第3話 植物系の魔物はエッチ
「…………母上、父上……」
震えながらも彼女の声は、どこか凛としていた。
少女は膝を揃えて正座し、腹部をわずかに晒すと、小太刀の刃を自らの腹部へと静かに近づけてゆく。
「この命、護れず申し訳ありませぬ。――せめてものけじめを」
白く柔らかな腹部。その中心に煌く刃が、ゆっくりと向かう。
服の裂け目から露わになった滑らかな肌は汗に濡れ、光を反射して艶めいていた。
服の乱れ。
儚げな肢体。胸元も乱れ、帯のほどけかけた様が露骨に女の艶を滲ませる。
けれど、その表情には淫靡さではなく、ただ純粋な――覚悟だけが宿っていた。
しかし――その瞬間である。
「おいっ! 何してんだよっ!?」
悠真の怒声が響き渡った。
けれど彼は一瞬の判断で、腰のデッキケースから、一枚のカードを巧みに指の間に挟んで引き抜く。
「簡易領域能力――クイック・デュエル・フィールド!」
彼の足元に小規模な魔法陣が瞬時に展開される。
通常のデュエル・フィールドとは異なり、半径数メートルの簡易的な結界だ。
この範囲内であれば、カードの効果を瞬時に発動できる。
「装具魔術カード――熾天の劫火を装備!」
カードが光に包まれ、悠真の右手に赤い炎を纏う剣が実体化する。
刀身は炎で形成され、空気を焼きながら揺らめいていた。
柄は黒い金属で、握った瞬間に彼の魔力と同調する。
そのまま少女の前に飛び出すと同時に、伸びてきた魔物の触手を一閃。
炎の剣が触手を斬り裂く。焼け焦げた臭いが立ち込め、触手は炭化して地面に落下した。
反撃すら許さず、その一対を斬り飛ばす。
「っ……!」
彼女の瞳が大きく見開かれる。
だが、その中に宿るのは恐怖ではない。
ただ驚きと、戸惑いと――小さな、希望の芽だった。
「自害なんて……してんじゃねえよ!」
怒気に孕んだ声を出しながら悠真は、そのまま魔物へと向き直し、敵の弱点である心核を一気に狙う。
「さっさと眠れ、化け草が……ッ!」
斬撃は十を超え、花弁のような肉を次々に斬り裂いて焼く。
魔物は断末魔の叫びを上げながら地に崩れ落ちた。
死体は直ぐに黒ずんだ花弁へと変わり、静かに焼けて灰と化す。
そして静寂が戻る。
ゆっくりと呼吸を整え、彼は後方を振り返った。
少女は依然として、正座の姿勢のまま硬直している。
いつの間にか小太刀は手を離れ、腹に刺さることはなかった。
「……助かったぞ、とか、礼を言えとは言わねぇ。だが……自分で終わらせるのは、違うだろ」
その悠真の言葉に、少女は視線を伏せる。肩がわずかに震えていた。
だが、涙は見せない。
ただ、ほんの僅かに眉を寄せたまま、やがて彼女は静かに立ち上がった。
袴の裾を払い、崩れた帯を結び直し、数歩だけ歩を進める。
そして、突き刺さったままだった愛刀のもとへと歩を進め、両の手で刀を抜き取った。
悠真は静かに肩を竦めながらも、マギスフィア・ミニへと視線を向ける。
配信用の映像が中継されているレンズの先には、まだ彼のリスナーたちが息を潜めて画面を見つめているはずだ。
「あー、助けたはいいが……あの緑の化け物は何だったんだ?」
小声で呟くように口にした言葉は、魔力を通して即座に配信に載せられ、リスナーたちへと届いていく。
すると、すぐにコメントが画面に流れ始めた。
『悠真、それ、やばいやつだぜ』
『それ”シード・アポストル”って呼ばれてる魔物』
『見た目は植物人間だけど、元は人間なんだよ』
『触手で相手の穴という穴に種を埋め込むらしい』
『体液と魔力を吸われて、種が発芽すると仲間入り』
『つまり……彼女もあと少し遅ければ、もうダメだったってわけだな』
