第5話 魔弾
「前衛制圧。シャルルは右、ホウキは左。三方から駆け下りるぞ」
「御意」
「了解だよ」
三人は同時に、高台の端から飛び降りる。
──着地と同時に、戦場が動いた。
「豊穣の棘蔓──」
シャルルの長杖が地面を叩くと、地面の割れ目から無数の茨の蔓が噴き出す。
鋭い棘が骸骨兵の関節を絡め取り、引き裂き、腐敗した騎士の胴体に深々と食い込んでいく。
蔓の先端からは緑色の毒液が滲み出し、触れたアンデッドが黒く変色しながら崩れ落ちた。
「植物の毒はアンデッドにも効くんだよね、これが」
おっとりと呟きながら、シャルルは更に蔓を伸ばす。
今度は薔薇の蔓だ。
鮮やかな赤い花弁が咲き乱れる中、棘が群れの中心へと突き進んでいく。
一方で左側では──
「桜花千凜──散華の型!」
ホウキが太刀を大きく薙ぐと、刀身が淡い桜色の光を帯びて弾け、無数の花弁へと変わる。
花吹雪が舞うように広がり、その一枚一枚が刃となり、骸骨兵の群れを切り裂いていく。
白骨が散り、腐肉が裂け、桜の花弁だけが美しく宙を舞う。
「正々堂々と、往生いたせ──!」
花弁が空中で収束し、再び刀の形を成す。
ホウキの手元に戻りし太刀が次の一閃を放ち、腐敗した騎士の首が音もなく飛んだ。
そして中央では悠真が──
「即時魔術──神の盾・ホーリーフォートレス、発動」
光の障壁が円形に展開され、少女の縛られた台座を中心に、神聖属性の結界が広がる。
アンデッドたちが結界に触れた瞬間、白い光に焼かれて後退した。
そして月光の刃をを右手に、ただ真っ直ぐに駆ける。
カードの力で実体化した剣は、通常の武器とは異なる青白い魔力を帯び、触れたアンデッドの骨を砕き、腐肉を焼くように断ち切っていく。
骸骨兵が行く手を塞ごうと群がるが、悠真は最小限の動きで躱しながら剣を振るい続けた。
派手な魔法はない。召喚もない。
ただ一本の剣と、戦況を読む目だけで、悠真は死者たちの海を割り進んでいく。
「このっ──即時魔術! 斬撃陣を発動!」
さらに一枚のカードを彼は、デッキから引き抜き即座に展開。
魔法陣から幾筋もの斬撃が奔り、密集したアンデッドの群れを薙ぎ払う。
三人の能力が絡み合い、戦場を削り取っていく。
桜の花弁と茨の蔓と斬撃が、死者たちの海を着実に切り崩していった。
「アイツのとこまで、もう少しだ──押せ!」
悠真の号令が、阿鼻叫喚の死者たちの中に響き渡る。
そして悠真たちは荒い息をつきながら、縛られた少女のもとへと辿り着いた。
周囲ではアンデッドたちの呻き声が幾重にも響き渡る。
骸骨兵、溶けかけたゾンビ、四肢の千切れた異形の死者。
どれもこれも理性のかけらもなく、生者の肉に飢え、瞳なき眼窩をギラつかせて迫り来る。
しかし、今の悠真の視界に映っているのは、ただひとつ。少女の姿のみ。
「……安心しろ。すぐに助けてやる」
静かに呟きながら悠真は、震える指で縄へと触れた。
「ッ……!?」
その瞬間、電撃のような衝撃が彼の右手を駆け抜ける。
指先が痙攣し、手首まで麻痺したような感覚を受け、思わず手を跳ね除けた。
月光の刃が手から弾かれ、甲高い音を立てて地面に転がる。
「魔力反応……強力な封印魔法か……?」
顔を顰めながらも悠真は、左手で腰の鞘からナイフを引き抜いた。
銀色の刃が微かな魔力光を帯びて揺らめいている。
「ならば──力ずくで──!」
刃を縄に押し当て、一気に切り裂こうとした。
……しかし、ナイフは滑る。
まるで弾かれるように刃先が軋み、傷一つつけられない。
魔力を帯びた繊維が、刃を拒絶していた。
いかなる技術で編まれた縄か、それすら判断できない。
「ちっ……通らないか」
焦燥が喉を焼く。
後方から、仲間たちの叫び声と、剣戟音が木霊した。
「囲まれすぎ! もう、この──豊穣の棘蔓!」
焦りの色が宿るシャルルの声が響く。
