第6話 またしても彼は瀕死となる
「ち、違うんだっ! 俺はなにも……!」
だがその言葉は届かず、悠真は今朝もまた、追及と罵声の嵐の渦中へと叩き込まれるのだった。
そして朝の陽光が森の天蓋をくぐり抜け、まだ湿り気を残す大地に斑模様の光を投げ掛ける。
昨日の覗き行為と朝の騒動の余韻を残したまま、野営地には微かな火の匂いと、乾ききらぬ夜露の湿気が混ざり合っていた。
彼は焚き火の名残をぼんやりと見つめながら、まだ腫れが残る頬に軽く触れる。
シャルルの格好と寝言によって誤解された結果、朝の挨拶代わりに仲間たちから再び小突かれた顛末が、悠真の表情に陰を落としていた。
「……まったく、理不尽すぎる」
そんな愚痴を彼が呟いたところで、シャルルが欠伸混じりに背伸びをしながら起き上がる。
淡い金色に近い銀髪が朝露に濡れて尚、絹のような輝きを放つ。
長く細い耳が、ゆったりと揺れていた。
「ん~……あれ? 悠真くん、そのお顔……どうしたの?」
寝ぼけた声を出しながら彼女は尋ねる。
「おまっ!? ……いや、気にすんな。いろいろと、あったんだ」
色々と言いたい事はあるが、それを今口にしても全て無意味と判断し、悠真は苦い笑みを零す。
「ふふ、また何かやらかしたんだね?」
しばし首を傾げていたがシャルルだが、やがてふわりと微笑み軽く肩を竦めた。
その言葉に反応するかのように、アイリスとホウキがすぐさま近づいて来る。
「悠真は本当に……もっと自覚なさいまし。あのような騒動を起こすなんて、まったく困った方ですわ」
金髪を整えつつアイリスは、金色の狐耳を立てながら目を細めた。
「まったくにございます。……悠真様、今朝も懲りておられぬようで」
静かにホウキが言い添える。
切れ長の黒い瞳が悠真を穏やかに、しかし確かな呆れを込めて見据えていた。
「……まったく。お前ら、もう勘弁してくれよ……」
「まあまあ、みんな落ち着いて。まずは朝食の準備をしよ? もう僕、お腹ぺこぺこでさ」
彼の嘆きを聞きながら、シャルルは優雅に微笑んで言う。
その言葉に場の空気が少し和らぎ、仲間たちは一斉に立ち上がり、調理の準備に取り掛かった。
陽はますます高くなり、空気も暖かさを帯び始めている。
「悠真、お主は動かんでよい。男は焚き火の傍で黙して座すがよい」
そう言うとホウキは料理の道具を持って行くと、他の仲間たちも次々に持ち場を決めていく。
「今日は私が山菜担当だよ。アウラちゃん、一緒にやろう?」
「ああ、任せろ」
猫耳を立てながら、アウラが答えた。
そして魚を手にしているのは、ホウキとアイリス。
手際よく内臓を処理し、串に刺す動作も板についている。
一方、肉担当のシュンリンは既に野生の猪肉をスライスし、燃えるような赤いツインテールを揺らしながら香草をまぶしていた。
悠真は仲間たちの間をそろそろと歩き、気まずさを感じつつも様子を眺めていたが、ふとアウラの手元に目を留める。
「……そのキノコ、たぶん煮るよりも焼いたほうが香りが出るかもな」
何気なく口にした一言だが、アウラは手を止め、ふと悠真の顔を見た。
「……詳しいんだな。食べ物にも気を配れるのか」
「ま、カードゲーム以外に得意なことって言ったら、キャンプ飯くらいだからな」
その答えに彼女は一瞬言葉を失い、だが次の瞬間、猫耳を伏せながら小さく呟く。
「……優しいんだな、お前」
不意打ちの一言に、彼は口元を引きつらせながらも、目をそらした。
やがて料理が完成し、焚き火の周囲に丸太を並べて、即席のテーブルが作られる。
ホウキとアイリスが焼いた魚は、表面が黄金色に焼き上がり、香ばしい香りを漂わせた。
川魚特有の泥臭さはなく、代わりに薬味が彩りを添えている。
「この焼き加減……見事ですわね、ホウキ」
「アイリス殿こそ、手際の良さに感服いたします」
山菜料理は、シャルルの調理により、天ぷらとして揚げられていた。
揚げたてをひと口齧れば、ほのかな苦味と春野菜の甘味が口に広がる。
そしてシュンリンの肉料理。
炭火で焼いた猪肉には、甘辛い味噌だれが塗られ、しっかりと焦げ目がついている。
噛むごとに肉汁が溢れ、香草の香りが鼻を抜けた。
「……くぅ、こいつはヤバいな」
