第22話 ドMの龍人族の少女VS陰キャカードゲーマー
「……なぁ、頼むよ。謝罪だけで許してくれ。俺たちも暇じゃないんだ」
そう疲れた事で彼は言い、前髪を掻きながら視線を逸らした。
悠真の言葉は、どこか他人事のようで、同時に真剣さも含んでいた。
「アタシの高貴な趣味を邪魔したんだから、ちゃんと責任を取ってくれよな。特に──お前はな!」
その台詞とともに彼女は、まっすぐに彼を指差した。
硬質な爪の細い指先が、悠真の鼻先へと突きつけられる。
その指先の先に、彼は逃れられぬ義務のようなものを感じた。
どんな言葉よりも、その仕草と赤金色の瞳に込められた圧力が、彼を束縛している。
背後でホウキが静かに息を吐き、アウラの猫耳が伏せられる。
アイリスは金色の狐耳を伏せたまま目を細め、シャルルだけがどこか楽しそうに翠色の瞳を細めていた。
悠真が息を一つ、深く吸い込む。
この階層特有の冷たい空気が喉奥を通り、肺の中を冷たく撫でていく感触がした。
彼は眉を顰め、軽く顎を上げながら──観念したように口を開く。
「責任を取れって……はぁ、くっそ面倒だな。……だがまぁ、いいや。それで? その責任とやらは、一体どう取ればいいんだ?」
語尾に僅かばかりの棘と諦観を含めて、そう問い返す。
悠真の顔には、乾いた笑みが浮かんでいた。
口角は上がっていても茶色の瞳は笑っておらず、その姿はまるで処刑を待つ死刑囚である。
逃げ道は、既にない。
「ふっ、よくぞ聞いてくれた」
不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女は前に一歩出た。
短めの前髪の奥で、赤金色の大きな瞳が、彼を真っ直ぐに見据える。
「ずばり責任の取り方とは──お前とアタシの真剣勝負だ!」
その声は堂々としていた。まるで正義を語る女神のように。
拳を固く握ると、硬質な爪と関節が、こきりと小気味良く鳴る。
その仕草は高揚に満ちており、彼女の体温が一気に上がっていくのが、視覚的にも伝わってくるようだ。燃えるような赤いツインテールが興奮に揺れている。
「やはり最高の快楽を得るには、肉体言語で語り合うのが一番手っ取り早いからな!」
その言葉に、背後で控えていた仲間たちが一斉に、ぎくりと肩を揺らした。
彼女の言う”快楽”という言葉に含まれた意味が、戦闘のそれに限られるのか、それとも──という緊張感が場を支配する。
ちらりと悠真は振り返った。
ホウキは目を伏せて『また厄介なことに……』と切れ長の瞳を細めている。
シャルルは長く細い耳を揺らしながら、翠色の瞳をどこか楽しそうに輝かせていた。
アウラは猫耳をぺたりと伏せ、額に手を当てて小さく首を振っている。
アイリスは金色の狐耳を逆立てたまま、蒼い瞳で天井を仰いでいた。
全員の反応が、『ああ、もうこれは避けられないのだ』という暗黙の了解に満ちている。
「はぁ……しゃーない、やるか。ぱぱっと終わらせて、ダンジョン攻略に戻らないとな」
再び正面に体を向け直すと、彼は漆黒の外套の袖を軽く捲り上げた。
その言葉を受けて、にやりと彼女の口が吊り上がる。
「よーし、それじゃルールは簡単にしとこうぜ。殺しはナシ。先に”参った”って言わせた方の勝ち」
どこか陶酔すら感じさせる少女の表情は、己の欲望と本能に正直な者だけが見せられる笑みだ。
そして小さく悠真が頷くと、彼女は片手でサムズアップして応じる。
形骸化したとはいえ、最低限のルールは交わされた。
ゆっくりと二人は後ろへ下がり、それぞれ三メートルほどの間隔を取って立つ。
少女は足を開き、低い姿勢を取った。
右足を半歩後ろに引き、腰を落とすと同時に腕を構え、その拳に赤い魔法紋が浮かび上がる。
小柄だが引き締まった体躯が、獣のような俊敏さを予感させた。
額の両側の龍角が僅かに赤みを増し、硬質な爪の指先が静かに空気を掴む。
一方で彼は肩の力を抜き、あくまで自然体を保ったまま右足を半歩前に出す。
