第8話 覚醒、軍属少女
「一人、夢の中へ誘った。次は……誰を招こうか」
その声は依然として穏やかで知的で、そしてどこまでも冷徹だった。
だが次の瞬間、アウラの身体が跳ねるように動いた。
「ぐ、ああああああああッッ!」
耳をつんざくような悲鳴。それは獣の咆哮にも似ていた。
それと同時に、彼女の銃が火を噴く。
乾いた銃声が石造りの空間を反響し、弾丸が近くの柱を破壊した。
銀灰色の長髪が乱れ、猫耳が限界まで逆立つ。
そして彼女が暴走すると同時に、白い仮面の者は場から姿を消した。
「シャルル! 今のって……」
「幻覚魔法だよ!」
ホウキの声に、シャルルが直ぐに反応した。
長杖を地面に突き立て、長く細い耳が逆立つ。
「……多分、心の闇を見せられてる。アウラの中の、最も深い恐怖や痛みが、今この瞬間、現実と区別できない形で再生されてるはずだよ……!」
翠色の彼女の瞳が、緊張に揺れていた。
既にアウラは仲間を認識できていない。
顔は苦悶に歪み、銃を乱射しながら、その場をのたうち回っていた。
息は荒く、猫耳が伏せられたまま固まり、青灰色の瞳は涙で濡れている。
「退避ですわ! 今の彼女は正気じゃない!」
アイリスが叫び、レイピアを構えながら悠真の前へ出た。
金色の狐耳が逆立ち、蒼い瞳が緊張に細まる。
「ちょ、待てって! アウラだぞ!? 落ち着け!」
「悠真! 今のアウラは幻覚の中にいる! 下手に近づいたら──!」
その瞬間、アウラの青灰色の瞳が悠真を捉えた。
次の刹那、銃口が一直線に向けられる。
「――ッ!」
彼は咄嗟にデッキケースからカードを引き抜いた。
「ビキニメイド・パラディン・レイラ、防御体勢で召喚!」
青白い光の中から白銀の装備を纏う乙女が現れ、悠真の前に立ち塞がり防御障壁を展開する。
弾丸が正面から衝突し、衝撃波が空気を歪ませた。
バリアが弾丸を散らしたが、直後にアウラは跳躍し、突進を仕掛ける。
「おいおい……やるなら徹底的にかよ……!」
彼はレイラの召喚を解除し、自ら前に出た。
仲間たちの制止も聞かず、真っ直ぐ彼女へと歩みを進める。
その間にも、何度も撃たれた。腹部、肩口、脚。避けきれず、数発が直撃する。
「う、あ……ぐッ……!」
痛みが走る。意識が霞む。
それでも歩みを止めない。仲間たちの悲鳴が背後から飛ぶ。だが振り向かない。
「おい……アウラ……聞こえてんだろ……」
青灰色の彼女の瞳は、まだ虚ろだ。
何かを、誰かを、追い続けている。
心のどこかに、逃れようのない闇。
そして悠真は、その腕を掴んだ。
──その瞬間、激しい蹴りが腹部に突き刺さる。
「ぐ、あ……!」
膝をつく。だが離さない。
そのまま彼女の両肩を力強く掴み、顔を真正面から向けた。
「アウラ!」
……一瞬、猫耳が動いた。
「お前のことは、俺が信じる!」
その言葉に、アウラの瞳がわずかに揺れる。呼吸が乱れ、頬が濡れ、指先が震えた。
「どんな幻覚を見てるか知らねぇ。でも、お前が苦しんでるのは分かる。助けたい。お前は俺の仲間なんだよ!」
しばらくの沈黙の後、アウラの膝が崩れ落ちる。
銃が手から滑り落ち、転がる金属音が空間に響く。
「ゆ、ま……?」
ようやく彼女の声が届いた。
青灰色の瞳から、滝のように涙が流れている。
ゆっくりと猫耳が持ち上がった。
「よかった……戻ってきたか……」
「……こわかった……悠真……みんなが……みんなが死ぬところが……見えて……止まらなかった……!」
嗚咽混じりの声に、悠真は静かに手を置く。
その身は未だ震えていたが、暴走は止まった。
「馬鹿野郎……幻覚ごときでお前が壊れるかよ……」
「……わたしは……また迷惑を……」
「今さらだろ。もう俺たちは、そういう関係だ」
そのとき、仲間たちが駆け寄る。
「アウラちゃん……っ、よかった、本当によかった……!」
泣きそうな顔でシャルルが彼女に駆け寄り、長く細い耳を伏せながら手を握った。
「アウラ……怖かったわね。もう大丈夫ですわ」
もう片方の手を、アイリスが包み込む。
金色の狐耳が伏せられ、蒼い瞳が涙で滲んでいた。
