第8話 エッチな下着
「こ、これは……」
悠真の思考は、しばし停止する。
意図的ではない。
単に視線が、その華奢な身体と、露わになった肌を自然と追ってしまったのだ。
緊張の中で火照った顔、その震える吐息――そして何より、本人が茫然自失としてその姿に気付いていないという事実が、背徳感をさらに煽る。
「……さすがに、エッチすぎる……いや、それ以上に……」
彼の視線が胸元から下へと滑り、脇腹、くびれた腰、そして艶めかしく震える太腿へと流れていく。
その肌には、うっすらと汗が滲み、淡い光を反射して儚く輝いていた。
裂けたローブの隙間から覗く白い肌、太腿の内側の柔らかな肉、そして股間を覆う薄い布地――無意識に喉が鳴った。その瞬間。
「……はぁ」
聞こえたのは、心底呆れたような深い溜め息。
「見過ぎだ、馬鹿者が」
石が砕けるような鈍い音がした。次の瞬間、悠真の腹部に強烈な衝撃が走る。
「……が、ぶ、はっ……!」
ホウキの鞘の頭が、見事な正確さで悠真の鳩尾に突き刺さる。
呼吸が止まり、肺が空気を求めて痙攣した。
視界が一瞬歪み、膝が崩れ落ちる。
地面に手をつき、唇から唸りとも吐息ともつかない音が漏れた。
「ぐ……が……っ……おぼ……っ……!」
喉の奥から突き上げる吐き気。
まともに呼吸すらできず、悠真は地面に蹲ったまま、その場で七転八倒する。
魔物との戦闘で傷一つ負わなかった自負も、その一撃で崩れ去った。
痛みで思考が吹き飛び、ただ呻き声だけが口から零れ続ける。
「……シャルルとやら。まず服を整えろ。視線が色々と迷惑だからな」
ホウキは何事もなかったかのように、シャルルの方へ向き直った。
その声に、ようやく彼女は自身の姿に気づく。
「……えっ……え、きゃああっ!? ……な、な、なんで僕、こんなっ……!」
シャルルは反射的に両腕で胸元を隠し、次いでスカートの裂けた部分を押さえた。
紅潮した顔は今や耳まで真っ赤になっており、目尻には涙すら浮かんでいる。
「し、失礼しましたっ……! い、いま、すぐに……!」
慌てて袖を引き、襟元を留め直し、腰布の結び目を締め直す。
乱れた銀髪を直す余裕もなく、ただ羞恥に耐えるように俯きながら、可能な限り身体を覆い隠していく。
「……失礼いたしました。ええと、それでは……改めて、お話しさせていただきます」
ようやく、それが一段落すると、彼女は小さく咳払いを一つ。
息を整え、深く息を吐いてから、少しだけ視線を上げた。
依然として悠真は、まだ鳩尾を押さえたまま、うめくように息を吐いている。
地を転がり、石板の冷たさを背に感じながら、ようやく視界に明瞭さが戻り始めた。
そしてシャルルは地面に腰を下ろし、深い吐息と共に己の話を語り出す。
「……その……僕、ダンジョンに入る前、ギルドでパーティーの募集をかけたんです。できれば、可愛い系の子とか、綺麗な女性たちと組めたらいいな、なんて……思ってたんですけど。でも、誰もいなくて……結局、声をかけてきたのが、さっきの男たちで……」
言葉を選ぶようにして慎重に、だが時折感情が滲む声色で続ける。
「最初は……それなりにちゃんと連携していて、パーティーの雰囲気も悪くなかったんです。でも……この階層に着いた途端、あの人たち、豹変して……。身を守る暇もないくらい、押さえつけられて……服を裂かれて……っ」
シャルルの声が震えた。手の甲で唇を隠しながら、肩を小さく震わせている。
全てを語るのは躊躇われたのだろう。だが、その断片だけでも十分すぎるほどの凄惨さが伝わる。
悠真は黙して、それを聞いていた。
足元では乾いた魔素の流れが、微かな風のような音を立てて流れていたが、それも今は沈黙の重さを一層際立たせる演出にしかならない。そして数秒後。
「──許せぬ」
低く、地を這うような声が漏れた。
隣で黙っていたホウキが、地を足で踏み鳴らすようにして立ち上がる。
