第12話 石化から解放されし者たちと、朽ち果て戻らない者たち
「先行は俺からだぜ。まず手札から──ビキニメイド・ホワイトリリー、召喚ッ!」
そう彼が宣言すると共に、魔法陣が展開され、光の柱が地を貫く。
眩い輝きの中から現れたのは、純白のメイド服を纏うビキニ姿の女性。
腰まで届く白銀の髪が戦場の風に揺れ、その手には細身の魔剣が握られている。
攻撃力は平均的だが──このカードの真価は別にあるのだ。
「ホワイトリリーの効果発動! 召喚成功時、デッキから光属性の下級兵士を一体、手札に加える!」
デッキケースが輝き、自動で一枚のカードが滑り出る。
それは、ビキニメイド・ヴァイオレット。
「いい引きじゃねぇか!」
手札に新たなカードを加え、悠真は白い歯を晒した。
だが依然として、蛇工鬼からの視線の圧は変わらない。
青緑色の鱗が妖艶な光沢を放ち、漆黒の髪が風もないのに揺れていた。
巨大な蛇の胴体が地を這い、じわりと距離を詰めてくる。
「絶対に目を合わせるな。視線は胴体に向けろ」
そう呟く事で悠真は意識して、視線を逸らしながら次のカードを構えた。
「バトルターン! ホワイトリリーの副次効果により先制攻撃──聖刃閃・ホワイトエッジ!」
彼が攻撃開始の合図を告げると、ホワイトリリーが持つ白銀の魔剣が光を纏い、蛇工鬼の胴体へと一閃する。
鱗が数枚飛散し、青緑色の体液が地面に飛ぶ。
蛇工鬼が初めて、苦悶の声を上げた。
だが──次の瞬間、悠真の背筋が凍りつく。
そう、何故なら突拍子もなく蛇工鬼が、全身の鱗を自ら剥ぎ始めたからだ。
青緑色の装甲が次々と地に落ち、音を立てて砕けていく。
そして、その下から現れたのは──人間に限りなく近い、生々しい肌だった。
鱗に守られていた豊満な上半身が露わになり、引き締まった腹部が魔石灯の光を受けて艶めかしく輝く。
腰のくびれから蛇の胴体へと移行する部分だけに、辛うじて細かな金の鱗が残っていた。
「なっ……!?」
彼の思考が、一瞬だけ止まる。頬に、熱が灯った。
「こいつ……これで今まで多くの者を油断させたり動揺させて、石にしてきたのか……!」
悠真は相手の行動を全て理解した。だが理解した上で──視線が止まらない。
「まずい、まずいまずいまずい──!」
童貞の彼には、あまりにも過ぎた刺激だ。
しかし、その一瞬の隙を蛇工鬼は見逃さない。
巨大な蛇の胴体が地を蹴り、音もなく跳躍する。
魔物の瞳が悠真の目と交差しそうになり──
「へっ、なーんちゃってな。手札から計略カード、ビキニメイド招集を発動ッ!」
咄嗟に目を逸らしながら、彼は手元のカードを宙に叩きつけた。
「デッキからビキニメイド・スカーレットを──特殊召喚ッ! そして特殊召喚時の効果発動、相手の攻撃を無効化し、カウンターダメージを与えるッ!」
そう悠真が宣言すると共に、デッキケースから一枚のカードが青白い輝きを纏い飛び出す。
すると次の瞬間、真紅のメイド服を纏うビキニの女性が出現し、蛇工鬼の眼前に割り込む。
スカーレットの両手から炎の障壁が展開され、蛇工鬼の突進を真正面から受け止めた。
轟音。
爆風が遺跡を揺らし、天井から石屑が降り注ぐ。
「スカーレットの反射効果──炎塵爆砕ッ!」
カウンターの炎が蛇工鬼の胴体を包む。
蛇工鬼が初めて、明確な悲鳴を上げた。
人の声に限りなく近い、しかし人ではない叫び。
巨大な蛇の胴体が地を激しく打ち、もがき、のたうち回る。
「まだだ──! ビキニメイド・ホワイトリリーとスカーレット──魂合! 星界召喚ッ!」」
それを悠真が宣言すると共に、デッキケースから再び新たなカードが、神々しい光を纏い排出された。
