第26話 ゴースティング
「……止まれ」
悠真の低い一声に、シュンリンが足を止めると同時に、視界の周囲にじわじわと歪む空間が現れる。
まるで空間の膜が剥がれ落ちるように、何十という人影が姿を現した。
その全員が不自然なほど姿勢を低く保ち、手には剣、槍、斧といった各種武器を構え、獣のような目つきで悠真たちを睨んでいる。
前へと一歩踏み出してきたのは、一際肥え太った醜悪な体格の男だ。
首から肩にかけて分厚い脂肪と筋肉が盛り上がり、顔には傷痕と脂ぎった髭が散らばっている。
身体に纏っている革鎧は血の染みが乾いて斑に変色しており、油と汗の臭いが数メートル先まで届いてくるようだ。
その隣には顔全体に、無数の焼き傷が残る細身の男。
笑いながら舌をだらしなく垂らし、喉の奥で変な音を立てている。
更には肌が異常に白く不自然に歪んだ体勢で斧を肩に担ぐ男、片目を潰した痩身の双剣使い、歯の半分が抜けた異様な笑いを浮かべる矮躯の男まで。
全員が明らかに"まとも"ではなかった。
そしてこの異様な集団は、悠真たちの進路と退路を見事に塞ぎ、円陣を描くように取り囲んでいる。
「くっ……」
反射的に悠真は、一歩後退した。
「なんだ、こいつら? ただの盗賊にしては、数が多すぎんだろ」
それに気づいたシュンリンが、肩越しに鋭く問いかける。
赤金色の瞳が、素早く敵の数と布陣を測っていた。
「いや、それだけじゃない。これ……たぶん……"ゴースティング"だ」
絞り出すように悠真が告げると、仲間たちの表情が一斉に曇った。
ゴースティング。
それはダンジョン配信特有の、最も悪質な犯罪行為のひとつ。
仕組みはこうだ。
悪意を持つ者が配信映像を長期間にわたって観察し、配信者の行動パターン、使用ルート、踏破速度、出現時間帯を徹底的に分析する。
そして配信に映り込む地形的特徴や魔物の出現位置から現在地を割り出し、配信者が必ず通過するポイントに先回りして待ち伏せを仕掛けるのだ。
配信者にとって、視聴者への情報開示は集客の要。
だが、その開示した情報そのものが、命を狙うための地図として悪用される。
冒険の記録が、自分自身への死刑執行状に変わる瞬間。それがゴースティング。
さらに悪質なのは、ゴースティングを実行する集団の多くが、複数人で役割分担していることだ。
映像分析担当、先回り担当、退路封鎖担当。
まるで狩猟のように組織化された犯行は、単独の配信者では対処が極めて困難だ。
「へへっ……どうだ、びっくりしたか? お前らがどのルート使って、どの時間にどこに現れるか、全部まるっと配信見て把握してたんだぜ」
棟梁とおぼしき男が、歯の間から唾を飛ばしながら哄笑する。
「どれだけこの一撃に、俺たちが賭けてた分かるか? いつもなら逃げられるかもしれねぇが、今日はそうはさせねぇ。ここはたった今から、遮断区域に指定する。配信も逃走用の魔道具も通じねぇ。だから……ここで全部終わりだ」
そう言うと矢継ぎ早に男は、懐から赤い結晶を取り出して砕いた。
すると先程まで安定していた配信が乱れ、ついにはマギスフィア・ミニが完全に停止する。
そして時を見計らうようにぞろりと、周囲の盗賊たちが武器を構えた。
嗤い、喘ぎ、唾を吐き、舌を鳴らす。
誰ひとりとして、人間らしい節度を感じさせる者はいない。
ここに集ったのは、ただ欲望と破壊衝動のみに突き動かされる外道どもだ。
悠真は眉根を寄せながら、心中で即座に逃走ルートと対抗手段を構築し始める。
背後には、まだ戦闘可能な仲間たちがいた。
だが、この人数と布陣を前にして、正面突破が容易でないことは誰の目にも明らかだ。
黒の外套の内側で、指先がデッキケースへと静かに伸びていく。
「へへっ。命が惜しけりゃ、全ての物を、この場に置いていけぇ!」
棟梁の男が一歩前に出ると同時に、周囲の盗賊たちが一斉に武器を掲げた。
その刃の幾つかに、ぬらりとした緑黒い液体が塗布されているのが、蒼白い灯藻の光に照らされて見える。
