第18話 ついに仲間たちに自分の素性を……
「一文の値打ちもありませんわ。シルヴェスター家の者である私が断言しますわ。悠真は貴方たちとは比べ物にならない。誇りも、覚悟も、人としての筋も──何もかもが格上ですの。その程度も見抜けない節穴に、私たちを語る資格はありませんわよ」
アイリスの声は冷たく、しかし確かな怒りに満ちていた。
金色の狐耳がさらに逆立つ。
「悠真様を愚弄するということは、我らを愚弄するということ。武人として、それは断じて許しませぬ」
ホウキの声は静かで、しかし底知れぬ怒りを秘めていた。
「「「私たちは――悠真を裏切ることは、絶対にない」」」
四人が同時に言い放つ。
そして、それぞれが無言で戦闘姿勢を取った。
ホウキは構えで膝を割り、太刀に手を添える。
シャルルは長杖を構え、指先に緑の魔力が灯り始めた。
アウラは銀灰色の長髪を揺らしながら拳を固め、猫耳が怒りに逆立ったまま動かない。
アイリスはレイピアの柄に手を置き、金色の狐耳と一本の尻尾が張り詰めていた。
「「「これ以上、我らが恩人を愚弄するのであれば──命を賭けろ。こちらも容赦はしない」」」
四人の声が重なる。
鋭い殺気が放たれた瞬間、樟葉の背後にいた取り巻きたちが、明らかに一歩退く。
「っ……」
短く呻いたのは樟葉自身だ。
深紅の瞳が初めて揺れ、額に滲んだ汗を無意識に手で拭う。
だが既に取り繕う余裕すら、彼には残されていなかった。
「ふん……怯えたか」
アウラが鼻で笑うと同時に、四人は同時に武器を下ろす。
まるで寸劇の幕が下りたかのような沈黙が走った。
そのまま四人は、何も言わず踵を返す。
魔石灯の青白い光の中を軽やかに歩き、背を向けたまま、黙して語らず悠真の背中を追い始めた。
そしてクラスメイトたちとの不愉快な再会から既に三十分が経過している。
悠真は無言のまま、鋭く削られたような狭い通路を先頭に歩き続けていた。
その背に続くのは四人の仲間──ホウキ、シャルル、アウラ、アイリスである。
「悠真……あんな奴らに時間を割くの、やはり間違いだったな。私はアイツらの顔を踏み抜きたかった。あの銀髪のイケメン気取りの野郎には、軍靴で思い切り踵落としでもしてやればと思っている」
無言の行軍が続く中、最初に口を開いたのはアウラだ。
彼女は唇を吊り上げ、半ば本気の顔で肩を竦める
普段は規律を重んじる軍人肌の彼女だが、一度怒りに火がつけば歯止めが効かなくなることは、悠真も心得ていた。
「僕はもっと違う方法を考えてたけどね」
穏やかな微笑を浮かべながらシャルルが続ける。
淡い金色に近い銀髪が揺れ、ゆったりと長く細い耳が動いた。
その翠色の瞳の奥に潜む嗜虐の気配は、普段のおっとりとした雰囲気とは明らかに異なる。
「豊穣の茨で全員からめとって、ゆっくりと締め上げながら……ねえ、それって優雅じゃない?」
「……貴女は黙っていなさい」
アイリスが冷たく一言で制した。蒼い瞳が細まり、金色の狐耳がぴくりと動く。
「私が思うに、ああいった輩には剣の切っ先を喉元に突きつけて、跪かせるのが最も効果的ですわ。シル ヴェスター家のレイピアの重みというものを、骨の髄まで理解させてやりますのに」
アイリスが静かに、しかし確かな怒りを込めて言い放つ。
ゆっくりと尻尾が揺れていた。
ホウキは無言のまま、太刀の柄を静かに撫でる。
「……あのような者どもに、怒りをぶつける価値すらございません。ただ、悠真様を侮辱したことだけは、武人として断じて許しませぬ」
やがて切れ長の黒い瞳を細めて彼女は口を開く。
そのやり取りを聞きながら、ふと悠真は立ち止まった。
革靴が岩盤に擦れる音が狭い通路に響く。
ゆっくりと静かに振り返る。
彼の表情は伏し目がちで、口元はわずかに引き結ばれていた。
前髪が目元にかかり、その奥の茶色の瞳の奥で、微かに何かが揺れている。
怒りでも憎しみでもない、もっと別の感情──それは救われたような温かさだ。
「……ありがとうな。なんか、すっげー嬉しかったわ」
その言葉は飾り気のない本心からの吐露である。
