第40話 ダンジョンとは、もっとも死の概念が近い場所
「……すまない」
ようやく悠真は、静かに言葉を落とした。その一言に、樟葉の怒りが再燃する。
「すまない、だぁ!? 今さらどのツラ下げて言ってんだよッ!」
拳が振り上げられる。
だがホウキの鋭い一言で樟葉の動きが止まった後、彼は悔しそうに唇を噛みながら一歩退いた。
しかし、言葉は止まらなかった。
「お前さあ……ずっと隠れて見てたんだろ? 俺たちがやられてるの、ニヤニヤしながら見てたんじゃねえのか? どうせ"ざまあ"とか思ってたんだろ、陰キャらしくよ」
吐き捨てるように樟葉が言い放つ。
銀髪が乱れ、深紅の瞳が充血していた。
「そうよ! どうせ私たちが嫌いだから、わざと遅く来たんでしょ!? 昔からそういう陰湿なやつだったじゃん! 表じゃ何も言わないくせに、裏でネチネチ恨んでたんでしょ!?」
鈴音が怒鳴った。ワインレッドの髪が乱れ、赤金色の瞳が悠真を睨みつけている。
「あんた、私たちのこと見捨てたかったんでしょ。本当はずっとそうしたかったんでしょ!? なのに今さら助けたフリして、いい顔しようとしてんじゃないの!? 気持ち悪い……ッ!」
水色のツインテールを揺らしながら麗華が叫んだ。
丸い水色の瞳が涙と怒りで歪んでいる。
「貴方みたいな陰キャに助けてもらうくらいなら、死んだ方がずっとマシでしてよ。どうせ見世物にしたかっただけでしょ? 私たちが惨めな姿を見て、楽しんでいたんでしょ?」
震える声で姫香が吐き捨てた。黒紫の髪が乱れ、深い赤紫のワインレッドの瞳が憎悪に燃えている。
「お前さあ、昔から空気みたいな存在だったじゃん。なんで急にヒーローぶってんの? 似合わないから止めてくんない? 俺たちにはお前みたいなやつの助けなんて必要なかったし、これからも必要ない」
掠れた声で奏恵が言い放った。
中性的に整えられた顔が蒼白になり、蜂蜜色の瞳が冷たく悠真を見据えている。
それはもう、感謝を述べる場ではなかった。
彼らの目には、恩人を讃える輝きなど微塵もなく、ただ鬱屈した憎悪と焦燥が渦巻いている。
「……救われた者が、救った者にこのような態度を取るというのは……理解できませんね」
シャルルは目を伏せ、長く細い耳を伏せていた。
白い肌に、うっすらと疲労の色が差し、唇がわずかに噛み締められている。
「感情の処理が追いつかんというのは分かる。だが、筋が通らん」
腕を組んで静かにアウラは顔をしかめた。
猫耳が逆立ったまま、青灰色の瞳が冷たく一軍を見据えている。
「悠真が、どれほどの葛藤を乗り越えて助けたか……このような暴言、許せませんわ」
アイリスは胸元で拳を握りしめていた。
金色の狐耳が逆立ち、蒼い瞳が怒りに燃えている。
「……クソが。文句言う前に感謝ってもんがねえのか、コイツらは」
シュンリンが舌打ちをした。燃えるような赤いツインテールが怒りに揺れている。
不穏な空気が仲間たちの間に流れていく。
その中で悠真は、何も言わずに、ゆっくりと右手を掲げた。
喋るな、という静止。
仲間たちの口が開かれる寸前で、その掌一つで言葉がせき止められる。
そして悠真は、ようやく口を開いた。
「──俺に八つ当たりするのは構わない」
その声に怒気はない。感情も叫びも含まれていなかった。
けれど、それは静かに、しかし確実に空気を変えるものである。
クラスメイトたちのざわめきが、そこで一瞬だけ止んだ。
「怒りたいなら怒ればいい。悔しいなら泣けばいい。それを俺にぶつけるなら、好きにしろ」
彼の茶色の瞳は、ただ真っすぐ前を見ている。
誰か特定の誰かではない、全員に向けられた視線だ。
「だがな──これは紛れもなく"現実"だ。ダンジョンってのは、こういうもんだ。お前たちが味わった惨劇は今日限りのものじゃない。明日また別の誰かに訪れるかもしれないし、今この場にいる全員が明日死ぬ可能性もある。それに……そもそもの話をするなら、あの騎士団の人たちが傷ついたのは、お前たちの"弱さ"が原因じゃねぇのか?」
悠真の口から放たれた、鋭利で的確な言葉が周囲に重たく響く。
そして麗華が息を呑む音が聞こえた。
「力も、判断も、連携も。何もかもが足りなかった。そのせいで、戦えないお前たちは捕らえられ、護るために戦った者たちはボロボロになった。俺が来るのが遅かった? じゃあ聞くが──俺が来なかったら、お前たちはどうするつもりだった?」
一度開かれた口は閉じることはなく、彼は一軍の男子と女子たちを見ながら、怒涛の言葉を繰り出す。
そして彼の言葉を聞いて、誰もが口を閉ざすと静寂が落ちた。
風の音すら消えたかのような、重い沈黙。
「……くっ……!」
何かを言いかけた鈴音だが、喉を詰まらせて黙った。
