第13話 信頼
「なあ……まだ、やるのかよ……」
歯を食いしばりながら悠真は立ち上がる。
漆黒の外套の肩口が裂け、汗と土埃で滲んだデッキケースから、カードが数枚滑り出ていた。
ホウキは応じない。代わりに、そっと太刀を鞘に納め──
そして、再び引き抜いた。斬閃。
音速に迫る速度で、彼女の身が突っ込んでくる。
「くそっ──!」
悠真は素早く、次のカードを展開した。
「ビキニメイド・ストームカリン、召喚!」
魔法陣から嵐を纏う女性が現れ、ホウキの太刀と正面から激突する。
風の魔力が弾け、石の床を揺らした。
だがホウキは怯まない。
「桜花千凜──壱ノ型、花散らし!」
太刀が花弁へと変じ、無数の刃がストームカリンを包囲する。
切れ長の紅い瞳が鋭く輝き、刃の嵐がカリンの防衛を突き崩した。カリンが消滅する。
「次だ──ビキニメイド・サンダーヴァルキリー、召喚!」
金色の雷を纏う長身の女性が、電撃の槍を構え、彼女へと突撃した。
ホウキは飛翔する。軽装和装の裾が翻り、宙で身を捻りながら槍を躱す。
その動きは流れるようで、まるで舞のようだ。
「弐ノ型──千刃桜林!」
散った花弁が空中で再び集束し、無数の刃の形を成す。
それがサンダーヴァルキリーへと一斉に降り注ぎ、雷の魔物を瞬く間に消し去った。
「お前……本気でやってんのか……!」
悠真は叫びながら、次のカードへと手を伸ばす。
「魔術カード──炎陣の号令・ブレイズ・オーダーを発動し! ビキニメイド・インフェルノクイーンを特殊召喚!」
深紅の光が炸裂し、大型の炎の大剣を携えた、威風堂々たる乙女が現れた。
インフェルノクイーンの大剣が、ホウキへと振り下ろされる。
「……参ノ型──斬花一線!」
彼女が地を蹴り上げた。
ポニーテールが風に舞い、太刀が螺旋を描く桜の軌跡と共に閃く。
刃がインフェルノクイーンの大剣と激突し、爆発的な魔力が四方に弾け飛んだ。
石柱が幾つか傾き、天井の霧が捩れて散る。
両者の消耗は激しかった。
悠真のデッキケースの残枚数が危険域に入る。
ホウキの額にも汗が滲み、肩で息をしていた。
「……まだ、やるのかよ……ホウキ」
悠真の声が、乾いている。ホウキは答えなかった。
しかしゆっくりと、悠真へと歩み寄る。
そして互いに武器も構えぬまま、真正面に立ち合った。
悠真は拳を強く握りしめる。
「どうして……っ」
言葉が、喉で詰まった。
「どうして、そんな目で俺を見るんだよ……! ホウキ!」
その瞬間である。ホウキの太刀が振り下ろされた。
反射的に悠真の手が、デッキケースを構える。
──だが、止まった。
斬撃の直前。彼女の手が、ぶるりと震えた。
太刀が悠真の首筋の寸前で、ぴたりと止まる。
彼のカードもまた、発動寸前で静止していた。
空気が凍りつく。目と目が合った。
切れ長の紅い瞳の奥で、何かが激しく揺れている。
静寂。互いの鼓動だけが響く。
「……悠真様こそ、なぜ避けぬのだ」
震える声で、ホウキが問うた。
それは二人が対峙してから、初めての問いかけである。
「……止められぬのは……私のせいか?」
「バカじゃねぇの……止められるわけ、ねーだろ……お前はオリムラ・ホウキだ。俺の大事な仲間だ!」
鼻を鳴らし、悠真は顔を顰めた。その言葉が、霧の広間に静かに響く。
ホウキの手が僅かに震え──ゆっくりと太刀を鞘に戻した。
「……悠真様……」
「なあ……戻ってこいよ……」
不意に天井の霧が晴れ、白い光が差し込んでくる。照らされる二人。
互いに血と汗にまみれ、肩で息をする姿は、戦いの末に立つ戦士そのもの。
勝敗はない。だが、心は繋がった。
刀とカードを交えた戦いの中で、二人は何より確かな信頼を、その手で取り戻す。
そして突如として、眩い光が視界を焼いた。
真夏の太陽を直視したかのような強烈な閃光が、何処からともなく発せられ、悠真の網膜を白で塗り潰す。
一瞬の出来事でありながら、まるで時間が停止したかのような長さを伴う。
「っ……! うお、目が……!」
瞼を閉じてもなお残像が焼きつき、ぐらりと世界が揺れる。
彼は思わず両膝をつき、地面に手をついた。
ざらりとした岩肌が指先に触れる。
先程までの戦いで汗が吹き出し、掌を濡らしていた。
だが次第に目が慣れてくると、周囲の輪郭が朧に浮かび上がる。
「……戻った、のか?」
悠真の口から、誰に向けるでもない呟きが洩れた。
そこは見覚えのある場所。
石造りの広場。
壁面を囲う柱廊の内側には、転移陣が淡く輝きを残しており、そこには五つの人影があった。
「……皆……無事か」
彼が口を開くと、背を向けて立っていた、銀灰色の長髪が振り返る。
「悠真か。無事で何よりだ。こちらも生き残ったようだ」
