第21話 安息地へと到着
「……本当に、こいつらがダンジョンを攻略するのか……?」
一部の生徒たちから漂う心が折れた雰囲気を察知しながら、ラヴィニアは低く呟くように口を開いた。
その声音は明らかに嘲笑や怒りではない、純粋な困惑と懐疑が滲んでいる。
鋼鉄の女の声であるにも関わらず、どこか疲れた母のような響きすら含まれていた。
内臓を撒き散らし、脳漿を零して崩れたアンデッドの姿を見て、吐き気と恐怖で立ち竦む者、足を震わせて嗚咽する者。
今もなお背中を丸め、壁伝いに歩く者さえいる始末だ。
「……やめろ、考えるな。考えるべきは信じること。疑念は己を蝕むのみ」
ラヴィニアはは眉間に皺を寄せ、頭を小さく左右に振る。
淡い灰色の髪がわずかに揺れ、頬を撫でた冷気に晒された。
しかし、その直後だった。
前方、通路の右手から低く唸るような音が聞える。
ラヴィニアが反射的に手を剣に掛け、即座に停止の合図を背後へと出す。
騎士たちは瞬時にそれを察知し通路の両側へと展開、クラスメイトたちを背後へと庇うように配置した。
地を這うような唸りが次第に高まり、やがて姿を現したのは灰色の鱗に覆われた、三対の目を持つ異形の獣。
その口腔からは糸を引いた唾液が滴り、既に一度戦闘を経験したばかりの少年少女たちの間には、またしても一部の恐怖と好奇の空気が走る。
だがラヴィニアの指揮の下、騎士たちはその巨体に一斉に襲い掛かった。
先陣の二人が両脇から斬撃を加え、残る者たちが突撃槍で脚部の腱を狙う。
咆哮を上げて暴れる魔物も、その肉体が複数の切断面を刻まれるにつれ、次第に動きを鈍らせていく。
最終的にはラヴィニア自らが、魔物の額へと一閃を加え、その巨体を沈黙させた。
魔物の死体は瞬く間に塵と化し、残るのは戦いの余韻のみ。
けれど、その後も道中では多数の魔物との遭遇が続いた。
腕が四本ある骸骨兵、翼を持つ漆黒の蝙蝠、地面を這う触手状の粘体生物。
いずれも凶悪な攻撃性を持ちながら騎士たちは、統率の取れた動きと鋭利な武器を用いて、いかなる損害も出す事無く撃破し続ける。
一部のクラスメイトたちは、その都度騎士たちの背に隠れる形で守られ、ただ祈るように怯えながら進むだけだ。
戦闘のたびに誰かが悲鳴を上げ、誰かが涙を流し、誰かが口を押えてしゃがみ込む。
しかし、騎士たちはそれを責めず、ただ“守る”という行為のみに徹していた。
ラヴィニアは戦いの度に剣を収め、振り返る事なく次の通路へと足を進める。
それから暫くダンジョン内を進んでいると、もはや時間の感覚などは完全に失われ、悠真は殆ど無意識のまま足を進めている状態。
「ここの空気は……息苦しいな」
誰ともなく呟いた男子生徒の言葉に、小さく頷く者が数名いた。
今現在、悠真たちが歩く区域は湿度が高く、気温もやや高い蒸し暑い。
濡れた石の匂いと時折、どこからか漂う腐敗臭が鼻を刺す度に、生徒たちの顔が曇る。
そんな中、一人の騎士が歩みを緩めて、列の横に並び口を開いた。
「……少し話でもしないか? どうやらキミたち、まるで右も左も分からないようだからね」
その口調に苛立ちはなかったが、厳しさと教官のような温度が混じっていた。
「ここはファル=ルミナ大陸の東域、ヴァルゼリード王国の領土にあるダンジョンだ。まあ、こんな事を言っても異界から来たキミ達からすれば、すべてが不可解だろう。このダンジョンは階層ごとに地質も生態系もまるで変わる。この先を進めば今度は瘴気が強くなり、アンデッドだけでなく、呪毒を撒き散らす魔獣や、精神を狂わせる幻獣も多く出てくる。まあ、それでも第十階層の安息地までは、私たちが命懸けで護衛するから任せてくれ。しかし、その先はキミたち次第となる……ははっ」
ミリエルの言葉の節々に滲む現実感と死の匂いに、その話を聞いていた一部の生徒たちは言葉を失う。
数人の女子は顔を青ざめさせ、男子の何人かは自分の足音にまで過敏になっている。
「では、あの……この世界の文字とかって、どうやって読んだらいいんですか……? 僕達、日本語や簡単な英語しかできませんよ……? それに今こうして普通に会話できている事も不思議です……」
一人の男子生徒が、勇気を振り絞ったように、手を挙げながら質問を投げた。
「簡単な事だよ。言語は”信託の自動翻訳”だ。私たちの世界では、異界から来る者の大半に、女神の加護が宿る。それがキミたちにもあるから、意思疎通が可能なのだ。なにも心配することはない」
少年の質問に対して、ミリエルは目を細めながら詳細な事を話す。
「え……じゃあ、今話しているこの言葉も?」
