第34話 誰が一番、彼を理解しているのか
「ブホッ……てめぇ、いきなり何言ってんだよ!」
丁度お冷を口にしていた悠真は盛大に咽る。
「悠真のこと、誰が一番知ってるかってやつだよ。性格、癖、好み、全部な」
「……は?」
喉がひくつき、咳払いで誤魔化しながら彼は周囲を見渡すと──仲間たちは、なぜかその提案に好意的な表情を浮かべていた。
「悠真様の……好み、でございますか?」
ホウキが静かに問い返し、切れ長の黒い瞳を僅かに細める。
ほんのりと頬が色づいていた。
「じゃあ、僕から始めようか。悠真くんってね……戦闘中、女性の露出が多い相手と戦う時、一瞬だけ動きが止まる瞬間があるんだよね。特にね……腋とか太腿とか、そういうところが見えた時。ビキニメイドシリーズを召喚する時だけ、やたら丁寧にカードを扱うのも……なんか、納得がいくよね」
長く細い耳を揺らしながら、シャルルは翠色の瞳を艶やかに細める。
口元に浮かぶ笑みは、いつもより少しだけ意地悪だった。
「待て待て待て! なんでそんな話に……おい、誰も止めねーのかよ!?」
彼の顔が赤くなり両手を忙しなく動かすと周囲に助けを求める。
だが既に遅かった。
「悠真の癖で目立つものなら把握している。宿の洗濯物を仕分けする時、黒い下着の時だけ手が止まって、やたら丁寧に畳んでいたな」
猫耳を立てながら腕を組みアウラは、青灰色の瞳で悠真を真っ直ぐに見据える。
「念のため確認したが……パーティー内の女性全員、黒系統の下着を持っていることは調査済みだ。偶然とは思えない」
「なんで調査してんだよ!? つーか何が念のためだ!」
「任務上の情報収集だ。問題はない」
「大ありだわ!」
洗濯時の行動を彼女に見られていた事に対して、悠真は心臓が口から飛び出す程の驚愕を覚えるが、それでも必死にそれを堪えて盛大なツッコミを入れた。
「あとな、悠真のデッキケースの中に、謎のメモが挟まってたぞ。”理想のスリーサイズ”って書いてあったんだが……あれ、何だ?」
シュンリンが唇を吊り上げ、ゲラゲラと笑った。
燃えるような赤いツインテールが揺れる。
「な、なんで知ってんだよ!? っつうか人のデッキを勝手に漁るな!」
彼女の急な言葉に、悠真は一瞬だけ困惑するが、即座にマナーの部分を指摘した。
「そう言えばビキニメイドのカードイラスト……よく見ると全員、腋と太腿の露出が最大になるように描かれておりますな」
ホウキが静かに、しかし確かな熱を瞳の奥に宿しながら呟く。
切れ長の黒い瞳が悠真を、じっとりと見つめている。
「ですわ! しかも全員、黒い下着を身につけていますのよ! 偶然にしては、出来すぎていると思いませんこと?」
金色の狐耳を立てながら、アイリスは蒼い瞳を細めた。
かすかに頬に赤くなっている。
「いや、違う……!これはただの偶然で――――」
「……悠真様」
ホウキが静かに立ち上がり、ゆっくりと和装の袖を肘まで捲り上げた。
「これが……お好みでございますか?」
白く滑らかな腋が、暖炉の橙色の光に照らされて露わになる。
「ホウキ!? なんで急に!?」
「研究です」
「研究で済む話じゃない!」
悠真が両手で顔を覆いながら呻いた瞬間──ふいにシャルルが隣へ身を寄せ、悠真の頬へ静かに唇を落とした。
「これでも僕は……悠真くんのこと、全部を知っていたいんだよ」
ゆったりと長く細い耳が揺れ、翠色の瞳が穏やかに彼を見つめている。
空気が一変した。
仲間たちの視線が、一斉にシャルルへと集中し、凍りつくような沈黙が流れる。
暖炉の火だけが、静かに揺れていた。
「てめえ……今、何した?」
シュンリンが立ち上がり、硬質な爪の拳を握り締める。
赤金色の大きな瞳が、シャルルを真っ直ぐに射抜いていた。
額の両側の龍角が、わずかに赤みを増す。
「軽率な行動は、仲間間の規律を乱す」
アウラの声が低く、鋭かった。
猫耳が逆立ち、青灰色の瞳が冷たく光る。
「悠真様は……わたくしの、大切な御方にございます」
ホウキが静かに太刀の柄に手を添えた。
切れ長の黒い瞳の奥に、めったに見せない感情の炎が揺れていた。
「悠真はシルヴェスター家が見初めた男ですのよ? つまり……私のものですわ」
アイリスの蒼い瞳に、微かな嫉妬の炎が揺れた。
金色の狐耳が逆立ち、尻尾が激しく揺れている。
「ふふ……それじゃあ決めましょうか。誰が一番、悠真くんのことを理解しているか」
シャルルは長く細い耳を揺らしながら、五人の視線を受け止めて微笑んだ。
翠色の瞳に、普段の眠たげな色は微塵もない。
その場に満ちた空気は、嫉妬と執着と欲望の混ざり合った、形容し難い熱を帯びていた。
「……俺、今日死ぬかもしれねぇ」
乾いた笑みを浮かべながら悠真は、震える手でお冷のグラスを口に運ぶ。
そして五人の視線が、静かに、確かな熱を孕みながら、再び彼一人へと集中したのだった。
