第15話 王家の懐刀
「は? パーティーって……」
「拒否権はありません。分かりますわね?」
その言葉には、一切の情緒も余地もない。
厳粛なる命令──貴族の言葉として放たれた断固たる通告だった。
「……ま、別に組むのは構わないけどさ」
肩を竦めて悠真は答える。
「でもなあ、責任がどうのこうのって……十七歳の俺にはちょっと重たいんだけど」
彼の言葉は皮肉にも諦めに似た諧謔だった。
アイリスの蒼い瞳が、悠真を上から下まで一瞥する。
金色の狐耳がわずかに動き、形の良い鼻が微かに動く。
獣人族特有の鋭い嗅覚が、こちらの気配を探っているのかもしれない。
「重たかろうと、軽かろうと……貴方が負うべきものですわ」
ゆっくりと尻尾が、しかし確かな意志をもって揺れた。
「それに十七であれば、立派な大人ですわ。何を馬鹿なことを。責任からは決して逃れませんわよ。ええ、絶対に。というか、逃がしませんわ」
背筋を正し、軽装アーマーの金の縁取りを整えながら、彼女は続ける。
「ダンジョンをクリアしたあと、『責任を取るのが嫌だ』とか何とか言って逃げられたら、それこそ一族の汚点となり、末代までの恥になりますわ。ゆえに、大変不本意ながら……私自身が貴方と今から一時的に組むことで、このダンジョンをクリアするまで全ての行動を共にして、監視し、束縛します。よろしい?」
蒼い瞳が魔石のように輝く。
金色の狐耳が立ち、ゆったりと尻尾が揺れた。
「まあ、何度でも言いますが、今の貴方に拒否権はありませんけども」
指先が金髪を掬い上げ、艶のある金糸を揺らす。
その仕草はどこか演劇的でありながらも、彼女自身の誇り高さと美意識を滲ませていた。
悠真は深く、重たい息を吐く。
「面倒な女に絡まれたなぁ……。ああ、ちくしょう。あんな悪戯するんじゃなかったぜ。魔が差したな」
そう呟きながら彼は、目の前のアイリスに気怠い視線を向ける。
その目は憎しみでも怒りでもない。ただただ、自分の軽率さを呪うような、憂鬱に染まっていた。
だが彼女は、まるでそれすら計算済みであるかのように、くすりと微笑む。
「そう言えば、お互いに自己紹介がまだでしたわね。パーティーを組むのであれば、最低限知っておいた方が良いこともあるでしょう。では、まず私から──」
淡々とした口調のまま、アイリスは背筋を伸ばし、胸元に手を添える。
金色の狐耳が僅かに前方へ傾いた。
「アイリス・シルヴェスター。歳は十七。シルヴェスター家の長女にして、正統なる継承者。貴族階級の中でも、王族に次ぐ家柄といえば話が早いでしょう。剣技は父譲り、美貌は母譲り。……まあ、どちらも血筋というやつですわね」
自嘲にも似た微笑を湛えながら、彼女は腰に佩いたレイピアの柄に軽く触れる。
金の縁取りが施された軽装アーマーが薄明かりの中で鈍く輝き、貴族の令嬢でありながら剣士であることを如実に物語っていた。
「それと……一つだけ。私は敗北を恥とし、屈辱を怒りに変える性質ですの。だから、さっきの事も忘れません。けれど──だからこそ、見極めたい。貴方が、どのような男なのかを」
まっすぐに蒼い瞳は、悠真を見据えている。
どこまでも強く、そして危うい。
息を呑むほど整えられた容貌に、鋭い意志が加わると、それはもはや凶器に等しかった。
その視線を受けながら、彼は前髪を掻き上げ、ようやく重い口を開く。
「……東雲悠真。歳は十七。まあ、自分で言うのもあれだが、そこそこ強い部類の者だ」
悠真は自身の腰に下げた、デッキケースを指で軽く弾いた。
ケースには多数のカードが整然と収納されており、それが彼の戦闘スタイルの要であることを物語る。
「能力は"決闘結界デュエル・フィールド"。カードを使って巧みな戦闘を展開するタイプだ。まあ、運が絡むところもあるが……派手な見た目の割に、地味に勝ちを拾うスタイルってとこだな」
「ふぅん……賭け事に近いわけですのね。まあ、戦略にも時には運が必要。理解はできますわ」
顎に手を当てアイリスは、どこか愉快そうに笑った。
