第14話 最終決戦に備える
数日前に樟葉たちが、誇らしげに配信で報告していたのを、彼も見ていた。
あの銀髪に深紅の瞳、余裕の薄ら笑い。
かつて悠真を石ころ扱いしていた連中が、今やダンジョン最深部の扉を前にして、意気揚々としている。
悔しいか、と問われれば、正直なところよく分からないのが、悠真の本音だ。
悔しさとも、諦めとも、それとも別の何かとも区別のつかない、複雑な感情が彼の胸の奥でじわりと広がる。
「……何とも言えないな」
「悠真様。あの者たちが先に見つけようと、我らが歩んできた道の価値は変わりませぬ」
悠真の呟きに対して、ホウキが静かに隣に立つ。
切れ長の黒い瞳が、穏やかに彼を見据えていた。
「そうだな……よし。今日は準備に徹するぞ。消耗品の確認、装備のメンテ、体のコンディション、全部完璧にする」
悠真は前髪を掻いて、気持ちを切り替える。
全員が頷いた。
それから数時間、安息地の広間は準備の場となる。
アウラが銃の整備を行い、ホウキが太刀を丁寧に研ぐ。
アイリスがレイピアの点検を行い、シュンリンが拳の包帯を巻き直す。
シャルルが回復薬と魔力ポーションの在庫を確認していた。
消耗品の補充、装備の最終調整。
すべてが淡々と、しかし確実に進んでいく。
「悠真くん、こっちおいで」
唐突にシャルルが、彼を手招きした。
そこに用意されていたのは、簡易的なマッサージ台代わりの長椅子である。
「最終決戦前に体を解しておかないと。筋肉が固まったまま戦ったら動きが鈍くなるよ」
「……まあ、確かにそうだな」
悠真が長椅子に横になると、彼女の細い指が肩口に触れた。
長く細い耳が揺れ、翠色の瞳が集中により細まる。
「凝り固まってるね。ほんと毎日無理してるんだから……」
「いって……っ、そこ、かなり痛い」
「痛いとこほど、ちゃんとほぐさないとダメだよ」
シャルルの指が、肩甲骨の周辺を丁寧に解していく。
彼は思わず顔を顰めた。
「順番ですわよ」
アイリスが金色の狐耳を立てながら、シャルルの隣に座る。
「私が腕の担当をしますわ。戦闘でカードを引き続けた腕は、相当疲弊しているはずですの」
「いや、別にそんな大げさに──」
「黙って任せなさいな」
彼女の指が悠真の右腕を取り、指先から肘にかけてを丁寧に揉み解し始める。
ゆったりと尻尾が揺れていた。
「私も混ぜてもらうぞ」
アウラが猫耳を立てながら、彼の足元に陣取る。
軍人らしい手際の良さで、脚の筋肉を的確に解していく。
「帝国軍では、戦闘前の体調管理は基本中の基本だ。足の疲労を侮るな」
「アウラ……お前、意外とこういうの上手いな……」
「当然だ。戦場では仲間の体調管理も任務のうちだ」
猫耳が僅かに伏せられ、頬が微かに赤くなった。
「悠真様、背中もよろしいですか」
静かにホウキが申し出る。
太刀の手入れを終えた彼女が、悠真の背後に立つ。
「……頼む」
彼の口から返事が繰り出されると、ホウキの手が静かに背中へと触れた。
「……っ、そこ……」
「ここは、相当凝っておられますな。戦闘中に前傾みになる癖がございますゆえ」
「そんな癖あったのか、俺……」
「よく存じております。ずっと隣で見てきましたゆえ」
武人らしい力強さと繊細さが混在した指使いで、背骨の際を丁寧に押していく。
「……アタシは?」
シュンリンだけが離れた所で腕を組み、その光景を見ていた。
全員の視線が集まる。
「シュンリンちゃんは、頭のマッサージをやってあげたら?」
シャルルが提案すると、彼女は赤金色の大きな瞳を僅かに揺らした。
「……し、しょうがないな」
燃えるような赤いツインテールを揺らしながら、シュンリンが悠真の頭の傍に腰を下ろす。
硬質な爪の指先が慎重に、しかし確かな温もりで彼の頭皮に触れた。
「力加減、言えよ。加減間違えたら頭蓋骨が……」
「それは困る」
「冗談だ、バカ」
五人に囲まれた悠真は、天井を見上げながら小さく息を吐く。
『なにこの幸せ空間』
『悠真くん羨ましすぎる』
『これが最強パーティーの前夜か……』
『絶対勝ってくれ頼む』
