第7話 精神支配を受ける、軍属少女
「……あ、あれ……なんか、女の子の……泣き声が、すげぇ……近い……?」
ゆっくりと悠真が、まぶたを開く。
目の前には涙を浮かべた仲間たちの顔が──五つ同時に飛び込んできた。
「生きてる……! 悠真くんが……!」
「っ……よ、よかったぁああああああっ!」
その場でアイリスが悠真に抱きつき、シャルルとシュンリンも同時に彼の両肩にすがる。
金髪が揺れ、銀髪が乱れ、燃えるような赤いツインテールが彼の頬をくすぐった。
涙が悠真の顔に、ぽとぽとと零れる。
「お、おい、何だよ……皆……俺、そんなに……」
「バカ……バカ。悠真……死ぬかと思ったじゃねぇかよ……っ!」
「……ほんとに……心配、したんだから……」
彼は、ようやく気づいた。
この異世界で、自分を心から思ってくれる仲間が、ここまでいたということに。
仲間たちの涙と体温と、温かい光に包まれながら、悠真は静かに息を整えた。
前髪の奥で、茶色の瞳が静かに揺れていた。
――そして幻惑毒の罠から回復した彼が再び立ち上がってから、およそ数時間が経過し今現在一行はダンジョン第七十八層へと到達。
仲間たちの必死の看病と回復魔法により、傷跡は癒えつつあるが、身体の奥にはまだ重だるさが残っている。それでも悠真は歩を進めていた。
この階層全体に重く湿った空気が満ちており、時折、頭上を走る魔力の閃光が天井の岩の結晶体を照らしている。
鉄と石が幾重にも折り重なるこの階層は、まるでかつては軍事施設として、使われていたかのような威圧感を纏っていた。
壁には巨大な鋲が何百本も打ち込まれ、床面は黒い大理石で統一されている。
配信魔導端末の光が静かに点滅していた。
「……開いてる、のか……?」
悠真の言葉に、仲間たちの視線が揃って、前方の光景へと向けられる。
目の前に鎮座するのは、二十メートル以上の高さを誇る巨大な鉄製の門。
表面には幾何学的な刻印と未知の言語で彫られた呪文らしき文が走り、まるで見る者の精神を圧迫するかのような不穏な波動を放っている。
しかもその門が、こちらを誘うように──まるで嘲るように、ゆっくりと開かれていた。
「待って……これはどう見ても罠ですわ。むしろ”さあ、入ってごらんなさい”って言っているようなものですわよ……」
アイリスが眉を顰めて、レイピアをゆっくりと引き抜く。
腰まで届く金髪が湿気を吸い、蒼い瞳が門の奥を鋭く見据えていた。
「でも……この先に進まなきゃ、配信も攻略も止まっちゃうんじゃないかな……?」
シャルルが不安げに呟く。淡い金色に近い銀髪を揺らしながら、そっと悠真の背中に近づく。
翠色の瞳が何処か夢見るような色合いをしていた。
「だったら行くしかないさ。逃げたら絵面が悪い!」
そう叫んだのはシュンリン。
燃えるような赤いツインテールを振り乱すように前に出る。
硬質な爪の拳を握り締め、赤金色の大きな瞳が門の奥を獰猛に見据えていた。
「……行きましょう」
静かにホウキが口を開く。
黒いポニーテールを揺らし、太刀の柄に手を添える。
切れ長の黒い瞳が鋭く光り、足取りは静かだが、どこか確かな覚悟が滲んでいた。
「全員、警戒を怠るな」
低くアウラが告げる。
銃を構えながら冷徹な視線を門の奥に向けていた。
『罠確定じゃん』
『悠真くん大丈夫? まだ本調子じゃないだろ』
『入るの!? マジで!?』
『視聴者数また跳ね上がってる』
視聴者コメントが流れていく。
「……行こう」
最後に悠真が呟いた。
前髪の奥の茶色の瞳が、静かに、しかし確かな光を宿している。
漆黒の外套の内側で、デッキケースを握り締めた。
仲間たちと共に門を通過した瞬間、背後から軋むような音が響く。
振り返る間もなく鉄門が、地獄のような重低音と共に閉ざされる。
その瞬間、視界が歪んだ。
空間が揺れ、魔力がねじれる。
地面が一瞬だけ脈打つように光を放ち──その中心に何かが”現れた”。
それは魔物ではない。
否、確かにこのダンジョンに巣食う敵であるはずだった。
