第28話 テイマーでも召喚士でも、ありません。
「一人で何ができる……! オレは棟梁様だぞッ!」
「……なぁ、みんな。ちょっとだけ、見ててくれ」
悠真が仲間たちの方へ視線を投げる。
五人は一様に頷き、すでに武器を納めたまま、壁際から戦況を見守っていた。
「存分に。お身体には、お気をつけて」
ホウキが静かに一礼する。
「ふふ、楽しみにしてるよ」
長く細い耳を揺らし、シャルルが微笑む。
「派手にやってくださいな」
金色の狐耳を立てながら、アイリスが蒼い瞳を細めた。
「確実にやれ」
アウラが短く告げる。猫耳が前方へ向いていた。
「あ~、アタシも混ざりたい……」
名残惜しそうに呟きながら、シュンリンは赤金色の瞳で棟梁を見つめている。
「くそっ! ……お前だけは……確実に殺す!」
棟梁の声は、もはや諦念ではなかった。
死を覚悟した男特有の、凍りついた決意に満ちている。
脂ぎった顔面に血がこびりつき、膨らんだ腹が荒い呼吸で上下していた。
それでもその目だけは、獣のような光を失っていない。
対峙する悠真は、漆黒の外套の前を静かに整えながら、一歩前に進んだ。
寝癖混じりの前髪が目元にかかり、その奥の茶色の瞳が棟梁を静かに捉えている。
怒りでも憎しみでもない。ただ、冷めきった確信だけが、そこにある。
彼の右手には、一枚の古びたコインがあった。
その手元を見て、棟梁の眉が僅かに動く。
「……何をしてやがる」
「決めるだけだ。先攻か、後攻か」
その言葉と共に悠真は、コインを親指の腹に乗せた。
「表が出たら、俺が先攻。裏なら、お前だ」
そう宣言すると、彼は静かに親指を弾く。
金属音が沈黙を切り裂き、コインが空中で回転する。
魔石灯の青白い光を交互に反射させながら、軌道を描いて落下していく──その一瞬。
「フザけてんのかァアアアッ!」
棟梁の怒声が爆ぜた。
刀身の根元には紫黒い液体が塗られており、空気に触れた瞬間、煙のような揮発臭が漂う。
即死性の毒だ。
狂犬のように吠えながら、棟梁は悠真へと突進する。
剣の切っ先は、悠真の心臓を正確に狙っていた。
だが、その瞬間──。
「グッ……!? なん、だと……?」
棟梁の身体が、空間に弾かれたかのように、前のめりに止まる。
剣は彼には届かず、見えぬ何かに完全に遮られていた。
無理やり押し込もうとした剣先は空振りし、勢い余って足元が滑る。
悠真の足元に、淡く青白い光の魔法陣が静かに輝いていた。
「今の……何だ? 見えない……壁……?」
困惑と恐怖の入り混じった声が、老練な喉から漏れる。
その姿を見て彼は、口の端をわずかに吊り上げた。
「まあ、そういう反応になるよな。俺と初めて戦う奴は大抵、今のお前と同じ反応をする」
落下してきたコインを、悠真は自然な動きで手の甲に乗せる。
乾いた金属音が、周囲の静寂を支配する。
コインの面には刻まれた太陽の紋章──表が出ていた。
「先攻、俺だな」
その声はどこまでも冷静で、激情とは無縁である。
棟梁の額に汗が流れ落ちた。剣が、ぶるりとわずかに震える。
「説明してやるよ。お前の命を奪う前にな。この結界の中では、戦いにターンという概念が生まれる。先攻と後攻、コインで決まるそれぞれの順番の中だけが、唯一の戦いの基盤だ」
悠真は一歩、また一歩と進み出る。
漆黒の外套が地下の冷気にわずかに揺れた。
「先攻プレイヤーは、自分のターン中に相手の攻撃を一切受けない。防御も回避も不要だ。ターン中に受ける攻撃は、すべてこの結界が無効化する。お前が今、剣を弾かれたのはそういうことだ。まあ、たまに女神の悪戯で通る時もあるがな」
「く……狂ってやがる……!」
棟梁が息を飲む。
「おい、焦んなよ。まだ続きがあるぜ。後攻プレイヤーにも同じ権利がある。相手のターン中は攻撃できない代わりに、自分のターン中は完全に守られる。まあ、これも女神の悪戯次第では通るがな」
