第8話 レベルアップ報酬!
「参上しました、我が王。アルティメット、任務開始でございますわ」
その声は、低く、艶を帯び、あまりにも濃密な色香を含んでいる。
その姿が召喚された直後から、配信画面には怒涛のコメントが流れ出す。
『何が起きた!?』
『何だあの女性は!?』
『あの女性はメイドなのか? いやしかしそれにしてはエッチ過ぎる』
『あの女性の身なりはともかく、その全体から伝わるオーラは虹色級冒険者に値するぞ!』
『こんなのテイマーとか話にならねえよ! この野郎は自分よりも格上の存在を使役できるというのか!? そんなの神の御業だぞ!』
その光景に悠真は、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「……ふっ、な? すごいだろ」
肩をすくめて軽く片目を閉じると、気分良さげに視聴者たちのコメントを視線で追い始めた。
だが、ひときわ目を引いた一言に、彼の目が留まる。
「――“虹色級”?」
その言葉だけをぽつりと呟き、悠真は両腕を組んで、視線を少しだけ斜め上に向けた。
それは明確に、記憶をたぐり寄せる姿勢。
しばしの沈黙の後、ふいに息を吐きながら、彼の口が再び開いた。
「そういえば……あったな、そんなランク。確かラヴィニアが言っていた限りでは、この世界の冒険者には位があって、最初は“銅色級”から始まり、そこから“銀色級”、“金色級”と段位が上がっていく。各段には突破クエストという試練があるが――最上位の“虹色級”は、な。世界に数えるほどしかいないとか」
ランク制度に興味が無いが故に意識してはいないが、今現在の自分が銅色級の冒険者である事を思い出し、悠真は独り言を口にする。
「だがまぁ……ラヴィニア曰く、虹色級は片手で足りるほどの人数しか……だ。つまり神話級、伝説級。それが虹色という称号っつうわけだな」
気だるげに大きく肩をすくめると未来永劫、その領域は辿り着けない事を何となくで察し、悠真は大きく溜息を吐き捨てた。
「まあ、なんにせよ……完璧だ。これで盤面は完成に至った」
悠真の唇が、わずかに上がる。
視聴者たちも、コメントを止めたまま、息を呑んで彼の動きを見守った。
戦場の対面――三体のゴーレムたちはエレメントで構成された体を軋ませながら、ゆっくりと攻撃の照準を彼に合わせていた。
無骨で無慈悲なそのゴーレムたちは、地の文すら無視して迫る破壊そのもの。
だが、もはや恐れる必要はない。
悠真は静かに手を掲げた。そして短く命ずる。
「ビキニメイド・ドミナ・アルティメット。制裁を、始めろ」
その瞬間、ふわりと彼女は浮かび上がった。
細い手が空に掲げられ、唇が可憐に動く。
そこから発せられた声は、鈴を鳴らすように清らかで、それでいて全身の血が逆流しそうなほど美しかった。
「――律せられしゴーレムよ、神秘の秩序のもとに沈みなさい」
天井の魔光石が全て共鳴し、激しい閃光が降り注ぐ。
ビキニメイド・ドミナ・アルティメットの周囲に七枚の円盤が浮かび上がる。
それはすべて違う神話言語で刻まれた封呪の刻印であり、ひとたび重なった瞬間、聖域の如き光柱が炸裂した。
そして、その光がゴーレムたちに降り注いだ――否、飲み込む。
凄まじい音と振動。
火・水・土の巨体が引き裂かれ、魔力因子が飛び散り、光の粒が爆ぜる。
ゴーレムたちは、咆哮一つ上げることすら許されず、まるで夢から覚めるように、塵となって消えた。
再び、静寂。
湿った空気の中に、燃え残った油と金属の匂いが残っている。
だが、それもやがて虚空に吸い込まれ、沈黙へと還った。
悠真は、ゆっくりとビキニメイド・ドミナ・アルティメットの方へと歩み寄る。
「ありがとう、ビキニメイド・ドミナ・アルティメット。俺たちの勝利だ」
静かに手を掲げ、指をひとつ鳴らした。
その言葉に、彼女はただ柔らかく微笑み、軽く頭を下げる。
次の瞬間、彼女の身体が光となって霧散していく。
聖なる霧のような残滓が空間に揺らめきながら、やがて何事もなかったかのように消え失せる。
その光景と連動するように、足元の魔法陣が静かに消失し、戦場に展開されていた領域能力――"決闘結界”デュエル・フィールドが解かれていく。
地面に描かれた魔方陣は、一筋の風となって流れ、瓦解するように地面へと戻った。
悠真の右腰に装着された、漆黒のデッキケースが微かに震える。
そして――小さな音を立てて、数枚のカードが舞い戻るように、ケースの中へと収まった。
