第1話 一軍の男子と女子の接触
午前七時三十分――。
朝を知らせる意味で外の魔石灯が一斉に明るくなると、安息地の街並みを柔らかな光で染めていた。
ダンジョン内部の空気は冷たすぎず、かといって温もり過ぎもしない、まさに理想的な初夏のような感じである。
市場通りでは既に商人たちが声を上げ始め、パン屋からは焼きたての香りが漂っていた。
そんな活気ある街の中心――冒険者ギルドにほど近い通りに建つ、宿屋の最上階。
かつて角部屋を使用していた悠真は現在、さらに上等な特別室に滞在していた。
今、彼の眼前には煌びやかな朝が広がっている。
「ふわぁ……よく寝た」
真紅の絹のシーツを軽く払って、緩やかに悠真はベッドから身を起こす。
その動きには無駄がなく、だがどこか猫のような気怠さと優雅さがある。
まだ寝癖が残る髪が肩にかかり、細く通った首筋が朝の光に照らされて透明感を増す。
彼は寝間着のまま、ゆっくりと厚手のカーテンを引いた。
窓の外、遠くに見えるダンジョンの深部へと通ずる道は、まるで世界の終わりのように黒く、荘厳な存在感を放っている。
だが悠真は、それを一瞥するだけで、すぐに背後に意識を戻す。
豪奢な朝食が、テーブルの上で悠真を既に待っていたのだ。
金の縁取りが施された銀のワゴンに、暖かな料理が次々と並べられていく。
蒸気の立ち上るスープに、分厚く焼き上げられた肉料理。
数種の香草をあしらったサラダに、果実をふんだんに使ったデザート。
そして中央には、まるで芸術品のように盛り付けられた、クロワッサンとベリージャム。
そのすべてが、彼の“ダンジョン配信”の収益によって得られた、特別待遇の一部であった。
今の悠真が滞在する部屋は、宿屋でもわずか二部屋しか存在しない“貴賓室”である。
赤絨毯が敷かれ、壁は白磁と金装飾で彩られた、クラシカルな内装。
調度品もすべて高級木材で統一されており、寝室、応接室、浴室に至るまで、王族さながらの設備が整えられていた。
「……うん。いいな、やはり、ここの朝食は最高だ」
寝間着のままテーブルにつき、彼はナイフとフォークを手に取る。
ベーコンエッグを一口。サクサクと音を立てるクロワッサンを、フルーツジャムとともに。
そして舌鼓を打ちながら、冷えた葡萄水を流し込む。
その一連の所作には慣れが滲んでいたが、同時に、満ち足りた幸福感もあった。
「――まさか、本当にバズるとはな……。未だに実感が湧かないぜ」
自嘲気味に呟く声が、静かな室内に響く。
悠真の配信は今や一部のフォーラムで、伝説の個人配信者とまで評される存在となっていた。
きっかけは、ダンジョンでの“ゴーレムトラップ”における冷静な戦闘劇。
それが“逆にいい”と話題になり、現在では常時一万人超の視聴者を抱える中堅配信者となっていた。
彼はナイフを置き、コップの水を口に含む。
喉を通る冷気が神経を研ぎ澄まし、意識が完全に覚醒していく。
ゆっくりと食事を終え、悠真はナプキンで口元を拭った。
そして深呼吸を一つして、立ち上がる。
鏡台の前に座り、身支度を始める。
女神から支給された何時もの服を丁寧に羽織り、寝癖を簡単にだが直し、配信しても問題ないような顔であるかを確認した。
彼は今日もまた、“最奥層”の探索と配信を目的としている。
「……今日も俺は、俺のスタイルを貫く。誰にどう言われようと、関係ない」
軽く頬を叩き悠真は、自身を奮い立たせるように低く呟いた。
身支度を整えた彼は、部屋を後にする前にふと廊下の窓を開ける。
眼下には、広場に面した安宿群が見える。
そこには以前同じクラスだった面々が、身を寄せ合うようにして宿泊しているのが確認できた。
割り勘で借りたらしい狭苦しい部屋に、身を縮めて寝起きし、ルームサービスも最低限のスープとパンのみ。