だがその存在は、どこか人間らしさを備えている。
男とも女ともつかぬ姿。
背丈は二メートルを超え、全身を黒い装束で包んでいる。
だがその服はどこか古めかしく、まるで舞踏会の貴族服のような印象すらあった。
肌は灰色に近く、髪は銀糸のように滑らかに背中へ流れている。
「……歓迎しよう、旅人たちよ」
その存在が、流暢な言葉で喋った。
声は不思議と心の奥に直接響き、聴く者にぞくりとした寒気を呼び込む。
「通過を望むのならば、我を倒せ。あるいは……自らの命運を、ここに捧げよ」
相手の言葉を聞いて、悠真の喉が微かに鳴った。
仲間たちは静かに戦闘態勢へと移行を始める。
ホウキが太刀を抜き、アウラが銃口を向け、アイリスが幻影を展開する構えを取り、シャルルが長杖に魔力を灯し、シュンリンが拳を握り締めた。
悠真はデッキケースに手を伸ばす。
無数の視線が交錯する中──戦端が、ゆっくりと開かれようとしていた。
「ちっ……こりゃあ配信映えしそうだな……」
悠真が低く呟く。漆黒の外套の内側でデッキケースを握り締め、前髪が汗で額に張り付いている。
簡易領域は既に展開済みで、足元の魔法陣が青白い光を放っていた。
仲間たちも既に、各々の戦闘態勢を取り終えている。
ホウキは膝を割り太刀を抜き構え、アイリスは幻影の反逆を発動する寸前で、蒼い瞳が鋭く前方を見据えていた。
シャルルは僅かに回復した魔力を長杖に灯し、シュンリンは龍化第一段階の鱗が両腕に浮かび上がり始めている。
アウラは銃を構え、デッドアイ・シュートの魔眼が起動していた。
そして皆の視線の先、空間の中心に揺らめく存在が静かに立つ。
相手の顔には白い仮面が装着され、口の位置には横一文字の裂け目がある。
「随分と物騒な出迎えだな、旅人たちよ」
その声は脳に直接響くような質感を持っていた。
耳を通さず、直接思考に割り込んでくる。
だがその声音は先程とは異なり、まるで晩餐会の主人が客を迎えるような、余裕と知性に満ちていた。
「戦う前に一つだけ問おう。貴様らは自らの強さを、どこまで信じている?」
仮面の裂け目が僅かに広がる。嗤っているのか、それとも純粋な問いなのか、判断がつかない。
「我はこの階層の番人。幾千の侵入者を見てきた。だが……貴様らのような者は、久しく見ておらぬ」
「くっ、喋りながら時間を稼ぐつもりか!」
苛立たしげにシュンリンが地を蹴る。
燃えるような赤いツインテールが揺れ、赤金色の大きな瞳が爛々と輝いていた。
「焦るな、龍人の娘よ」
存在が静かに応じる。
「貴様らの力は既に見えている。焦りは隙を生む。それを承知の上で……かかってくるがよい」
その言葉と共に、周囲の光が一斉に歪む。
幻影ではない。
視覚、聴覚、嗅覚、全ての感覚に干渉する完全なる幻覚魔法が静かに、しかし確実に展開されていく。
そして誰よりも素早く反応したのはアウラだった。
だが、その対応は、ほんの一拍遅れる。
「……っ!?」
彼女の体が、ぴたりと静止した。
銀灰色の長髪が揺れを止め、猫耳が伏せられたまま固まる。
アウラは虚空を見つめたまま、まるで人形のようにその場に立ち尽くした。
「アウラ!? どうした!」
悠真が声を張る。だが彼女は答えない。
青灰色の瞳が現実ではない何かを、幻の彼方に向けられている。
「くっ、幻覚か……!」
苛立たしげにシュンリンが舌打ちした。
アイリスが唇を噛みながら幻影をさらに展開し、シャルルがアウラに近づこうとしたが──
「待て、下手に触れると危険かもしれない。幻覚に引きずり込まれる」
それを悠真が制した。
配信魔導端末の光が静かに点滅し続けている。
『アウラさんが……っ』
『幻覚系の敵じゃん、これヤバい』
『悠真くん早く助けて』
『視聴者数跳ね上がってる』
コメントが静かに流れてゆく。
この場の緊張が極まる中、番人が静かに口を開いた。
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