第9話 そして、新たな仲間を!
「視線が下心に染まりすぎだ。状況を考えよ。破廉恥め」
ホウキは吐き捨てるように言い放ち、肩を竦めてそっぽを向く。
地に蹲った悠真は、うずくまったまま、地面に額をこすりつけながら、内臓に響く鈍痛に悶えた。
何度目かの呼吸で、ようやく肺が膨らみ、浅い呼気が漏れる。
それでも吐き気は止まず、涎が口元から垂れそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。
「あ、あの悠真さん! 突然ですが、お願いがあります! 僕を──貴方のパーティーに入れていただけませんか?」
シャルルの声音は凛としている。
悠真が顔を上げると、彼女はまっすぐ、こちらを見据えていた。
その眼差しには恐れも羞恥もなく、ただ真摯な願いだけが宿る。
「……この階層を、一人で歩くのは危険すぎます。先程の件で痛感しました」
シャルルの指先が震えていた。だが、それでも言葉を止めることはない。
「本当は……男の人は、まだ怖いです。見るのも、話すのも……でも、悠真さんは……女性と一緒に行動していた。ホウキさんも、真面目で信頼できる方です。……だから、貴方たちなら、安心できます。どうか──私を、置いて行かないでください」
彼女は深く、深く頭を下げる。
そしてシャルルの頼み事を聞いた悠真は、腹部の痛みから復帰して立ち上がると徐に腕を組んだまま、その申し出に対して沈黙を貫いていた。
(ふむ……美少女、か)
彼は表情を変えずに、その語を思考の底で反芻する。
この異世界で生き延びるためには、冷静な判断が何よりも優先されるのだ。
情に流されたところで誰も得はしない。
だが、それを踏まえた上で考えても──シャルルの加入には多くの利点がある。
まず第一に、人員が増えることそのものが、純粋な戦力の底上げに繋がるのだ。
特にこの第四十階層以降は、魔物の数が一気に増え、連戦になることも珍しくない。
盾役、補助役、火力支援──役割分担を的確に行える人員が多ければ多いほど、戦術の幅が拡がる。
──それに。
(美少女が映れば、視聴者数は確実に増える)
悠真は内心で頷いた。配信者としての勘が、確信を持って告げている。
視聴者は日々、過酷な戦場を行く冒険者たちに熱狂し、あるいは脱落や裏切りの瞬間に歓喜し、あるいは涙するのだ。
だが、その中で最も重要なのが”画面映え”──視覚的な引力である。
(むさ苦しい男の背中より、泣きながらも前に進む美少女の方が、百倍いい)
これはただの願望ではない。数値で実証されている現実である。
過去のアーカイブ、再生回数、コメント傾向。
全てが、”若くて綺麗な女”が配信に映った時、視聴者数が爆発的に増えることを物語っていた。
それは悠真が底辺配信者時代にも経験しており、なによりも一軍の男子と女子が、それだからである。
(まあ……古事記にも書いてあることだ)
彼は心中で呟いた。当然、そんなことは書いていない。
だが、もはやそれは格言と呼ぶべき真理であると悠真は信じていた。
なればこそ──ここで彼女を迎え入れない理由が、果たしてあるだろうか。
確かに、性被害を受けたばかりの彼女に対し、戦場に立たせることは酷に思えるかもしれない。
しかし彼女自身がそれを望み、這い上がろうとしている以上、こちらが憐れむことは侮辱だ。
踏み出そうとする意志を受け入れることこそが、冒険者として──何より、人間としての礼儀であると悠真は考える。
そして、ついに沈黙を破り、ゆっくりと悠真は歩み寄った。
地面に僅かな靴音が響く。
シャルルは顔を上げない。
まるで拒絶を恐れるように、ぴたりと動かず、頭を下げたまま停止していた。
「……大歓迎だ、シャルル」
彼女の目の前まで来たところで、彼は静かに声を発する。
その瞬間、空気が微かに震えた。
シャルルが顔を上げる。翠色に潤んだ瞳が揺れていた。
その瞳に映る悠真は、どこか無表情で、それでいて、確かに彼女を見ている。
そして――新たな仲間が増えてからダンジョン配信を再開すると、すでに三時間が経過していた。
悠真たちの現在地は、第四十三層に広がる黒曜石の谷間。
谷底に相当するルートは、滑らかに削られた黒色の岩盤と、淡い青白さを放つ発光苔に覆われている。