女神フォルトゥナの顔を思い浮かべながら悠真は肩を竦めた。
そして棟梁が後ずさる。
濡れた地面で靴が滑り、背後の岩壁に肩をぶつけた。
「まずは手札を用意しないとな」
デッキケースが輝き、五枚のカードが空中へと射出される。
それを受け取り彼は、素早く内容を確認した。
「先攻第一ターン。ビキニメイド・アクアマリンを通常召喚!」
一枚目のカードを場に叩きつけるように展開する。
魔法陣から水柱が立ち上り、その中から一体の美女が実体化した。
煌めく水色のビキニアーマーと、貝殻の装飾品を身につけた細身の女性。
濡れた銀髪が腰まで垂れ下がり、手には三叉の槍を携えている。
透き通るような肌と大きく潤んだ蒼い瞳が、棟梁を静かに見据えていた。
「続けて、魔術カード──水神の加護・アクア・ブレッシングを発動」
二枚目のカードが展開され、青白い波紋が結界全体に広がる。
「このカードの効果により、召喚したターンでも水属性の者は攻撃が可能になる。さらに──」
三枚目のカードを展開した。
「即時魔術──双波の号令・ツイン・タイド! このカードの効果で、デッキから水属性モンスターを二体まで特殊召喚できる」
魔法陣が二重に輝き、さらに二体の魔物が実体化する。
「ビキニメイド・ディープマレア、特殊召喚」
一体目は、より成熟した体躯を持つ女性だった。
深海を思わせる赤紫のビキニアーマーに包まれた豊満な体躯が艶やかに波打ち、手には長鞭型の水魔具を持っている。
艶やかな笑みを浮かべながら、悠真の右側に静かに浮遊した。
「ビキニメイド・サーフブレイカー、特殊召喚」
二体目は長身で、露出の高いスポーツビキニを着こなした褐色肌の女性。
波を模したボード型の武具を携え、獲物を見据えるような鋭い目が棟梁を捉えていた。
三体の美女が、悠真の周囲に整列する。
結界内に水の気配が充満し、うっすらと地面が濡れ始めた。
棟梁の顔が、初めて明確な恐怖に歪む。
「な、なんだこれ……! 何体出てくる気だ……!」
「バトルフェイズに移行する」
悠真の指が静かに振り下ろされた。
「アクアマリン──攻撃」
水流が足元に巻き起こり、アクアマリンが疾走する。
その勢いのまま三叉槍が突き出され、棟梁の腹部を的確に貫いた。
血が飛び散り、硬直した棟梁が咳き込むようにして膝を折る。
「……グッ、がああああッ……!」
悲鳴混じりの呻き声が響き渡る中、アクアマリンは優雅に身を引いた。
「ディープマレア、続けて攻撃」
鞭が水の尾を引いて唸り、棟梁の肩口を裂く。
水飛沫と共に血が霧のように舞い、巨体が横転した。
「サーフブレイカー、トドメだ」
褐色肌の魔物がボード型武具を振りかぶり、棟梁の背中へと叩きつける。
鈍い衝撃音が広間に響き渡り、棟梁の体が地面に深く沈んだ。
「おぉぉっ……が……て、てめぇ……」
棟梁は呻きながらも、腹部から流れ出る鮮血を手で押さえ、なおも立ち上がろうとする。
血に濡れた瞳が、彼を睨み据えた。
「お前……テイマーか、召喚士か……こんな化け物、どうやって従えてやがる……」
荒い息を吐きながら、棟梁は震える手で剣を再び構える。
左腕は激しく震え、足取りも不安定だった。それでも闘志の炎は未だに消えていない。
悠真は残りの手札を静かに確認した。
「ふっ、俺は一枚のカードを場に伏せるぜ」
魔法陣に一枚のカードが裏向きにセットされ、青白い光が微かに揺れる。
「ターンエンド」
その言葉と共に、結界内の水の気配が静まり返った。
三体の魔物が悠真の背後に整列し、棟梁との間に静かな間合いが生まれる。
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