ずっと今まで、誰にも言えずに呑み込んできた痛みが、少しだけ解ける音がした気がした。
「……素直に礼なんて言わないでくれ。こっちが逆に照れるだろう」
少しばつが悪そうにアウラが鼻を鳴らす。
猫耳がわずかに伏せられ、微かに頬が赤くなった。
「当然のことをしただけだよ、悠真くん。……ねえ、その顔、もうちょっと近くで見せてくれない?」
頬に手を当てシャルルは、おっとりと微笑む。
「……貴女は本当に懲りないですわね」
呆れ顔でアイリスが一喝したが、その声音に棘はなかった。
ゆったりと尻尾が揺れている。
しばらくの間、その場で五人は静かに時を過ごした。
ダンジョン内の冷気と、仲間たちの言葉の温かさが、妙な対比となって悠真の心に染み入っていく。
「ところで、悠真様。さきほど、あの者どもが……我らのことを"異世界人"と呼んでおりましたが、あれは一体どういう意味にございますか?」
やがてホウキが真剣な顔つきで口を開いた。
途端に空気が引き締まる。
アウラもシャルルもアイリスも、ぴたりと動きを止め、視線を悠真に集めた。
彼は腕を組み、口元を引き結んで悩むような素振りを見せる。
顎を撫で、視線を斜め下に落とす。
魔石灯の青白い光が、悠真の瞳に複雑な影を落とした。
「あー、それは……だなぁ……うーん……」
逡巡。だが直ぐに、その姿勢を崩し、深く息を吐いてから言葉を続けた。
「まあ、いいか。いずれ言おうとは思ってたしな。この際、丁度いい機会だ」
そう言うと彼は背を向け、周囲を見回す。
敵の気配や第三者の足音はない。
だが万一にも、この話を他人に聞かせるわけにはいかない。
「おい、こっちだ。人気のない場所まで移動する。……っと、その前にダンジョン配信は止めておかないとな」
悠真はマギスフィア・ミニを、指先で撫でるように触れた。
淡い光が瞬き、魔道具は音もなく停止する。
記録も、声も、映像も──今この瞬間だけは封じられた。
仲間たちは黙して、それに従う。
彼が全てを語る時を、静かに待っていた。
――とある階層のダンジョンの奥深く、苔むした石壁が続く通路の先に、やや開けた空間が現れる。
足元には湿り気を帯びた地面が広がり、天井からは点々と魔石灯の光が注ぎ、昼でも夜でもない青白い明かりが辺りを照らしていた。
僅かな湿気と静寂だけが支配する洞窟。
その場所は確かに、人気のない場所として申し分なかった。
悠真は足を止める。
「ここなら、誰にも聞かれねぇな」
濡れた岩肌に反響しながら、彼の声は小さく揺れた。
その傍らには、仲間たちが四人、黙って立っている。
凛とした立ち姿を崩さぬのはホウキ。
黒いポニーテールを結い直し、東の国風の軽装和装が、青白い魔石灯の光の中でも清廉な気配を放っていた。
切れ長の黒い瞳に、芯の強さと温もりが同居している。
次に立つのはシャルル。
淡い金色に近い銀髪を揺らし、長く細い耳が前方へ向いていた。
翠色の瞳はどこか夢見がちで、それでいて何処か破滅的な気配を孕んでいる。
そしてアウラ。
銀灰色の長髪を軍人らしく整え、帝国軍の制式制服は一分の乱れもない。
頭頂部の猫耳が前方へ向き、青灰色の瞳が静かに悠真を捉えていた。
最後にアイリス。
腰まで届く金髪を肩に流し、蒼い瞳が悠真を真っ直ぐに見据えている。
金色の狐耳が前方へ向き、尻尾が静かに揺れていた。
その四人が今、悠真の言葉に、ただ静かに耳を傾けようとしている。
彼は深く息を吸った。
「これから話すことは全部、俺に関する本当のことだ。俺は……この世界の人間じゃない。異世界から来た。ある日突然、気がついたらこっちの世界に放り込まれてた」
少し間を置いてから、悠真は重たい口を開く。
その瞬間、空気が変わった。
仲間たちの表情が微かに動く。
ホウキは眉根を寄せ、シャルルの目が大きく開かれ、アウラの猫耳がぴくりと動き、アイリスの狐耳が止まった。
彼は言葉を紡ぎ続けた。
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