二体のモンスターが光の渦に飲み込まれ、巨大な魔法陣が地に展開される。
白と赤の光が混ざり合い、収束し、そして弾けた。
「出でよ──ビキニメイド・クイーン・ノワールッ!」
彼の呼び声と共に降臨したのは、漆黒のメイド服を纏うビキニの女性。
ホワイトリリーよりも背が高く、その双眸には強烈な魔力が宿り、手には巨大な漆黒の大鎌。
「さらに魂合素材を一つ取り除き──クイーン・ノワールの効果発動ッ! 相手の効果を完全封印ッ!」
悠真が能力を行使した瞬間、蛇工鬼から発せられる声が初めて揺らいだ。
そう、相手の一撃必殺の能力、石化の力が封じられたわけである。
「バトルッ! クイーン・ノワール──漆黒断罪・ギロチンエッジ!」
彼の命令と共に、漆黒の大鎌が振り下ろされた。
蛇工鬼の上半身と蛇の胴体の境目を一閃が貫く。
轟音と共に魔力が爆散する。
爆風が悠真の前髪を激しく吹き乱し、遺跡の壁に亀裂が走った。
石屑が雨のように降り注ぎ、蛇工鬼の体が光の粒子となって散っていく。
静寂が戻ってきた。
ゆっくりと息を吐きながら、彼はデッキケースを撫でる。
クイーン・ノワールが粒子となり消え、地面には蛇工鬼の名残すらない。
「はぁ……例え魔物であろうと。ああいう戦法は反則だろ、普通に。女体の裸なんて、ほんとけしからん。……まあ、勝ったからいいけど」
僅かに間を空けてから、前髪を掻き上げ、悠真は呟いた。
『感想それかよ』
『童貞まるだしで草』
『クイーン・ノワール強すぎん?』
『あの石化女性、助けられないのか……?』
コメントが怒涛のように流れる中、ふと彼は周囲の石像へと視線を向ける。
無数の冒険者たち。驚愕の表情のまま、永遠に動きを止めた者たち。
――そして、それは突如として起きた。
石の肌がひび割れ、乾いた音と共に砕け落ちていく。
肌が、瞳が、唇が。徐々に本来の色を取り戻していく人々。
数十体、いや百を越える石像のうち、その半数ほどが人間としての姿を蘇らせていた。
「……やっと……やっと戻れたのね……!」
「助かった、俺は……生きてる……?」
「ここはどこだ……? まだ……ダンジョンの中か?」
混乱の最中にある彼らの視線が、一斉にひとりの男へと向けられる。
東雲悠真──彼の足元には蛇工鬼の戦闘の痕が濃く刻まれていた。
一体誰が諸悪の根源を倒したのか、それは一目で理解できる状況。
「おい、あの人……」
「こいつが……魔物を……」
「まさか、ひとりで……?」
「……あんた、名前は?」
その場の空気が震え、言葉にならない感嘆が渦を巻く。
だが悠真は、その中心で無言のまま、未だに石像状態の者たちへと歩を進めていた。
彼の視線の先には──割れた兜、苔むしたマント、砕けた片腕、首から折れて今にも倒れそうな像。
人としての輪郭を失いながらも、なお誰かの形を残す者たち。
「……時が経ちすぎて戻れなかったか……」
悠真は小さく息を吐き、かつて生きていた彼らに向かって一歩進み、姿勢を正す。
「……すまない。先輩たち。俺の力じゃ……そこまで届かなかった」
彼の声は低く、しかし確かに響いた。空虚に満ちていた空間に、初めて人間の哀しみが満ちる。
沈黙。石像たちは答えない。
しかし、その表情にはどこか、誇らしげな意志の残滓が宿っているように思えた。
『悠真……』
『かっこよすぎて草も生えない』
『戻れなかった人たちが……』
『主人公してる』
コメントが、珍しく静かに流れていた。
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