規律正しき口調でアウラが応じた。
帝国軍の制式制服は、焦げ跡や擦過痕で汚れていたが、体に負傷は見られない。
「ちょっと、なんでいきなり光ったわけ!? 目がチカチカして……って、は!? 戻ってる!? なにこれ!?」
最も声を張り上げたのはシュンリン。
燃えるような赤いツインテールを振り回しながら、彼女は荒々しく辺りを見回していた。
龍化の名残か、うっすらと腕に、鱗の痕が残っている。
「夢ではありませんわ……」
しとやかな声音が続いた。アイリスである。
腰まで届く金髪が再び整えられており、ゆったりと金色の狐耳が揺れていた。
蒼い瞳の奥に、静かな疲労と確信が同居している。
「……恐らく、ダンジョンの試練だったのでしょう。私たちは……それぞれに」
彼女の言葉に、全員が短く息を呑んだ。
アイリスはシャルルと。アウラはシュンリンと。そして悠真はホウキと。
それぞれが、仲間の姿をした敵と戦っていた。
直後、沈黙が落ちる。
重苦しいものではなかった。むしろ、静かな共鳴に似ている。
「……あの空間、明らかにおかしかった」
シャルルが細い声で囁く。
淡い金色に近い銀髪が、まとわりつくような疲労の色を帯びており、長く細い耳が伏せられていた。
長杖を胸元で抱き、わずかに震えている。
「殺し合いをさせる幻覚……感情と理性をぶつけ合わなければ出られない構造でしたわ。チームの絆を試す、魔の設計ですわね」
手を自身の顎に当てながら、アイリスは神妙な面持ちで呟く。
「まさかアウラと戦わされるとは思わなかったぞ……」
赤金色の大きな瞳を細めながら、シュンリンは腕を組んだ。
「……私もだ。まさかシュンリンが相手になるとは」
アウラが短く応じる。猫耳が伏せられ、青灰色の瞳が気まずそうに逸れた。
「一皮、むけたのかな。僕たち……全員」
シャルルが微笑む。
己の感情を曝け出した戦いを思い返し、恥じ入りながらも誇らしく感じているような表情だった。
「悠真様……」
呼びかける声が聞える。ホウキだった。彼女は悠真の直ぐ隣に立っている。
東の国風の軽装和装は無数の切傷に彩られ、腰の太刀の鞘には汚れがこびりついていた。
それでも姿勢は凛としており、黒いポニーテールが静かに揺れている。
切れ長の黒い瞳の奥には、動揺ではなく静かな確信が宿っていた。
「私……あの時、悠真様に刃を向けましたこと……。それでも、受け止めてくだされた。感謝申し上げます」
「……俺も、言いたいことをぶつけたしな。まぁ、お互い様ってことで」
肩を竦めて答えた彼に、彼女は軽く頭を垂れた。
「あの場で心をぶつけ合わなければ、私は……己の弱さから逃げ続けていたでしょう。悠真様に、導かれました」
その時、ダンジョン内にも関わらず、どこからともなく風が吹く。
湿り気を帯びた風が、皆の髪を優しく撫でた。
「……でも、どうしてこんな試練を?」
アイリスが小さく首を傾げた。ゆったりと金色の狐耳が揺れる。
「なぜ我々のチームワークを強化しようとしたのか……理解不能だな」
アウラが腕を組み、低く唸った。
「それが分かったら苦労しねぇんだが……。まぁ、俺らを何らかの目的で、ここに引き込んだ何かが居るってことじゃねぇのか」
天を仰ぎながら、吐き捨てるように、悠真は言い放つ。
「だが……今だけはみんな、生きて帰ってこれたんだからな。それだけで充分だろ」
シュンリンが、硬質な爪の拳を握る。燃えるような赤いツインテールが揺れた。それに誰もが頷く。
――そしてチームワークを試されてから、気がつけば長い月日が流れていた。
あの修学旅行中での異世界への転移から、どれほどの時間が経過したのか。
数えきれないほどの戦いを潜り抜け、幾度も死線を越え、仲間たちと絆を深めながら、悠真たちはついにここまで辿り着いた。
ダンジョン攻略、最終局面。
今現在、悠真たちは安息地の一角、白翼の館の広間にて集まっていた。
配信魔導端末の光が静かに点滅している。
「悠真くん、今日の配信どうする?」
長く細い耳を揺らしながら、シャルルは問いかけた。
「準備の様子でも流しとくか。どうせ視聴者は気になってるだろしな」
彼が端末を操作すると、すぐにコメントが流れ始める。
『ついに最終決戦が近いの!?』
『悠真くんのパーティー応援してるぞ!』
『でも、アイツらが先にボス部屋見つけたんだよな……』
『あいつらに先越されるのは悔しすぎる』
『まあでも、悠真くんなら絶対大丈夫!』
その最後のコメントを見て、悠真は小さく息を吐いた。
そう、何を隠そう例の一軍の男子や女子が、ラスボスの部屋を発見したのである。
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