第24話 ドM龍人族少女、陰キャの首を噛む
「……ま、こういうのは拒否ったところで逆効果ってやつだな」
そして深く、長い溜息が、悠真の口から漏れた。
「論理的に見て、ここで拒絶したとしても、あの女は勝手に後をついてくるだろうな。むしろ厄介が増すだけだ」
ぼそりと呟いた彼の声に、アウラが肩を竦めて応じる。
猫耳がぺたりと伏せられたまま、彼女の青灰色の瞳が諦観に染まっていた。
「そうですわね。こういう方は拒否の意思を快楽に変換して悦ぶ類の……ふふ、愛すべき変態さんですわ。……シルヴェスター家の者として申し上げますが、貴族社会でもああいった方は稀にいらっしゃいますの。扱いに困るのは重々承知ですわ」
金色の狐耳を伏せながら、アイリスが蒼い瞳を半眼にして呟く。
シャルルは長く細い耳を揺らしながら、翠色の瞳をどこか楽しげに細めた。
ホウキだけは口を結んだままだったが、その切れ長の瞳にはあからさまな諦観が滲んでいる。
悠真は静かに全員の顔を見回し、無言のまま小さく頷いた。
それぞれに仲間たちも肩を落とし、苦笑交じりに息をつく。
もはや決定事項だ。これ以上の議論は無意味である。
「……よし。じゃあ、改めて言うわ」
興奮のままに涎を垂らし、悶えていた少女へと一歩進み、彼は真っ直ぐに向き直った。
「お前を俺たちの仲間として歓迎する。変なクセがあろうが関係ない。ただし、俺たちのやり方に極端に反するような真似をしたら……その時は、分かってるな?」
その口調には冷たさではなく、統率者としてのけじめがある。
彼女は最初こそ目を丸くしていたが、すぐに顔を緩ませ、にやりと口角を上げた。
「へっ、いいじゃねぇか……アタシはそういう"条件付き"の方が燃える質でな……!」
そして勢いよく悠真の手を掴み、ぶんぶんと振り回すように握手を交わす。
硬質な爪が悠真の手の甲を僅かに引っ掻いたが、少女は気にする様子もない。
まるで幼い子供のような無邪気さと、猛獣じみた圧の両方を感じさせる行動だった。
「それじゃあ……改めて、自己紹介でもするか」
彼が皆に向けて告げると、仲間たちは不承不承ながらも順に前へ出てゆく。
最初に名乗ったのは、ホウキだった。
黒いポニーテールを整え、東の国風の軽装和装の裾を軽く払ってから、深く一礼する。
「名はオリムラ・ホウキ。東の国の出身にございます。得物は太刀。当面の目的は……悠真様の傍らにあり、このダンジョンの攻略を見届けること。それのみにございます」
簡潔に告げると、静かに一歩下がった。次に進み出たのはシャルル。
淡い金色に近い銀髪を揺らし、長く細い耳を前方へ向けながら、優雅に腰を折った。
「シャルル・デュノアイエだよ。種族はエルフ、齢は九十三だけど……あまり気にしないで。得意なのは長杖と豊穣の魔法を少々かな」
そう言いながら、翠色の瞳で悠真をちらりと見やる。
悠真は視線をそらした。続いてアウラが前に出る。
銀灰色のポニーテールを整え、帝国軍の制式制服の襟を正してから、背筋を伸ばして口を開く。
頭頂部の猫耳が、ぴんと立っていた。
「アウラ・ローゼンハイム。ヴァルトライゼ帝国軍第三機動狙撃旅団所属、階級は中尉。得意とするのは狙撃と近接戦闘。目的はダンジョン踏破による帝国への調査報告……それと、悠真に借りを返すことだ」
一言一言を区切るように告げ、短く一礼して下がる。
次にアイリスが前へ出た。
腰まで届く金髪を肩に流し、蒼い瞳を真っ直ぐ前に向ける。
金色の狐耳がぴんと立ち、ゆったりと尻尾が揺れていた。
「アイリス・シルヴェスターですわ。シルヴェスター家の長女として生まれ、現在は家名の復興のために、このダンジョンの攻略を目指しておりますの。得物はレイピアと幻影魔法。……それと、悠真には個人的な借りがありますので、その返済も兼ねておりますわ」
最後の一言だけ、わずかに頬を染めてから、優雅に一礼して下がる。
そして全員の視線が悠真へと向かう。
「俺は東雲悠真。異世界からの転移者だ。得物はカード型の魔導具と……ちょっと変わったスキル。目的は生き残ることと、元の世界に帰る方法を見つけること。……以上だ」