ワインレッドの髪が揺れ、赤金色の瞳が揺れている。
「ここはゲームじゃない。リセットもやり直しもできない。お前たちが思っているより、もっと厳しくて、もっと汚くて、もっと取り返しがつかない世界だ」
悠真の瞳は冷えていた。
燃える怒りではなく、凍るような現実の鋭さを宿した目である。
前髪が目元にかかり、その奥の茶色の瞳が、全員を静かに見渡していた。
「──俺は、そんな世界でお前らを助けるために動いた。それが気に食わないなら、今すぐここを離れて一人で生きてみろ」
その言葉は、まるで刃のように空気を裂く。
クラスメイトたちは、誰も返す言葉を持たなかった。
彼らの顔に浮かぶのは怒りではなく、迷いと戸惑い──そして否応なく突きつけられた現実への恐怖。
それを見てもなお悠真は、、背を向けようとはしなかった。
漆黒の外套が静かに揺れる。
「……っ、チッ」
低く舌打ちをしてから樟葉は、ゆっくりと胸倉を掴んでいた手を離した。
悠真の外套の胸元が解放されると同時に、銀髪の彼の体は半歩後ろへと退く。
その背には、明らかな動揺が滲んでいた。場が静まる。瞬間、全員が黙り込んだ。
魔石灯の青白い光だけが、乾いた静寂を照らし続けている。
誰もが、その場に立ちすくんでいた。
壁に背を預けた麗華の小さな肩が震えている。
水色のツインテールが乱れ、泥と血で汚れた肌が青白い光に照らされていた。
姫香は、その麗華の肩に手を置いたまま、何も言えずに唇を噛みしめている。
黒紫の髪が乱れ、深い赤紫のワインレッドの瞳が伏せられていた。
重苦しい、耐え難い空気が場を覆う。
自身の仲間たちの視線を、悠真は背に感じながらも一歩も退かず、そのまま皆を見据えていた。
「……それでもっ!」
鋭く、割り込むような声が飛んでくる。
鈴音だ。魔石灯の光が彼女のシルエットを際立たせる。
ワインレッドの髪が乱れ、頬に乾いた涙の筋が走った。
赤金色の瞳だけは、まだ潰えていない。
「どれだけ正しいこと言ってたって、私たちが……私たちがっ、どんな目に遭ったか……悠真、あんたに分かるわけないでしょ……!」
彼女の声は震えている。
「なにを偉そうに"これは現実だ"とか"弱いのが悪い"とか、正論ぶっこいてんのよ! あたしたちはあんたに頼った覚えなんてない! なのに勝手に現れて、全部見下して……っ!」
その叫びを皮切りに、押し黙っていたクラスメイトたちが、ざわりと動いた。
「……あんたの言うことなんて、聞きたくない……!」
「お前が来るのが遅かったから、あんなことに……っ!」
「くそ、ふざけんな! お前、助けに来てやったってドヤってんのかよ……!」
堰を切ったように、罵倒の嵐が再開される。
感情の爆発。理屈も筋も、そこにはなかった。
混乱と恐怖、怒りと羞恥、無力さの総てを塗り潰して、彼らは悠真へと怒声を浴びせる。
「英雄気取りかよ!」
「お前なんか、来なければよかった……!」
その言葉に、仲間たちが露骨に顔を歪めた。
「……てめえら、いい加減に……!」
シュンリンが硬質な爪の拳を握った。
燃えるような赤いツインテールが怒りに揺れ、額の龍角がわずかに赤みを増している。
アウラが直ぐに彼女の肩を押さえた。
猫耳を逆立てたまま、怒りを押し殺した表情で前を向いている。
「悠真様の言葉の意味が分からぬのなら、それでもよい。だが──言って良いことと、悪いことの区別くらいはつけろ」
ホウキが静かに、しかし確かな怒りを込めて言い放つ。
切れ長の黒い瞳が、クラスメイトたちを静かに射抜いている。
シャルルは悠真の背後で黙していた。
長く細い耳が伏せられ、翠色の瞳が伏せられている。
だが、その白い指先は小刻みに震えていた。
怒りなのか、哀しみなのか、判別できない。
「……あぁ。人間って、本当に……こんなにも浅ましいものですのね」
アイリスの声は、悔しさと吐き気を堪えるような響きだ。
金色の狐耳が伏せられ、蒼い瞳が冷たく細まる。
両拳がぎゅっと握られ、爪が皮膚に食い込まんばかりだ。
悠真は前髪の奥で、茶色の瞳を静かに細めたまま、一歩も退かない。
「それでも……それでも……! なんで……なんであたしたちが、あんな目に遭わなきゃいけなかったのよぉぉっ!」
鈴音が叫んだ。
ワインレッドの髪が乱れ、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、赤金色の瞳で悠真を差す。
その叫びに呼応するように、再び罵詈雑言の嵐が巻き起こる。
まるで感情だけが暴走しているかのように、理屈も秩序も吹き飛んだ群衆が、怒りを悠真一人へと集中させていく。
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