ビキニメイド・ドミナ・アルティメットもまたその一枚として、静かにカードへと還る。
「ふっ……終わったな。まあ、当然か」
デッキケースの表面を指先でなぞる。
表情には僅かな満足感が滲んでいた。
声のトーンは淡々としていたが、その奥に秘められた誇らしさは、隠しようもない。
「なぜって? 理由は簡単。俺が“孤独”だからだ」
悠真の黒に近い暗めの茶髪が、谷を吹き抜ける風にさらりと靡く。
かすかに光を浴びて銀糸のように揺れる前髪の向こう、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
懐かしむような、あるいは冷ややかに見下ろすような眼差し。
「俺はずっと一人だった。あのクソみたいなクラスでも、転移してからの訓練でも、どこでもな」
地面に転がる小石を軽く蹴り、ぽつりと吐き出すように言葉を続ける。
「……昼休みだろうが放課後だろうが、誰とも話さなかった。話しかけられたことすらなかった。だからこそ、俺は“妄想”で対戦を続けたんだ」
薄く笑いながら、デッキケースを胸元で構える。
「誰かとカードを交える想像。どんな相手でも、どんな展開でも、俺は先を読む。対人でも、対魔物でも……いや、最早“対想像”だったな」
その声音には、どこか誇らしさと、そして少しの哀しさが混ざっていた。
けれど彼自身は、そんな感情を気にも留めていないようである。
「“このモンスターが来たら相手はこう動く”――そう想定して、常に二手三手先を読む。相手が罠を張るか? それとも反撃魔法か? いや、捨て札を利用した特攻かもしれない……そうやって想像を重ねる内に、俺の頭の中では完璧な“シミュレーション”が出来上がった」
僅かに足を進めて、悠真は冷たい岩の上に、ゆっくりと腰を下ろした。
「今の俺の戦績? 百パーセント。無敗。完全勝利」
淡々と、しかし確信に満ちた声。嘘でも、はったりでもない。
現に今も三体のゴーレムを葬った後だ。
「ま、正直に言うと相手が知能低すぎて退屈なんだよな。反応がワンパターンすぎて、予測を楽しむ前に勝負が終わる」
ぽつりと呟き、ダンジョンの奥から吹き込む風に髪を撫でられながら、彼は空を仰ぐ。
「そろそろ……人間とやりたい。血の通った、感情のある相手とさ。思考を巡らせて、読みを交差させて……そういう本物の戦いを」
彼の目が細くなった。まるで獲物を待つ狩人のように、冷たく、鋭く。
しかし、その瞬間――耳元でチャラララッチャッチャ〜ンと、まるで某有名RPGのレベルアップ時の効果音を思わせる旋律が鳴り響いた。
「レベルが上がった音、来たああああああああああああっ!」
もちろん実際に音楽が流れたわけではない。
しかし、それは確かに“聞こえた”。自分の脳内に。魂に。
女神フォルトゥナのルールが、明確に自分の成長を告げているのだ。
「きたきたきたー! きましたわーッ!」
天井に向けて顔を上げ、悠真は両手を大仰に広げる。
あまりに場違いなまでの高揚と、極端なジェスチャー。
その姿は異世界の冒険者というよりは、舞台に立つ道化師のようですらある。
「ついに、この時が……! カードゲーマーが一番! 一番ッ! 興奮するこのお時間がッ!」
歯を見せて笑う顔に狂気すら宿す。
悠真の頬は紅潮し、覇気がなく濃い茶色の瞳は、異様なまでに濡れて光っていた。
天井の高み。そこに、光が集いはじめる。
いや、光粒子と言った方が正確か。
青白い微細な点が宙を舞い、次第に黄金に変わり、螺旋状に集まり出す。
その集束は、まるで惑星形成のような荘厳さを持っていた。
静寂が支配する空間で、それは、ただ美しい。
そして――それは、”形”を成した。
黄金の粒子が一気に凝縮し、四角形の物体へと収束。
すぐさま、光は弾けるように霧散し、空間に実体だけが残された。
宙に浮かぶのは、一パックのカードパック。
その表面には燃え上がるような紅蓮の装飾、蒼い瞳を宿す美しい女騎士のイラストが描かれている。
胸甲を装着した白銀の鎧に、背から竜翼を生やした女竜騎士――これは、間違いなく悠真がこよなく愛するシリーズ、女竜騎士シリーズの最新パックだ。
「っ……! ッ!」
悠真の喉がひくつき唇が震える。
「……出た……ッ! 出たぞ……ッ! “異界竜騎士伝説!」
名を口にするだけで、肺が焼けるような快感が駆け抜けた。
そのパックは、まるで聖典の如く、静かに空中を滑り降りてくる。
掌の上に舞い降りる雪片のように、慎ましやかに。
そして悠真の正面へ。ゆっくりと、そのパックは降臨した。




