第3話 飛行機で異世界へ
――そして彼ら彼女らの他にも大勢の生徒達がまだ居るが、
その大半の者たちは、この三種類に属さない無のカテゴリに分類される。
所謂”色味の無い平凡タイプ”だ。
それから悠真は一組の主要な人物から意識を外すと、再び窓へと意識を向けて外の景色を眺める。
今現在の時刻は、午後四時三分頃。
機体は既に日本の領空を離れて、数時間が当然の如く経過しており、洋上を巡航していた。
湿度は高くなり、雷雲が次第に濃くなってゆく。
窓の向こうには遠くで雷が鋭く閃き、時折機体が微かに揺れた。
悠真を含め生徒達は誰も、それを気にせず歓談や携帯ゲームに興じていた。
――だが、突如として機長の声が機内放送から響く。
「こちら機長です。皆様、まもなく乱気流に入る可能性がございますが、機体は安全であり、全く問題はありません。ですが念のために、シートベルトを着用のままお過ごしください」
その声音には不安の色はない。だが機長の言葉が終わると同時に空気の振動が変化した。
そう、唐突に右側のエンジンから花火が弾けるような重たい爆発音が炸裂したのである。
それは雷鳴のようでもあり、建物が崩れるような轟音でもあった。
機体が左に大きく傾き急激な上下の揺れが始まる。
「きゃあっ!?」
「うそ、えっ、えっ、なに今の!?」
「揺れてる、揺れてるってば!」
機体の異変は明らかであり、瞬く間に機内には怒号と悲鳴が飛び交う。
天井の荷物棚がぐらつき、スーツケースのひとつが床に転がり落ちた。
「全員、落ち着いてください!シートベルトを……!」
千秋の叫びも掻き消される程の振動が走る。
そして爆発音は、今度は左翼からも鳴り響いた。
すると機体は低く唸りながら今度は上下ではなく斜めに揺れ、座席にしがみつく生徒達の中には、既に泣き叫んでいる者も居る。
スチュワーデスの一人は、必死にマイクでアナウンスを繰り返していたが、彼女自身が座席に掴まり涙を零していた。
外は既に雷と暴風雨。
窓に打ち付ける雨粒が悠真の視界を覆い、遠くで電光が閃いては直ぐに闇に呑まれる。
そして――――光が来た。
雷光とは明らかに異なる。
まるで太陽を至近距離から直視したかのような白銀の閃光だ。
それが全ての窓から差し込み瞬時に機体の全体を染め上げる。
「っ……あ……目が……」
「まぶし、……なに、これ……」
誰かが呻いた直後、機体が急降下を開始した。
重力が座席から体を引き剥がすように作用し、シートベルトをしていなかった一人の生徒が天井に全身を打ちつける。
「いやだ、死にたくない!」
「お母さんっ、お母さんっ!」
機体は回転するように軋み、天井からは酸素マスクが、ぱらぱらと落ちてきた。
そんな中で悠真は、カードが収められたケースを握り締めたまま――白い光に包まれる。
眼前が完全に消えた。
強烈な加速、重力、白光――あらゆる知覚が崩壊する瞬間。
まるで全ての現実が『切断』されたかのように彼は意識を失った。
そして悠真の視界は漆黒に染まり、耳を劈くような静寂だけが広がる。
まるで、この世の全ての音を飲み込んだかのような空間。
それは、まさしく死後の世界のようだ。
だが、ここは天国でも地獄でもない。
どこまでも空虚で、ただ空だけが広がる。
上空を見上げれば吸い込まれそうなほど、濃密な夜空に星々が浮かんでいた。
それは無限に続くような星の海である。
近くに浮かぶ星は青白く遠くの星々は赤くまたたき、どれもが生気を持つかのように、沈黙の中で脈動していた。
一方で地面の感覚はない。
そこに立っているはずなのに、悠真の足元には土も草も石もない。
ただ黒い、どこまでも黒い、底の無い空間に立っているような、そんな錯覚さえ覚える。
気温も温度も不明であり、風は一切吹かず全てが無風無音の状態で保たれていた。
「……ここ、どこ……ねえ、なにが起きたの……?」
最初に声を上げたのは、宝条鈴音である。
制服のスカートを、ぎゅっと握り締めていた。