「ふふ、悠真、満足そうな顔だな。もっと食え」
赤金色の瞳を細めながら、シュンリンが言い放つ。。
「もう許してあげるわ。今朝の顔で充分に罰は受けたでしょう?」
アイリスが微笑むと、金色の狐耳がゆったりと揺れる。
他の仲間たちも笑いながら頷く。
食事の場は穏やかで、温かな空気に包まれていた。
こうして、ダンジョンの第七層リフレクスの迷宮──緑に囲まれた静かな時間の中で、悠真と仲間たちは小さな幸せを噛みしめる。
そして悠真たちは朝食を済ませるとダンジョン配信を開始し、適度に休息を取りながらダンジョンの第七十七層へと足を踏み入れていた。
そこは別名”魔樹の庭園層”──かつて精霊と魔女たちが秘密の儀式を行ったとされる、緑に満ちた幻想的な迷宮階層。
無数の蔓が天井から垂れ、地面は濃い緑苔と黒い樹根で覆われており、足元からは時折小さな音が聞こえた。
空気は湿気を帯びており、まるで森の中にいるかのような錯覚を抱かせる。
香りは甘くも青臭い。腐敗と繁殖を同時に孕んだ、生きた植物たちの呼吸だ。
「……ここは視界が悪いですわね。灯りを増やしましょうか?」
アイリスが手元の魔石ランタンに光を加える。
暖かな橙の光が、腰まで届く金髪と蒼い瞳を照らし、その横顔に気品を宿している。
「警戒を怠るな。植物系の罠は反応速度が遅い代わりに、捕まると厄介だ」
低くアウラが言い放つ。銃を構え、猫耳がぴくりと動いた。
「ふふっ……植物に絡め取られるのも、それはそれで……」
「やめてくれ、シャルル。それ以上言ったら誤解される」
額に手を当てながら悠真は嘆息する。
だが次の瞬間──彼の足が、ほんの僅かにずれた。
「ん……? あれ、何か、ぬるっと──」
踏み込んだ足元は、他の地面とは異質な感触。
苔ではなく、一枚の肉厚な葉で構成された擬態草。
踏圧を感知すると同時に、葉の縁がぬらぬらと蠢き、中央から紫煙が噴き出す。
「悠真、下がれ!」
誰かの声が聞こえたが、既に遅かった。
紫の煙は悠真の全身を覆い、目と鼻と口から侵入する。
身体の芯から感覚が鈍り、世界が遠のいていく。
「な……ん……だ、これ……目が、回る……」
その場に崩れ落ちると、彼の体はぐったりと横たわり、漆黒の外套の内側からデッキケースが滑り落ちた。──その瞬間。
「悠真くんっ!」
シャルルが悲鳴を上げ、地面に膝を突く。
長く細い耳が限界まで伏せられ、翠色の瞳が恐怖に揺れていた。
次いで、ホウキ、アイリス、アウラ、シュンリンが駆け寄る。
「幻惑毒……っ。体が魔力を吸われてる……!」
すぐにその症状を察知すると、アウラは携帯していたナイフを抜き、罠の葉を真っ二つに切り裂いた。
「悠真様……悠真様、目を覚ましてくださいませっ!」
ホウキは彼の頬を両手で支え、切れ長の黒い瞳から涙がぽとりと落ちる。
黒いポニーテールが乱れ、東の国風の和装の裾が地面に広がった。
「悠真……くっ! アタシらが治してやるからな……!」
叫びながらシュンリンが、硬質な爪の掌に魔力を込める。
燃えるような赤いツインテールが揺れ、赤金色の大きな瞳が涙で滲んでいた。
小さな光がともり、粗悪な回復魔法が彼の胸元へと流れ込む。
本来、治癒魔法はシャルルが得意なのだが今の彼女は魔力切れ状態であり、ポーションなども既に枯渇状態である。
「くそっ……全然足りない……!」
「ならば、私のも使え! 一緒にやるぞ、シュンリン!」
アウラが叫び、重ねるように魔力を流し込んでゆく。
二人の間に淡い蒼白の光が走り、悠真の体が僅かに震えた。
「お願い……悠真くん……目を開けて……っ」
魔力が無い状態のシャルルは、震える手で彼の手を握る事しかできない。
翠色の瞳からは大粒の涙が伝い落ちていた。
「う、うぅ……悠真……嫌ですわ……こんなこと……っ」
アイリスは泣きじゃくりながらも、シュンリンたちを補佐するように、簡易的な回復魔法を何度も唱える。金色の狐耳が伏せられ、蒼い瞳が涙で潤んでいた。
金髪が乱れて頬に張り付いているが、彼女は一切気にしない。
だが、その時――――
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