第4話 男ならば!水浴びは覗かなければならない!
「──っ! これは帰還の魔法陣か!?」
悠真の言葉と共に、光柱が仲間たちを包み込んだ。
先程までの死闘の熱気と血の匂いが、一瞬の浮遊感と共に遠のいていく。
次に目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、ダンジョンの無機質な壁ではなく、柔らかな明かりが灯る街並みだった。
石畳の路地、鼻腔が痺れるような香辛料が漂う露店、そして周囲を忙しなく行き交う人々。
「こ……ここは安息地……なのか? はぁ……ったく、疲れたぜ……本当にな」
重苦しい空気から解放され、悠真の肩から力が抜ける。
そして過労で瀕死気味のシャルルを抱えるホウキたちの安堵の吐息が街の喧騒に溶けてゆく。
安息地を照らす魔石灯の下、仲間たちの静かな鼓動だけが、生き延びたという実感を伝えていた。
――そして、あの死闘から瞬く間に数日が経過。
十二体の強化個体との激闘、そして闘技場へと強制転移させられた後の異形の魔物との死闘──振り返れば、あの連続した戦いは明らかに異常だった。
強化個体の大量出現自体は、ダンジョン固有の現象として記録に残っている。
だが十二体が同時に、しかも統率を持って出現するなど、前例がない。
さらに、その直後の転移トラップと異形の魔物は、もはや偶然の産物とは言えなかった。
準備も整っていない消耗状態の悠真たちを、的確に狙い打ちにするような構造。
まるでダンジョンそのものが、意志を持って排除しようとしているかのようだった。
運が悪ければ、あの場でパーティーは全滅していた。
その事実を彼は、誰にも口にしていない。
だが胸の奥で、静かに、確かにその重さを抱えていた。
そして今日は、久しぶりに穏やかな一日である。
今現在、悠真たちはダンジョンの第七層、リフレクスの迷宮へと来ていた。
天井の代わりに広がるのは、巨大な洞窟内に形成された人工的とも自然的ともつかぬ疑似的な空。
橙と金の混ざる光が、枝葉の隙間を縫って差し込むように作られている。
微風が吹き、濃密な樹々の香りが風に乗って流れてきた。
その空の下にあるのは、幻想的な森。
濃い青緑の葉が枝を飾る巨木が無数に立ち並び、足元には軟らかな苔の絨毯。
泉の水面は揺れもせず鏡のように静かで、鳥とも獣ともつかぬ鳴き声が遠くで響く。
「よし、ここらで休憩としよう。……そろそろ日も暮れるしな」
疲れを覚えた脚を軽く伸ばしながら悠真は、新たに購入した魔導配信端末を操作した。
録画停止の赤いランプが消え、ダンジョン配信は終了する。
背後では、仲間たちが一斉に、ほっと息を吐いた。
「これで視聴者の目も、なしってわけですわね」
口調とは裏腹に、どこか開放感を滲ませながら、アイリスが金髪を掻き上げる。
金色の狐耳が反応し、ふわりとした金髪が揺れた。
蒼い瞳が夕映えに照らされ、淡い琥珀色を帯びている。
「……じゃあ、私はあの木陰を借りる。汗もかいたし、泉で体を洗いたい」
低く落ち着いた声で、そう告げたのは、アウラだった。
「そして悠真──絶対に覗くな。破ったら、容赦しない」
銀灰色の長髪を揺らし、頭頂部の猫耳を立てながら彼女は、軍人らしく手際よく荷をまとめると、視線を彼に向けて釘を刺すように言い放つ。
「うむ。悠真様、信じておりますぞ? 女の裸を覗くなど……武人として、恥知らずのすることにございますゆえ」
優雅に言葉を添えるのは、ホウキだった。
黒いポニーテールを揺らし、切れ長の黒い瞳が彼を静かに見据えている。
「ふふっ……僕も混ぜてもらおうかな。せっかくだし」
長く細い耳を揺らしながら、シャルルは翠色の瞳を艶やかに細めた。
その笑みの奥に潜む気配に、悠真は目を逸らす。
「っ、あ、アタシも……! そ、その、ちょっと身体を拭きたいだけだからな! 絶対に見たら、許さないからな!」
真っ赤な顔で口を尖らせるのはシュンリン。
燃えるような赤いツインテールが揺れ、硬質な爪の指先が悠真を指差している。
「……は、はぁ。べっ、別に覗きなんて……考えてもいないですけど?」
その場を凌ぐように、彼は肩をすくめて苦笑した。
そして五人は、それぞれ木々の影へと分かれてゆく。
