第15話 仲間たちへの感謝
「でもな、悠真。マジでここまで引っ張ってくれてありがとな! 最初はどうなるかと思ったけど……やっぱ頼れる奴って感じ?」
悠真の背中を軽く叩きながら彼女は続けるが、その言葉にアイリスの金色の狐耳がぴくりと動いた。
「貴女、こういう時くらい真面目に──」
「充分に真面目だろ」
「……そうですわね、失礼しましたわ」
彼は仲間たちのやり取りを見ながら、思わず口元を綻ばせる。
この長い冒険の中で、何度命を救われたか分からない。
戦闘で傷つき、罠にかかり、幻覚に囚われ、それでも常にこの仲間たちが傍にいてくれた。
「……俺の方こそ、言わなきゃいけないことがある」
悠真は足を止め、仲間たちの方を振り返る。
「俺は何度も、お前たちに命を救われてる。戦いでも、心が折れそうな時も……たくさん助けてもらった。改めて本当に、ありがとうな」
前髪を掻きながら、飾りのない言葉を落とす。
沈黙が一瞬だけ空間を支配した。
次の瞬間、それぞれの表情に温かなものが宿る。
「……まったく、まっすぐすぎて調子が狂いますわ」
「こういう時だけ素直だな!」
「うれしいよ、悠真くん」
「これからも期待している」
「ええ、こちらこそです」
「よーし、絶対生きて戻ろうぜ!」
仲間たちの言葉が木霊すると、最後に悠真が握り固めた右手を力強く天に掲げた。
『ここまでの旅、走馬灯みたいに思い出した』
『悠真くんのパーティー大好きだよ』
『絶対ボスを倒してダンジョンをクリアしてくれ。頼む』
『泣いてる、なんで泣いてるんだ俺』
感情が込められたコメントが流れてゆく。
そして六つの影が、再び前へと動き出す。
ラスボスの間へと続く最後の回廊。
その先には、まだ見ぬ死闘が待ち受けているだろう。
だが彼らの歩みには、一片の迷いもなかった。
最下層──通称”奈落の門”。
岩肌は漆黒に染まり、空間そのものが何かに侵食されているかのような感覚を与える。
気温は低くはないのに、皮膚に張りつくような寒気が背筋を這い、心の奥を鈍く叩く。
そこに存在するだけで、魂を蝕まれるような錯覚。空気が重い。視界が滲む。
そして、扉。
悠真は仲間たちと共に、その前に立っていた。
高さ八メートルを超える重厚な鉄製の扉。
その表面は古代の紋様で覆われており、どこかの時代に存在した王族の墓標のようにも見える。
だが、その内側に眠るものは、王ではない。
配信魔導端末の光が静かに点滅していた。
『ついに来た……ラスボスの間……』
『悠真くんたち、絶対勝って』
『ここまでの旅、全部見てたよ』
『泣きそう、なんで泣きそうなんだ俺』
コメントが流れている。
「……ここか」
悠真は声を低く漏らした。
前髪の奥の茶色の瞳が、扉を静かに見据えている。
誰も言葉を発しなかった。
しばらくの沈黙の後、最初に変化が訪れたのは、シャルルである。
「……っ」
淡い金色に近い銀髪がふわりと揺れ、長く細い耳が伏せられた。
翠色の瞳が、じわりと潤んでいく。
「ごめん……なんか、急に……」
細い指で目元を押さえた。
それでも涙が指の隙間から伝い落ちていく。
その姿を見て、アイリスが金色の狐耳を伏せた。
蒼い瞳が揺れ、唇を噛みしめている。
「……わたくしも、なぜか……っ」
プライドの高い彼女が、珍しく声を震わせていた。
金髪が肩に流れ、尻尾が力なく垂れている。
ホウキは無言だった。
ただ、切れ長の黒い瞳から一粒だけ、静かに雫が落ちる。
それだけだった。
それ以上は、武人として堪えている様子。
「ん……泣いてんのか、アウラ」
「泣いていない」
「耳が赤いぞ」
「……黙れ」
悠真の軽口にアウラは、前を向いたまま、猫耳を立てている。
だが、その青灰色の瞳が光を帯びているのは、彼にも見えた。
「アタシは泣かないからな」
「泣いてるだろ」
「泣いてない」
「涙が出てるぞ」
「……これは汗だ」
悠真の鋭い指摘にシュンリンは、燃えるような赤いツインテールを揺らしながら、空を仰ぐ。
彼女の赤金色の大きな瞳は滲んでいた。
彼は仲間たちの顔を順番に見渡す。
ダンジョンの終わりを察し、笑いながら泣いている五人の顔を。
気づけば悠真自身の目も熱くなっていた。
前髪を掻き上げながら、天を仰ぐ。
「……俺も泣いてんのか」
誰かが笑った。