「そうだ。だが書物や魔術式の読み書きだけは特別でな。別途訓練が必要になるが、そちらは追って教官から学んでくれ」
そう言うとミリエルは軽く肩を竦めてから、視線を少年から外して正面を見据えた。
「それから、お前達の背に括りつけられている箱型の魔道具。それは映写石筐と呼ばれるものだ。内部に光晶石と記憶媒体が組み込まれており、己の意識で起動と停止ができる」
低く艶のある声を出しながらヴァネッサは、人差し指をその箱へと差しながら説明を始める。
彼女の言葉に生徒たちは、自身が背負う装置に目を向けた。
黒漆仕上げの直方体で、背中のベルトに固定されている。
側面にはレンズのような魔石が埋め込まれていた。
「視点は自動で追尾し、映像は女神の導管を通じて上界の観測者たちに届けられる。配信はこの世界において名誉であり、商業的価値もある。視聴者数が増えれば、加護が強化されたり、後方支援の物資が届けられる事もある。キミたちは女神の預言でこの世界に招かれた。ならば、その姿を世界に晒し、生き抜く過程を示すことこそが使命であり、信仰でもある」
ヴァネッサは重々しい口調で、配信機材の事やダンジョン配信の意義を語る。
それを聞いて一部の生徒たちは言葉を飲むが、悠真も同様であり静かに背中の映写石筐を指で撫でた。
――それから第五階層を出て幾つもの魔物との遭遇も越え、気が付けば悠真たちは第十階層へと到達する。
そのことに気づいたのは、遠くの岩壁に取り付けられた、巨大な魔光灯が放つ白銀の光を見た時だ。
時間の感覚を奪われるほど暗く広がる、ダンジョンの道を彼らは歩き続けていたのである。
五時間は歩いていたのではないか。
騎士達が何度か小休憩を提案し、水分補給を促す度に悠真は、ようやく現実の時間が流れていたこと思い出した。
気温は徐々に下がり、湿り気を帯びた空気は、乾燥し始めている。
天井の光苔はすでに消え、代わりに装備された魔導灯が、一定の感覚で設置されていた。
この変化は、ここが明らかに”管理されている”階層であることを示している。
「……ここが……第十階層……?」
悠真の声が思わず漏れた。
次の瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、想像すらしていなかった光景である。
それは、地下とは思えぬ壮麗な街だった。
ダンジョンの岩壁を削り、天然のドーム状に広がる巨大な空間に築かれたそれは、まるで地上の王都を思わせるような都市空間である。
直径にして優に、一キロメートルはあろうかという広大な空間に、無数の建物が並んでいた。
天井は遥か高く、そこには複雑な魔導ラインが雲の巣のように張り巡らされている。
青白い光を放つ魔導ラインは、まるで人工の星空のように輝き、空間全体を柔らかく照らし出していた。
天井の中央部には疑似的な”太陽”を模した巨大な魔法陣が設置され、そこから降り注ぐ魔光が淡く温かく街を包み込んでいる。
まるで本物の昼間のような明るさだ。
街の外周部分には、高さ十メートルはあろうかという、石造りの城壁が築かれている。
城壁の表面には無数の魔法陣が刻まれ、淡く光を放っていた。
これが魔物の侵入を防ぐ結界なのだろう。
城壁の各所には見張り塔が立ち、武装した衛兵たちが巡回している。
この場所は――レーヴェルグ。
幾多の冒険者たちが、危険な探索の合間に命を繋ぎ、傷を癒す為に集まる拠点だ。
街の入り口には、巨大な門が聳え立つ。
黒い鉄で作られた門は、表面に金色の装飾が施されており、その中央には剣と盾を交差させた紋章が刻まれている。
門の両脇には衛兵が立ち、訪れる者を監視していた。
そして一行が何事もなくラヴィニアを先頭に門を潜ると、目の前に広がるのは賑やかな大通りである。
舗装された石畳のメインストリートは、幅が優に二十メートルはある。
その両側には二階建て、三階建ての建物が立ち並び、一階部分には様々な店が軒を連ねていた。
果物や干し肉を売る食料品店、ポーションや魔法薬を売る薬屋、武器や防具を売る武具店、魔法の道具を売る魔道具店――ありとあらゆる店が並んでいる。
店主たちは客を呼び込む声が飛び交い、香辛料の匂い、焼かれる肉の音、笑い声、怒鳴り声が入り混じる。悠真の嗅覚と聴覚が、騒然とした人の熱気を一気に浴びた。
だが、それ以上に目を引いたのは行き交う人々の姿である。
人間、エルフ、獣人、ドワーフ、様々な種族が混ざり合い通りを歩いていた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