──残されたのは、男一人。
「……とは言ったもののよ、覗くなって言われてもよぉ……こっちは年頃の男子高校生だぞ……?」
手元のデッキケースを軽く叩きながら、悠真は溜息をついた。
木々の向こうからは、微かに水のはねる音や、衣擦れ、肌の擦れる気配が漂う。
目を閉じれば、そこに想像が入り込むのは当然だ。
彼はカードゲーマーではあるが、それ以前に悠真は健全なスケベである。
「……くっ……くそ……! 俺は試されてるのか!? これは女神の試練なのかッ!?」
そんな独り言を呟いた直後、彼は徐に立ち上がった。
「よ、よし……五分だけ。五分だけだ……!」
僅かな決意と緊張感を滲ませた声を出して、悠真は行動を開始すると、漆黒の外套が擦れて乾いた音を立てる。
「……よし、死角はこのあたりか……」
背を低くし彼は、木々の間に潜んでいた。
生い茂るシダの葉を片手で押し分け、反対の手では草に触れぬように慎重に地を支える。
うっすらと汗が額に浮かび、茶色の瞳は真剣そのものだ。
しかし決して敵を探しているわけではない──その眼差しの先にあるのは、五人の仲間たちである。
「……まじかよ、これは……視聴者に見せたらアカウント停止確定だろ……っ」
小声で呟いた悠真の声には、興奮と背徳が入り混じっていた。
最初に目に飛び込んできたのは、シュンリンの姿である。
燃えるような赤いツインテールが濡れて肩に張り付き、火照った肌に水滴が鎖骨を伝って胸元へと流れていた。
濡れた下着に包まれた豊満な体躯が、泉の縁に腰を下ろしている。
「ちょ、ちょっとシュンリン、それ以上動いたら……見えますわ……っ!」
そう口を尖らせたのは、アイリスだった。
黒のレースが施された下着は、陶器のような白い肌とコントラストを成し、露わになった細いウエストと長い脚を強調している。
ふわりとした金髪が水に濡れて頬に張り付き、金色の狐耳が湿気でしっとりとしていた。
「ふふっ……自然の中で身体を洗うのは格別だよねぇ……」
嬉しげに声を漏らしていたのは、シャルルである。
淡い金色に近い銀髪が背中を覆い、その下には純白の下着が静かに存在していた。
長く細い耳が揺れ、無駄のない細身の体躯から、滑らかな曲線が浮かび上がる。
「油断は禁物。……警戒は怠るな」
その場でもなお軍人としての姿勢を崩さず、アウラは引き締まった体躯を保ちながら、周囲に目を光らせていた。
猫耳がわずかに動き、鋭い視線が森を横切る。
鍛え抜かれた腹筋と引き締まった太腿が、濡れた肌に映えていた。
そして木の根元に背を預けて座っていたのはホウキである。
サラシで巻かれた胸と、簡素な下帯一枚という凛々しき姿で、濡れた黒いポニーテールが肩に垂れ、切れ長の瞳は静謐そのものだった。
「……見つからずに、このまま一通り……」
喉を鳴らしながら、悠真が視線を動かす。その瞬間だった。足元で枯れ木が折れる。
それも一本ではない。複数の小枝が連鎖的に砕ける乾いた音が、森の静寂を切り裂いた。
「しまっ──」
その声よりも早く。
「誰だッ!?」
叫びと共に反応したのは、アウラだった。
太腿に装着していた小型のナイフを反射的に抜き、音の鳴った方向へと力強く投げ放つ。
ナイフは一直線に飛び、悠真の顔のすぐ横、背後の木に深々と突き刺さった。
「ひぎっ!?」
情けない悲鳴が漏れる。男子高校生の威厳など微塵もなかった。
「な、何その声……」
「……悠真様……まさか……っ!」
水音が響き、泉の奥から五人が一斉に駆け出してくる。
それぞれが下着姿のまま、濡れた肌と水滴を散らしながら、怒気を孕んだ眼差しで悠真の前に立ちはだかった。
「お……お、おれはその、だな……違っ──」
「──見たのですわね?」
アイリスの声が、低く冷たい怒気を含んでいる。
しっとりと濡れた金髪が肩に垂れ、肌を伝う水滴が怒りに震えて跳ねた。
金色の狐耳が限界まで逆立つ。
「変態! スケベ! クズ悠真っ!」
真っ赤になった顔で、シュンリンが叫ぶ。
燃えるような赤いツインテールが乱れ、赤金色の大きな瞳が怒りに燃えている。
額の龍角までもが赤みを増していた。
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