その笑いが伝染して、泣きながら笑うという、奇妙な空間が生まれる。
『全員泣いてるじゃん……』
『こっちも泣いてる、なんで泣いてるんだ』
『最高のパーティーだよ本当に』
『絶対クリアしてくれ頼む』
コメントが爆発的に流れる。
やがて彼は顔を上げ、真っ直ぐに漆黒の扉を見据えた。
「よし!」
その一言で、場の空気が変わる。
「泣くのはここまでだ。この扉をぶち破って、さっさとクリアするぞ!」
「ようやく、それらしいこと言いましたわね」
アイリスが涙を拭いながら、金色の狐耳を立て直した。
「ああ、絶対に勝つ。それだけだ」
猫耳を逆立て、アウラが銃に手を掛ける。
「さぁ、行こう! 悠真くん! 僕たちはここまで来たんだから!」
シャルルが長杖を構え、翠色の瞳に炎を灯した。
「悠真様……参りましょう」
ホウキが静かに太刀の柄に手を添える。
「ぶっ倒して、肉焼いて、帰るぞ!」
シュンリンが硬質な爪の拳を天高く突き上げた。
燃えるような赤いツインテールが力強く揺れる。
そして鉄製の扉を前に、しばしの静寂が流れた。
最初に動いたのは、シャルルである。
「……悠真くん」
淡い金色に近い銀髪を揺らし、ゆったりと長く細い耳が揺れた。
翠色の瞳が、まだ涙で潤んだまま、彼の正面に立つ。
「行く前に……いいかな」
それを言い終わる前に、彼女の細い腕が、悠真の背中に回っていた。
ぎゅっと、力強く。
「っ……お、おい」
彼が動揺する間もなく、シャルルは悠真の胸元に顔を埋めた。
長く細い耳が彼の顎に触れる。
「絶対に、全員で帰ろうね」
「……ああ」
戸惑いながらも悠真は、静かに彼女の背中に手を置く。
「……失礼いたします」
次に動いたのは、ホウキだった。
黒いポニーテールが揺れ、東の国風の軽装和装の袖がさらりと翻る。
切れ長の黒い瞳が涙で潤んだまま、彼女は彼の腕を静かに掴んだ。
「悠真様……必ず、共に戻りましょうぞ」
「ホウキ……」
珍しく言葉少なにホウキは、悠真の肩に頭を僅かに預ける。
武人としての矜持を保ちながらも、その瞳からは一粒の雫が伝い落ちていた。
「……絶対に、生きて帰ろう。約束だ」
彼女は静かに頷く。
「おいおい、アタシも混ぜろよ!」
シュンリンが割って入った。
燃えるような赤いツインテールを揺らし、赤金色の大きな瞳が滲んでいる。
有無を言わさずに、彼の空いている方の腕に抱きついた。
「死んだら承知しないからな、悠真」
「お前に言われたくない」
「うるさい」
彼女は顔を背けながらも、その腕の力は緩めない。
額の両側の龍角が僅かに赤みを増していた。
「……わたくしも、参りますわよ」
アイリスが一歩前に出る。
金色の狐耳が伏せられ、腰まで届く金髪が揺れている。
蒼い瞳が涙で潤み、頬が薄く紅潮していた。
「シルヴェスター家の長女として……このような真似は本来、はしたないのですけれど……必ず、クリアしますわよ。わたくしたちは」
そう言いながら、彼女は悠真の腕に自らの手を重ねる。
金色の狐耳が、僅かに持ち上がった。
「……ああ」
短く言葉を返す悠真。
最後にアウラが、静かに彼の前に立った。
銀灰色の長髪が揺れ、ゆっくりと猫耳が前方へ向く。
青灰色の瞳が彼を、まっすぐに捉えていた。
「……不器用なことは苦手だ」
そう前置きしてから、彼女は悠真の肩に手を置く。
猫耳が伏せられ、頬が微かに赤くなっている。
「だが……共に戦えたことを、誇りに思う。悠真」
「アウラ……」
「それだけだ。行くぞ」
照れ隠しのように短く言い切り、アウラは前を向いた。
それぞれの形で六人が、確かな温もりを交わす。
その場で悠真は、仲間たちの体温を感じながら、胸の奥で静かに思っていた。
(──このラスボスを倒したら、俺はこの世界を去る)
ダンジョンを攻略し、最深部のボスを倒せば、元の世界に帰還できる。
女神フォルトゥナが、そう告げていた。
つまり、これが最後の戦いであり、仲間たちの最後の時間である。
ホウキとの戦場での絆。
シャルルの温かな笑顔。
アウラの不器用な優しさ。
アイリスの誇り高い背中。
シュンリンの底抜けの明るさ。
全部、ここに置いていくことになる。
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