「……無事でよかった。本当に」
ホウキの静かな声に、アウラが目を向ける。
切れ長の黒い瞳が、珍しく感情を剥き出しにして揺れていた。
「アタシも……心配した。バカ野郎」
燃えるような赤いツインテールを揺らしながら、シュンリンが赤金色の瞳を潤ませて顔を逸らす。
「悠真様……。貴方も本当に無茶ばかりして……」
「ま、仲間だしな」
そして悠真の身体は、限界を迎えたように、その場に崩れ落ちる。
仲間たちの声が闇の中に遠ざかっていく中──彼は微かに笑った。
『クソかっけぇ……』
『泣いた』
『アウラを守った悠真、マジで男』
『悠真くんがんばれ!』
『これは伝説回だろ……!』
視聴者コメントが流れ続けている。
それから数秒の沈黙の後、アウラは全身を震わせながら顔を上げた。
銀灰色の長髪がぶわりと舞い、額に貼りついた汗を振り払うように揺れる。
猫耳が持ち上がり、青灰色の瞳に、静かな怒りの炎が灯っていく。
「……よくも私に、こんな低俗な魔法をかけてくれたな」
彼女の肩がびくりと震えたかと思うと、顔を紅潮させ奥歯を噛み締めた。
「許さない……絶対に、仕留める」
その声が響き渡った瞬間、アウラの体表に一陣の光が走る。
怒りそのものが触媒となったかのように、魔素が爆発的に解放され、床石を中心に円状のクラックが広がっていった。
だがその時、白い仮面の存在が再び姿を現した。
先程の余裕ある佇まいはそのままに、黒い装束を翻しながら空間の中心へと浮かび上がる。
銀糸のような髪が静かに揺れ、仮面の裂け目が緩やかに開いた。
「……素晴らしい。恐怖を乗り越えた者の魔力は、実に美しい」
その声は依然として知的で、穏やかで、そしてどこか愉しげである。
「だが──乗り越えたからといって、勝てるとは限らぬよ、旅人たちよ」
「黙れ……っ!」
低くアウラが吼えた。猫耳が限界まで逆立ち、青灰色の瞳が深く燃えている。
「アウラ、これを使え!」
悠真は咄嗟にデッキケースから、一枚のカードを引き抜いた。
「装具魔術──ビキニメイド・オーバーフォース!」
カードが彼女へと飛んでいく。
アウラの掌に触れた瞬間、強い光が放たれ、眩いエネルギーの波動が全身を包み込んだ。
「……なるほど。これが、お前の力か」
アウラの口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。
帝国軍の制服が、装具魔法の効果により、光の鎧へと変化していく。
胸部には輝く紋章、背には魔力の結晶体が浮かび上がった。
猫耳が凛と立ち直り、銃に魔力が集束していく。
「……悠真。あとは任せろ」
彼女が銃を構えた瞬間、空間そのものが歪んだ。
魔眼が発動し、瞳が赤い魔法陣の紋様へと変質する。
七発の魔弾が弾倉に自動装填された。
「私の全てを込めて、必ず仕留める」
「……興味深い。では、受けてみよう」
仮面の存在が両手を広げた。その余裕が、しかし次の瞬間に崩れる。
「──デッドアイ・シュート!」
アウラが引き金を引いた。
数発の魔弾が一点に収束し、光の奔流となって知性体へと殺到する。
「っ、伏せろ!」
悠真が叫ぶ。次の瞬間、猛烈な衝撃が目前に迫る。
咄嗟にシャルルが悠真へしがみつき、二人は床に身を投げ出した。
ホウキが太刀を地面に突き立て、風圧に耐える。
アイリスが幻影で衝撃を分散させ、シュンリンが龍化した腕で仲間を庇った。
爆風が全域を襲い、壁面が削られ、柱が砕け、天井に亀裂が走る。
だがその中で、アウラだけは動じず、光の中心に堂々と立ち尽くしていた。
やがて、爆光が収まった。
「……消えた。跡形もなく」
床に伏せていた悠真が、シャルルを支えながら起き上がる。
長く細い耳が伏せられたシャルルが、翠色の瞳で呆然と中心を見つめていた。
辺りは破壊の跡が広がり、ただアウラだけが、その中心に毅然と立つ。
青灰色の瞳には静かな炎の残滓が揺れている。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




