第29話 相手の二手、三手、先を読め
「お前、なにか勘違いしているな。俺はテイマーでも召喚士でもない──ただのカードゲーマーだぜ」
そう静かに彼は言うと、前髪の奥で茶色の瞳を細めた。
「それと、これは親切心で教えてやるが、今はお前のターン中だぜ。そして、お前の攻撃は有効だ。しかし──」
ゆっくりと左手を持ち上げる。
「すまないな、こっちには伏せカードがある」
棟梁が一歩踏み出した瞬間、悠真の指先が動いた。
「計略カード──水縛りの牢・アクア・プリズン、発動!」
裏向きにセットされていたカードが光を放ち、棟梁の足元から水柱が音もなく噴き上がる。
「な──っ!?」
透明な水の格子が棟梁の両足を絡め取り、その動きを一瞬だけ封じた。
そこへ悠真は、手札から新たなカードを抜き放つ。
「この瞬間に即時魔術──乱舞召喚・ダンシング・サモンを発動。計略が発動したターン、デッキから水属性モンスターを特殊召喚できる」
魔法陣が新たな輝きを放ち、四体目の魔物が顕現した。
深い蒼のビキニアーマーで、全身を包んだ気品ある女性。
豊かな黒髪が水中を漂うように揺れ、腰に提げた水晶の剣が青白い光を放つ。
その瞳は冷たく、しかし確かな知性を宿していた。
「ビキニメイド・マリーナ・エンプレス、特殊召喚」
四体のビキニメイドが、悠真の周囲に整列する。
水面を思わせる淡青色の魔力が彼女たちの足元に広がり、戦場の空気を異質なものへと塗り替えていく。
「マリーナ・エンプレスの効果発動。特殊召喚成功時、フィールド上の水属性モンスター、一体の攻撃力を相手のエンドフェイズまで倍にし、攻撃可能とする」
アクアマリンの三叉槍が青白い輝きを増した。
「アクアマリンの攻撃力強化を宣言。──行け」
水の格子に絡め取られた棟梁へ向けて、アクアマリンが疾走する。
強化された三叉槍が唸りを上げ、棟梁の右肩へと深く突き込まれた。
「ぐぅっ……!」
棟梁は呻き声と共に地に転がる。
右肩の関節が不自然な方向へと捩じ曲がり、明らかな骨折を思わせた。
毒塗りの剣が地に転がり、乾いた音を立てる。それでも立ち上がった。
「なぜだ! なぜ俺の作戦がすべて読まれるんだ! くそっ! これもそのカードとかいう魔法のせいか!? この卑怯者がっ!」
怒りと痛みに満ちた叫びが、地下の静寂を破る。
わずかに顎を引き、悠真は鼻で笑う。
「ふっ、魔法なんかじゃない。忘れたのか? 俺はカードゲーマーだぞ。相手の二手、三手先を読むことぐらい、朝飯前だ」
その声には冷静さと、確固たる自信が滲んでいた。
寝癖混じりの前髪が目元にかかり、その奥の茶色の瞳が棟梁を静かに見下ろしている。
「……そうだ、良いことを教えてやろう。対人戦ではな、どれだけ相手の嫌なことを最高のタイミングでやれるかが、勝負の決め手になる。覚えておきな」
デッキケースに手をかざし、彼は静かに口を開いた。
「それと、さっき発動した水神の加護・アクア・ブレッシング──このカードには、もう一つ効果がある。”相手ターン中に一度だけ、デッキまたは墓地から水属性モンスターを特殊召喚できる”──これがその効果だ」
デッキから一枚のカードを取り出し、棟梁に見せるように掲げた。
棟梁の眉が動く。
「なんだと……!? ふ、ふざけんじゃねえ! なんだ! そのでたらめな能力はよ!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。そしてこのターン、俺はフィールドに存在するアクアマリン、ディープマレア、サーフブレイカー、マリーナ・エンプレス──四体全てを、生贄に捧げる」
瞬間、四体のビキニメイドたちが一斉に、光の粒子へと昇華した。
水色と赤紫と褐色と深蒼の魔力が混ざり合い、広間全体が眩い青白さに染まる。
天井の岩盤が共鳴するように震え、地面の継ぎ目から水が滲み出した。
建物全体が僅かに、軋んだかのような錯覚を覚える。
「四体の生贄を捧げることで、このカードは最大攻撃力で降臨する──特殊召喚! ビキニメイド・エンプレス・ヴァルナ!」
激しい水流が吹き荒れた。場の空気が一変する。
銀色の長髪を腰まで垂らし、濡れたように光る艶やかな肌と、露出度の高い深蒼のビキニアーマーを纏う女帝が降臨した。
右手には三叉槍、左手には水のオーブが浮かび、妖しく蒼く輝く瞳が棟梁を静かに捉える。
先程までのビキニメイドたちとは、根本的に異なる魔力の密度が、広間の空気を圧迫していた。
四体分の生贄魔力を吸収したその体躯は、召喚のたびに輝きを増している。
「くそっ……化け物め」
その姿を見て棟梁は、自然と数歩後退した。
血に濡れた顔に、恐怖と警戒の色が混じる。
剣を握る手が、小刻みに震えていた。
「褒め言葉として受け取っておく。さて、ヴァルナ。終わらせろ」
悠真は指を弾き、静かに命じる。
女帝は無言で頷く。
ゆっくりと三叉槍を構え、喉の奥から低い咆哮を上げる。
それは獣のようでもあり、深海の神が発する祝詞のようでもあった。
女帝の周囲に水流の渦が生まれる。
徐々に、加速度的に、爆発的な速度で一点へと収束していく。
四体分の魔力を宿した槍が臨界に達した瞬間──放たれた。
空気を切り裂く音が広間に響き、石壁がびりびりと震える。
衝撃波が地を走り、棟梁の足元の地面が砕けた。
「がっ──!」
棟梁の口から血飛沫が噴き出る。
槍は実体を持たぬ魔力の奔流だが、その威力は致命的だった。
胸部を直撃したエネルギーが、体内を駆け抜け、棟梁は両膝から崩れ落ちる。
剣が地面に落ち、乾いた音を立てた。
深く、長い息が漏れる。
そして棟梁の巨体は、ゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。
静寂が戻る。
エンプレス・ヴァルナは漂う水蒸気の残滓の中、ゆっくりと踵を返す。
銀色の長髪が揺れ、蒼く輝く瞳が一度だけ棟梁を見下ろしてから、悠真の元へと戻っていく。
戦闘に勝利した事で彼は、残りのカードを全てデッキケースへと戻した。
「ゲームセットだ」
漆黒の外套が、この場の冷気に僅かに揺れる。
棟梁は怒りと悔恨と恐怖が混ざった歪みを顔に浮かべたまま、腕が力なく垂れ太い指先が地に沈み、そのまま動かなくなった。
それを見て悠真は静かに息を吐く。
しかしその瞬間、棟梁の指が微かに動いた。
彼の目が鋭く細められる。
「……おまえ……ごとき……が……っ」
その反応を視認するや、棟梁は地から顔を上げた。
口元から血泡を噴きながら、低く呻く。
瞳に宿る光は、もはや生者のものではなかった。
だが、それでもなお怨念のような執念が、骨の奥から燃え上がっている。
棟梁は懐に手を入れて、そこから一本の短剣を引き抜いた。
その刃は黒紫に染まり、表面には禍々しい呪符のような、模様が刻まれている。
柄の部分は獣の骨で作られており、その先端には鈍く光る赤い宝玉がはめ込まれていた。
それは見るからに、尋常な代物。
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