『応援してる、全力で』
コメントが流れ続けている。
「……明日。明日こそが、最後の戦いだ」
悠真が静かに言い放つ。誰も言葉を返さなかった。
だがその沈黙こそが、決意の証である。
――そして翌日、ダンジョン第九十九層にて。
ダンジョンのラスボスが待つとされる、第百層へと続く最後の通路を、悠真たちは慎重に歩んでいた。
天井からは幾本もの光糸が霧のように垂れ、青白く揺らいで空間全体に仄暗い淡光を広げている。
無風。湿度は高く、鼻腔を通る空気は重く粘ついていた。
配信魔導端末の光が静かに点滅していた。
『ついに最終層への道……』
『悠真くんたち緊張してる?』
『アイツらより先にクリアしてくれ頼む』
『ここまでの旅、全部見てたよ』
コメントが流れている。
「……いよいよ、だね」
シャルルが静かに呟く。
淡い金色に近い銀髪を揺らし、長く細い耳が前方へ向いている。
翠色の瞳には緊張が滲んでいたが、確かな意志が宿っていた。
「最初に扉を見つけたのはアイツらだったけど……結局、ここまで来られたのは悠真のおかげだよな」
シュンリンが割って入るように、悠真の肩を軽く叩く。
「まあ……感謝とか言うの、むず痒いけどな」
燃えるような赤いツインテールが揺れ、赤金色の大きな瞳が前を向いている。
「同感ですわ。しかし、ここまで来られたのは事実ですの。……それだけは、認めますわ」
金色の狐耳を立てながら、アイリスは続けた。
腰まで届く金髪が揺れ、蒼い瞳が前方を見据えている。
「我らがここまで辿り着けたのは、悠真様の判断と統率によるところが大きい」
静かにホウキが言い放つ。
黒いポニーテールが揺れ、切れ長の黒い瞳が、まっすぐ悠真を見据えている。
「同意だ」
短くアウラが告げた。
猫耳を立てたまま、青灰色の瞳が静かに前を向いている。
彼は前髪を掻きながら、仲間たちの顔を順番に見渡した。
「……ありがとうな、皆。俺一人じゃ、絶対ここまで来られなかった」
それは飾りのない言葉である。
『悠真くん……』
『最高のパーティーだよ、本当に』
『絶対勝って帰ってきてくれ』
コメントが流れてゆく。
六人は無言のまま、第百層へと続く石畳を踏み締めながら、歩みを続けた。
「もうすぐ……か」
ぼそりと悠真は呟きながら、漆黒の外套の内側でデッキケースを握り直す。
階層を歩く足取りに迷いはなく、前髪の奥の茶色の瞳が、まっすぐ前を向いている。
「ふふっ……改めて考えみても、ここまで来られたのは、紛れもなく悠真のおかげですわね。……べ、別に感謝していないわけじゃありませんけれど……悠真がいなければ、私たちは絶対にここまで来られなかった。それだけは断言できますわ」
その言葉を発したのは、アイリスだった。
腰まで届く金髪を肩に流し、悠真の直ぐ隣に並んで歩いている。
金色の狐耳が揺れ、蒼い瞳の奥には複雑な感情の揺らぎが見え隠れしていた。
「思えば悠真様には……何度も命を救っていただきました。特にあの時のことは、生涯忘れませぬ」
黒いポニーテールを揺らし、切れ長の黒い瞳を何処か遠くへ向けながら、ホウキは静かに歩いている。
「ふふっ。みんな、素直じゃないね。悠真くんがいたから、僕たちはずっと前に進めたんだよ。どんな時も、前を見ていてくれた。……本当に、ありがとうね」
シャルルの柔らかな声が、通路の静けさに染み入るように響いた。
淡い金色に近い銀髪をふわりと揺らし、ゆったりと長く細い耳が揺れている。
翠色の瞳が温かく細まっていた。
「感謝は不要。だが……ここまで来られたことは、素直に誇っていい」
背筋を伸ばしアウラは、毅然とした口調で言い放つ。
銀灰色の長髪が揺れ、猫耳が立っている。
青灰色の瞳には微かな疲労が滲んでいたが、依然として揺るぎない気品があった。
「ボス倒したら肉焼こうな!」
シュンリンの声が、通路に元気よく響く。
燃えるような赤いツインテールを揺らし、赤金色の大きな瞳が輝いている。
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