呼吸は浅く、だが集中しており、寝癖混じりの前髪の奥、茶色の瞳の奥では何かが静かに蠢いている。
漆黒の外套が、地下の冷気に僅かに揺れた。
悠真の視界の隅に、配信ステータスが表示される。
『生放送中──視聴者数:四万二千』の文字が浮かび、コメントが濁流のように流れていく。
『なにこれ急展開すぎる』
『龍人の女やばすぎ』
『悠真くん逃げてええええ』
『視聴者5万いきそう拡散しろ』
『カード使いvs龍人格闘家とかコンテンツの暴力』
そして静寂を破るように、一匹の魚が水面を破り跳ねた。
「──来るぞ」
彼の呟きが、広間の空気を切り裂く。
次の瞬間──彼女の姿が消えた。
正確には消えたわけではない。
ただ、人間の視認能力が追いつかなかっただけだ。
石畳を蹴る音すら置き去りにした加速。
小柄な体躯が生み出すとは思えない地響きが、悠真の足裏から這い上がってくる。
迷っている暇はない。
「簡易領域能力──クイック・デュエル・フィールド!」
彼の足元に魔法陣が炸裂するように展開された。
青白い光が円形に広がり、地面を焼くように走る。
デッキケースが強烈な光を放ち、一枚のカードが空中へと高速で射出された。
「計略カード──跳躍封鎖・バウンス・ネット、発動!」
地面から無数の光の格子が隆起する。
通常であれば、これで相手の侵入経路は完全に封殺される。
だが──衝撃が来た。
格子を彼女は踏み台にしたのである。
一本目を右足で蹴り、二本目を左足で蹴り、まるで足場のように格子の頂点を駆け上がり、そのまま悠真の頭上へと躍り出た。
「っ──!?」
真上から降り注ぐ殺気。
彼が顔を上げた瞬間、赤いツインテールが炎のように広がり、少女の拳が眼前まで迫っていた。
「即時魔術──強制拘束・バインド・グラブ!」
叫びと同時に、第二のカードが発動する。
空中から魔力の鎖が一斉に降り注ぎ、彼女の両腕、両足、胴体へと絡みつこうとした。
普通の相手なら、これで終わりだ。普通の相手ならば。
「あァッ!」
短い気合いと共に、少女の右肘が鎖を叩き割る。
続けて左の回し蹴りが二本をまとめて薙ぎ払い、胴体へと迫る鎖を体を捻ることで回避した。
切れた鎖の断面が火花を散らし、地面に突き刺さり甲高い音を立てる。
着地。
それと同時に彼女は、既に次の一手を放っていた。
「なるほど、面白い。だがカード遊びには興味がない──拳で語れ!」
地を這うような低い姿勢からの突進。
体重の全てを右拳に乗せた、一点集中の貫手。
悠真は咄嗟にデッキケースへ手を伸ばし、防御系のカードを展開する。
盾を模した魔力の塊が、彼の前面に出現し、拳の直撃を受け止めた。
次の瞬間、盾が砕け散る。
破片と共に衝撃波が悠真を直撃し、彼の体が後方へと吹き飛ぶ。
背中が石壁に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。
漆黒の外套が衝撃を幾らか吸収したが、それでも骨の奥まで響く鈍い痛みが全身を駆け抜けた。
『盾ごと吹き飛んだ!?』
『龍人の膂力えぐすぎる』
『悠真くん死ぬ死ぬ死ぬ』
『視聴者十万超えたんだけど!?』
白熱した戦いが繰り広げられ、怒涛の勢いでコメントが流れてゆく。
「ぐっ……!」
壁を背に悠真は、歯を食いしばった。
視界が一瞬歪む。だが手はデッキケースへと伸びている。思考は止まっていない。
「即時魔術カード、発動──反撃の逆鱗!」
地面に叩きつけられる寸前、魔法陣から巨大な龍の幻影が立ち上がった。
漆黒の鱗を持つそれは、開いた顎から魔力の奔流を彼女へと叩きつける。
だが少女は、それを見てから動いた。
幻影の顎が閉じる一瞬前、彼女は横へと跳ぶ。
着地と同時に体を低く沈め、龍の牙をほんの数センチの差でかわし切る。
地面がえぐれ、粉塵が舞い上がった。
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