第20話 華麗なる剣技を披露する女騎士たち
「聞け。あれは”アンデッド”――不浄なる死者だ。かつてこのダンジョンで命を落とした者達が腐敗し、死霊の瘴気に染まり意識なき屍として蘇った存在。心はなく、言葉も通じぬ。あるのは”生きている者を喰らう”という欲望だけ」
低く、良く通る声が全員の耳に届く。
そして彼女の背後、女騎士たちはすでに別の陣形を展開していた。
半月型に展開し盾を構え、後方の生徒たちを守る形で、前方に刃を向けている。
「――レオノーラ、左方三体。刺突対応。アイラ、中央突破。隊列、雁行陣で前進せよ!」
白銀に近い灰色の髪を揺らしながら、ラヴィニアは短く的確な命令を飛ばす。
声は鋭く、声は鋭く、澱みない。
彼女の血を思わせるような深紅の瞳は、怯える生徒たちではなく、今斬るべき敵を真っすぐに捉えていた。
「「「応ッ!」」」
騎士団の面々が敬礼と共に応答し同時に、それぞれの持ち場へと散開する。
それは、まさに訓練された軍人の動きであった。
無駄がなく、鋭く、速い。
騎士達は、それぞれの武器を抜き、駆けだしながら呪文を口ずさんだ。
その刹那――地面を掛ける彼女らの身体が淡い青白い光に包まれる。
「フィジカルブースト・ランクⅡ──!」
「身体強化・脚部集中――展開!」
その魔法は己の肉体を直接魔力で補強する強化術のようだ。
発動した瞬間、彼女らの足の筋肉が膨張し、速度が常人のそれを遥かに超えて跳ね上がる。
「で、出た、光った……!魔法だ、あれ……!」
「やばっ、はっえ……!何あのスピード……!」
後方のクラスメイトたちは、混乱と驚愕が入り混じる視線を向けていた。
彼らの誰一人、魔法が実際に行使される現場を、この目で見るのは初めてである。
そして次の瞬間、一閃突きが繰り出された。
「はっ……!」
レオノーラと呼ばれる女騎士が、一歩滑るように踏み込むと同時に、手にした双槍が地面と水平に走った。
青白い残光を浴びた槍閃が、前方のゾンビ三体の頭部を連続で刺突し抉る。
血は飛び散らない。代わりに悲惨したのは、腐敗した肉片と黒ずんた粘液、そして骨の破片だ。
「フレイム・ディザスタ──解放!」
続いて中央から突進していたアイラが短く詠唱を唱えながら剣をかざす。
そこから解き放たれたのは、無数の赤熱の剣である。
――炎の剣、数十本。
空間を焼き裂く、それらは地を這い進むゾンビの群れへと容赦なく襲い掛かった。
肉の焼ける香ばしい音を響かせながら腐肉を切り裂き、さらに火が肉の奥底から燃え広がる。
「ひゃ、火が……!」
「うおおお!めっちゃ剣と魔法の異世界っぽい……!」
生徒たちの誰かが息を飲んだ。
前方に立つラヴィニアは、細剣を肩に担いだまま、後方を振り向き一喝する。
「――見よ、これが魔法であり、剣技である」
彼女の覇気のある声に、空気が一瞬にして張り詰めた。
「貴様らも転移の際に、魔力回路が形成されている。故に魔法も技も使えるはずだ。……だが、まずは見るところから始めよ。記憶せよ。そして、命を繋ぐために学べ」
ラヴィニアの言葉は冷たいが、決して突き放すだけではない声音である。
そして彼女の言葉に、クラスの大半の者が無言で頷いた。
一部の者は歯を食いしばりながら目の前の異様な戦場を、その網膜に焼き付けるように見つめている。
「ヘヴィブレイク・乱斬ッ!」
唐突にセレスティアが両手剣を高く掲げた。
剣が赤銅の光を放ち、そのまま彼女はゾンビの密集地帯へと突撃してゆく。
重斬撃の連打。
肉が飛び、骨が砕ける。
