第6話 現る、エルフの少女
「仲間に……ですか?」
「ああ。もちろん、嫌なら無理にとは言わない。でも、お前の戦いぶりを見た。剣筋に迷いがない。何より、生きようとする気迫があった」
「……」
「それに、強がってはいたが実際の所、一人じゃ寂しいんだよ。ぶっちゃけた話な。だから……一緒に戦ってくれる仲間が欲しい。そう思った」
悠真の声が風に乗り、沈むように響き渡る。
三十三階層の静寂が、その言葉を否応なく包み込んだ。
ホウキは、ゆっくりと目を閉じる。
そして数秒ののち、静かに刀の柄に手をかけた。
音を立てず、するりと抜かれた刀身が、階層の魔石灯に照らされて鈍く煌めく。
「恩人の頼みとあらば、このオリムラ・ホウキ。進戦の意を以って応じましょう」
彼女は刀を横にし、胸元に引き寄せ、そして悠真の前で静かに――誓うように言った。
その眼差しは、まっすぐである。
「命を救われた恩義、ここで果たさずして、どういたしましょうや。今この身を捧げて、悠真様の剣となり、道となりましょう」
刃を通して放たれる気迫は、戦場に立つ者のそれである。
悠真は、思わず息を呑んだ。
その気高さ、その気迫。
悠真が仲間として欲しかったのは、まさに――こういう存在だった。
「……ありがとう、ホウキ」
彼は握った拳を静かに胸元へ当てた。
それは配信者である前に、戦場に生きる者としての誠意の表れである。
そして二人はパーティーを組んでダンジョン配信と攻略を再開させると、今現在悠真とホウキが歩いている階層は薄暗いが、深部に向かうにつれて段々と魔素濃度はより不安定になり、魔石灯の明かりが届く範囲も狭まっていく。
特にここ、ダンジョン第四十階層――亡王の底都は、長年攻略者の踏破を拒み続けた危険地帯であり、地形は複雑を極め、音も光も歪められる。
湿った石の床が、足音を吸い込むように静まり返っていた。
悠真は重たくなる呼吸を押し殺しながら、鋭く前方を睨む。
隣には、つい先ほど仲間になったばかりの少女――ホウキが寄り添うようにして並走している。
既に数時間、彼女との連携を試行錯誤しながら進み、探索は小康を保っていた。
――だが、それは唐突な悲鳴によって破られる。
「きゃああああっ!」
甲高く、恐怖を帯びた絶叫だった。聞き間違えようもない、若い女性の悲鳴。
「――っ! 女の、声……!?」
ホウキは躊躇なく走り出した。足音が床に跳ね返り消える。
「お、おい待てって! ホウキ!」
慌てて悠真も、その後を追う。
彼女の姿は闇に溶けそうな速度で先行している。
「クソ……こんなとこで悲鳴なんて、まともな事態のわけがない!」
彼の脳裏を、嫌な予感が掠めた。
進んだ先は、瘴気に包まれた大回廊の奥――通常ルートから逸れた、攻略者たちの地図にも載っていない盲点の領域。
まるで廃都の廃墟に足を踏み入れるような構造。
砕けた石柱。剥がれ落ちた天井。腐臭とカビの匂いが鼻を刺す。
その最奥――悠真とホウキが辿り着いた場所は、かつて宴が行われていたのだろう、円形のホールのような空間。
その中央には、巨大な黒鉄のテーブルが傾いており、その背後――崩れかけた柱の陰で、一人のエルフ族の少女が複数の男たちに囲まれていた。
六人の男たち。いずれも、見るからに異様な風体だ。
全身に汚泥と乾いた血のこびりついた鉄鎧を纏い、顔には瘡蓋と刺青、牙のように尖った歯。
背丈はまちまちで、大男から異様に背の低い小鬼のような者まで、種族の違うならず者が徒党を組んでいた。
彼らは揃って獣のような笑い声をあげ、少女を地面に押し倒し、衣服を乱している。
その少女は身長が百六十ほどで、上半身は既に引き裂かれ、淡い桃色の肌が寒気に震えて露出していた。
淡い金色に近い銀髪が地面に広がり、ふんわりとした柔らかな髪が泥に汚れている。