毒だ。空気に触れただけで微かな腐臭が漂う。
さらに後列の数名が両手に魔力を集中させ、橙色の火球と紫色の呪詛の光を悠真たちへと向けた。
詠唱は既に半分以上完成している様子。
逃げようとすれば、その瞬間に放たれる。
そういう布陣だった。
「毒塗り武器に魔法の同時照準……用意周到なことだ」
アウラが低く舌打ちを放つ。頭頂部の猫耳が限界まで逆立っている。
「いや、待て待て。そこの女たちがよぉ……ちょっと"あっちのサービス"してくれるんなら、俺たちも考え直してやってもいいけどな。げははっ!」
その声に盗賊どもの視線がシュンリン、アウラ、そして後方のホウキ、シャルル、アイリスへと順に移っていく。
シャルルは淡い金色に近い銀髪を揺らし、長く細い耳を不快そうに伏せながら、白い法衣に包まれた胸元を一瞬手で庇うように押さえた。
ホウキは東の国風の軽装和装の裾を静かに払い、切れ長の黒い瞳を細めて前を見据える。
アイリスは金色の狐耳を逆立て、蒼い瞳に冷たい炎を灯しながら唇を引き結んでいた。
「……あれ、すげぇ……」
「ムレてそうだな……」
「うへへっ……いただきてぇ……」
涎を垂らしながら盗賊たちは、各々の欲望を露わにする。
その中には既に腰布の下が盛り上がり、興奮を抑えきれぬ様子で体を震わせている者もいた。
「……下衆どもが」
忌々しげに吐き捨て、アウラはナイフの柄に手を掛ける。
猫耳が逆立ったまま、青灰色の瞳が怒りに燃えていた。
配信者にとって、視聴者への情報開示は集客の要。
だが、その開示した情報そのものが、命を狙うための地図として悪用される。
冒険の記録が、自分自身への死刑執行状に変わる瞬間。それがゴースティング。
さらに悪質なのは、ゴースティングを実行する集団の多くが、複数人で役割分担していることだ。
映像分析担当、先回り担当、退路封鎖担当。
まるで狩猟のように組織化された犯行は、単独の配信者では対処が極めて困難だ。
「へへっ……どうだ、びっくりしたか? お前らがどのルート使って、どの時間にどこに現れるか、全部まるっと配信見て把握してたんだぜ」
棟梁とおぼしき男が、歯の間から唾を飛ばしながら哄笑する。
「どれだけこの一撃に、俺たちが賭けてた分かるか? いつもなら逃げられるかもしれねぇが、今日はそうはさせねぇ。ここはたった今から、遮断区域に指定する。配信も逃走用の魔道具も通じねぇ。だから……ここで全部終わりだ」
そう言うと矢継ぎ早に男は、懐から赤い結晶を取り出して砕いた。
すると先程まで安定していた配信が乱れ、ついにはマギスフィア・ミニが完全に停止する。
そして時を見計らうようにぞろりと、周囲の盗賊たちが武器を構えた。
嗤い、喘ぎ、唾を吐き、舌を鳴らす。
誰ひとりとして、人間らしい節度を感じさせる者はいない。
ここに集ったのは、ただ欲望と破壊衝動のみに突き動かされる外道どもだ。
悠真は眉根を寄せながら、心中で即座に逃走ルートと対抗手段を構築し始める。
背後には、まだ戦闘可能な仲間たちがいた。
だが、この人数と布陣を前にして、正面突破が容易でないことは誰の目にも明らかだ。
黒の外套の内側で、指先がデッキケースへと静かに伸びていく。
「へへっ。命が惜しけりゃ、全ての物を、この場に置いていけぇ!」
棟梁の男が一歩前に出ると同時に、周囲の盗賊たちが一斉に武器を掲げた。
その刃の幾つかに、ぬらりとした緑黒い液体が塗布されているのが、蒼白い灯藻の光に照らされて見える。
毒だ。空気に触れただけで微かな腐臭が漂う。
さらに後列の数名が両手に魔力を集中させ、橙色の火球と紫色の呪詛の光を悠真たちへと向けた。
詠唱は既に半分以上完成している様子。
逃げようとすれば、その瞬間に放たれる。
そういう布陣だった。
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