第38話 問われる彼の選択
「……離せ」
かすれた声。それでもなお、視線は死んでいない。
だが次の瞬間、その誇りは踏みにじられる。
斧が振り上げられた。――振り下ろされる。
鈍く、重い衝撃。一撃で断ち切れなかった。
刃は肩口に深く食い込み、骨を砕きながら止まる。
「が……っ、あぁぁああッ!」
肉が裂け、血が噴き出す。
砕けた骨の白が、裂けた肉の奥から覗いた。
「おいおい、硬ぇなあ!」
冒険者は笑いながら、斧を無理やり引き抜く。
その瞬間、抑えられていた血が弾けるように溢れ出し、レオノーラの身体が大きく跳ねた。
二度目。今度は首元へ。
骨が砕ける音と共に、首が半ばで潰れ、形を失う。
「ははっ、いい顔だ!」
完全には落ちず、皮と筋だけで辛うじて繋がった頭部が、不自然な角度で揺れた。
血が滝のように流れ落ちる。
そして次に引きずり出されたのは、アナスタシアだった。
「……任務、継続……不能、か」
その言葉の途中で、剣が喉を貫いた。
後ろから突き刺され、刃先が口内へと突き抜ける。
歯を砕き、舌を裂きながら、鉄の先端が唇の間から覗いた。
「……っ、……ッ」
声にならない。
喉の奥で血が溢れ、呼吸ができず、ただ泡立つ音だけが漏れる。
剣が引き抜かれると同時に、喉から血と肉片が溢れ出した。
膝から崩れ落ちる。
だが、それすら許されない。
背後から蹴り倒され、顔面が地に叩きつけられた瞬間、頭蓋が鈍い音を立ててひび割れた。
「……ふふ、趣味が悪いわね……。でも、あなたたち……後悔するわよ?」
リディアは笑っていた。だが、その唇は震えている。
「してんのはお前だろ」
短剣が腹部に突き立てられた。
柔らかな肉を裂き、刃は奥へ奥へと沈む。
ぐり、と抉るように動かされるたび、内臓がかき混ぜられる感触が伝わる。
「ぁ……っ、や……やめ……」
刃が引き抜かれると同時に、裂けた腹から血と共に暗い色の臓物が溢れ出す。
それを冒険者は靴で踏みつけた。
「……こんな真似、許されると思うなよ」
ナターリャは歯を食いしばる。
「許すも何も、もう終わりだろ」
横薙ぎの一閃。胴が裂ける。腹部が切り開かれ、内側が露わとなった。
温かい液体と共に、腹の中身が零れ落ちる。
「……下賤」
セレスティアは、最後まで睨み続けていた。
その言葉が終わる前に、顔面を殴り潰される。
骨が砕け、鼻が潰れ、歯が飛び散った。
原型を失った顔から、血が滲むどころか溢れ出している。
「だ、大丈夫……すぐ、治す……から……」
ミリエル、震える手で、誰かに手を伸ばしていた。
「もう治らねぇよ」
胸に剣が突き刺さる。深く、真っ直ぐに。鼓動を断ち切るように。
ヴァネッサは、最後まで言葉を飲み込んだままだった。
だが、その身体は無慈悲に斬り刻まれる。
一撃ごとに肉が裂け、血が飛び、四肢が力を失っていく。
「……神に、祈るつもりはありません」
ルシアは静かに目を閉じた。
「いいね、その顔」
ゆっくりと首筋に、刃が押し当てられる。
「だからせめて――」
横に引かれた。喉が裂ける。深く、深く。
言葉の続きを語ることもなく、血が溢れ、声が潰えた。
――静寂。
いや、それは静寂ではない。
ただ、音を失った絶望だった。
地は完全に血で覆われ、踏むたびに粘りつく。
鉄の匂いが濃く、息をするだけで喉が焼けるようだった。
「ひっ……や、やめて……いやああああッ!」
甲高い悲鳴が、閉ざされた空間の天井にぶつかり、何度も反響する。
両手両足を拘束されたまま、その場に鈴音は崩れ落ちた。
前髪は汗と涙で額に張り付いている。
普段は勝ち気に吊り上がる瞳は、今や大きく見開かれ、焦点を失いかけていた。
「やだ……こんなの、無理……無理だって……っ」
かすれた声が喉から漏れる。
だが次の瞬間、彼女の身体が大きく震えた。
「……あ……っ」
じわり、と。太腿の内側を、温かいものが伝う。
それを理解した瞬間、鈴音の顔が一気に歪んだ。
「……や、やだ……見ないで……っ」