断面から腐汁が噴き出し、血とも膿ともつかぬ液体が地面を濡らす。
その光景は、もはやホラーというより戦場の芸術のようだ。
斬る、撃つ、燃やす、押しつぶす――騎士たちは実に様々な戦技を駆使しながら、少しずつ敵の数を削る。
「す、すご……」
「うらも……いつか、あんな風に……?」
誰かが、ぽつりと呟く。
だが、その言葉に全員が同意するには、まだ現実感が足りない。
そして一部のクラスメイトたちは、この苛酷で容赦のない生々しい現実に対して弱音を吐く。
「……はっ、ひど……」
「もう、もう無理……!うぇ、気持ち悪い……!」
この世界に順応できていない、一部のクラスメイトたちの呻き声と嗚咽が、音なく響く無の空間に散らばる。
あちこちで膝を抱えて、胃液を吐き出し涙を流す者もいた。
「ふっ……その反応、最初は誰しもそうなる。だが心配はいらん。直ぐに慣れる」
心が折れかけている生徒達を横目に見ながら、ラヴィニアは僅かに口角を上げる。
それは穏やかな声質だが、その中に含まれたのは慰めではなく、冷厳な現実の提示だ。
彼女が最後の一体――今まさに這い出たばかりのゾンビへと接近する。
それは、かつては冒険者になりたての少女だったのだろう。
長い髪が汚泥に塗れ、右の眼窩が陥没して空洞となっていた。
両脚は中途から折れ曲がり、摺るように体を進ませている。
そしてラヴィニアは一切の魔法を用いず、構えすら見せる事なく剣を振るう。
その斬撃は余りにも静かで、あまりにも美しい。
ぬらりと伸びた黒の刃が、空気を切り裂くことすら拒むかのように無音の軌道を描き、次の瞬間、ゾンビの体が縦に二つに裂けた。
左右に割れた死体はわずかに震えた後、煙のように細かい粒子へと変わり、完全にこの空間から姿を消す。
「――終わりだ」
ラヴィニアは剣を逆手に構えると、右腕を横に大きく振り払う。
飛び散った血は既に消えていたが、儀礼のような動作には武人としての美学が宿る。
そして月明かりのように冷たい鉱石の光を背に、彼女は一歩、二歩と後退し、剣を腰の鞘へと流れるように収めた。
金属が鞘に収まる硬質な音が、静寂を破るように響き渡る。
ラヴィニアの瞳が周囲の騎士たち、そして生徒たちを見渡す。
剣を収めた佇まいは、まさに威風堂々であり誰もが、その動作に見惚れるように立ち尽くした。
「これで、目下の脅威は消え去った。皆、ご苦労だった」
ラヴィニアの声がダンジョンの壁に反響して、冷たい天井へと素込まれてゆく。
彼女の言葉を受けて騎士たちは、一斉に右手に胸を当てる敬礼を行う。
全員の動きが完全に一致し、数秒後には誰ともなく武器を収め始める。
その所作には、疲労も乱れも一切ない。
これが”常”であることを感じさせる完成された動作だ。
「さぁ、安息地へと向かうぞ。歩を進め」
騎士たちが再び陣形を取り、整列が完了したのを確認すると、ラヴィニアは踵を返す。
そして彼女の声が消えるな否や騎士たちは、無言でラヴィニアの後を追うように歩き出す。
数歩遅れてクラスメイトたちも、また列を整え始める。
先程まで嗚咽を漏らしていた者も、誰かに背中を支えられながら、あるいは恐怖に顔を引き攣らせたまま、黙って列に加わっていた。
それから暫く一行はダンジョン内を歩いていたが、先頭を歩くラヴィニアは静かに後ろを振り返る。
すると彼女の後ろでは、今しがたまでの戦闘の影響が、色濃く残されていた。
一部の者たちは顔色を失い、無言のまま俯いていたのである。
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