第8話 優遇される一軍のメンバー
「――次は、お主の番じゃ。女神の慈悲に、ありがたくひれ伏すがよい」
そう言いながらフォルトゥナは、人差し指を奏恵へと向けるが、その声が響くと同時に空気は一変した。
どこからともなく現れた薄紅の風が渦巻き彼の周囲を包み込む。
風は甘い香りを伴い、花の蜜とも香料ともつかぬ不思議な匂いが漂う。
周囲の生徒たちがそれに反応し小さく顔を顰める者、僅かに口元を覆う者も居たが、その中で奏恵だけは静かにその場に立ち尽くしていた。
男にしては、やや細身の体躯。
色白の肌と明るめの茶色から金色が掛かった髪は、軽く整えられたショートからミディアムヘアで、前髪から目元に掛かる程度に自然と流されている。
そして細めで優し気な眉の下、やや垂れ目の琥珀色から蜂蜜色の瞳。
少年とも少女とも形容し難い中性的な顔立ちには、どこか品のようなものが漂う。
制服襟締を緩めて首元を開け、シャツの裾はきっちりと入れず、ややルーズに着こなしている、その姿は不良風にも見えるが、実際の彼の所作にはどこか優雅な流れがあった。
静寂の中、彼は微笑む。
だが、その笑みにはどこか翳りがある。
陽気さと諦観と、それでもなお何かを期待するような危うい混合。
「そんな目で我を見るな、人の子よ。我は”真理”に従って選んでおるだけじゃ。そちに相応しい”力”を与えてやる。存分に誇るがよい」
どこか気持ちが落ち着かない様子の奏恵を見て、女神フォルトゥナは喉を鳴らすように笑う。
だがその瞬間、彼の胸元から光が溢れ出した。
先程の樟葉のような金光とは異なる、七色より柔らかく揺れる虹色の光。
その輝きは、じわじわと奏恵の全身を覆い、制服を分解するように溶かし去る。
ルーズに着ていたシャツが、光の粒子となって消え、ズボンも同様に霧散した。
一瞬だけ彼のしなやかで細身の裸身が露わとなった――白い肌、無駄な筋肉のない滑らかな身体。
中性的な美しささえ感じさせる体躯。
そして新たな装備が、奏恵の身体を包み始めた。
まず足元に現れたのは黒革のブーツ。
装飾は少なくシンプルだが踵部分に、ルビーのような深紅の宝石が埋め込まれており、歩く度に淡い光を放つ。
ブーツは膝下まであり、ふくらはぎにぴったりと密着している。
次いで太腿から腰に掛けて、黒革のパンツが形成された。
しなやかな革は動きを妨げず、太腿のラインを美しく際立たせる。
腰には細い革のベルトが巻かれ、そこから鳥の羽根のような装飾が左右に垂れ下がった。
羽は深紅、深碧、淡青の三色で、微かに揺れる涼やかな音を立てる。
上半身には銀糸の刺繍が施された黒い胴衣が現れた。
胴衣は首元から腹部まで覆い、その表面には獣の姿――獅子、龍、鳳凰――が複雑な紋様として刻まれている。
胸部の刺繍は特に精緻で、まるで獣たちが今にも動き出しそうなほど立体的に見えた。
袖は肘までしかなく、前腕部は露出している。
肩から背中に掛けて、半透明のケープが舞い降りた。
ケープは薄い絹のような素材で、光を受けると虹色に輝く。
風に靡く度に、まるで獣の尾のようにしなやかに揺れた。
ケープの縁には金色の刺繍があり、そこにも小さな獣の姿が描かれている。
そして彼の両手首には、黒革の篭手が装着された。
篭手は指の付け根までを覆い、手の甲の部分には三つの宝石が埋め込まれていた――深紅、深碧、淡青。それぞれの宝石が淡く明滅している。
最後に奏恵の右手の人差し指に、燦然と光る指輪が嵌まった。
深紅、深碧、淡青――三色の宝石が嵌め込まれた、異形のリング。
指輪は彼の指に吸い付くように収まり、まるで最初からそこにあったかのように自然だ。
「セイント・ビースト・トリニティ――これこそが、そちが従えることになる三体の聖獣が宿る魔法の指輪じゃ」
その指輪を指し示しながらフォルトゥナは告げるが、その名を口にした瞬間に指輪が輝きその輝きから三つの球体が現れる。
球体は、やがて実体を得るかのように変化し、やや小ぶりな幻影として奏恵の周囲を旋回し始めた。
一体は赤い鬣を持ち尾に炎を灯す獣――四足で立つ、その姿は若き獅子を思わせ、全身から熱気が立ち昇っている。炎属性のようだ。
一体は、しなやかな青い鱗を持ち、背に波ようなひれを備えた水棲の四足獣――龍とも蜥蜴とも取れるその姿は優雅で、周囲に水滴が浮遊している。水属性のようだ。
もう一体の緑の羽根を持つ鳥型の獣で、目にも留まらぬ速度で空を旋回している。
鷹とも鳳凰とも言える美しい羽根を持ち、風を持っているようだ。風属性のようである。
幻影は鳴き声を上げながら彼の周囲を巡り、その姿は次第に霧散して再び指輪へと戻った。
指輪の三つの宝石が、それぞれ一度強く輝き、獣たちが確かに宿ったことを示す。
「これらは普通の獣ではない。聖獣――それは神々の加護を受けた特別な存在じゃ。ステータスは他の獣と比べものにならぬ。さらに、この獣らは戦闘を通じて経験を積めば、やがて進化を遂げるのじゃ」
そう説明しながらフォルトゥナは、意味深な微笑を浮かべた。
そして空間に風が吹く。だが、それは気象によるものではない。
召喚された聖獣たちが放つ魔力の残滓が、空気を押し退けて流れたものだ。
生徒達の視線は彼に集中している。
かつて一軍の中で樟葉の次に立っていた男が今、樟葉とは異なる道で頂点を目指す力を手に入れたのだ。
その光景を見ていた教師の千秋の瞳にも、僅かな驚きが浮かんでいる。
彼女の視線は、奏恵が纏う装束の細部へと向けられていた。
装飾の中に見え隠れする動物の意匠、神話の獣を彷彿とさせる紋章。
細部にまで行き届いた意匠からは、確かに異世界の風格と伝統が滲み出ていた。
その視線を受けた奏恵は、樟葉と同様に気分が高揚しているのか、微笑みながら小さくウインクを千秋に送る。
「ふふふ……そちにはよく似合っておる。なに、これも我の慈悲というやつじゃ。気に入ったら礼でも言うがよい」
彼の態度を見てフォルトゥナは、目を細めて笑い声を上げた。
奏恵は右手の指輪を見つめながら、口の動きだけで感謝の言葉を呟く。
そして彼女は、その口の動きから言葉を読み取り、満足気に頷くと再び人差し指を立たせた。
「よかろう、これにてそちの祝福は完了じゃ。次は……」
その言葉が発せられる直前で、場面は静止したかのように、空間全体が一つの区切りを迎える。
「う~ん、そうじゃのう。お主にしようかのう」
暫し悩んだ後、フォルトゥナは口を開くが、その声は風のように空間に滑るように響く。
その名を呼ばれた瞬間、空気が一変した。
真空に似た静寂。全ての気流が停止し、時間すら凍りついたような錯覚を覚える。
淡く光る魔法陣が微かに震え、フォルトゥナの周囲に金色の環が浮かび上があった。
そして、その中心――宝条鈴音の足元から虹色の光が立ち昇る。
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