第18話 浮かれるクラスメイトたち
「じゃあ、今度は……えっと、私たちの番だよね? 一組の自己紹介、始めよっか!」
皆の前に出て、そう言うのは栗色に染めたショートカットの髪を揺らす、一人の女子生徒だ。
彼女は中立グループの一人であり細身ながら、ほどよい肉付きとフォルトゥナから与えらえた装備から覗く素肌が、男子の視線を集めることもしばしば。
「えっと、私は白石芽衣、十七歳。特技はダンスでーす! こう見えて一応、生徒会書記だったりするんで、よろしくね~!」
軽快な自己紹介を行うと芽衣は、後ろを振り返り手招きを行う。
その動きに応じて、クラスメイトたちは、次々と口を開いた。
「杉本圭祐。十七。趣味は筋トレっす。まあ、よろしくっすー」
前髪を七三に分けたスポーツ系男子が、片手を軽く上げて自己紹介を行う。
身長は高く、シャツの下から覗く二の腕には、明らかな鍛え込みが見て取れる。
足元の汚れたスニーカーは、地上での騒がしい日常を何処か懐かしく思わせた。
「花村楓乃でぇーす。うち、カフェでバイトしてたから、飲み物を作る事は得意でーす!」
露出度が、まあまあ激しい装備を身に纏う、茶髪のギャル。
瞳の縁にはアイランが残り、アイシャドウの名残が薄く光る。
異世界という現実の中でも、ギャルの自己主張を忘れない。
「岡田敦史っす。アイドルとかグラビアが好きっす。あ、でも、別にオタクってわけじゃないんで、誤解しないでください」
ふくよかな体系をした眼鏡男子が、やや伏し目がちに名乗る。
彼は見るからにコミュ障よりの男だが、その言葉の端には妙なプライドが滲む。
その後も次々と生徒たちが、順番に名を名乗ってゆく。
声に張りがある者もいれば、しどろもどろになる者もいた。
男子、女子の区別はなく、それぞれがこのユグ=リオニアという場において、自己の存在を表す一助として、己の名前を出していく。
しかし、その中で最も注目を集めたのは――やはり一軍と呼ばれる陽キャグループの言動だ。
再び前に出た芽衣が、視線をラヴィニアへと向ける。
「あの……さっきは、すみませんでした。ちょっと、緊張してて……、あんな風に、外見の事とか、勝手に言っちゃって……」
そして一歩前に進み、やや伏し目がちに彼女は声を発した。
「ほんと、悪気はなかったっす。あまりにも綺麗すぎて、理性が飛んだというか……」
芽衣の後を追うように、すぐさま中立グループに属する杉本が、頭を掻きながら補足する。
「てか、まじで騎士さんたち全員、尊すぎるし……。言葉選ばないとやばいなって反省しました、はい……」
他の女子も口々に、謝罪の言葉を口にした。
中には目を潤ませて長年探し求めていた推しが、目の前に現れたかのような反応を晒す者もいる。
騎士たちは、それらに目立った表情の変化を見せることはなかったが、若干の困惑の色を見せているのもまた事実。
しかし、ヴァネッサやルシアの視線が若干和らいだのは確かだ。
そして教室での人間関係の影響か、自己紹介の流れは次第に”予定調和”に近づいている。
誰もが順番に、あるいは促されるように名乗り、自分の立ち位置を確認した。
だが、その”順番”という名の流れが、ある一点で停止する。
最後に残されたのは一人の少年、クラス内で誰も名を呼ばず話し掛けず、あたかも存在していないかのように扱われている東雲悠真だ。
ずっと押し黙っていた彼の姿に一瞬、全体の視線が集まり掛ける。
しかし、その時だった。
「――はいっ、じゃあ自己紹介も終わったし、もうこの辺でいいよね? 長引かせてもあれだしさ!」
唐突に芽衣が声を上げる。
その瞬間、周囲の数名が安堵したように頷き合い、拍手とも呼べぬ微妙な手の動きが生まれた。
「よし、全員聞け!」
ひとしきり自己紹介が終わったと判断したのか、ラヴィニアが背筋を伸ばして朗々とした声を響かせる。
洞窟の反響が重なり、低音が壁を撫でるように、伝っていく。
地鳴りのような重厚な響きが、その場にいたすべての者の背筋を、一瞬緊張させた。
「これより我々は、この異世界からの来訪者たちを、第十階層にある”安息地”へと誘導する。ここからの距離は長く、路は狭い。魔物らの襲撃の可能性は捨てきれん。よって、即時に護衛陣を展開せよ!」
右手を大きく振りながら彼女は、今後の目的を話しつつ、部下達に命令を下す。
だが、その命令により場の雰囲気が一変した。
「「「――はっ!」」」
八人の騎士たちが、一斉に胸甲に拳を当てる。
銅鉄が擦れ、低く澄んだ音を立てた。
そして騎士達は音もなく移動を始めて、一組の生徒達の外周を囲むように立つ。
半径数メートルを確保しながら、左右の間隔を揃え完全な護衛陣形を作り上げる。
背後には盾持ちのアナスタシアとルシアが位置し、側面には長槍使いのレオノーラとリディア。
前衛には斬撃を得意とするアイラとセレスティアが立ち、更に周囲をミリエル、ヴァネッサが取り囲むようにして警戒に当たっていた。
彼女たちのポジション取りには一切の無駄がなく、軍事訓練を重ねた者たちがだけが持つ”間”と”距離感”がそこにはある。
そんな騎士たちの動きを、クラスメイトたちは言葉を失って見つめていた。
「え、なにこのプロすぎる動き……」
「映画みたい……いや、映画以上かも……」
「マジで守られてるって感じ……これ、本当に現実なんだよね?」
女子達は、うっとりとした声を上げる。
まるで自分達が選ばれし姫のように扱われている、そんな錯覚すら覚えるほどの壮厳な空気があった。
一方で男子たちの表情も何処か引き締まり、現実を受け入れる為の準備が進んでいくのが分かる。
武装した美女たちの存在は、それだけで重厚な”非日常”を突き付けるには、充分すぎる要素だった。
中には安堵と共に浮かれる者もいる。
「このまま一生、この人たちに守られて暮らせるなら、それでもいいかも……」
「ていうか、あの赤髪の槍使い……絶対ドSだよな。刺されてぇ……」
そう呟く中立グループの男子たちの後ろで、かつて自己紹介すら遮られた悠真はただ静かに見つめていた。
彼は一歩も動かず周囲の空気に抗うことなく、そのまま静かに一つ息を吐く。
抗えば今ここで空気を壊すことになる。
口を開いた所で誰にも聞かれず、むしろ場の緊張を逆なでするだけだろう。
彼は”場”に従った。”空気”に流される。だが、それは決して弱さではない。
むしろ己を守る、最低限の処世術である。
悠真の眼前を赤いマントが、ふわりと横切った。
ラヴィニアが生徒たちの間を悠然と歩きながら、全体の配置を確認している。
「よし……防御の構え、異常なし。では、移動に備えよ」
彼女の低く落ち着いた声が、戦場のような厳粛さを生み出していた。
地面には足音ひとつ響かぬほどの静けさ。
耳に届くのは、遠く滴る水の音と時折、背後を掠める風の唸りだけ。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




