第10話 パーティーの連携
「……だいぶ連携も取れるようになってきたな」
独り言のように呟いた悠真の声は、疲労の混じる淡々とした低音。
すぐ隣では、淡い金色に近い銀髪を持つエルフ――シャルルが、まるで悪戯を思いついた子猫のような笑みを浮かべている。
そして二人に慣れてきたシャルルが、とある悪戯を仕掛けた。
まるで猫が虫を弄ぶような手つきで、隣に座るホウキの太腿に、そっと手を滑らせる。
「ねえ、ホウキぃ……。戦いのあとの身体って、どうしてこんなに熱いんだろうねぇ?」
耳元に囁くような、囁きというには、あまりに湿った声。
すでに何度目かになる接触に、ホウキは目を伏せて顔を真っ赤に染めている。
「し、シャルル……っ! い、いまは配信中だぞ……っ!」
切れ長の黒い瞳は、あからさまに動揺し、震えていた。
「え? だって見せてるんでしょ? 勇敢な戦巫女の振る舞いってやつを。だから、僕の愛情表現も、みんなに見せてあげないと……ふふっ」
そう言うとシャルルは、過剰なボディタッチを続ける。
その手は太腿から腰へ、さらに背中に回り込もうとしていた。
ホウキの肩が一瞬震え、しかし彼女はシャルルの手を払おうとはしない。
そんな光景を見ながら悠真は内心では呆れながらも、その何とも言えない妖艶なものから目を逸らすことはしなかった。
「おいおい、美女からのアプローチなんて最高じゃないか。これは素晴らしく配信映えするぞ」
悠真の独り言のような呟きが漏れる。しかし、シャルルの矛先は直ぐに彼へと向かう。
「んふふ……じゃあ、次は悠真さん?」
そう言うと彼女は、静かな足取りで歩み寄り、悠真へと自身の顔を近づけた。
翠色の瞳が悪戯っぽく細められ、その吐息が彼の耳たぶに柔らかく当たる。
「悠真さん……配信者として頑張ってるんだから、ご褒美……ちょっとだけ、欲しくない?」
そう囁きながら、シャルルの指先が彼の胸元に触れた。吐息の熱に思わず悠真は眉を顰める。
「いや、お前……はぁ……なるほどな。お前さ、四十階層で襲われてたろ? あれ……もしかして、自業自得なんじゃないのか。そんな風に、誘ってるみたいな態度してりゃぁ……」
ゆっくりと彼女の顔から視線を外し、悠真は正面を見据えたまま呟いた。
その言葉は重く、乾いた音で空気を叩く。
直後、シャルルの瞳が、明確に変わる。
今までの挑発的な笑みが霧散し、瞬間、凍てつくような真剣な色が宿った。
「――違います。あの時、僕は“笑って”なんかいなかった。ただ怖くて、震えて、それでも死にたくなかった。だから、抗った。……それだけ」
それは低く、鋭く。冗談の欠片もない声。
そして沈黙が場を支配した。
天井から一滴、冷水が岩の隙間から垂れ落ちる。その音が、耳に痛いほど響く。
「……そうかよ」
息を吐くように悠真は吐き捨てた。
そして、そのまま沈黙に戻る。
頭上の魔石灯は淡い蒼光を一定の周期で瞬かせ、まるで視覚を惑わすかのような作用を与える。
今の空間は、無機質な静寂に包まれていた。だが、その静寂を破るのは、やはり彼女である。
「ふん、もういいよ。悠真って、ほんと頭が固い人だね? 女の子の柔らかさ、全然わかってないんだから。つまんない人」
淡い金色に近い銀髪を揺らしながら、シャルルが顔をそむけた。
形の良い唇には、ふてくされたような色が滲んでいる。
「誰が、お前の柔らかさなんか知りたがるか。てか、お前の言動の方がつまんねぇんだよ。子供みたいに触ってきて何が面白いんだ」
彼女の態度に悠真は、こめかみに手を当てたまま、静かに溜息を吐いた。
「子供扱いするんじゃない! 僕は貴方より年上なんだからね! それに、あれはコミュニケーション。わかる? 戦場での、スキンシップ!」
「いや、あれはただの公開セクハラだろ」
「うるさいね! じゃあ今度は悠真くんの腰に、手ぇ回してあげようか?」
「普通に辞めてくれ。俺の硬派な印象が崩れかねん」
魔物の断末魔すらが似合いそうな暗がりの中、二人の会話だけが異様な熱を帯びている。