簡潔に言いながらも、その声には内に秘めた決意と、微かな苛立ちのようなものが宿っていた。
寝癖混じりの前髪が目元にかかり、茶色の瞳の奥で何かが静かに揺れている。
最後に全員の視線が、一斉に彼女へと集まった。
彼女は自信満々の笑みを浮かべ、堂々と胸を張る。
燃えるような赤いツインテールが肩に流れ、短めの前髪の奥で赤金色の大きな瞳が輝いていた。
裂けた武道服は戦闘の痕跡で無残な有様だが、それを気にする様子を少女は一切見せない。
剥き出しになった肌に走る裂傷も、はがれかけた鱗も、彼女にとっては勲章でしかないのだろう。
「アタシの名前は──オウ・シュンリンだ! 種族は龍人族、純血ってやつさ! 得意な戦い方は拳と体! つまり殴って殴られて、それで全部解決するんだよ!」
両手を腰に当てて豪快に笑う。
額の両側の龍角が僅かに赤みを増し、硬質な爪の指先が空気を掴むように握られた。
「それにな、アタシは殴られた痛みで悦ぶ性質なんだよ! ドMだって? ははっ、そうさ! だけどそれがアタシの武器であり、誇りだ! 敵にぶっ叩かれる度に、もっと強くなれる気がしてくるんだよなぁ……ああ、今思い出しただけでもゾクゾクしてくるぜ……!」
口元に、よだれが流れ光り輝く。
シャルルが楽しげに長く細い耳を揺らし、翠色の瞳を輝かせながら手を打つ。
アウラは軽く咳払いして猫耳を伏せ、目を逸らした。
「……前途多難ですわね」
金色の狐耳を伏せたまま、アイリスは蒼い瞳を半眼にして小さく呟く。
ホウキだけは沈黙したままだったが、その切れ長の瞳には、わずかに困惑と警戒の色が滲んでいた。
悠真は小さく息を吐き、天井を見上げる。
魔石灯の青白い光が、六人の影を静かに照らし続けていた。
だがシュンリンの自己紹介を聞きながら、彼は心の中でひとつの感慨を覚えていた。
──こんなにも生き生きと、自分の性癖を公言できるというのも、異世界ならではかもしれない。
そう思いながら、悠真は静かに右手を差し出した。
「……よろしく、シュンリン」
「おうっ!」
シュンリンは力強く握り返す。
硬質な爪が手の甲を引っ掻いたが、彼は表情を変えない。
「ああ……骨が砕けるかと思った……」
そう独りごちて、悠真は手の甲に息を吹きかける。
指先がわずかに震え、皮膚の下では青筋が脈打っていた。
隣に立つシュンリンは、そんな悠真の様子などお構いなしに堂々と腕を組み、魔石灯の青白い光の中で空を仰いでいた。
燃えるような赤いツインテールが肩に流れ、短めの前髪の奥で赤金色の大きな瞳が静かに光っている。
「──ん……」
突如、シュンリンが鼻を鳴らした。
「しまったな……あの魚とお前との戦闘で、ちょいと魔力を使い過ぎた。くそ……回復魔術が使えりゃいいんだが、アタシの体質じゃ無理でな」
そう言いながら、彼女は少しだけ目を細めた。
ゆっくりと赤金色の瞳が、悠真の首筋へと向けられる。
「悪いが──お前から魔力を少しだけ貰うぞ。魔力切れを起こすと色々と面倒なんでね」
「……は?」
彼は眉を上げたが次の瞬間、シュンリンの動きは風よりも早かった。
すっと腕を伸ばし、悠真の肩を掴んだ彼女は、まるで親しげな恋人のように、その首筋へと顔を寄せる。
小柄な体躯からは、想像できない力が指に込められており、逃れることは難しい。
燃えるような赤いツインテールが彼の頬をくすぐり、硬質な爪が漆黒の外套の肩口に食い込む。
その瞬間、ぬらりと温かな吐息が悠真の首筋を撫でた。
直後──カチリ、と小さく牙が食い込む音がする。
それはまるで、脳内に霧のような靄がかかったかのように一瞬だ。
悠真は困惑している。
己の首筋を這う感触、それが"牙"であると知覚するには、あまりに突飛で異常な体験だったからだ。
皮膚を破る感触に伴って、体内から何か──確かに、何かが流出している。
そう、まるで内臓を通って血とは異なる流体が抜けていくような、妙に気色の悪い感覚。
痛みは鈍く、そしていやに生々しい。
血が流れているのか否かも分からない。
ただ確かに、首筋の肉を抉られるかのような圧迫感と痺れがあった。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




