電気女4
「栗山さんって何者なんですか?」
車を運転中の壮太が突然質問してきた。これから向かう施設の主の正体が気になるらしい。都内を出て府中の山奥をかれこれ2時間近く走っているのだ。気になるのも無理はない。
「元警察とかですか?」
無視したわけではないのだが、聖子が反応しなかったのでそのまま話を続けた。
「栗山梅村今年30歳だったかな。何の仕事をしてるかって聞かれたら医者よ。精神科医ね。腕がいいかは知らないけど、昔はぼちぼちやってたみたいよ」
「へえ~。お医者さんだったんだあ。見た目は博士っぽいですもんね」
「逆に壮太は何で警察だと思ったのよ」
「こないだ初めて会った時に芝崎さんと話してた雰囲気が昔の上司と部下っぽかったんで」
思わず吹き出してしまう。視野が狭いのにどうでもいいことは観察している壮太が聖子にはおかしかった。
「間違ってはないわ。彼、今は辺鄙な場所で看守長なんてしてるけど昔は都内の大学病院勤務の精神科医で私の情報屋だったのよ。いろいろあったけどよく働いてくれたわ」
「それがいまやエスパー専門の看守長ですかあ。人生なにがあるかわかりませんね。芝崎さんも警察辞めてたりして」
「あり得るわよ。そんなのお互い様でしょ。でも栗山に関しては天職だと思うわ」
「何でですか?」
カーブを曲がる。そろそろ目的の場所が見えて来る頃だった。
「研究者でもあるからよ。ダイナの仕組みを解明したいんだって。あの施設はほっといてもエスパーのサンプルがたまってくるんだから、彼にはうってつけの場所ってわけ」
「なるほど」
「それに彼、普通に強いのよ」
壮太は眉を顰め、信じられないといった顔をする。
「あんな病弱そうな人がですか?とてもそうは見えませんけど」
「考えてもみなさいよ。四六時中エスパーを拘束しておくなんてできる?それも1人じゃないのよ。
数人、一時は10人ぐらいいたんじゃないかしら。それを特に警護に特化した施設でもなく栗山1人で対処してるんだからまじで化け物よ」
正門が見えてきた。門の前で車を停止させる。入り口はこの正門と裏口の2つしかない。その他四方全ては10メートルもの高い壁で囲まれ、中には山を切り開いただけのだだっ広い野原が広がっているだけだった。野原の概ね中央に三角形に配置された平屋の建物が3棟とその中心にぽつんと1つ小屋が建てられている殺風景な施設である。
エスパーの刑務所ともいえる施設、通称バスティーユは表向きは精神病院であるが公安保有のエスパー隔離施設である。収容人数は1棟につき8人、それが3棟あるから最大24人収容可能。現在は6人に加え聖子が捕まえた斎藤将太、八木公平さらに後藤史郎が収監され計9人のエスパーを隔離している。
常駐しているロボットが聖子と壮太の身分証を確認するとすぐさま門を開け2人を通した。
壮太が小屋まで車を進める。道はなく野原が広がっているだけだ。収容している建物も特に変わった様子はなくいたって普通のコンクリート建築である。フランス革命の象徴でもある牢獄、バスティーユの名を関するにしてはしてはいささかしょぼい施設だと言わざるを得ない。
「いつでも脱獄できそうですけどね。本当にこんなんで隔離できてるんですか?」
「バスティーユができて5年くらい経つけど今までここから出た者はいないわ」
「にわかには信じがたいですね」
小屋のインターホンを鳴らす。ピンポーンと鳴って中からはーいと声が聞こえた。
ドアが開いて中から栗山が出てきた。いつものことだが顔色が悪い。余命1年の病人と思うぐらいやつれているが本人曰く風邪などひいたことがないらしい。
「芝崎さん!お久しぶりです。そちらは狭山さんだったかな?ささっ中へどうぞ」
栗山は2人を愛想よく迎え入れた。
部屋の真ん中に鎮座された大きめのソファに2人は腰かけた。15畳ほどの広いワンルームにロフトがついている。奥にはキッチンが見えた。本棚にはびっしりと研究に使用する本が並んでおり、壁に取り付けられたモニターには収容されている人が観察できるようになっていた。
「電話でもお伺いしましたが本日の要件は新規のお客さんの取り調べでいいんですよね?」
対面に座った栗山はコーヒーを用意してくれた。
「私が連れてきた2人、いや3人か。そいつらの話を聞きに来た。入所してからの様子はどうだ?」
「どうと言われましても彼らは昨日入ってきたばかりですからねえ。夜中にあなたにたたき起こされて追加だの一言だけですよ。何の説明もない」
少しだが不満げではあるようだ。あの晩聖子が自身のダイナを使い車で2時間かかる道のりを、男3人担いで30分で往復してきたのだ。
壮太はそのおかげで熟睡できる時間があったのだが夜中にたたき起こされた栗山はたまったものではないだろう。壮太は上司の非礼を軽く謝ろうとした。
ドンッ!!!!