「それと……仲間のことだが、一応ダンジョン攻略を配信してる手前、チームって形で組んでる奴らがいる。ま、少し癖はあるが、信頼できる連中だ」
「なるほど、つまりは貴方の"家臣"たちという訳ですわね」
「いやいや、そんな物騒な上下関係はねぇよ……」
思わず苦笑する悠真に、くすりと彼女は笑った。
それは先程までの威圧的な空気を一瞬だけ和らげる。
そして自己紹介が終わると、アイリスは崩れかけた石碑の上に腰を落ち着かせた。
足を優雅に組み替えながら、白い太腿を大胆に露出させる。
ゆったりと一本の尻尾が揺れ、蒼い瞳が悠真を上から下まで改めて観察していた。
その様子に悠真は僅かに目を逸らしたが、彼女の次の言葉で再び現実に引き戻される。
「さて、話は一段落だな。そろそろ仲間が心配しそうだから、一旦皆の所に戻りたいんだが……いいか? お前のことも説明しないといけないし」
そう切り出し、彼がアイリスの反応を慎重に窺った。
だが、彼女は涼やかな目で悠真を見上げた後、ふと真剣な眼差しに変わる。
「まあ、そう焦らないで。それよりも──貴方はいずれシルヴェスター家に関わることになるのだから、まず私の話を聞きなさい。そう、誇り高きシルヴェスター家の今を」
その語調は強く、どこか血が騒いでいるような熱を帯びていた。
「なんで俺が、お前の家の詳細を聞かないといけないんだよ……」
そう彼は呟いたが、それはアイリスの耳には届いていない。
彼女は既に独り語りの構えを整えていた。
(だけど……これを無視して戻るのは、たぶん一番まずい)
直感が警鐘を鳴らしている。
先程の激情を見た上で、この女を放置していけば後に、どんな災いを招くかは想像に難くない。
悠真は肩を落とし、小さく息を吐くと、アイリスの正面に静かに腰を下ろした。
「私の家は元来、王家の懐刀と称されましたわ。代々、王の直近に仕え、影の軍としてあらゆる汚れ仕事を引き受けてきた名家。父はヴィクター・シルヴェスター、齢五十にして未だ現役の剣士。母はエレーナ、穏やかな女性でしたが、今では縫製の仕事で細々と暮らしていますの。姉が一人、エリゼ。二十五で、今は商隊に身を寄せています。そして妹のリリア、まだ十二ですわ。今は知人の屋敷に預けられている……はずです」
膝に乗せていた両手を、アイリスは握り締める。
金色の狐耳が後方へ伏せられていく。
「ですが、そんな誇り高き我が家も、一人の愚か者によって全てを失いましたの。我が兄、長男──その名をガレス。二十七にして剣も学ばず、学も積まず、快楽に溺れて屋敷に引き籠るだけの男。父の怒号も、母の涙も、何一つ響かなかった」
彼女の言葉を聞いて、悠真は眉を顰めた。空気が重く、ゆっくりと肺を圧迫する。
アイリスは、なおも話を続けた。まるで、自らに課した儀式のように。
「ある日、王城にて祝宴が開かれましたの。貴族たちが集い、音楽と香が漂う夜。兄は……その場で女王陛下を見て、一目惚れしたという。あろうことか、城の見取り図を盗み出し、夜更けに忍び込んで……女王の寝所に忍び入り、夜這いを仕掛けましたの」
彼女は静かに目を伏せ、ほんの僅かに肩を震わせた。
その言葉に、悠真は咄嗟に息を呑む。
「……当然ながら、それは失敗しましたわ。女王は叫び、衛兵に取り押さえられた兄は、その場で鎖を掛けられ拷問に処された。罪状は国家反逆、女王への不敬、王家への背信……即刻、シルヴェスター家は全ての権限と領地を剥奪され、平民へと堕ちましたの」
何処からともなく滴る水の音が一際大きく響いた。
それは彼女の話に対する世界の嘆きのようにも思える。
「斬首を免れたのは奇跡でしたわ。国王陛下の、最後の恩情だと言われています。今、兄は王城の地下に囚われている。目も、耳も、喉も潰され……ただ生きているだけの肉人形となって、なおも罰を受けていますの」
一瞬だけアイリスの声は震えた。
だがそれでも、表情は崩れない。
蒼い瞳が魔石灯の青白い光を静かに反射している。
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