第2話 追い詰められる、彼
「……どうして、こんなことに……っ」
シャルルの細く震える声が、灼熱の岩壁に反響した。
淡い金色に近い銀髪は汗と灰にまみれ、長く細い耳がへなへなと伏せられている。
「お願い……お願いだよ、悠真くん……。キミが目を覚ましてくれないと……僕……!」
翠色の瞳には涙が溢れ、頬を流れる雫は熱く、深い悲しみと怒りに震えていた。
普段の穏やかな笑みは消え、今はただひとりの少女として、悠真の傍に膝をついている。
「……っ、立て……立てますわ……!」
岩壁に背を預けていた、アイリスが震える手でレイピアを、杖代わりに石畳へと突き立てた。
蒼い瞳が朦朧としている。
金色の狐耳は伏せられ、尻尾の毛が熱波で幾筋も裂けていた。
白い肌が紅潮し、汗が顎から滴り落ちる。
膝が笑い、立ち上がろうとするたびに、体が傾いた。
「アイリス、動くな! まだ熱にやられてる──」
「黙りなさいな……っ」
仲間の言葉をアイリスが遮る。
蒼い瞳が、朦朧としながらも確かな光を宿して、悠真を見据えた。
「悠真が……倒れているのに……わたくしだけが……座っていられますものですか……っ!」
レイピアを支えに、一歩。また一歩。
金色の狐耳が僅かに持ち上がった。
尻尾が、力なく、しかし確かに揺れている。
全身が熱波にやられたまま、それでもアイリス・シルヴェスターは立つ。
「シルヴェスター家の者が……ここで……倒れるわけには……いきませんの……っ!」
震える声で言い放ち、彼女はレイピアを魔物の群れへと向けた。
「戦術再構築……っ。防御展開ラインを広げなさい。シャルル、アウラ……右から回り込む奴らを……止めて……っ」
アイリスの声は震えていた。膝も震えている。
だが、瞳だけは──揺れていなかった。
アウラの軍靴が焼け石を打ち鳴らす音が、戦場の緊張を更に高める。
猫耳を逆立てたまま銃を構え、押し寄せる魔物たちを牽制していた。
「……悠真くんが……みんなを守るために戦って、傷ついたのに……」
シャルルの唇から、声が零れた。
手には空になった魔力回復用のポーションの瓶が握られている。
エルフとして持つ魔力は、既に枯渇していたはずだった。
「だったら、僕も……僕の力で……みんなを……っ!」
長杖に淡い光が灯る。
杖先から走る光は空間に紋章を描き、その幾何学模様が仲間たちを、包み込むように広がっていく。
淡く、しかし確かな守護の膜が、仲間全員を覆う。
「……これは……シャルルの魔法……なのか?」
アウラが呟いた。戦闘の中でも冷静な声に震えが混じる。
猫耳がゆっくりと前方へ向く。
「こんな温かい魔力……初めてだ……」
ホウキの声が震える。
「シャルル……貴女……」
金色の狐耳が揺れ、アイリスの蒼い瞳の目尻に涙が滲む。
「ああ、なんて眩しいんだ……。まるで母親に抱きしめられているみたいだ……」
硬質な爪の拳を握り締めながら、シュンリンが呟いた。
燃えるような赤いツインテールが揺れ、龍化の鱗が張り詰めた肩に、何かが溢れるように揺れていた。
シャルルは悠真の手を両手で包み込むように握り締める。
「悠真くん……キミがいてくれたから……みんなはここまで来られたんだよ……。誰一人欠けても、ここには辿り着けなかったのに……! お願い……もう一度……みんなの所に……戻ってきて……っ!」
彼女の声が灼熱の岩壁に染み込むように響く。
その瞬間――だった。
悠真の指が、わずかに動く。
「……ん、ああ……なに、泣いてんだよ……俺は……まだ死んでねえっての……」
その声は、震えながらも確かに、そこにあった。
「悠真くん!」
シャルルが叫ぶと、仲間たちは一斉に、その名を呼び合う。
彼の目蓋がゆっくりと開き、茶色の瞳が仲間たちを映し出す。
「……みんな……生きてる、よな……」
ゆっくりと悠真は身体を起こす。傷は完全に癒えてはいない。
しかし、前髪の奥の茶色の瞳に宿った光は、かつて見たどんなものよりも力強かった。
「ったく……俺が寝てる間に、泣きながら告白するんじゃねえよ……恥ずかしいだろ……」