――そして、時の流れは早いもので、あのゴーストとの邂逅から幾晩が過ぎ去る。
今日もまた、悠真たちはダンジョン攻略を開始し、第七十三層の攻略に挑んでいた。
第七十三層──それは『朽ちた旧市街地』と称される区域。
かつて人々が生活していた都市の一部が、ダンジョン内に複製されたかのように出現した階層であり、廃墟と化した建造物が所狭しと立ち並んでいる。
崩れかけた煉瓦造りの建物や、鉄骨の剥き出しになった構造物が静寂の中に佇み、街路にはかつての生活の痕跡が今も残っていた。
ひび割れた石畳の隙間から雑草が伸び、時折風が吹き抜けると金属片がぶつかる乾いた音が響く。
天井は暗灰色の空が覆い、どこか現実とは違う歪みを含んだ雰囲気があった。
悠真たちは、その一角にある瓦礫と倒壊した柱の影に身を潜めている。
「……まさか、こんなもんに出くわすとはな」
彼の声には、驚きと困惑と、それからわずかばかりの緊張が滲んでいた。
漆黒の外套の内側で、デッキケースを静かに握り締めながら、視線の先を見据えている。
その視線の先で繰り広げられている光景は、一言で言えば異様だった。
複数の人影が地に伏し、身動きが取れない状態に置かれている。
その周囲を囲う者たちの雰囲気は、魔物のそれではない。
だが、だからこそ余計に、その場の空気は重く、粘ついていた。
生と死の境界線が、今まさにその場所に引かれているような、息の詰まる緊張感。
倒れた者たちの装備に、悠真は見覚えがあった。
前髪の奥で、茶色の瞳がわずかに細まる。
「……ちょ、あれ、マジでやばくないか?」
低く呻くようにシュンリンが呟き、腰を落として構えたまま、視線だけを悠真へと向けた。
燃えるような赤いツインテールを押さえながら、赤金色の大きな瞳が状況を素早く測っている。
額の両側の龍角が、わずかに赤みを増していた。
「……あの者たちの様子、尋常ならざる気配にございます」
穏やかな声でホウキが言う。
黒いポニーテールが静かに揺れ、切れ長の黒い瞳が鋭く現場を射抜いている。
太刀の柄に手が添えられていた。
「複数の襲撃者……しかも、統率が取れている。これは偶発的な遭遇じゃない」
厳しい声でアウラが分析した。
猫耳が前方へ向き、青灰色の瞳が、戦術的な観察を続けている。
銃の安全装置に指が触れていた。
「悠真くん……あれ、助けに行くべきだと思うんだけど」
シャルルが悠真の袖を軽く引いた。
長く細い耳が僅かに前方へ向き、翠色の瞳が現場と悠真の間を行き来している。
「ええ、助けるべきですわね。ただ……あの倒れている者たちの顔、見えますか?」
金色の狐耳を伏せながら、アイリスが蒼い瞳を細めた。
倒れた人影を見つめるその視線に、微かな複雑さが滲んでいる。
悠真は無言のまま、瓦礫の陰から慎重に目を凝らした。
そして──寝癖混じりの前髪の奥で、茶色の瞳が静かに揺れる。
「……あれは、クラスの一軍組と、王国騎士団の連中か?」
物影に身を潜め、彼は慎重に前方を観察していた。
漆黒の外套の前を静かに整えながら、茶色の瞳が状況を素早く分析している。
隣ではアウラが無言で頷き、猫耳を前方へ向けたまま、視線だけで状況を測っていた。
シュンリンは舌打ちを一つ零すと、硬質な爪の拳を握り締める。
燃えるような赤いツインテールが、怒りを抑えるように静止していた。
視線の先には、広場跡が広がる。
瓦礫が散乱する中、大勢の男女が地面に膝をつき、背後からロープで拘束されていた。
王国騎士団の面々は、露出度の高い金属装甲に身を包んだ女性騎士たち──レオノーラ、アナスタシア、リディア、アイラ、ナターリャ、セレスティア、ミリエル、ヴァネッサ、ルシア──その全員が武器を取り上げられ、膝をついている。
鍛え抜かれた肢体も、隙のない立ち居振る舞いも、今は完全に封じられていた。
そして、その隣には見覚えのある顔ぶれがある。
桐生樟葉。色素の薄い銀髪が乱れ、深紅の瞳から余裕の色が消えていた。
白銀の鎧の胸元が汚れ、聖剣エクスカリンは傍らに転がっている。
佐々木奏恵。中性的な整った顔立ちが苦痛に歪み、指輪の宝石が光を失っている。
いつもの計算高い微笑みが消えていた。
宝条鈴音。ワインレッドの髪が乱れ、赤金色の瞳が怒りと屈辱に燃えている。
黄金のリボルバーは両方とも没収されていた。
羽佐田麗華。水色のツインテールが崩れ、丸い水色の瞳が混乱に揺れている。
あの巨大な盾は、今は彼女の手にない。
天原姫香。黒紫の髪が乱れて頬に泥が付着し、深い赤紫のワインレッドの瞳から高貴な光が消えていた。毒の霧を纏う聖剣ヴァイオレットは鞘に封じられ、遠くに置かれている。
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