頭上には天井石の裂け目が走っており、そこから漏れる魔光が、ほんの僅かに谷の奥を照らしていた。
空気はひんやりとしており、常に水気を含んで肌へまとわりつくような感触がある。
現在の気温は地表基準でおよそ十一度、湿度は八十五パーセントを超えており、長時間滞在するには精神的な疲労が避けられない。
時折、谷間の狭間を突風のような魔風が吹き抜け、配信用の音声にも重く湿った風音が記録されていた。
──その中で悠真たちは、沈黙を保ちつつも着実に前進している。
「悠真様、左から──下!」
「ああ、見えてる」
ホウキの鋭い声に即応する形で、悠真はデッキケースへと手を伸ばす。
「簡易領域能力――クイック・デュエル・フィールド!」
その瞬間、デッキケースが淡く輝き、一枚のカードが指先へと滑り込む。
それを迷いなく彼は前方へと翳した。
「即時魔術カード、炎塊・フェルマータを発動!」
魔方陣が足元に展開され、赤と黒の炎が螺旋を描きながら、視界左下から跳びかかってきた”イータクロ─”鎌足を持つ虫型魔獣──を中空で呑み込む。
断末魔の代わりに、ただ焼ける音だけが短く響いた。
魔法陣の残光が夜のように、暗い谷間に一瞬だけ明かりを灯し、赤黒い炎が地表に染みを残す。
それは、まるで儀式の終焉を告げる焚火のようであり、視聴者のコメントも一斉に流れた。
『おおお! ナイスカウンター!』
『この連携好き』
『シャルル脚キレイ』
『ホウキの反応エグすぎて草』
悠真は無言で息を吐きながら、背後を振り返る。
その視線の先では、シャルルが舞うような足さばきで、魔獣を牽制していた。
長杖を両手で振るい、その動作一つひとつが風を切る音を伴う。
今の彼女の装いは、かつての裂けた姿とは打って変わっている。
──クリーム色の軽鎧、胸元は高めのラインで閉じられており、袖と裾には薄い金糸が刺繍されていた。
丈の短いスカートの下からは太ももが見え隠れしていたが、そこも厚手の布とレザーの継ぎ目が丁寧に仕立てられており、露出しすぎることなく上品に整えられている。
配信を始める前、ホウキが手早く彼女の装備を縫い直したのだ。
シャルルは今、その"再構築された姿"で、堂々と画面に映っている。
淡い金色に近い銀髪のポニーテールが魔風に揺れ、その度に視聴者コメントは弾けたように流れていく。
『シャルル美しすぎ』
『この角度、神』
『エルフの横顔、最高すぎん?』
『嫁にしたい』
視界の端に映るコメントを横目で確認しつつ、悠真は淡々と次のカードを引き出す。
「六時方向、奇襲にございます──! シャルル、避けよ!」
ホウキの号令が響く。
「っ……!」
反応が一瞬遅れた。
だがシャルルの動きに迷いはない。
地を蹴る音、咄嗟の反転、そして悠真の背後に回るまでの動き──その全てが一連の流れのように滑らかだった。
背後から突進してきた魔獣の触角が、シャルルの外套の端を僅かに裂く。
だがホウキが縫い直した布地は見事に織り込まれており、大きな損傷には至らなかった。
すかさず悠真は、デッキからカードを一枚を抜き取り、高く掲げる。
「計略カード──重撃の剣帯、発動!」
宙に展開された魔法陣から、不可視の斬撃が迸った。
空間を切り裂く刃が魔獣の胴を断ち、鈍い断裂音が周囲に響く。
血飛沫――腸のような臓物が岩盤の上に粘りつき、強烈な腐臭を放つ。
嗅覚と視覚を直撃する"現実"。コメント欄も一時ざわめくほどの凄惨な現場。
――しかし悠真たちは魔物たちからの襲撃を軽く凌ぐと、小休憩を挟んだ後に再び歩みを進めた。
そして今現在、三人は配信を継続しながらダンジョン内、第四十三階層の最奥を歩いている。
黒曜石の谷間の終端に位置する空間は、薄暗い蒼の光を放つ天井の魔石灯と、湿った岩壁に根を張る苔類が繁殖し、時折揺れる光が地に落ちて影を踊らせていた。
空気は若干ひんやりとしており、探索を続けて火照った肌には程よい清涼感をもたらしている。
だが足元には、無数の魔物の残骸。
すでに腐敗が始まっているもの、まだ体温を持つもの――それらが雑然と転がっていた。
血の臭いが徐々に薄れつつあるが、代わりに鉄錆と湿気が混ざったような異臭が周囲を支配している。
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