第9話 仲間を危険な目に遭わせた事への気持ち
「や……やったの……?」
シャルルの掠れた声が空間に響いた。
驚愕と深い安堵が交じり合う声。
その傍らでは、ホウキが無言のまま太刀を鞘に納める。
切り結んだ痕跡が和装の袖に残り、黒いポニーテールが静かに揺れていた。
切れ長の黒い瞳は、芯からの誇りを滲ませている。
そして中心──そこに立つアウラは、未だ肩で息をしながらも、静かに銃を下ろしていた。
帝国軍の制式制服は戦闘の熱と、魔力の奔流に晒されて上着の前面が焼け落ち、汗と煤に濡れた肌が露わになっている。
ゆっくりと猫耳が持ち上がり、青灰色の瞳に静かな余韻が揺れていた。
かつて知性体が支配していた場所には、今や何の痕跡も残っていない。
配信魔導端末の光が静かに点滅している。
『アウラさんカッケェ!』
『あの白い仮面、結局なにがしたかったんだ……?』
『目的が謎すぎる。通過させたくなかっただけ?』
『いや、あいつ明らかに悠真たちを試してたよな』
『今夜も投げ銭祭りじゃあああああ』
コメント欄は熱狂と疑問が入り混じり流れ続けていた。
「ふふっ……アウラちゃん、本当にすごいよ。あれだけの魔力を制御して、ちゃんとみんなを巻き込まないように……」
蕩けた目でアウラの背中を見つめながら、シャルルは長く細い耳をゆったりと揺らした。
「……悠真様?」
一歩近づいてホウキが言葉を落とす。
そしてようやく、彼らは気づいた。
悠真が立ち上がれていなかったことに。
彼はアウラの攻撃が終わった瞬間から、膝を折り、地に手をついたまま動けずにいた。
戦いの興奮と終焉の歓喜が満ちる中、ただ一人、悠真だけが沈黙の中にいた。
アウラが暴走し、言葉も届かず、目の焦点すら定まらなかったあの瞬間。
彼の心には、その映像だけが焼き付いて離れなかった。
彼女が叫び、足を引きずりながら暴れ回った姿。
アウラの口から零れた混濁した言葉と呻き声。
彼女の銃口が、悠真へ向けられたあの瞬間──
「……俺は……」
震える声が、湿った石の床に反響する。
彼は顔を伏せたまま、自分の拳を床に叩きつけた。
「俺は……もっと強くなりたい……!」
その叫びは歓喜とは真逆の熱を帯びていた。
「もっと……俺が的確に動けていれば……! アウラを、あんなふうにさせずに済んだ……!」
悠真の肩が揺れる。悔しさと無力感が、喉を締め上げていた。
「俺には、まだ何もかもが足りねぇ……。俺は……弱い……」
頬に、ぽたりと雫が落ちた。汗か涙か、判別はつかない。
『……悠真、泣いてる……?』
『マジで泣いてる、あの悠真が……』
『これ、配信止めた方が……』
『いや逆に胸に来るだろ……! これが、戦場ってやつだよ』
『白い仮面の目的、悠真たちを鍛えることだったんじゃないか……?』
水晶の中で視聴者たちの声色も変化していた。
しかし、こうして第七十八層の番人──知性体の討伐は完了し、閉ざされていた石の扉は静かに音を立てて開かれた。
帰路も、次の階層への道も、目の前に開けている。
「……お前の、そういう弱いとこ。アタシは結構好きだぜ」
悠真の肩に、無骨な手が静かに置かれた。
温もりがあった。軽く汗ばみ、土埃と血の混ざった指が、けれど何より優しく、彼の背中を包む。
振り返らなくとも悠真には分かる。
それはシュンリンだった。
燃えるような赤いツインテールが肩に流れ、汗と煤に濡れた武道服の隙間から、鍛え上げられた肌が蒼白い光に照らされている。
赤金色の大きな瞳には優しさと誇りが同居し、顔には血飛沫の跡がまだ生々しく残っていた。
額の両側の龍角が僅かに赤みを帯びたまま、静かに悠真を見下ろしている。
「……そんなに思いつめなくても、いいんじゃねぇのか?」
「……っ……」
「お前のおかげで、アイツは正気を取り戻せたんだ。つまり、お前の判断が正しかったわけだ」
彼女は悠真と視線を合わせるように、その目を正面から覗き込んだ。
「それによ、アタシは見てたぞ。お前は最後まであきらめなかった。どんだけヤバい状況でも、踏ん張ってた」
その言葉は、悠真の胸に、鈍く重く、それでいて静かに染み込む。
彼は俯いたまま、歯を食いしばった。
「……それでも、俺がもっと的確に早く動いていれば……」
「そりゃあ、結果論ってやつだな」
シュンリンの声は低く、だが何処か温かみを帯びている。
「戦場にタラレバは無い。あの知性体の精神支配なんて、普通は想定外だろ。正面から力でねじ伏せたアウラはすごかったが、それを信じて支えたお前だって……充分、誇っていい」
悠真の肩を撫でていた手が、ふいに彼の前髪に触れた。
硬質な爪の指が、ごく自然に乱れた黒髪を掬いあげる。
その仕草に、悠真は一瞬、体をこわばらせた。
「……お前はアタシらにとって、頼れるリーダーだよ。強がらなくとも、アタシの前ではそのままでいろよ」
「シュンリン……」