彼は苦笑し、漆黒の外套の内側から、デッキケースを引き抜いた。
「簡易領域能力──クイック・デュエル・フィールド!」
魔物にやられた事で、一度解除された領域を、再び構築するべく悠真は宣言を行う。
そして彼の足元に魔法陣が炸裂するように展開され、青白い光が灼熱の赤を押しのけるように広がる。
「行くぞ、お前ら! こっからは、俺たちがぶっ潰す!」
デッキケースから、一枚のカードが射出された。
「ビキニメイド・パラディン・レイラ、召喚!」
白銀の光が迸り、純白のビキニアーマーを纏い、聖なる剣を携えた女性が、悠真の前に降り立つ。
灼熱の空間の中で、その白い光だけが鮮やかに輝いている。
「悠真……!」
「やっと目を覚まされましたか!」
「遅えんだよ、目覚めるのが……!」
仲間たちの叫びが重なった。
戦場に再び、光が満ちる。
そして灼熱の回廊の中で──再び逆襲の戦いが始まった。
炎王の回廊の深部。
灼熱の空気が肺を焼き、視界が熱波で歪む中、悠真たちと魔物の激闘が繰り広げられる。
「ビキニメイド・パラディン・レイラ! 攻撃!」
神々しい輝きを纏う聖剣が閃き、先頭の魔物を薙ぎ払う。
だが魔物たちは怯まない。仲間が倒れた瞬間、残りが一斉に散開した。
群れとしての統率が取れている。
「左から回り込んでいる!」
アウラが叫び、デッドアイ・シュートの魔眼を発動させた。
三発の魔弾が正確に魔物の頭部を貫いたが、それでもまだ魔物は多く居る。
「即時魔術――! 機雷輪!」
一枚の魔術カードを使用すると、複数の機雷が輪のように出現した。
それらは複数の魔物を取り囲むと、一斉に爆発を起こす。
そして二体の魔物を吹き飛ばす事に成功。
だがその瞬間、指揮系統を持つ個体が動く。
「──っ”!」
悠真が察知した時には既に遅かった。
指揮個体の四肢から放たれた骨のような棘が、彼の腹部に深々と突き刺さる。
体が数メートル弾き飛ばされ、焼け石の床に叩きつけられた。
「悠真くんっ!」
シャルルが叫ぶ。長く細い耳が限界まで逆立ち、翠色の瞳が恐怖に揺れていた。
「ああ、くそ……また腹かよ……。勘弁してくれ……っ!」
歯を食いしばりながら、悠真は立ち上がろうとする。
だが腹部の傷が深い。視界から色が抜け始めた。
そしてホウキが颯爽と間に入り、桜花千凜で残りの魔物を斬り伏せる。
アイリスが幻影の反逆で指揮個体の動きを封じ、シュンリンの龍化した拳が最後の一体を粉砕する。
そして──静寂が戻った。
全員が肩で息をし、汗と煤にまみれた衣服は、すでに戦闘前の姿を留めていない。
「──やっと……終わったか」
息を吐きながら悠真は腰を落とす。
漆黒の外套の内側に手を当てると、赤く染まる指先が戻ってきた。
デッキケースは無傷だったが、収納されたカード数枚は熱で軽く湾曲している。
その場に膝をつきアイリスは、レイピアを支えにしながら震えていた。
金色の狐耳が伏せられ、腰まで届く金髪が乱れて肩に掛かる。
蒼い瞳が疲労に滲んでいた。
「まったく……なんという消耗戦ですの……。悠真、貴方……本当に馬鹿な男ですわ……でも……ありがとう」
彼女の声は震えつつも誇り高く、涙をこらえるような響きがある。
金色の狐耳が僅かに持ち上がった。
「言葉を選んで貰えると助かるんだけどな。まあ……褒められたってことで受け取っておく」
腹部を押さえながら、悠真は少し自嘲気味に笑う。
「まだ生きてんな……ったく、心配させんなよ」
燃えるような赤いツインテールを揺らしながら、シュンリンが硬質な爪の拳で悠真の肩を軽く小突いた。赤金色の大きな瞳が、珍しく安堵の色を宿している。
「……すぐに治してあげるからね。待ってて……」
今にも折れそうな足取りで、シャルルは悠真の傍らに膝をついた。
魔力は既に枯渇し、杖を握る指先さえ白く震えている。
頬を伝う汗、火花に焼かれた髪、力なく垂れた長い耳。
その痛々しい姿に、仲間たちが迷うことなく駆け寄る。
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