何か仕掛けてこいと挑発的な動きをわざと見せた。
(名前?こいつか。学生番号。本当に学生だったんだな)
エラーの文字が出る。ウィルスに検知されたようだ。これ以上はさすがに危険か。聖子は離脱し、己の体に意識を戻した。
「大丈夫でしたか?」
栗山が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫よ。必要な情報は手にできた」
「それは何よりです」
壮太が気絶した八木を担いで戻ってきた。
「芝崎さん。こっちは終わりました。そっちはどうですか?」
「こっちも終わったわ。それよりも反省会ね。まだまだダイナの発生が遅いわ。私が相手なら7回は死んでるから」
「厳しい~」
「それとギガントも改善の余地ありね。金属で覆ってる時に動きが制限されているわ。もっといろいろ試しなさいよ。そのためにこんな機会設けてるんだから」
「すいません。練習しときます」
空返事が目に見えた。そろそろ実務を与えてやろう。
「八木は栗山に任してそろそろ行くわよ。エスパードラッグの開発者に会いに行くわ」
「分かりました。車回します」
迅速に壮太が動いた。
「栗山。世話になったわね。また来るわ。引き続き監視よろしくね」
栗山は嫌な気持ちを何とか抑え精一杯の苦笑いを浮かべた。
「もちろんです。誠心誠意やらせてもらいます」
聖子は頷く。
「じゃああと任せた」
2メートルもの巨体を放置し聖子と壮太は車に乗車した。
壮太がブルンとエンジンをかける。
「どこに向かえばいいですか?」
「場所はT工大、今昼だからまだいるんじゃないかしら。登校してればだけど」
「大学ってことはあれを作ったのは学生さんですか?」
「そっ。名前は千田すみれ19歳、大学2年、壮太とタメじゃない」
「同い年でこんなすごいの発明したのは素直にリスペクトですけど悪用するのはいただけないですね」
「同意ね。ただ1つ言えることは千田すみれは天才ってことよ。私のハッキングもばれている。行ったら逃げてるか、迎え撃ってくるかのどちらかでしょうね」
聖子は嬉しそうだった。なぜか確信があった。こいつは逃げるようなたまじゃない。こちらを迎え撃つ用意はしているだろう。それが楽しみで楽しみで仕方がなかった。