ダンジョンの報酬が芳しくなければ、物資調達すらままならないという噂も耳にした。
一方で、別の宿――街の南端にある高級旅館には、いわゆる“一軍”の男女たちが宿泊している。
毎晩のように高級料理を取り寄せ、吟遊詩人を呼んでの酒宴。
その様子は、さながら異世界生活の勝者のようだ。
だが悠真は、そのどちらにも属さない。
ただ自分の配信と、その戦い方で得た収益で、静かに贅沢を享受する者だ。
「さて、そろそろ行くか」
扉の鍵を閉め、彼は静かに階段を降りていく。
「今日もお気をつけて、悠真様」
「配信、拝見しております……お怪我などなさいませんよう」
階下のロビーでは、従業員たちが深く頭を下げて彼を見送る。
その言葉に軽く手を振り返し、悠真は宿屋の玄関を出た。
眩しい魔石灯が、その瞳を一瞬だけ細めさせる。
今日もまた、悠真は独りでダンジョンの深淵へと足を運ぶ。
孤高にして無双。
影を纏う孤影の決闘士の、一日が再び始まる。
「あらぁ? これはこれは、噂の孤影の決闘士様じゃない?」
軽率で中身の無い女の声が、不意に悠真の鼓膜を打った。
そこにいたのは、一軍女子の三人である。
宝条鈴音。
深みのある赤から、ワインレッド系の艶やかなロングヘアが動くたびに揺れ、赤みがかった金色の瞳が妖しく光る。
黒革のボディスーツに身を包み、深く開いた胸元からは豊満な谷間が覗いていた。
腰には二丁の黄金のリボルバーが収められ、歩くたびにカツカツと高いヒールの音が響く。
整った顔立ちには常に不遜な笑みが浮かび、見下すような視線を周囲に投げかけていた。
羽佐田麗華。
淡い水色と白色が混ざり合う髪をツインテールに纏め、ふわふわとした毛束が動くたびにぴょこぴょこと揺れる。
大きく丸い水色の瞳は、いつも少し眠そうな表情を浮かべていた。
白と水色のボディアーマーに身を包み、露出した腹部と太腿が白く輝く。
背中には彼女の小柄な身体に不釣り合いなほど巨大な楯が背負われており、その表面には雪の結晶のような紋様が刻まれていた。
可愛らしい外見とは裏腹に、その視線には冷たい光が宿っている。
天原姫香。
艶のある黒から紫がかったロングヘアが腰まで流れ、ハーフアップに結ばれた部分には紫のリボンが結ばれている。
深い赤紫のワインレッド系の瞳が、常に相手を値踏みするように周囲を見渡していた。
黒と紫のメタルビキニに身を包み、ほぼ全身が露出している。
くびれた腰、白く滑らかな肌、長い脚――その姿は、高貴でありながら淫靡な雰囲気を纏っていた。
右手には漆黒のレイピアを握り、刃からは紫の毒霧が立ち昇る。
薄い唇には優雅な笑みを浮かべながらも、その視線は氷のように冷たい。
彼女らの背後には、やや遅れて一軍男子の面々が姿を現した。
桐生樟葉。
色素の薄い銀髪が光を受けて淡く輝き、無造作なミディアムヘアが風に揺れる。
長めの前髪が片目を隠し、その奥に覗く深紅の瞳が鋭い光を放っていた。
白銀の鎧に身を包み、背中には聖剣エクスカリンを携える。
白いマントが風になびくたびに、裏地の深紅が炎のように揺れた。
常に余裕のある薄い笑みを浮かべ、見下すような視線を周囲に送る――その姿は、まさに勇者そのもの。
佐々木奏恵。
明るめの茶髪から金色がかった髪は軽く整えられたミディアムヘアで、前髪が目元に自然と流れている。
琥珀色の瞳は穏やかだが、どこか計算高さを感じさせる光を宿していた。
黒を基調とした装束に身を包み、銀糸の刺繍が施された胴衣が獣の紋様を浮かび上がらせる。
右手の人差し指には三色の宝石が埋め込まれた指輪が輝き、肩から半透明のケープが虹色に揺れていた。
中性的な顔立ちに優しげな微笑を浮かべながらも、その視線は時折、樟葉へと向けられる。
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