口を開きかけたが、返す言葉が見つからなかい。
彼女は、笑った。それは戦士の顔ではなかった。女の顔だった。
「ほら、涙拭けって。配信終わったら、みんなで安息地に戻るんだろ? このまま泣き顔で歩かれたら、視聴者が勘違いするぜ?」
自分の腰に巻いていた汚れたタオルを、彼女は悠真の肩にかける。
その瞬間、魔導配信端末の光がふっと消えた。配信終了の合図である。
『悠真くんお疲れ様でした!』
『あの白い仮面の目的、結局なんだったんだ……』
『次の階層も楽しみにしてる』
『アウラさんの覚醒シーン神すぎた』
『悠真泣くな。でも泣いた』
コメント欄は一瞬だけ賑わい、そして淡く消えていった。
悠真は立ち上がる。震える膝に力を込めて、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
今、自分を支えているのは、戦友たちの信頼。
そして、こうして手を差し伸べてくれる、シュンリンのような存在。
彼は無言で頷いた。
そうして一行は、物資の補給や休息を取る為に、帰還核を使用して安息地へと帰還する。
そして白翼の館の一室に戻った悠真たちを迎えたのは、見慣れた温かい光と柔らかな宿の空気だった。
石造りの壁に魔石灯の橙色の光が揺れ、廊下の奥から夕食の匂いが漂う。
悠真は灯りの下で、仲間たちの輪に戻りながら、小さく息を吐く。
シュンリンの手は、まだ彼の背中に触れていた──
そして各々の部屋で、傷の手当てと着替えを済ませてから、ホールにて再び集合する。
「せっかくだし、飯でも食いに行くか」
悠真の一言に、全員が即座に頷いた。
戦闘の疲労と空腹感が重なり、誰もが料理と休息を求めている。
そうして一行が向かったのは、安息地の広場から一本外れた裏通りに佇む、酒場”紅蓮亭”だ。
白い外壁は年季によりくすんでいるが、鉄細工の照明や窓枠には繊細な意匠が施されており、清潔感がある。
重厚な扉を開けると、濃いエールの香りと、焼き肉や香草の匂いが鼻腔をくすぐった。
「ふぅ……ここに戻ると、本当に生きてるって感じがするな」
独り言のように悠真は呟く。
「まぁ、あのダンジョンよりは百倍マシってことだろ。腰に引っ掛かった魔物の体液、まだ落ちてねえし」
小さく鼻を鳴らし、シュンリンの赤金色の大きな瞳が、店内を見渡している。
個室は二階の奥、暖炉のある落ち着いた空間だった。
厚い木扉の内側には柔らかな灯りが灯されており、円卓と革張りの長椅子がゆったりと配置されている。
四隅には観葉植物と香炉が置かれ、微かにミントと檀香の香りが漂っていた。
「よっしゃ、飯だ飯! アタシもう限界!」
真っ先に椅子に飛びつきながら、シュンリンが叫んだ。
そして悠真たちは料理の注文を行うと、瞬く間に目の前に多くの料理が並び、グラスに酒が注がれ始めて場の空気がほぐれていく。
「こういう時くらい、羽を伸ばしても罰は当たらないと思いますわ」
端然とグラスを口元に運びながら、アイリスは金色の狐耳をゆったりと揺らした。
蒼い瞳の奥に、穏やかな光が宿る。
「うむ……今宵は、存分に英気を養いましょうぞ」
静かに頷きながら、ホウキが杯を持ち上げた。
黒いポニーテールが肩に流れ、切れ長の黒い瞳が柔らかく細まる。
「……乾杯、だな」
アウラが短く言い、グラスを掲げた。猫耳が立ち、青灰色の瞳が珍しく穏やかだ。
やがてグラスが三つ、四つと空になる頃には──
「……はふぅ……悠真って、やっぱり……すごいよねぇ……」
酔った頬を紅く染めながら、シャルルは悠真の隣に身を寄せてきた。
翠色の瞳がとろりと潤んでいる。
「ちょ、シャルル、近いって。というか顔がマジで近いって」
彼がたじろぐと、今度はアイリスが向かいの席から身を乗り出す。
金髪が揺れ、金色の狐耳が立っている。
いつもの冷静さが酒により丸みを帯びていた。
「悠真は……今日も頑張っていましたわ。私……ずっと見ていましたのよ……」
「おいおい、やめろって、俺、そういうの、耐性ないんだって……」
彼が額に手を当てて顔を背けた、その瞬間──
「おら、アタシのこと忘れてんじゃねーぞ」
背後から伸びた腕が悠真の肩を掴み、力強く引き寄せたのはシュンリンだった。
「お前さ……こういう時くらい、格好つけずに甘えりゃいいじゃねえか」
「お、お前も酔ってんのか……」
「ああ、もちろん酔ってるぜ。けどな、そういう悠真の戸惑った顔……嫌いじゃねえぜ」
燃えるような赤いツインテールが、彼の頬をくすぐり、赤金色の瞳が獣のように輝いている。
そしてアウラが、ゆっくりとグラスを置いた。
普段は完璧に整えられている、銀灰色が長髪が、今夜は僅かに乱れている。
猫耳が伏せられ、頬が酒のせいか、それとも別の理由か、うっすらと赤く染まっていた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




