第11話 共・鳴・覚・醒
『エマージェンシー・シフト、発動!』
口が動く。声は出ない。
しかしデッキから飛び出した一枚のカードを、悠真の手が叩きつけるような勢いで展開した瞬間、金色の魔法陣が三重に広がり、魔力が一気に空間を満たした。
シャルルの身体がふわりと浮き、後方へと瞬時に退避する。
長く細い耳が伏せられたまま、翠色の瞳が悠真を見つめていた。
それと同時に彼は、次のカードを引き抜く。
『即時魔術、トリプル・サモン・ウェーブを発動! ビキニメイド・アクアリア、ビキニメイド・セイレーン、ビキニメイド・ライラ──三体同時召喚!』
口だけが動く。魔力がその意志を形にした。
光を纏う三体の女性が、悠真の前に並び立つ。
アクアリアは長槍を構え、蒼の鱗を身に纏っている。
長い銀髪が水のように揺れ、その瞳には鋭い戦意が宿っていた。
セイレーンは巨大な弓を背負い、翡翠色の髪を編み込んだまま、軽く地を蹴り空中へ舞い上がる。
その動きは水面を滑るように滑らかだった。
ライラは短剣を逆手に持ち、黒髪のショートカットが、闘志を映すように輝いている。
小柄な体格だが、その瞳に映る闘気は三体の中でも最も鋭い。
悠真が手振りで合図する。
三体は即座に主の意図を汲み取り、同時にシュルノームへと突撃した。
アクアリアの槍が、シュルノームの前方触腕を受け止める。
蒼の魔力が弾け、衝撃が地を揺らした。
セイレーンが、その上から矢を放つ。
水の流れを纏う矢が、空洞だらけの顔面へと直撃し、黒い霧が散った。
その隙をライラが突き、腹部の節の隙間に短剣を突き立てる。
硬質な感触が伝わり、刃が内部へと滑り込んだ。
魔物が口を大きく開く。
咆哮しているはずだが、音は存在しない。
ただその動作から、激しい苦悶が伝わる。
悠真は更なるカードを引き抜いた。
「魔術カード、フォーメーション・デルタ・クロスを展開!」
三体のビキニメイドが同時に回り込み、シュルノームを中心にした包囲陣形を形成する。
水の渦が空間に現れ、魔物の動きを制限し始めた。
ホウキが包囲の外側から太刀で援護の一閃を加え、アウラが銃を構えて弾を放ち続ける。
シュンリンは龍化した腕で触腕を掴み、強引に引き剥がした。
アイリスの幻影が撹乱し、敵の注意を分散させる。
白熱した連携が、無音の空間で展開されてゆく。
だが──その瞬間だった。
魔物が更なる変異を遂げる。
背中から無数の骨のような触腕を新たに伸ばし、鞭のように振り回し始めた。
魔力を帯びた触腕が、アクアリアの槍を砕き、セイレーンを吹き飛ばし、ライラを壁際まで弾き飛ばす。
三体のビキニメイドが同時に消滅した。
悠真は即座に、次のカードを構える。
前髪が汗で額に張り付き、茶色の瞳が鋭く輝いていた。
『ここで倒れるわけには──いかねぇんだよ……!』
口が動く。声は出ない。
しかしその表情から、誰よりも強い意志がにじみ出ていた。
『共鳴覚醒・マスターリンク──ビキニメイド・グランフェリシア、召喚!』
カードを胸元に押し当て、悠真は全魔力を込める。
通常の召喚ではない。刹那、光が爆発した。
天井が震え、地に張り巡らされた魔法陣が、一斉に輝きを放つ。
そこに顕現したのは、一人の女戦士。
全ビキニメイドを統べるリーダー格。
グランフェリシアは金と蒼を基調とした装甲を纏い、腰まで流れる深紅の髪と黄金色に輝く瞳が、無音の空間に圧倒的な存在感を放っていた。
彼女が一歩、シュルノームへと近づく。
その歩みとともに、地が割れ、空間そのものが震えるような錯覚を覚える。
無音であるはずの空間に、確かな”圧”が存在した。
悠真が指を一本立てる。
それだけで、グランフェリシアは剣を抜き、空間を一閃した。
刹那、シュルノームの触腕が数本、地面へと崩れ落ちる。
だが決着には至らない。
シュルノームは依然として咆哮し、残りの触腕を振り上げる。
その空洞だらけの顔面が、悠真だけを捉えていた。
戦いは、まだ終わらない。
グランフェリシアの一閃が、触腕を数本切断した直後、シュルノームが変異を遂げた。
背中から新たな触腕が無数に伸び、今まで以上の密度で空間を埋め尽くしていく。
悠真が手振りで全員に、後退を指示した瞬間、シュンリンが前に出た。
