第19話 真実を知って尚も仲間たちは
「この世界に来たのは、女神の気まぐれだったらしい。俺のいた世界では、突然異世界に召喚されるって話はフィクションでよくあるけど、まさか自分がそうなるとは思ってなかった」
そう言うと悠真は苦笑を浮かべたが、その笑みは直ぐに消える。
「女神は俺に能力をくれた。デュエル・フィールド。でもそれは……元の世界に帰るための条件付きの力だった。ダンジョンを攻略し、一定の条件を満たせば戻れる。それが、俺が戦う理由だ」
しん、とした沈黙が広がった。
遠くの天井で、水滴が落ちる音がやけに耳につく。
「さっきのアイツらも一緒にこっちに来た。でも、連中は……一緒にいたくない奴らばかりだった。元の世界でも俺は浮いててさ、こっちでもやっぱり同じだった。アイツらは、俺を見下して、疎ましがって……」
拳を握る悠真、その言葉には怒りも悔しさも混じっていた。
「だから俺は、ひとりで動いて、仲間を探して……それがお前たちだった。お前らと出会って、ようやく人間らしい関係ってもんを手に入れた気がした。信頼とか、協力とか……当たり前のことが、やっと、俺にもできるようになったんだ」
その言葉の終わりと共に、彼は視線を上げる。
その瞳には確固たる覚悟と、感謝の色が灯っていた。
しかし、仲間たちの反応は──
「ちょ、ちょっと待て……! 一遍に……言われても……理解が……追いつかん……っ」
最初に崩れたのは、アウラである。
「異世界? 女神? あぁ、ダメ……頭が、ぐるぐるする……」
続いてシャルルが、その場にぺたりと座り込む。長く細い耳がへなへなと伏せられた。
ホウキは静かに目を閉じて、深く呼吸を整えようとしていたが、顔面は蒼白になっている。
アイリスは口元に手を当て、蒼い瞳を大きく見開いたまま固まっていた。
金色の狐耳がぺたりと伏せられ、尻尾が力なく垂れている。
「……つまり貴方は、全く別の世界から……?」
それだけ呟いてアイリスも、その場にゆっくりと腰を下ろした。
それぞれが、それぞれのやり方で情報の奔流に飲まれ、完全に混乱している。
その光景を見て悠真は、ぽりぽりと前髪を掻く。
「……こりゃあ、やっちまったな。段階ごとに説明すりゃよかった……一気にぶちまけたせいで、ショックがデカすぎたか」
溜息混じりに、彼は呟いた。その声に反応する者は、まだいない。
ただ、ダンジョンの中に、淡い魔石灯の光と静寂が漂っていた。
そして──しばしの間を経て、シャルルが口を開く。
「……おとぎ話みたいな話だね。でも、古い伝承に似たような話は残ってるよ。この大陸の北部では"異界の使徒"と呼ばれ、南部では"虚空を旅する者"とも……」
長く細い耳が前方へ向き、翠色の瞳が真剣な色を帯びていた。
「確かに……軍の教本にも、そういった伝承があった。実在を疑問視する学者も多いが……目の前に、その本人がいるとなれば話は別だ」
それを受けて、アウラも小さく頷く。
猫耳が持ち上がり、青灰色の瞳が真っ直ぐに、悠真を捉えている。
「信じております。悠真様の言葉、嘘には聞こえませぬ」
そっと目を開き、ホウキは穏やかに微笑んだ。
切れ長の黒い瞳が、柔らかな光を宿している。
「……貴方が異世界から来た者であろうと、私の目の前で戦い、私を助けた事実は変わりませんわ。それで十分ですの」
ゆっくりと立ち上がり、金色の狐耳を持ち上げながら、アイリスは蒼い瞳で彼を見据えた。
一度だけ、静かに頷く。プライドの高い彼女にしては、珍しく素直な言葉である。
「ありがとな。まっ、全部をすぐに信じろとは言わねえよ。けど、いずれ分かる。俺が、どういう奴かってのがな」
小さく笑みを浮かべ、悠真は少しだけ目を細めた。
その言葉に、仲間たちは一斉に頷く。
「さて、しんみりした話はここまでだ。あんな連中に先を越されるなど断じて許せん。行くぞ」
アウラが拳を鳴らす。猫耳がぴんと立ち直り、軍人としての顔が戻っていた。
「だね! 僕たちの見せ場はこれからだよ!」
シャルルが長杖を構え、翠色の瞳に明るさが戻る。