押し殺した声。だが止められない。
恐怖で強張った身体は言うことを聞かず、太腿の内側を濡らしていく。
拘束されたまま動けない彼女にとって、それはあまりにも露骨で、あまりにも屈辱的だった。
「……お、俺……も……」
その隣で、樟葉が呆然と呟く。
足元に広がる濡れた跡を見下ろし膝が崩れる。
一方で麗華は両手を縛られたまま顔を覆い、『ごめんなさい、ごめんなさい』と壊れたように繰り返していた。誰もが限界だった。そんな中で――
「ははははははッ! 見ろよこのザマ!」
冒険者たちの哄笑が響く。
血に濡れた手で腹を抱え、指を差し、嘲る。
「これが“騎士様”に守られてたガキどもの末路かよ!」
「いいねぇ、その顔! その匂いも最高だ!」
わざとらしく鼻を鳴らし、下卑た笑いを重ねる。そして――
「お前らがあがいたせいで、こいつらはこうなったんだ。責任、取れよ?」
無造作に斬り落とされた女騎士の首を掴み上げる。髪を持たれたまま揺れる首。
まだ完全に閉じていない瞳が、虚ろに一軍の男子と女子に向けられる。
「ほらよッ!」
投げつけられた。鈍い音を立てて、地を転がる。
「……っ、や……やめて……!」
鈴音の目の前で、それは止まる。血に濡れた顔。
見覚えのある面影が、そこには確かに残っている。
「……ぁ……」
声が出ない。ただ喉が震え、空気だけが漏れる。
そして物影に身を隠していた悠真は、その光景を息を潜めて見ていた。
かつて彼を嘲笑し、見下してきたクラスメイトたちが、今は血に濡れた広場で震えている。
樟葉も奏恵も、その顔面には幾つもの打撲と裂傷が刻まれていた。
「や、やめて……近寄らないで……っ!」
麗華は衣服を破かれ、水色のツインテールが乱れたまま、怯えながら声を絞り出す。
その細い腕を引き寄せたのは、粗野な冒険者風の男だった。
鉄片を無造作に縫い付けた鎧を着込み、乱暴に麗華の髪を掴んで持ち上げる。
「へっへ、なにが人気配信者だよ。そんなの俺達の世界じゃぁ何の役にも立たねぇよ」
別の男が笑い声を上げ、蹴りを一発、奏恵の腹に叩き込んだ。
呻き声が漏れるが、それに同情する者など誰もいない。
「ったく……クソガキどもが。配信で持ち上げられていい気になりやがって」
刃に付着した女騎士たちの血を振り払い、一人の男は唾を地に吐き捨てた。
そして悠真の手は唐突に震え出す。れは恐怖によるものではない。
何かもっと、ずっと重く冷たい感情が、心の奥底で泡立っていた。
脳裏に教室での情景が浮かび上がる。
誰にも話しかけられず、机を一つ離された昼休み。
カードゲームのパックを開けた瞬間、『キモッ』と聞こえた声。
文化祭の出し物で名前が挙がらず、雑用だけ押し付けられた日々。
焼きそばパンを自腹で買わされた放課後。
そんな彼らが今、地に伏し、血を流し、泣いている。
胸の奥にあるのは怒りか、憐れみか──それとも。
「……悠真様」
静かにホウキが声をかけた。
切れ長の黒い瞳が、まっすぐに悠真を見据えている。
「貴方があの者たちに、かつて多くの辛苦を受けたことは、想像に難くないです。助ける義理など、ないのかもしれませぬ。ですが悠真様……貴方は今、どんな顔をしておられますか」
一拍置いて彼女は続けた。彼は答えられない。
「ねえ、悠真くん。あの人たちが嫌いなのは分かる。でも……見捨てたら、悠真くんは悠真くんじゃなくなる気がするんだよね、僕は」
長く細い耳を揺らしながら、シャルルは翠色の瞳で悠真を見つめた。
「……助ける価値があるかどうかじゃない。見捨てるか助けるか。それだけだ。悠真、お前はどっちだ」
猫耳を立てながら、アウラは静かに告げる。
青灰色の瞳が、まっすぐに悠真を捉えていた。
「……私は貴方に従いますわ。どちらを選んでも」
金色の狐耳を伏せたまま、アイリスは蒼い瞳で前を向いている。
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