燃えるような赤いツインテールが静かに揺れ、赤金色の大きな瞳がシュルノームを真っ直ぐに見据えている。
『下がってな、悠真』
口だけが動いた。声は出ない。
しかしその口の動きは、全員に確かに届いた。
次の瞬間、シュンリンの全身から深紅の光が溢れ出す。
それは完全なる龍化の始まりを告げていた。
まず額の両側の龍角が伸び、鮮やかな赤へと変色していく。
続いて両腕に赤黒い鱗が浮かび上がり、硬質な爪がさらに鋭く伸びた。
背中の肩甲骨が盛り上がり、翼の骨格が皮膚を割って広がっていく。
変身の余波が武道服を、各所から裂いていった。
肩口が破れ、腹部の布地が裂け、引き締められた肌に赤い魔力の紋様が浮かび上がる。
鱗に覆われた腕と、滑らかな人肌が混在する姿は、神秘と野性が入り混じった異質な美しさを持っていた。
龍化第二段階。翼の骨格が大きく広がる。
無音の世界でも配信端末の光は点滅し続けていた。
『シュンリンさん変身してる!?』
『これ龍化じゃん! 初めて見た!』
『武道服が……』
『無音の世界で戦うの怖すぎる』
『視聴者数また跳ね上がった』
視聴者コメントが流れる。
『下がってな、悠真。ここからは、あたしの狩りだ』
口が動く。声は出ない。しかしその表情が、確かにそう告げていた。
次の瞬間、地が爆ぜる。
龍化した脚で地を蹴るシュンリンの身体が、爆風と共に宙を舞いシュルノームへと肉薄する。
触腕が迫りゆく。
シュンリンは翼の骨格を広げてそれを弾き、鋭く伸びた爪でシュルノームの表層を引き裂いた。
黒い霧が散り、無音の空間に視覚的な衝撃波だけが広がる。
続けて、シュンリンは口を大きく開いた。
紅蓮の炎が一直線に射出され、シュルノームの胴体を焼き貫く。
鱗が焦げ、触腕が溶け、黒い霧が爆発的に散した。
『口から炎!?』
『龍の息吹じゃん……本物の龍人だ』
『シュルノームが押されてる!』
コメント欄には白熱した言葉が投下されてゆく。
シュルノームが激しく動揺する。
これまでの攻撃とは次元が違う。
シュンリンは着地と同時に尾を薙ぎ払い、触腕の密集した部分を根元から叩き折る。
続けて両翼を大きく広げ、全身に魔力を集中させた。
龍化第三段階。額の中央に三本目の角が浮かび上がる。
全身の鱗が深紅に輝き、空間の温度が明らかに上昇した。
『三段変身!?』
『だいぶ前に使用時間は五分って言ってたよな……急いで!』
『シュンリンさんかっこよすぎる』
多くのコメントが彼女に驚愕し、応援するものが多い。
悠真は歯を食いしばりながら、手振りで残りの仲間に指示を出す。
ホウキが左から太刀で牽制し、アウラが銃で弱点を狙い、アイリスの幻影が注意を分散させる。
シャルルが長杖に残る魔力を集め、援護の光弾を放つ。
全員の連携が、シュンリンの最後の一撃の為の布石となっていく。
彼女は両脚を地に踏み込み、両翼を限界まで広げた。
全身の紋様が最大限に輝き、熱が空間を歪める。
『終わりだ』
口が動く。次の瞬間、広場全体が爆ぜた。
紅蓮の爆発が、シュルノームの全身を覆い尽くす。
音のない世界に、灼熱の光だけが広がる。
触腕が、空洞の顔面が、巨大な体躯が、炎の中に溶けていく。
やがて光が収まった。
赤い残光の中心に、龍化を解きかけた少女が立つ。
鱗が徐々に剥がれ落ち、滑らかな肌が露わになっていく。
翼の骨格が消え、角が縮む。
燃えるような赤いツインテールだけが、彼女がシュンリンであることの証として揺れていた。
肩で息をし、裂けた武道服のまま、ゆっくりと彼女は膝をついた。
『シュルノーム討伐!』
『やったああああ!』
『シュンリンさん神すぎる』
『悠真くん早く行ってあげて』
『今日の配信伝説すぎる』
コメント欄が一斉に沸き立つ。
悠真は即座に駆け寄った。
手振りで『大丈夫か』と問いかける。
シュンリンは片手で悠真の外套を掴み、赤金色の大きな瞳で見上げた。
『なぁ、悠真。あたし、カッコよかった?』
口が動く。疲れ果てた表情の中に、満足げな笑みが宿っていた。
悠真は迷わず頷く。
『完璧だった』
口が動いた。その言葉に、シュンリンは安心したように目を閉じる。
無音の世界に、静寂だけが残された。
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