肩口で揺れる軽めのミディアムボブは乱れ、毛先が外へ跳ねていた。
前髪は眉にかかり、その奥には涙で濡れた大きな翠色の瞳があった。
エルフ特有の長く細い耳が髪の隙間から覗き、その先端が僅かに震えている。
中性的寄りの美形な顔立ちは、少年少女の境目のような雰囲気を持っていた。
細身で小柄な体型は華奢で、白く透明感のある肌が露わになっている。
細く通った肩の線、喉元の窪み、露わになった太腿に、彼らの手が無遠慮に伸びていた。
自然素材中心の軽装ローブは引き裂かれ、淡く上品な色合いの布地が無残に散らばっている。
少し離れた場所には、彼女の背丈より少し長い長杖が転がっていた――本人よりも存在感があるはずのその杖も、今は無力に地面に横たわっていた。
少女は叫び続けている。
涙と恐怖に濡れたその声は、声帯が切れる寸前のかすれを帯び、それでも抗うように『やめて』と繰り返していた。
穏やかで微笑めば空気が和らぐはずの表情は、今は恐怖と絶望に歪んでいる。
だが、男たちは笑うばかりで、少女の叫びに耳を貸す者はいない。
――そして、その少女の姿を、悠真は目に焼きつける。
まだ名前は知らぬ。だが、彼女の外見は一度見れば忘れ得ぬものだ。
淡い銀髪、翠色の瞳、エルフの耳、中性的な美しさ――その全てが彼の記憶に刻まれる。
「……悠真様、これは……」
ホウキの声が低く唸る。
肩にかかる黒髪を揺らしながら、彼女は足を止めた。
精悍な眉間には深い皺が寄り、腰の刀の柄に右手が添えられる。
目の前に広がるのは、明らかに少女が性的に集団で襲われている非道な光景。
「ちっ……これは流石にまずいな。良い子の皆には見させらねぇ光景だ」
悠真は呟くと、配信を再開させたばかりだが、直ぐに終了させるべくマギスフィア・ミニに触れた。
すると微かに揺らいだ光が消え、配信の魔力が遮断される。
その瞬間――。
「オ”オ”オ”ッ”!」
ホウキが爆ぜるように動いた。腰の鞘から鋭く刀を抜き放ち叫ぶ。
「いえーーーい”っ”っ”っ”!」
その声は、まさしく薩摩の戦士のような咆哮。
気迫に満ちた奇声が洞窟内に反響し、男たちの蛮声と混ざり合う。
「なんだァ!? 誰だテメェらはァ!?」
「くそっ、見られたか!」
「いや、こっちのモンだろうが! ぶっ殺してやる!」
「ヒャッハァー! 新しい女が来やがったぜぇ!」
「はっ、またメスかよ! 今のが終わったらそっちも遊んでやるよ!」
「全員、ぶっ潰せ! 俺たちの至福を邪魔する奴は死刑だァッ!」
男たちは、まるで理性の欠けた獣のようだ。
皮を無造作に縫い合わせたような装備、錆びついた刃、ボロ布のような防具。
身長が二メートルを超える大男から、異常に痩せた小人種まで、種族も風貌もばらばらだが、共通しているのは不潔さと狂気のみ。
だが、その中心には――。
当然の如く若きエルフの少女が、荒縄に縛られて地面に膝をついていた。
全身が泥と血に塗れており、碧眼には恐怖と絶望、そして微かに残る抵抗の火が宿る。
ホウキは一閃、刀を振るい男の一人に斬りかかった。
斬撃は寸分の迷いもなく、一直線に襲いかかる。
「不埒千万ッ! なんと浅ましき所業……!」
刀を構え直し彼女は、男たちを一瞥して吠えた。
「貴様ら……数にものを言わせ、力なき女子を嬲るとは……! それでも男か! 恥を知れ、恥をッ!」
凛然たる怒声が、洞窟の闇を震わせる。
その声には女としての怒りだけでなく、人間としての正義と憤怒が込められていた。
そして悠真の視線が、野蛮な冒険者の集団へと定まった瞬間、彼の足元に魔力の波が奔る。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