長杖が地面を叩くたびに無数の茨が噴き出し、アンデッドを絡め取り引き裂いている。
クリーム色の軽鎧は所々で汚れ、銀髪が汗で額に張り付いていた。
それでも翠色の瞳は冷静で、長く細い耳が周囲の気配を鋭く捉えている。
「悠真様──長くは保ちませぬぞッ!」
ホウキの鋭い声も重なった。
桜の花弁を舞わせながら斬り結ぶ彼女は、血飛沫を浴びながらも一歩も退かず、次々と敵を屠る。
「急げ! 早く、その御方を解け! このままでは──!」
黒いポニーテールが乱れ、東の国風の軽装和装に腐肉が飛び散るが、切れ長の黒い瞳の奥には折れぬ意思が宿っていた。
悠真は唇を噛み締める。
脳内に浮かぶのは、デッキの中の一枚のカード……一か八か使うしかない。
「……最終手段だ」
月光の刃の能力を解除し、デッキケースから新たな一枚のカードを抜き取る。
銀色の枠に荘厳な輪が描かれた装具魔術カード。
「装具魔術──聖輪の守護環、発動!」
低い声で悠真は唱えた。
カードが宙に浮かび、淡く発光する。
「装備対象は俺自身。この武器の効果は……相手の魔法効果を一度だけ無効化する。そして、結界を破る事が可能だ」
カードが弾けるように消え、悠真の胸元に白銀の指輪が顕現した。
五芒星の紋が浮かび、輝きが淡く全身を包む。
「……もう一度」
震える右手で悠真は、ナイフを握り直した。
「お願いだ……耐えてくれ」
細い鎖のような縄に、再び刃を押し当てる。
その直後、電撃のような抵抗が走るが、彼の身体は反応しなかった。
聖輪の守護環が発動し、魔法効果を無効化したのである。
「切れる……!」
更に悠真は力を込める。
ナイフが繊維を裂き、縄がひとつずつ解かれていく。
「まだ湧いてくる──! 散華の型──ッ!」
「触れるんじゃないよ、もう──茨の檻!」
「悠真様、あと何秒ですか!?」
仲間たちの叫びが飛ぶ中、彼は黙々と縄を切り続ける。
指先に汗が滲み、心臓の鼓動が耳にまで響いていた。
そしてついに――少女の身体を縛り上げていた、黒縄は乾いた音を立て裂け落ちる。
しかし少女は、すぐには反応を示さなかった。
悠真が顔を覗き込もうとした刹那──
「……どけ」
即座に猿ぐつわを外し、凛とした声が闇を裂いた。
次の瞬間、少女は地面を蹴り上げ跳ね起きる。
銀に近い淡い灰色の長髪が、戦場の空気を切り裂くように靡く。
血に濡れた雪白の肌は青ざめているが、冷淡な青灰色の瞳には、灼けつくような怒気が宿っていた。
猫耳が逆立ち、尻尾が激しく揺れている。
彼女は地面に転がる銃剣付きの長銃を、それを迷いなく掴み、軽々と持ち上げた。
「……許さん。絶対に、許さん」
その声は低く、静かである。
怒鳴りもしない。叫びもしない。
ただ、その一言が持つ温度の低さが、かえって凄みを帯びていた。
刹那、彼女は言葉もなく走り出す。
「おい、待てっ──!」
悠真が制止するより早く、彼女の身体はアンデッドの群れへと飛び込んでゆく。
「デッドアイ・シュート──」
低く、静かな詠唱だった。
その瞬間、彼女の長銃の弾倉に、七発の魔弾が自動で装填される。
青白い光が、それぞれの弾に宿り、銃身がわずかに震えた。
少女は表情一つ変えず、最初の一体に照準を合わせる。
引き金を引く。
魔弾は一直線に奔り、骸骨兵の眼窩を正確に貫いた。
着弾と同時に青白い閃光が爆ぜ、躯が塵となり崩れ落ちる。
二発目。
腐敗した騎士の胸甲の継ぎ目──僅か一センチにも満たない隙間を魔弾が迷いなく射抜いた。
三発目。四発目。五発目。
照準を合わせ、引き金を引く。
それだけだった。感情もなく、迷いもなく、ただ精密な機械のように急所だけを刈り取る。
魔弾は持ち主の意図した箇所を絶対に外さない。
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