突然聖子はソファの前に置かれた机に足を乗せた。横で苦笑いの準備をしていた壮太は音にびっくりして思わずコーヒーを少しこぼしてしまった。
殺気が混じる。壮太は直属の上司に対して構えをとった。
壮太は思い出していた。1か月前聖子と初めて会った時に刻み込まれた恐怖を。冷徹でいて確実に怒りを体現したその表情は言葉を間違えれば死に直結することを表していた。
「私の聞き違いかしら。今、文句を言っている風に聞こえたのだけれど。ただの愚痴なら後2,3個くらいなら聞いてあげられるけどどうかしら?」
栗山のコーヒーを持つ手がガタガタと震える。しゃべろうとしてもうまく言葉が出ないようだ。どれだけ聖子のことを恐れているのだろう。
たまらず壮太がフォローに回る。
「ちょっとどうしたんですか?芝崎さん!いつもより沸点低くないですか?」
「なんか勘違いしてるようだったから。言い方が癪に障ったのよ。対等に話されてもねえ、困るじゃない。それとも何?また分からせた方がいいのかしら」
震える唇を何とか動かし栗山は答えた。
「めめめ滅相もございません。芝…崎……さんには大変おおおお世話になってばす」
言葉になっていない栗山の返答に少しだけ聖子の表情が緩んだ。同時に部屋を包み込んでいた禍々しい空気も落ち着いた。
「栗山。あなたの職務はバスティーユの維持、運営。すなわち中のエスパーを監視し外に出さず逐次観察、時にはこちらの要望に応えることです。この仕事はあなたの趣味、研究って言った方がいいのかしら?研究は職務を遂行しながら思う存分できる。これをあなたは1人で可能にしている。私はすごいと思っているのよ。これ以上のギブアンドテイクがあるかしら?あるなら私がこの場でこの手で今見せてあげてもいいのだけれど」
「大丈夫です。これ以上の望みはありません。すぐに用意します」
少しだが落ち着いたらしい。準備しますと言ってそそくさと部屋を出て行った。
「いい死に方しませんよ。怖すぎます」
「でも簡単でしょ」
聖子は心底興味なさそうに吐き捨てた。
「気分はどう?斎藤将太。よく寝れた?」
できるだけ軽い口調で聖子は話しかけた。昨晩は殺し合った仲だというのに図太い神経をしている。斎藤の顔色は逮捕されたにしては幾分よく見えた。
「気分は悪くないね。住みやすくさえ感じるよ」
斎藤の部屋は3棟あるうちの2号棟である。牢獄のような造りではなく、ごくごく普通のワンルームだった。斎藤の部屋に限らずバスティーユの部屋全てにおいて鉄格子はなくドアと窓があり解放可能な普通のワンルームマンションの造りをしていた。出ようと思えば窓からでも出れるしドアを開け玄関からでも脱出可能だろう。
「いいことじゃない!あなた国際指名手配犯だからICPOにでも引き渡されたらこんないい生活できないわよ」
「不思議とそういう気分にもならねえ。心地いいのがおかしいんだよ。あの病人みてえな野郎のダイナだな?あれだけ不快だったあんたの顔も普通の美人に見えるよ」
「うれしいこと言うじゃない」
聖子はふっと一息おいて書類をトンと整える。
「脳をいじる系か?触れられたりしてねえのにこんな思考になっちまった。へまこいてこんなに落ち着いてるなんて絶対にあり得ねえ。意地でも脱獄を考える。それがなんだこの様は!部屋を出るときはトイレの時ぐらいだぜ!気持ちも落ち着いてる。この部屋に仕掛けがあるのか?そうだろ?」
「全然落ち着いているようには見えないけど。悪いようにはしないわ。あなたがパスカルだっていうのも分かってる。私が聞きたいのはパスカルのことじゃなくてあなたが後藤の脳に送り込んだ映像のことよ」
ピクッと斎藤の眉が動いた。
「見たのか?あの映像を」
「ええ。見たわよ。あなたがあの時自分のダイナで後藤の脳に送り込んだ映像を。便利よね。物体だけじゃなくて自分の記憶なんかの非実体も遅れるんだもん」
「分かったぞ。あの看守が人の脳みそをいじれるのか。しかも大分精密に大人数をコントロールできるらしい」
「聞いているのは私なんだけど?答えてくれないの?」
「俺の脳内を見りゃあいいじゃねえか!なんでこんな回りくどい真似するんだよ」
「あら。暴力的なのが好みなのかしら。見かけによらずMなのね。だったらそれでもいいけど」
