第3話 面白れぇ女
「女子から無条件で嫌われるタイプの俺だが……未だかつて会ったことのないタイプだな。……へっ、おもしれぇ女」
悠真は鼻で笑い、肩を竦めながら呟いた。
その言葉には決して侮蔑や嘲りはない。むしろ敬意に近いものがある。
「……ああいう気が強いタイプの女は大抵、お尻が弱点だぜ。ああ、間違いない。古事記にも書いてある筈だ」
その一言は、まるで長年の知見を語る老獪な学者のように、妙に堂々としていた。
だが、それを言い放った直後――――
「…………はあッ!?」
静まり返ったダンジョンの空気に、シャルルの声が突き刺さる。
翠色の瞳が限界まで見開かれ、長く細い耳がぴんと逆立つ。
中性的な美貌に、あからさまな困惑と呆れの色が浮かんでいた。
「……悠真くん。今、なんて言ったの? もう一回言ってみて?」
彼女の声は恐ろしく静かなものだった。それだけに、余計に怖い。
「……私も、しかと聞き届けてしまいましたな」
こめかみを押さえながら、ホウキが目を伏せ低く呟いた。
切れ長の黒い瞳が、横目で悠真を捉えている。
「悠真様……それはいけない。いくら何でも、それはいけません」
ホウキの視線には明確な呆れと、武人としての矜持を傷つけられたような苛立ちが混じっていた。
「悠真くんってさ……」
シャルルが一歩、悠真へと歩み寄る。
髪がふわりと揺れ、翠色の瞳が真っ直ぐに悠真を見上げた。
「そういうこと真顔で言って、何も感じないの? 僕、割と引いてるんだけど」
おっとりとした口調のまま、しかし言葉の端に確かな棘がある。
「……そこまで言うか」
さすがの悠真も、一歩だけ後退った。
「引くというより……武人として、その発言は正々堂々とは程遠い。猛省を求めますぞ、悠真様」
腕を組みホウキは、真剣な顔で言い放つ。
すると形容し難い沈黙が周囲に流れ込む。
「……ふっ、まさに"くっころ"が似合う女ってか」
そんな中、悠真は唐突に訝しい表情を晒すと、悠然とした口調で呟いた。
口元に軽く笑みを浮かべながら呟いた一言が、同行していた二人の神経を逆撫でしたのは言うまでもない。
「悠真くん。僕ね、さっきから思ってたんだけど――」
「……なにも言うな」
「悠真くんって、割と終わってると思うよ? 穏やかに、でも真剣に」
シャルルの声が、先ほどより更に低くなる。
翠色の瞳が半眼になり、長く細い耳がぺたんと後ろへ伏せられた。
おっとりとした口調のままなのが、逆に凄みを増している。
「……悠真様」
ホウキが深く息を吐き、太刀の柄から手を離しながら振り返る。
切れ長の黒い瞳が静かに、しかし確かな圧をもって悠真を捉えた。
「それはいけない。武人として、人として──それはいけません」
語尾に『!』をつけるでもなく、ただ静かに彼女はそう言い放つ。
それだけに、重かった。二人とも容赦がない。
「……冗談だよ、冗談。お前ら本当に冗談が通じねぇな」
悠真は笑う事で誤魔化しながら肩を竦めてみせたが、二人の冷ややかな視線は一向に緩もうとしない。
その余りの気まずさに悠真は前髪を掻き上げ、踵を返して来た道を引き返し始めた。
それは偏に今日の攻略は、ここまでとしたからである。
これ以上の深入りは、体力も精神も削られた今ではリスクが高い。
ならば明日改めて、準備を整えて挑めばいいとして。
「ほら、お前らも行くぞ。安息地に戻って、スパチャ換金して、飯食って風呂入って寝る」
悠真の号令に二人は、やれやれといった様子でついてくる。
「……まったく、軟弱な発言が多い御仁にございます」
小さくホウキが呟くが、その口元は僅かに緩んでいた。
「悠真くんって、本当に変な人だよね」
ぽつりとシャルルが言う。
それは呆れているのか、馬鹿にしているのか、判別のつかない声色。
長く細い耳が、ゆっくりと元の位置へと戻っていく。
そして悠真は懐から帰還用の魔導石を取り出した。
