第10話 まったりオフの日の配信
「……は……あれ……? 俺、なに……?」
自分の声に、自分で驚いた。
まるで呪いが解けたかのような顔つきで、自分の両手を見つめ、わずかに震えているのを見て、ようやく己が怒りに飲み込まれていたことを自覚する。
まさに――賢者モードだった。
静まり返ったダンジョンの通路。
魔石灯の明かりだけが静かに揺れ、風の音が彼の額を撫でる。
「ま、まあ……キチゲを解放したい時もあるわな、うんうん……。さ”て”っ”! 気を取り直して、さっそく開封していくか!」
ゆっくりと悠真は息を吐き、指先でパックの角をつまむ。
そのとき、包装された銀のフィルムが、しっとりとした音を立てて引き裂かれた。
その瞬間、身体の芯に微かな快感が走る。
音、感触、そこに込められた期待――それら全てが脳を刺激し、悠真の意識を覚醒させてゆく。
剥いたパックを開き、中から顔を覗かせるカードたちに視線を落とす。
一枚目。
「……女竜騎士の下僕兵・ガラント」
イラストには、竜騎士の膝下で忠誠を誓う下級兵士の姿。
攻撃力は六百、守備力は三百。スキルは無く、完全なるバニラモンスター。
明らかにデッキの採用枠には届かないカード。
二枚目。
「女竜騎士の契約書」
魔術カード。
三枚目。
「異端審問の炎柱」
計略カード。
四枚目。
「女竜騎士の弟子・ルシエル」
またしても下級カード。
能力値は先程の下僕兵よりもやや高いが、それでも戦局を変えるほどではない。
イラストの可愛らしさだけが唯一の救いだ。
そして、五枚目。
悠真の手が、思わず止まる。
「……竜の誓環……」
カードの縁が虹色に輝いている。
それはレアリティが高い証。
だが、彼は顔をしかめた。
「……悪くは、ない。ないけど……」
悠真は、カードたちを順に並べながら、黙して見つめた。
その表情は、一言で言えば虚無である。
――そう、どれも悪くはない。実用的なカード。
だが、あの伝説級の女竜騎士アルベリナ……シリーズの象徴たるURカードが無ければ、これらは全てピースの欠けたパズルに過ぎない。
単体での戦闘力は皆無に等しく、コンボ性が高いが故に、引き損のリスクも極めて高い。
やがて、彼は口元に苦笑を浮かべた。
「……ま、まあ……パックは剥くことに意味があるんだ。結果よりも、過程……そのうち、これらのカードも使うことになるだろう。……当分、先だろうけどな」
そう言いながら手に入れたカードを、一枚ずつ手元のデッキケースに差し込んでいく。
このケースは異空間と接続されている――すなわち、いくらカードを入れても物理的な容量を超えることはない。
その仕様については、悠真が初めてレベルアップを果たし、新たなカードを獲得した時に明らかとなった。そして悠真は、息を整えながらマギスフィア・ミニを自身に向けて、軽く手を振る。
「――ってことで、本日のダンジョン攻略ライブはこれにて終了となります。いやあ、久々にゴーレム戦やったけど、あいつ……やっぱ鈍重なのにタフすぎる。動きが遅いだけで油断するとすぐに腕飛んでくるからなぁ……」
柔らかな笑みを浮かべつつも、額から滴る汗が首筋を伝う。
「で、最後にお楽しみのパック開封したけど……まあ、結果はご覧の通りって感じで……はい、爆死! まあ、ガチャ爆死で締めるのも、ある意味恒例行事だな!」
笑い声と共に悠真は、指を立ててピースサインを作り、視聴者に向けた。
「というわけで、今日も配信に来てくれた皆、ありがとうな! 次の配信は多分、あさっての夜になると思う! じゃあ――――」
彼は一拍置き、静かに口元を吊り上げた。
「また次の冒険で会おう! ばいちゃ――陰キャピース!」
ウィンク一つと共に、配信を切断。
視界の端に浮いていたコメントウィンドウも消え、辺りには再び、沈黙と魔石灯の明かりだけが残る。
悠真は一息つき、手にしていたマギスフィア・ミニを、腰のポーチに仕舞い込む。
手の甲にはまだ、ゴーレムとの戦闘によって、細かい傷が残っていた。
皮膚には煤のような黒ずみと、赤く染まった擦過傷が混在している。
だがそれも、今日一日の任務を終えたという達成感と共に、痛みさえも誇らしく感じるものだ。
彼は腰に差していた帰還用の魔導石――帰還核を取り出す。
青く発光するそれに魔力を流し込むと、足元に緩やかな魔法陣が広がり始めた。
鈍く輝く紋様が地面に浮かび上がり、音も無く輝度を増していく。
「さて、今日のノルマもこなしたし……あとは報告して寝るだけだな」
悠真は小さく呟き、手首を軽く回して肩を鳴らす。
魔法陣の光が次第に強くなり、辺りを包む光が地面を照らし出すと同時に、彼の身体がふわりと浮く。
そして次の瞬間、光と共に彼の姿は消えるのであった。
――――それから瞬く間に数日が経過。
今現在、悠真は安息地に存在する老舗の宿屋の、二階の一人部屋にて体を休めている。
街灯に照らされる石壁の影の一室で、彼は己の布団を背に、まるで夜警の兵士のように静かに椅子に座っていた。
木造の天井は古びた飴色の梁を見せ、部屋全体には蜜蝋と火薬の匂いが微かに漂っている。
粗く編まれた羊毛の絨毯が床に敷かれており、その上に小さな木製の机と椅子、壁際には衣装棚と水差しの置かれた棚が据え付けられていた。
机の上には、明かり取りの水晶ランプが一つ。
魔力によって淡く灯る橙色の光が、部屋全体を柔らかく照らしている。
そして、その光の中心にいるのが、東雲悠真だ。
彼は今日も一日のノルマとなる魔獣討伐を終え、身体を丁寧に洗い終えてから、寝間着に着替えている。
素材は麻布で、白を基調としたシンプルな上下。
彼の髪は濡れて艶を帯びており、一本だけ左頬に張りついている。
足を組みながら悠真は、片手に所持していたマギスフィア・ミニを机上に置いた。
今夜の配信タイトルは『新デッキ構築。明日はオフ! 酒でも飲みながらやるぞ!』完全に気を抜いた雑談配信である。
表情も戦闘時の緊張感を欠き、口元には気の抜けた笑みが浮かんでいた。
だが――その油断が、すぐに驚愕へと転じる。
「……あれ? えっ、なんでこんなに……?」
画面に映る視聴者数のカウントは、通常の五倍――いや十倍以上を示していた。
千、二千、三千と秒ごとに数字が跳ね上がっていく。
ゴーレム戦で一時的にバズってから、今日まで二桁の常連視聴者に囲まれ、気楽にやっていた日々が、まるで幻だったかのようだ。
そして、コメント欄が一気に流れ始める。
『来たわ、この人だ!』
『あのゴーレム戦の人、配信してるぞ!』
『マジで本人!?』
『あれ魔法だったの!?職業なんて名前!?』
『教えてください!何者なんですか!?』
悠真は、まばたきも忘れて、その光景を眺めていた。
いつもの穏やかな流れとは全く異なる嵐のような勢いだった。
「ちょっ……なにこれ……? 今日はオフだって言ってるだろ……」
苦笑混じりに呟きながらも、彼は配信を止める素振りは見せなかった。
どこかで、その理由が知りたかったからである。
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