悠真は眉間に皴を寄せる。
冗談めかした視聴者の一言があったとはいえ、その大半が深刻な情報だ。
「……あの植物魔物、シード・アポストル。繁殖目的の魔物か。そりゃまた、最低な……」
彼の声に僅かに怒気が滲む。
視界の端で、助けた少女が刀を手に、再び立ち上がったのが見える。
彼女の白い頬はまだ強張ったままだが、脚の震えは収まりつつあった。
「……つまり、あれは元人間って可能性が高いんだな?」
配信用カメラに語りかけるように、わずかに顔を向けて悠真は言葉を続ける。
『高確率でそう。ダンジョンに迷い込んだ冒険者や商人が多く犠牲になってる』
『しかも、芽が育ちきるまで外見は変わらず、急に暴走するらしいよ』
『捕まったら最後。穴にねじ込まれて終わり。しかも無抵抗になるよう魔力で麻痺させるって噂』
「まじかよ……あの女の子が、そうならなくて、本当によかったぜ……」
視線を彼女へと戻す。
少女は再び正面に立ち、静かに刀を腰に納めていた。
その顔は白く、血の気が引いている。
だが、その瞳には先程までの覚悟とはまた違う、別種の光が宿っているようだ。
和装の上衣は裂け、汗と血と泥に濡れて肌に張り付いている。
胸元が緩み、下着の白がわずかに覗く。
袴も切れ目から太腿が露わになっており、その脚の付け根近くには、棘の痕と見られる赤い線が幾筋も走っていた。
その姿に悠真は、ほんの一瞬だけ視線を泳がせる。
――もし、あと十秒遅れていたら。
あの棘の触手が彼女の服を完全に裂いていたら。
そして、あの種が……少女の中に、根を張っていたら。
「……っ、くそっ」
無意識に手が震えた。
彼の表情は誰にも見えないが、カメラ越しの視聴者たちは、その声音から彼の内面の怒りと焦りを察した様子。
そして階層特有の花の甘い香りが嗅覚を刺激しながらも、悠真の胸の奥には、冷たい鉄のような違和感が沈殿していた。
「この世界には……人間を喰らい、犯し、苗床にする化け物が……当たり前にいるのか……ったく」
脳裏に焼きついたのは先程、配信を通して得た視聴者たちの情報。
シード・アポストルと呼ばれる植物型魔物は、触手で相手を拘束し、全身の穴という穴に種を植え付ける。
そして魔力と体液を吸いながら、内部から植物を育て、やがてその者を仲間へと変貌させるのだ。
それは繁殖という本能に従っただけの行動なのだろうが、人の倫理では語れない悪魔の所業だ。
自我を失い、意識のあるまま、種を宿し、同族へと変貌する。――どれほどの絶望だろうか。
「……怖えな……本当に……」
悠真は呟くように言葉を零した。
配信を通じて、この異世界の現実がいかに非情で理不尽で、容赦のないものであるかを改めて突きつけられた今、その口調には怯えにも似た震えがあった。
――だが。突然、その沈思は無惨に破られた。
「……っ……ぐ、ぅ……ッ、けほ……ッ」
聞き覚えのある、か細く、それでいて必死な呻き声。
彼が顔を上げた時、そこには再びあの少女が居た。
大和撫子のように端然とした顔立ち。
その姿は、まるで古の戦巫女のような、神々しさを纏っている。
だが今の彼女は――あまりに危うく、そして……扇情的ですらあった。
少女の細い首に、ねじり絡みついた数本の触手。
緑色の植物の蔓には微細な棘が生え、そこからは微量の毒液が滲んでいるらしく、肌が赤く爛れている。
彼女は地に膝をつき、細い喉を締め上げられ、もはや声にならぬ呻きを洩らしていた。
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