第4話 少女は縛られてアンデッドたちの贄
「ん……美味しいね、これ。悠真くん、意外と選ぶセンスはあるんだ」
そう言いながらシャルルは、隣に座っていたホウキに身を寄せる。
「ねえ、ホウキちゃん。はい、あ~ん」
「な……っ! し、シャルル、それは……!」
顔を赤くしてホウキが、そっぽを向く。
切れ長の黒い瞳が泳ぎ、珍しく動揺が表に出ていた。
「じゃあ、悠真くんが代わりに食べてよ~」
「……は?」
気づけばシャルルの身体が、今度は悠真に寄り添う。
長く細い耳が悠真の頬の近くで揺れ、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
「……配信の演出ってことでさ!」
まるで視聴者が求めているものを、理解しているような口振りで、彼女は小さく笑みを零す。
そして諦めたように悠真が口を開けると、シャルルは得意げにサンドイッチを押し込む。
「ん、甘すぎる……。やっぱ、ほぼお菓子だな、これ」
「おかわり、してもいいよ?」
「いや、結構だ」
彼女の上目遣いでの申し出を軽く断ると、彼は口内が一瞬にして甘味に蹂躙された事で、水筒を鞄から取り出して水を一気に飲み干した。
『この空間に混ぜてほしい』
『ホウキさんの動揺が尊い』
『シャルルの耳がずるい』
配信のコメント欄が弾けるように流れる中、三人の昼食は終わりを迎える。
その後、悠真たちは装備を再確認し、階層最深部への進行を再開した。
それから──暫しの時が流れダンジョン六十階層。
その階層に足を踏み入れた瞬間、三人の足は同時に止まる。
視界の先、そこは不自然なほど広い空間。
崩れかけた神殿のような遺跡に似た構造。
天井は高く、石柱が何本も立ち並び、空間の中央には黒い霧が渦巻いていた。
そして霧の中から、呻き声と共に姿を現したのは──
骸骨兵、腐敗した騎士、内臓のはみ出た少女型ゾンビ。
肉が爛れ、白目を剥き、奇怪な叫びを上げるそれらが、四方八方から這い出してくる。
「……数が、おかしい」
外套を翻しながら悠真が呟いた。
その数、百ではきかない。
奥の霧の中では更に多くの影が蠢いている。
「悠真様……これは、普通の群れではございませぬ。何かが、この階層で起きております……!」
ホウキの表情に緊張が走る。
太刀の柄を握る手に、じわりと力が込められた。
「うん……僕も、嫌な気配がする」
翠色の瞳が細まり、シャルルも長杖を両手で構え直す。
おっとりとした口調からは、静かな緊張が滲み出ていた。
「……来るぞ」
デッキケースに手を伸ばしながら、悠真は低く呟いた。
「配信は、どうする?」
彼の隣でシャルルが問う。
短く息を吐き、悠真は目を細めた。
「ここから先は……多分だが映すべきじゃない。俺の勘が……そう告げている」
そう言うと彼は、マギスフィア・ミニへの魔力供給を断ち、配信を強制的に終了させる。
「こりゃ……異常だな」
デッキケースに触れたまま、悠真は呟いた。
その濃い茶色の瞳は冷静で、戦況を分析し続けている。
「高い位置を取る。状況把握のためだ。シャルル、ホウキ、俺に続け」
冷徹な声で悠真は指示を飛ばした。
「了解だよ、悠真くん。背中は任せて」
軽やかに返して、シャルルが続く。
翠色の瞳が周囲の魔物を素早く捉え、蔓状の魔法を足元に這わせて、アンデッドの動きを封じながら前進した。
「御意。前方、参ります」
ホウキが低く応じ、太刀を抜き放つ。
黒いポニーテールを風になびかせ、踏み込みと同時に骸骨兵の胴を一閃した。
アンデッドの群れを斬り裂き、燃やし、絡め取りながら三人は崩れかけた石段を駆け上がる。
階段の先には、かろうじて崩落を免れた石の展望台があった。
そこに踏み込んだ瞬間──
「……な、なんだ、あれは……」
ホウキが声を失う。
「うん……」
シャルルも珍しく言葉を続けなかった。
翠色の瞳が細まり、長く細い耳が前方へと向く。
目を細めたまま、悠真も黙していた。
視線の先──六十階層の奥、闇の中に浮かび上がる、異様な光景がそこにある。
崩れかけた祭壇のような台座の上。
そこには一人の少女が、まるで見世物のように放置されていた。
雪のように白い肌に張りつくのは、黒と濃紺を基調とした帝国軍の制式制服。
上半身は身体に密着する機能重視の作りで、腰回りには弾倉や装備が収められている。
だが今は、その制服が無残に乱されていた。
胸元のボタンが第三まで外れ、細い鎖骨や純白の下着や柔らかな谷間が露わである。
全身が太い縄で亀甲状に縛られ、その結び目は白い肌に食い込み、赤く染めていた。
猿ぐつわが口に噛まされ、吐息が漏れる事すら禁じ、涎が僅かに垂れている。
頭頂部寄りに位置する小ぶりでシャープな猫耳が、警戒するように僅かに立つ。
銀に近い淡い灰色の髪長は、乱れて汗に濡れていた。
長くしなやかな尻尾は力なく垂れ下がり、ほとんど動かない。
彼女の両目は完全に、悠真へと向けられていた。
冷淡な青灰色の瞳。
暗がりの中で、その瞳がわずかに光を反射し、猫獣人特有の夜目の鋭さを物語る。
羞恥も怒りもない。
まるで、己の状況すら冷静に分析しているかのように。
身長は百六十ほどで外見年齢は十七ぐらいだが、纏う雰囲気には戦場を知る者の冷徹さが漂う。
そして悠真は迷わず、デッキケースを解放させた。
「簡易領域能力――クイック・デュエル・フィールド!」
足元に魔法陣が展開され、淡い青白い光が円形に広がっていく。
デッキケースが輝き、一枚のカードが空中へと浮かび上がる。
そのカードを引き抜き、悠真は高く翳す。
「装具魔術──月光の刃、発動」
魔法陣の光が収束し、悠真の右手に一振りの剣が実体化した。
刀身が青白い光を帯びて輝き、握り締めた瞬間に重みが手に伝わる。
「まるで……生き餌だな。しかも、意図的な」
悠真が言葉を絞り出す。
それは誰かが意図して設置した"誘引装置"──極めて卑劣な罠。
性的羞恥を煽る格好に、縛り上げた少女を放置する事で、強者を誘き寄せ、殺す。
否、助けようとする者すら、罠にかけるために──
「聞くまでもないと思いますが一応……救出、しますか」
静かにホウキが問う。
太刀の切っ先を下げたまま、切れ長の黒い瞳が悠真を捉えた。
「ああ、するに決まってんだろ」
悠真は短く答え、剣を構え直した。
「うん、行こう!」
静かにシャルルが頷いた。
翠色の瞳から、おっとりとした色が消えている。
長杖を両手で構え直し、足元に細い蔓が這い出し始めた。
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