聖子は微弱な電流を斎藤の指の神経に飛ばした。激痛が走りうなり声を上げる。
「やめろ!痛い!分かった。しゃべる!映像のことならしゃべるよ!」
電流を解いた。よっぽど痛かったのか斎藤は肩で息をするほどだった。息が整うのを待つ。
「あれはパスカルとは関係ねえんだよ。闇市場で流れてきたものなんだ。エスパードラッグって言われてる。あれを見ると脳みそが刺激されるんだよ。仕組みは知らねえがそれでダイナが覚醒するんだ」
予想通りだったがやはり驚きを隠せない。作った人間は相当の天才だ。電子工学と超能力に卓越した知識と技能を持っている。
「そんなこと可能なの?百発百中?」
「いや全員じゃねえ。覚醒しない奴もいた。それに俺やあんたみたいなすでにダイナに目覚めた人間には影響はない」
「それをあんたらは悪用したわけだ」
「そうしようと思ってたんだがな。パスカルでは使っていない。ボスが反対したんだ。俺はそれに反抗しちまってな。パスカルを抜けたんだ。だから今回のは俺と一緒についてきた八木とやったんだ」
「なるほどね。それで素人が多かったわけだ。人手が足りないから」
その発言には斎藤は激しく首を振った。
「それは違う!俺たちパスカルの理念はテロの手伝いだ。力がなくて世の中に一死報えない奴らに手を貸してやるんだ。だから理念までは捨ててねえ。ボスの教えに従っただけだ」
今の話が本当ならエスパードラッグを否定したパスカルのボスの気持ちは分かる。パスカルの存在意義がなくなるからだ。テロの手伝いが理念なら力そのものを弱者に与えては本末転倒だろう。こいつは気づいていないみたいだが。
「ふーん。了解。聞きたいことはそれだけ。しばらくはゆっくりしていって」
部屋を出ようとする聖子を斎藤は呼び止めた。
「あんたはまだ俺らと対話する気はねえんだな。分からねえだろ?力がない奴の気持ちを」
そんなものは分からない。分かろうとするものじゃない。
「言いたいことは分かるわよ。でも私にとって力って与えられるものじゃなくて身に着けるものだからそれだけの違いなのよ」
ドアを閉める音だけが部屋にこだました。
部屋の外で壮太と栗山が待機していた。
「どう?嘘ついてた?」
栗山は首を振る。
「ついてないですね。脳内の映像も話してることとリンクしていました」
「あっそ」
「すごいですね。栗山さんは斎藤の脳を見てたんですか?」
「見るだけじゃないよ。コントロールも可能。個人差はあるけどね。でも芝崎さんは無理。常に張ってる電磁バリアで止められちゃうんだよ」
「そうやってここのエスパーを操ってるんですか?」
「操るほど使ってないよ。僕はただこの狭苦しい環境を過ごしやすいと思わせているだけさ。衣食住の住に対して幸福感を与えているんだよ」
簡単なことのように言っているが複数人のエスパー相手に行っているのだから相当な実力である。
「でも芝崎さんみたいに効かない相手だったらどうするんですか?」
栗山は一瞬聖子を見て答えた。
「実力行使かな。見ててね」
栗山は両手を掲げ目を閉じた。10秒ほどたって「外を見てごらん」と言った。
言われた通り壮太は外へ出た。四方を囲んだ高い壁から人が出れないほど編み込まれたアポロが上空までドーム状に囲うようにして伸びていた。
「これで物理的に外へは出られない。脱出不可能だ」
ここまでのアポロの使い手は公安でもなかなかお目にかかれないだろう。
「芝崎さんと同レベルのエスパーでようやく脱出可能なわけですか」
栗山は顔面蒼白になった。それを見て聖子はケタケタ笑う。
「確かにそうだな。でもね壮太。別にここを脱獄してもらってもいいんだよ」
「どうしてですか?」
「だってここは別に刑務所でも留置所でもないんだもの。ただの収容施設よ。居心地悪いなら出て行って構わない。脱獄者が出ても彼を責めないというのが栗山がこの仕事を引き受けた条件なのよ」
壮太はいまいちピンときていないようだった。
「ちなみに栗山はギガントも壮太の100倍は強いからね」
「芝崎さんには全然敵いませんが」
エスパーとして化け物クラスの栗山がビビり散らかす聖子は化け物中の化け物だと言えるだろう。
「次は八木のとこへ行くわよ」
栗山はすぐに動き出し小走りで案内した。