彼女の深みのある赤系の髪は毛先が軽く跳ねており、顔立ちは某モデルように整っている。
光が失われている空間でも、その整えられた容貌は不思議と目を引く。
「俺たち……死んだのか……?でも、そんな感覚……なにも……」
うめくように樟葉が呟く。
彼は短めの銀髪を少し乱し、制服を大きく着崩しながら周囲を見渡していた。
何処を見ても出口はない。
樟葉の顔は冷や汗に濡れ、普段の陽気な雰囲気は完全に消え失せていた。
「うそ……アタシたち、確か飛行機に乗ってたよね?乱気流で……それで……」
涙声で羽佐田麗華が口を開く。
彼女の制服の胸元には高価そうなブローチが光っているが、今やそれすらも、この異様な空間の中では無意味な装飾でしかない。
「みんな……大丈夫!?怪我とかは!?」
担任の教師――荒川千秋が声を張る。
彼女は年齢が二十代後半で、長い黒髪を一つに纏めた清楚な印象の女性だ。
白いシャツの上に薄いグレーのカーディガンを羽織り、黒のパンツスーツという如何にも教師らしい格好だが、その理知的な姿にも今は疲労と混乱の色が滲んでいる。
そして千秋は倒れている生徒達に目を配るが、オタクグループと思しき男子生徒達は全員が、地に伏したままピクリとも動かない。
「おい、アイツら死んでんじゃねーのか?」
オタクグループを見て、冷ややかに佐々木奏恵が言い放つ。
彼の髪は茶色から金色に掛けて明るく染められ、細身で背は高く無機質な制服が似合い、男としての色気を漂わせている。
だが、奏恵の目付きは何かを試すように周囲を見回し、倒れているオタクたちを見下していた。
「ふんっ、まったく……これは一体どういうことですの? 事と次第によっては、お父様にこの事を報告して、学校を潰しますわよ?」
怒りの色を滲ませた言葉を天原姫香が吐き捨てる。
彼女の長い紫がかった黒色の横髪は、軽く内巻きで緩やかなウェーブを描いており、無風の空間の中で一筋揺れたような錯覚を見せた。
制服の袖口にはレースの飾りがあり、明らかに指定されている高校の制服とはデザインが違っていたが、それこそが姫香が親の権力を掌握し誇示している証拠だろう。
「と、とにかく、落ち着け。一先ず全員が……生きてる。んで、目は確実に覚めてるよな。……オタク連中を除いて、な」
無理に自分を保とうとして、樟葉は声を張るがその声音は震えていた。
「もう……! 一体ここは何処なのよ! なんなの!」
一軍女子の鈴音がヒステリックに叫ぶ。
染めた赤系の長髪を振り乱し、焦燥と怒りを混ぜた声は、空間に虚しく反響するだけである。
彼女の胸元は激しく上下に揺れ、制服の長めのスカートと羽織のパーカーの裾が、虚空の微風に待っていた。
「くっそ、まじで夢落ちとかないよな……」
一軍男子の樟葉が低く呟く。
普段なら何処でも笑みを浮かべて余裕を見せる、クラスのムードメーカーの彼だが、今はその面影すらも曇っている。
「さすがに状況が現実離れしすぎ……。ってか本当に、ここどこなんだよ……」
樟葉の隣で両腕を組みながら奏恵は吐き捨てた。
パステルカラーのパーカーを羽織る細身の彼は、自身の眼差しを鋭くさせて周囲を静かに観察している。
一方で、その中心から少し離れた場所、クラスメイトたちから距離を置くように佇んでいたのが、東雲悠真だ。
覇気が全くと言えるほど感じ取れず、死んだ魚の目と同一の雰囲気を纏う細身の少年。
寝癖混じりの茶髪は乱れており、制服の上着は擦り切てやや色褪せていた。
制服のポケットにはデッキケースが収められており、普段から人の視線を気にすることを諦めたような表情をしている。
そして当然の如く、悠真の存在に気づくクラスメイトも居たが、安否の声を掛ける者は誰も居ない。
しかし彼自身も、この状況が上手く呑み込めておらず、下手な言動はクラスメイトたちからヘイトを買うだけと考え、今は黙して状況が動くのを待つ事を選んだ。
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