第9話 転売ヤー
「……まあ、転売屋に買い占められる事なく、パックだけでも貰えたら感謝感激だが……欲を言えば……箱で欲しいよな。やっぱカードはBOXで開けてなんぼよ」
興奮の最中においても、オタクの本音は隠せず、指先が震える。
目の前にある、一パック――それだけでも奇跡だが、コレクター魂としてはもう一声欲しい。
欲望は尽きぬ。それでも、手にしたパックの感触は、想像を超える現実。
表面のコーティング、密封された中の空気の重み、包装ビニールのわずかな光沢。
それら一つ一つが、“現実世界の記憶”を鮮明に思い出させる。
「……ッはぁ、はぁ……やばい……」
悠真は震える指先を見下ろす。
全身に走る熱と興奮。これが現実とは思えない。
異世界に転移してなお、最も興奮している瞬間が“カード開封前”だという事実に、奇妙な感慨を抱く。
「くそっ……このままじゃ……力が入りすぎて……カードを破きかねん……」
現実世界でも極度の緊張状態では、パックを破る際に中のカードを一緒に裂いてしまう“事故”がある。
その可能性を異世界でも、再現してしまうわけにはいかない。
彼は深呼吸を三度行った。
鼻から吸い、口から吐く。
その間にも、ダンジョンの天井から滴る水音が、一定のリズムで空間に響いている。
「落ち着け……今は冷静になれ……そうだ、まずは女竜騎士シリーズについて語ろう。……語れば、平常心を保てる……」
自らに言い聞かせるように、悠真は静かに語り始めた。
「この女竜騎士シリーズは、現実世界でも販売されていた人気シリーズで、仕様としては一パック百七十六円税込、一パックにつき五枚入り……」
彼は語りながら心拍数が、徐々に下がっていくのを感じる。
興奮は抑えきれないが、言語化することで思考を整理し、意識を一点に集中させた。
「一箱には三十パック入り。カードの種類は全八十種。レアリティはウルトラレアが九種類、スーパーレアが十一、レアが十九、ノーマル四十一が。だから、ボックスを一つ買ったところでフルコンプは不可能……」
誰に向けた説明でもない。これは己の魂を鎮めるための、信仰にも似た儀式だ。
「それでも、ファンが多い理由……やっぱり“イラスト”だな……。女竜騎士シリーズはイラストアドがヤバい。戦闘用の鎧、巨乳、武装、美脚、竜の意匠、そして透ける布地。これでもかってくらい“わかってる”構図ばかり……!」
喉の奥が熱い。語ることで逆に再び興奮が戻ってくる。
「でも……見た目だけじゃない。火力特化型ってのが、またいいんだよな……。召喚条件は厳しい、素材も必要、制約もある……だけど、一度出せば相手のフィールドを薙ぎ払う快感。殲滅する力……支配する力……それこそが、竜騎士の本質なんだよ……」
悠真の脳裏に、かつて所持していたカードの、効果テキストが浮かぶ。
『紅蓮竜騎士ルベリア=ヴァルファレル』
それはウルトラレアで、合体モンスターであり、攻撃力”三千四百”・守備力二千五百だ。
まさに顔良し、火力良し、性能良し、三拍子揃った看板モンスター。
紅蓮の翼を広げ、爆炎を纏って剣を振るう姿は、まさに“破壊の女神”。
『蒼刃竜騎士エルシィナ=クロウベル』
それはスーパーレアで、同期モンスターあり、攻撃力”二千八百”・守備力”二千二百”だ。
まさに戦乙女を思わせるクールビューティー。
鎧の上に羽織った青のマントが、風に靡く姿に、信仰に近い崇拝者も多数。
『白銀竜騎士セラフィア=リュミエール』
それはウルトラレアで、儀礼モンスター、攻撃力”二千五百”・守備力”二千六百”だ。
まさに清楚かつ冷徹。透き通る銀髪と氷のような瞳、薄布のドレスと戦甲の対比が幻想的。
使用率は低いが、イラスト人気は絶大。
「……女竜騎士シリーズ……おれも構築しようとしたさ。だが現実世界じゃ、そもそも箱はおろか、パックすら見つけることができなかった。どこに行っても売り切れ。店舗によっては購入制限も設けられていたが、それも……あの圧倒的な数の前では意味を成さなかった」
遠くを見るような目。感慨に浸るような表情。
まさか異世界にまで来て、こんなレアパックを手にすることになろうとは。
再び、軽く息を吐く。
そして瞼を閉じ、口の端をわずかに引き上げながら、静かに続けた。
「全ては……転売ヤーどもが原因だ」
そして、その瞬間だった。
体の奥底から、抑えていた怒りが爆発した。
「……ッざっけんなぁあああああああああっっっ!」
叫びは天井をも揺らすような怒声。拳を宙に叩きつけ、僅かな風圧が生まれる。
「確かに、このカードゲームは世界中で人気だ! それは認める。需要が高けりゃ、当然カードの価値も上がる。トップレアなんて引いたら、それだけで六万確定だ。六万! 人によっては一月の食費だ!」
額には汗がにじみ、怒気を帯びた瞳は、どこか狂気じみてさえいた。
「……だがよ! それだけの理由で、普段カードに興味すらねぇ子連れの親や、ろくに日本語も話せねぇ外国人が、ゴキブリみてぇにどこからともなく湧いてくるのは、どういう理屈だってんだよォォオオオ――ッ!」
語気は、ますます熱を帯びていく。
その口調は理不尽に対する純粋な怒りそのものだ。
「奴らはカードを愛していねぇ! ただの金儲けの手段だっ! カードを一目見て愛でることもなければ、効果を理解しようとすらしねぇ! そんな奴らが、俺のような、血と汗と涙と時間と情熱を注いできた真のカード戦士から、パックを、ボックスを、未来を奪っていくんだッ!」
拳を握りしめ、血が滲むほどに力を込めていた。声は枯れ、呼吸は荒い。
「……しかもだ……」
視線を落とし、地面に目を向けながら、低く唸るように続ける。
「特に可哀想なのはな……カードに興味すらない子供たちだ。親の道具として、購入制限の数合わせのために、強制的に付き合わされてんだよ……!」
ふと、古びた一つの記憶が脳裏をよぎった。
「俺が、あの地獄を見たのは秋葉原のショップだった。冷たい風の吹く中、並んでいた列に、口もきけねぇ赤子と、プリキュアが好きそうな幼女がいた。あの、明らかに“退屈で死にそうな顔”をしながら、パックの引換券を握らされてた……ッ!」
その光景は、まさに悪夢だ。
「……これが、日本の現実か? 終わってるだろ? 完全にッ!」
悠真の声は、叫びにも近かい。
まるで、誰かに訴えかけるように。
誰かに、この怒りを理解してもらいたいかのように。
「……それに! あいつらだよあいつら! 日本語も怪しい外人どもッ! わざわざ空港から直行してくるような転売旅行者に、どうしてパックを売る必要があるんだよ!? こっちの血と涙の情熱より、ただの現地通貨の現金が優先されるのか!? クソッ! 日本のショップは、一人一個にするなら公的な身分証明書を必須にしろよな! だったら俺は……俺はこんな思いをしなくて済んだのにィィィィッ!」
怒りは、全てを吐き出したことで、少しずつ鎮まっていった。
喉が焼けるように熱く、全身がじっとりと汗ばんでいる。
胸が激しく上下し、喉からは小さな喘ぎが漏れた。
そして、まるでスイッチが切り替わったように、彼は――
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




