昼食問題
昼休みも猫依は猫のように熟睡している。猫は一日で十数時間は寝るらしいので、本当に似ているな、と思う。
「……佐伯さん、もう昼休みだよ?」
「う……ん?あと十分」
「昨日より伸びてるね」
一番後ろで一番窓側の席ということもあってか、猫依は号令中に爆睡していても特に何も言われていない。
ただ先生が気づいていないだけかもしれないが、この学校は放任主義なのかもしれない。
「昼ご飯食べる時間なくなっちゃうよ」
「……食欲ない」
「あ、そういやそんなこと言ってたね」
「うん……だから、私は睡眠を選ぶの……」
言葉の終わりの方がほとんど相手に伝わらないほどふにゃふにゃで、今にも寝たいという意思が伺えた。
「……時間になったら起こす?」
「……大丈夫」
ふにゃふにゃになりながらも、それを言った猫依は限界を迎えたようで、五、六限の教科書が積まれた高めの枕で睡眠を取った。
首痛くないのかな、そんな感想が湧き上がってくる。五、六限は比較的に教科書類は多くない科目なので枕自体は高くないのだが……。
猫依は小さいのだ。身長は平均を下回っており、150cm。そんな体型で座りながら、高め枕での睡眠となると、見る側としては中々な構図となる。
本人がいいのなら構わないが、すごい苦しそうに見えて、気になってしょうがない。
ただ、起こす理由もないので茜は再び昼食へと戻る。
◇◇◇
昼休み終了十分前。猫依は完全に寝息を立てて深い夢へと落ちていた。
それだけなら寝かせれば良かったのだが、彼女の寝息に混じってどこからか、腹の虫の音が聞こえてきた。
その音源は……猫依の腹部であった。それで目が覚めたのか、半分開きの目が茜を見つめる。
「やっぱりお腹空いてるんじゃ……」
「……でも、喉を通らぬ」
どうやら、梅雨の時期はお弁当を持ってこないらしい。昨日は茜は学食に行っていたので気づかなかったが、猫依はずっと寝て過ごしていたのだと。
朝食と夕食は除湿をしている部屋で取っているので何とか食べられるのだとか。
「……じゃあ、ちょっと待ってて」
「……何を?」
「すぐ戻ってくるから」
質問の答えにはなっていないが、このまま時間が過ぎるのを待つつもりは茜にはない。彼は財布を持って急いである場所に向かった。
「……」
一人、教室の後ろ端に残された猫依は上履きを脱ぎ、椅子の上に体育座りをする。それは、お腹の音と熱を帯びる耳を隠すためだった。
「恥っず……」
◇◇◇
これはお節介なのかもしれない。茜は道中、そう考えた。環境を整えないことには状況は変わらないのかもしれない。
だけど、あれは不安で不安で仕方なかった。
茜はちょっと特別な自販機の前に立つ。そして、160円ピッタリ機械に注ぎ込み、左端のボタンを押した。
すると、ゴトっと音を立ててエネルギー補給のゼリーが自販機の入口から「こんにちは」と顔を出す。
彼女にとっては迷惑かもしれない。これはただの自分のエゴである。それはわかっていた。わかっていたけども茜はそのまま見過ごせなかった。
◇◇◇
「佐伯さん、これなら食べられる?」
茜は先ほど購入したエネルギー補給ゼリーを猫依に手渡す。その際に猫依の小さな両手が軽く触れた。
「……私のために?」
「僕の勝手だけどさ、やっぱりちょっと気になっちゃって……」
いらなかったら捨てちゃっていいから。茜はそう言うと隣の猫は少し頬を膨らませた。
「食べる。食べるから捨てない」
猫依はゼリーの蓋を開け、そこに小さな口をつけた。それを直視するのは何かまずいと思った茜は視線を逸らすも、すぐに発せられた猫依の声で視線は戻される。
「美味しい……!」
「よかったぁ……!」
「……ありがとう、三浦くん」
ゼリーを口元に話す彼女は、チュールを喜んで食べる猫のように見えてしまった。
◇◇◇
「あっ、おかえり」
「ただいまぁ」
玄関でローファーを乱暴に脱ぎてた猫は軽くステップを刻みながら母の元に行く。
猫依の体質に合わせてか、家の中は基本的に除湿されているので気分が良くなるのだ。……ただ、今回はそれにプラスしてもう一つ理由があった。
「……なんか、機嫌いいわね。お腹空いてるでしょ?何か食べる?」
母のその質問に猫依は勝ち誇ったように答える。
「お昼ご飯食べたから平気」
「あ、あのアンタが!?何があったの!? 」
そう驚く母に猫依は空のゼリーの容器を見せつけた。
「これなら、食べられた……!」
「学校の自販機やつね……わかった。明日スーパーでたくさん買っておくわ」
「感謝する」
「……でも、どうして急に買ったの?」
まさかそこまで質問されるとは思ってなかった猫依は少し視線を逸らして答えた。
「……内緒」