すでに数分間続いている漫才じみたやり取りは、配信に接続している視聴者のチャット欄にも乱反射していた。
『なんか始まった』
『これが四十三階層ボーナスシーンか?』
『ホウキさん逃げて!』
『シャルルやばい女か。好き』
そんな中、ただ一人。
腰に太刀を差した武人、ホウキだけが疲れたような溜息をつきながら、二人を見つめている。
切れ長の黒い瞳が、悠真とシャルルを交互に捉えていた。
「はあ……もう。お二人とも、配信中であることをお忘れか?」
溜息混じりに言いながらホウキは、悠真の肩に手を置き、続けてシャルルの目の前に立ちはだかる。
「せっかく連携も良くなってきたというのに、かようなところで視聴者の評価を下げるは、配信者として恥ずべき行いかと存じます。両名とも、少し頭を冷やしてはいかがか」
その声には、普段の凛々しさとは異なる、微かな落ち着いた響きがあった。
声を荒げることも、命令することもなく、ただ状況を沈静化させようとする静かな芯の強さ。
まるで濁った水面に一滴、清水を落としたかのように空気が静まり返った。
悠真は僅かに口を開きかけたが、言葉を飲み込み鼻を鳴らす。
「……ったく、一度落ちた配信の評価を戻すのは難しいんだよな。クソ……了解だ、一旦引く」
「ふん、僕も別に……ずっと言い争いたいわけじゃないし。そっちが引くなら、僕も考えるよ」
互いに目を合わせることはなかった。
謝罪の言葉もない。それでも、争いの火種はかろうじて踏み消された。
『ホウキさん有能!』
『空気読める武人枠だわ』
視聴者たちのコメントが滑稽なほど空騒ぎしている中、悠真は意識を切り替えるように、淡々とした口調で次の指示を出す。
「次の部屋は、通路右手奥の広間。熱反応は二体、分類は甲殻種。火属性は無効だが、打撃に弱い。ホウキ、正面から斬り込め。シャルル、援護で絡め取れ」
「承知いたした。正々堂々、打ち勝って見せましょう」
「了解だよ。任せて、悠真くん」
「俺は後方。視認しつつ、臨機対応。敵の挙動次第だ」
こうして戦術的な会話が再び回り始め、パーティーは静かに次の扉を開いた。
魔石灯の下、金属が擦れる音と、規則正しい足音だけが、やがて闇に消えてゆく。
――そしてその日、激戦と口喧嘩の果てに一行は、安息地へと帰還することとなった。
時刻は既に夜。
宿屋に荷物を預けた三人は、街の片隅にある小さな食堂――マルツ亭を訪れていた。
木製の扉は古びており、開閉のたびに金属の鈴が乾いた音を立てる。
店内は簡素ながら清潔感があり、オーク材の床板は長年の使用により滑らかな艶を放っていた。
壁に設えられたランタンの光が、暖色の灯火を空間に投げかけている。
「安いのは良いね。あっ、今日の定食は四ツ目牛のソテーらしいよ。そのまま素材を出してくる店とは違うから、安心していいと思う」
シャルルがメニューを確認しながら言う。
「……肉か。まあ、戦いの後は滋養が肝要。文句は言うまい」
するとホウキは、やや眉を顰めた。
「ねぇねぇ、悠真くん? お酒飲んでもいいかな~? 一杯だけでも!」
「駄目だ。酒は明日のダンジョン攻略に響く。今日はお預けだ」
「……えー! 飲みたい飲みたい! お酒飲みたいよ~!」
「うるせえな、駄目なものは駄目だ。それに疲れてんだよ、飯時ぐらいゆっくりしようぜ」
言葉の応酬に、うっすら笑みを交えながら、悠真がグラスの水を一口飲む。
その姿を見たシャルルも、無言で水を口に含んだ。
たったそれだけの仕草で、空気が一変した。
「……まあ、今日の悠真くんの指示は悪くなかったよ。認めてあげる」
「お前の援護も、多少は役に立ってたな」
「……私は、お二人とともに戦えたこと、武人として誇りに思います」
ホウキの一言が、静かに場に落ちた。
それは和解というには程遠い、ぎこちない夜の会話。
だが、その一言一言が、今日という一日の重さを静かに肯定していた。
窓の外では、提灯の灯りが、静かに瞬いている。
こうして、一行の一日は静かに終わりを告げのであった。
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