ホウキも無言で太刀の柄に手を添え、意識を切り替える素振りを見せた。
「……遅れを取るつもりはありませんわよ」
レイピアの柄を握り直し、アイリスは金髪をさらりと肩に流す。
「よし、配信再開すっか」
悠真は、マギスフィア・ミニを取り出し、その表面に指を滑らせる。
魔力が走り、淡い光が灯った。
「いくぜ、お前ら! 新しい階層が俺たちを待ってる!」
そう彼が叫ぶと共に、五人は再びダンジョンの闇の中へと歩み出す。
そしてダンジョン第七十二層へと到達。
気温は高めで、肌にまとわりつくような、湿り気が辺りに漂っていた。
悠真たちは、その蒸した空気の中、緩やかに湾曲する洞窟の通路を慎重に進んでいる。
前方を照らすのは、彼が携える魔導式ランタンの蒼白い光。
天井には青白く発光する魔石灯が散在しており、それがランタンの光と混じり合い、通路全体を微かに幻想的な青に染めていた。
「……あの音、なに?」
最初に異変に気づいたのはシャルル。
翠色の瞳が微かな緊張を孕んで揺れていた。
次いで鋭い音と打撃音が、幾重にも重なり聞こえてくる。
何かが岩壁に激突して砕けるような音、あるいは風を切り裂いて飛翔する、何かの咆哮のようにも聞こえた。
「魔物同士の……喧嘩か?」
低くアウラが呟いた。
帝国軍の制式制服に汗が滲み、頭頂部の猫耳が音の方向へと鋭く向いている。
「違うと思います。あの音は……魚の魔物ですわ」
後方から慎重な声が上がったのはアイリスだ。
腰まで届く金髪を肩に流し、蒼い瞳が通路の先を見据えている。
「魚……?」
悠真が振り返る。
「この階層にはヒレ裂き魚という魔物が棲息していると聞きましたの。それも跳ねるというより……弾丸のように飛ぶそうで」
「飛ぶ魚……? それって、ヤバいやつじゃないか……」
アイリスの言葉に、軽く身震いしながら彼は、ランタンを持つ手に力を込めた。
今までは小型の獣型魔物や、人型のアンデッドなどが多かったが、銃弾のように飛び交う魚となれば、まったく予想外の動きと攻撃方法である。
「ですが……あの音の中に、人の気配もあります」
静かにホウキが口を開いた。
黒いポニーテールが揺れ、切れ長の黒い瞳が通路の先を鋭く捉えている。
太刀の柄に手が添えられていた。
「誰かが襲われてるなら……助けなきゃな」
深く息を吐くと悠真は、前方へと歩みを進めた。
仲間たちも無言のまま後に続く。
マギスフィア・ミニの水晶画面が彼らの様子を淡く照らし、ダンジョン配信の視聴者たちへと、その緊迫の様子を映し出していた。
『これヤバいやつ来る予感』
『音が生々しい』
『魚って何だよ、飛ぶのかよ』
『アイリスさんの説明口調ありがてぇ』
視聴者コメントが水晶に浮かび上がるが、今の彼らには余裕がない。
やがて通路の先に分岐路が現れた。そこから、はっきりと耳に届く。
岩壁に何かが激突する乾いた破裂音、金属を打ち付けるような衝撃音。
悠真の視界の先で微かに揺れる光。
「誰かいるな……」
彼が囁く。角を曲がる前、アウラが前進を制し、全員に手信号を送った。
猫耳が鋭く前方へ向いている。
「先行して、私が様子を見る」
そう言うとアウラは姿勢を低くし、抜き身のナイフを手に持ち、音の発生源へと音もなく忍び寄った。
銀灰色の長髪が背に張り付き、帝国軍仕込みの洗練された動作で闇に溶けていく。
その背筋には、一切の迷いがない。
数秒の沈黙の後、手信号が再び返される。
そして悠真たちは暫く進むと、視界が急に開けた。
そこは天井が広く抜け、横幅にして二十メートル以上はある空間。
岩盤に穿たれたような天然のホールであり、両側には深い川が轟音を立てながら流れている。
水面は真っ黒に染まり、ほの暗い鉱石の灯りに照らされて、わずかに鈍く光っていた。
そして、その空間の中央に、一人の少女が立っている。
血まみれの姿で、無数の突起に全身を貫かれながら、なおも嗤うかのような笑みを浮かべて──
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