彼女の全身から殺気が滲み出た。
握った拳の関節が軋む音が聞こえたかと思えば──次の瞬間、乾いた音を立てて指の骨を一本一本、規則正しく鳴らし始める。
「……なあ、悠真様。今から追いかけても遅くはあるまい。あの外道どもを一人残らず探し出して──男の証を切り落とし、奴らの口にでも詰めてくれる。どうだ?」
その目は限りなく本気だ。
血走った双眸が、ダンジョンの闇に鋭く光る。
シャルルが一瞬、びくりと肩を震わせる。
それを聞いて悠真は、口元を引き攣らせた。
「いや……待て、ホウキ。それは……いや、まあ気持ちは分かるが……」
そう言いながら彼は右手で、そっと自分の下半身を押さえる。
……ちり、と熱をもったような痛覚が走った。
ホウキの言葉を聞いた瞬間、そこに電流でも流されたかのような恐怖が走ったのである。
──男の証を、切り落とす。
それは想像しただけで、自然と下半身が縮み上がる。
まるで己の大事な器官が、退避命令を出したかのように、陰部の筋肉が反射的に締まった。
自分に向けられた言葉ではない。だが、それでも本能が叫んでいた。
(……ダメだ……それは……男として一番怖いやつだ……)
冷や汗が背筋を伝う。シャルルが襲われたと知り怒りは覚えた。
しかしホウキの放つ、あまりに生々しい"報復"のイメージに、悠真は生理的なレベルで怯えを感じる。
「……ホウキ。切るのはいい。だが……できれば……」
「……悠真様、同情しておるのか? あの外道どもに」
「あ、いや……違う……そうじゃなくて……」
彼の言葉に、ホウキは数秒だけ無言で睨みつけた後、鼻で笑うと場に再び座り直す。
「……ふふ、変わったお二人ですね……」
シャルルは、やや困惑したように二人を見ていたが、やがて小さく、しかし確かに口元を綻ばせた。
「そのお気持ちだけで充分ですよ、ホウキさん。……胸は、揉まれましたが──ぎりぎり、純潔は守ることが出来ましたので」
淡々と、それでいて柔らかい彼女の声音。
だが、言葉の意味は決して軽くない。
ホウキの眉が一瞬だけピクリと跳ねた。
悠真もまた、戸惑いを隠せぬまま、シャルルの表情を注視する。
まるで、それが何でもないことであるかのように、彼女は微笑んでいた。
その微笑は、慈母を思わせる穏やかさと、どこか憐憫を含んだ寛容さを併せ持つ。
だが一方で、シャルルの発言に合わせるかのように、胸元が微かに上下する。
引き裂かれた軽装ローブ越しに、小さな膨らみが、その輪郭を晒していた。
細身で華奢な体型ながらも、確かに女性らしい曲線が、破れた布の隙間から覗いている。
再び悠真の視線が否応なしに、そちらへと引き寄せられる。
──揉まれた、のか。
想像するな、と思えば思うほど、脳裏に浮かぶ。
あの白い肌を、あの柔らかさを、あの温もりを。下卑た男たちの手がそこに触れた事実を──。
「……ッ」
喉の奥で言葉にならぬ吐息が漏れる。
視線を逸らそうとするが、どうしても彼女の曲線に目を奪われてしまう。
薄く浮き出た鎖骨。胸の谷間を覆う布地の僅かなずれ。
太ももを覆う破れたローブの隙間から覗く、傷だらけの柔肌。
そして、その奥――白い下着の縁がはっきりと見えている──。
「……おい、悠真様」
鈍い音が響いた。次の瞬間、再び腹部に激痛が走った。
目の前が瞬時に白く焼け、肺の中の空気が一瞬で抜ける。
それがホウキの刀の柄による一撃だったことを理解したのは、身体が硬直し、吐き気が喉を突き上げた瞬間だ。
「ぐ、あっ……! お、お前……また……っ!」
その場に悠真は崩れ落ちた。
腹を押さえ、呼吸を奪われた魚のように痙攣する。
咄嗟の悲鳴すら上げられない。ただ口を開いても、音にならない呻きが漏れるばかり。
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