青く発光する石に魔力を流し込むと、足元に緩やかな魔法陣が広がり始める。
鈍く輝く紋様が地面に浮かび上がり、音もなく輝度を増していく。
魔法陣の光が次第に強くなり、辺りを包む輝きが三人の足元を照らし出す。
転移の光が膨らむ中、ふと悠真は振り返った。
アイリス・シルヴェスターが消えていった、暗がりの奥。
金色の狐耳と、蒼い瞳と、拒絶の言葉。
(ふっ……面白い女だったぜ)
もう一度だけ、心の中で呟いた。
次の瞬間、三人の身体が浮き上がり、光と共にダンジョンから消える。
後に残るのは、青白い魔法陣の残滓と、細切れ肉状態のゴブリンの残骸だけ。
こうして、五十階層での冒険は静かに幕を閉じた。
――そして翌日、とある宿屋の三階の角部屋。
そこは悠真が想像していたよりも、ずっと豪奢な空間だ。
白い大理石の柱に囲まれた広々とした室内には、真鍮の燭台が整然と並び、窓辺には半透明のレースカーテンが揺れている。
床は赤褐色の天然木で、中心には幻想花の文様が織り込まれた絨毯が敷かれていた。
深紅のベルベット地に銀の刺繍が施された上掛けは、触れるだけで上質さが伝わる。
悠真は、その上掛けを静かに跳ね除け、ベッドから身を起こした。
女神フォルトゥナから渡された漆黒の外套と軽装を身に纏い、乱れた茶髪を一度だけ手で払う。
ベッド脇の卓に置かれた水晶のボタンを押すと、ほどなくしてノックの音と共にルームサービスが運ばれてきた。
朝食は三層の銀盆に丁寧に盛られている。
炙った蜂蜜パン、葡萄と林檎の果実盛り、白亜の陶器に注がれた乳のスープ、そして肉厚のベーコンステーキ。
香ばしい香りが部屋を満たし、悠真は黙々とそれを味わう。
「はぁ……昨日は、色々あったな」
食事をしながら、ふと思い返す。
だが早々に食事を終え身支度を済ませると、悠真は外套を肩に羽織って宿屋を出た。
街の広場で仲間たちと合流しなければならない。
「遅うございますぞ、悠真様」
東の国風の軽装和装を着込み、すでにホウキは背筋を伸ばして立っていた。
黒いポニーテールが静かに靡き、切れ長の黒い瞳が悠真を一瞥する。
「五分も遅れてねぇよ」
肩を竦めながら悠真は返す。
「おはよ、悠真くん、ホウキちゃん。今日も頑張ろうね」
シャルルは欠伸を一つしながら、長く細い耳を眠たそうに揺らしていた。
淡い金色に近い銀髪が、朝の光を受けてふわりと輝いている。
「ああ、そうだな」
配信機材の確認をしながら、悠真は静かに言い放つ。
「……よし、今日も──始めるか!」
そう言うと彼は、マギスフィア・ミニへ魔力を流し込み、ダンジョン配信を開始する。
そして深部へと続く石段を下り、三人はダンジョンを攻略する為に、闇の領域へと足を踏み入れてゆく。
――数時間後、彼らは五十七階層を抜け、五十八階層を制圧していた。
各階層ごとに異なる景観を持つこのダンジョンは、まるで異世界のスライスを並べた博物館のようである。
そして現在、五十九階層。
壁には緑苔が生え、空気は湿り気を帯びていた。
天井の結晶灯が青白く輝き、足元に小さな水たまりが散らばる。
悠真の視界の端では時折、透明なスライムが音もなく這い進むのが見えた。
「そろそろ腹が減ってきたな」
悠真が肩を回しながら呟く。
「じゃあ、ここで一休みして食事にしようよ」
おっとりとした口調で、シャルルが提案した。
翠色の瞳が周囲を確認し、安全と見るや長杖を岩壁に立て掛ける。
「賛成にございます。体力を補うは武人の嗜みにて」
静かな声色で、ホウキも同意した。
そして悠真が事前に、街で買い込んでおいたサンドイッチを各自に配り、優雅な食事の時間が始まる。
ハム、チーズ、甘い果実のジャム。
それらが挟まれたサンドイッチは、意外にも二人から高評価を得た。
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